《クラウンクレイド》『3-3・聴覚』

3-3

床に倒れたひしゃげたドアを飛び越えて、私達は科學室から廊下へと飛び出した。走った時に明瀬ちゃんがし苦痛の聲を上げる。足の傷が痛んだのか顔をしかめていたが、それでも足を止めず私達に付いてきた。矢野ちゃんに明瀬ちゃんを気にかけてもらうよう頼み、私は二人より先を行く。

私達が今居るB棟校舎は、一般教室は無く科學室や家庭科室等の特殊教室が集合している。その為、晝休みには生徒の出りがない。私達の居た科學室は、B棟校舎西側、長い廊下の突き當りに位置していた。その廊下の中央辺りにB棟唯一の階段があり、その階段の側にA棟の2階とB棟の2階を結ぶ渡り廊下がある。私達の教室はA棟の2階に位置しており、教室まで辿り著くには1階に降りて中庭を通るか、この渡り廊下を進むしかない。

けれども。

「こっちは駄目だよ……」

渡り廊下の景を前にして、私はその一言だけをの奧から絞り出すのが一杯だった。

リノリウム張りの白い床は、赤黒く塗りつぶされていて、その上に転がっているのは無數の生徒の死で。誰なのか見分けも付かない程の數々の死に、私は胃の奧を突かれたようで。気持ち悪い覚が食道から元を伝ってきて、吐き気を必死に堪えた。

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廊下はの臭いに汚された生暖かい空気で満ちていて、嗅覚が麻痺しそうになる。水気の混じった咀嚼音が斷続的に聞こえていて、その合間をって彼等のき聲が這い廻る。床に転がった死からが流れ出て、その筋だとか臓だとか、黒く変して最早何かよく分からないものが、私の靴の裏にまで飛び散っていた。

に覆いかぶさった「彼等」の姿がそこにあった。數は六人。何れも一心に死に齧り付いている。

「禱、こっちも駄目だ!」

階段を覗き込んでいた矢野ちゃんがそうんで、その聲に反応したのか廊下にいた彼等が死から一斉に顔を上げた。ぎこちないきで首を回し、口の端からびたの筋がを零す。そのぎこちないきはまるで、錆びた歯車の様だった。

私達の方を見た彼等の瞳は、やはり白濁していて表の一つも読み取れない。

「階段からも上がってきてる!」

矢野ちゃんがそうんだ。階段の下から沸いてきた彼等の群れに息を呑む。ざっと見ただけでも彼等は30人以上いて、狹い踴り場のスペースから溢れかえっている。それぞれがぶつかり合う事を気にも留めていない様子で、折り重なりあいながらも手をばして進んでくる。階段を上ろうとしている彼等は酷く下手な歩行であったが、後ろから押し上げられる様にして階段を無理矢理踏破していた。

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矢野ちゃんが明瀬ちゃんに肩を貸しながら私に言う。

「禱、さっきの魔法っていうの、もう一回出來ないか。渡り廊下を走り抜けよう」

「上に行くのは?」

「それじゃあ何も解決しない」

矢野ちゃんはそう言い切った。こういう時、三人の中で一番リーダーシップのある矢野ちゃんが頼もしい。

廊下に居るのは6人。一度に相手にするのは無理だと思った。

ぎこちなくきで廊下を歩いてくる彼等の姿を見て、私は右手に集まっている3人を指差した。其処に狙いを定めると伝えると、矢野ちゃんが頷く。

最初に彼等に遭遇した時もそうであったが、彼等のきは非常に鈍い。かなり前のめりな歩行姿勢で、足のきもぎこちない。歩行だけでなく作が全的に鈍重に見える。それと、ドアを開ける事に苦戦していた事から、思考能力も低下している様に思えた。道を開ければ、彼等の橫をすり抜けて逃げ切る事が可能だと私は賭けた。

目を閉じる。視界が閉ざされて、自分の息遣いと脈拍だけに支配されて、世界が遠くなる。深呼吸の後に口を開く。思い浮かべなくても口をついて出る言葉。魔法という存在を呼び起こす為の言葉。

「闇より沈みし夜天へと、束ね掲げし矢先の煌、狹間の時に於いて禱の名に返せ」

私は右手を払う。轟、と空気を震わせて。その一瞬で空気を焼いて。私の目の前で、空中で、火の手が上がった。炎が私の右手のきに吊られるようにして大きく揺らめく。見えない松明があるかのように、炎はその勢いを緩めることはないまま、何もない空中で燃え上がっていた。

「穿焔-うがちほむら-」

その炎は空中で滾り、燃え上がり、そのを激しく震わせて。私が思い切り右手を振り下ろすと同時に、その炎は塊となって勢いよく弾き出される。直徑30cm程の炎の塊が、空中を激しく燃やし盡くしながら轟音を鳴らして真っ直ぐに飛翔して。き聲を上げ、口の端からを零し、私達へ向かってくる彼等へと、炎の塊は直撃した。それと同時に廊下の天井まで屆く程の火の手が上げる。炎が燃え上がる一瞬、白く視界が染まって。

燃え上がった彼等が、しかしそのまま私達へ向かってくる。炎にそのを焼かれていても、熱や痛みをじている素振りをやはり見せず、勢いを殺さずに進み続けていた。

私の目の前まで迫ってきた彼等の姿に、悸が激しくなる。

「駄目かも――!?」

き聲で満ちた空気を引き裂いて、けたたましいサイレンの音が突如として鳴り出した。彼等のを焼きながら燃え上がった炎が天井を舐め、廊下に設置された火災報知が反応したからだと気が付く。

「え?」

突如として、私達の目の前まで來ていた彼等のきが止まった。いや、他の廊下にいる彼等全てが同様にきを止めていた。一様に、立ちすくみ、バラバラな方向を見ていた。困する私の手を、急に矢野ちゃんが引く。

「よく分かんないけど、今だ」

かない彼等からなるべく距離を取って廊下の壁際を走り抜ける。彼等のすぐそばを駆け抜けても、こちらに注意を向けてこなかった。呆気ない程だった。手を引かれて足元を見る余裕もなく、上履きの裏でらかい何かを踏みつけたがする。水気を含んだ足音が、サイレンの音に塗れて微かに聞こえた。奧歯を噛みしめて足の裏でじた違和を無視しようとする。

振り返っても彼等が追いかけてくる事は無く。宙を見上げて呆けているような彼等の姿に、明瀬ちゃんは何か合點がいった様だった。

「音だよ、音」

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