《クラウンクレイド》『5-4・Girls』

5-4

香苗がそう言って指差したのは、鷹橋の車の橫に駐車していた車であった。後部座席のガラス越しに、稚園生くらいのの子が乗っているのが見えた。

香苗が車のドアを開けようとするも、鍵がかかっていて開かない。中のの子へ呼び掛けながら窓を叩くも、の子から反応はなかった。香苗は焦りからを強く噛みしめる。運転席から顔を出した鷹橋が、苛立って聲を荒げた。

「ゾンビが來やがった! いいから逃げるぞ!」

「この子を置いていくなんて出來ません!」

香苗がそうび返して、何度も鍵のかかったドアを引く。ゾンビのき聲で、周囲は埋め盡くされて、それが弘人の鼓を否応なしに早くする。香苗の聲と、鷹橋の聲が、頭の中で反響する。

今、逃げる事がどう考えても最善の行であった。全員の生死がかかっている事態である。ここで見知らぬ子供を見捨てても、それは仕方がない事であろう。自分にそう言い聞かせる事が出來た。それで納得も出來た。けれども。

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「香苗下がってろ!」

弘人は気が付けば、金屬バットを強く握り締め、そうんでいた。香苗が一歩引くと同時に、弘人は金屬バットで運転席側の窓を叩く。振り回すスペースが狹く力がりきらない。鈍い衝突音が周囲に大きく響いたが、窓にはヒビ一つらなかった。

だが、その音で、中のの子が目を覚ました。怯えた様子で周囲の様子を伺っていた。弘人が窓を叩き続けると、ガラスにようやくヒビがる。

「坊主止めろ、ゾンビが寄ってくる!」

「お願い、鍵を開けて!」

香苗の言葉の意味が分からないのか、聞こえていないのか、の子は怯えたままでかなかった。

「くっそ! 付き合いきれねぇ!」

鷹橋が車のエンジンをかけた。置き去りにされる、その可能が弘人の頭を過る。しかし香苗はこうとせず、車の子しか目にっていない様子であった。き聲が先程よりもずっと近くなり、ゾンビ達が徐々にその包囲網を築き上げているのが分かった。

弘人の迷いが、一瞬、バットを握っていた手を止めてしまう。

「どいてなさい」

それは、この場に居た誰とも違う、別の聲で。

の子が乗っている乗用車が、何かの衝撃をけて振した。車の上に何かが落ちてきた様な衝撃で、弘人は上を見上げる。

車の上に立っていたのは、學校制服姿のだった。車の上を跳び移りながら此処まで來たのだと弘人は気が付く。

は茶髪のセミショートヘアで、さを殘しながらも、端正な顔立ちをしていた。し高めの背丈で、彼の短いスカートからびる素足の先が見えそうになって、弘人は咄嗟に目を背ける。

は車から飛び降りて弘人の側に著地した。足元は真新しいスニーカーで、背中に何かを背負っていた。彼が背負っているのがチェーンソーだと気が付いて、弘人は驚愕する。

なくとも、普通の學生はチェーンソーなど背負っていない。

「君は?」

「下がってくれる?」

弘人に有無を言わせずそのは押し通った。何事も無いように車のドアにれる。

突如、青白いが周囲に散って、パルスが弾けた。ほんの一瞬、走った閃が辺りを明るく照らし出す。

がそのまま、車のドアノブに手をかける。何故かロックが外れていて、ドアは難なく開いた。

「何で」

香苗が車の後部座席にを突っ込み、の子を抱き抱えて出てきた。香苗が鷹橋の車に乗り込むと、運転席の窓から鷹橋が頭を出す。

「急げ! お前ら!」

「君も!」

弘人は咄嗟にそのの手を引いて、車に転がり込むように乗り込んだ。鷹橋がアクセルを勢いよく踏み込む。衝撃が暴れまわり、暴に車が発進した。

が弘人の肩を暴に摑んだ。

「ちょっと、あんたいきなり何すんのよ!?」

「あの場に居たら危険だっただろ!?」

「あたしは助けてなんて頼んでない!」

二人のやり取りに鷹橋が怒鳴る。急にハンドルを切って車が大きく揺れた。

「舌噛むぞ! 黙ってろ!」

何かがぶつかる鈍い音がして、香苗が抱えられていたの子が泣きぶ。ゾンビを思い切り跳ね飛ばして、フロントガラスに飛沫がり付いた。

車の音に反応したのか、ゾンビが駐車場の至る所から表れ始めていた。その群れを突っ切って出口のバーを突き破る。タイヤがスリップ音を軋ませながらも、駐車場から離した。

が不機嫌そうに言う。

「それで、何処に向かってるわけ。あんた達は」

「それも含めて話がしたい。君、名前は?」

弘人の問いに、し躊躇いを見せたが、溜め息じりに言った。

「加賀野桜―かがの さくら―よ」

弘人達のやり取りを聞いていた香苗が、抱きしめていたの子に優しく名前を聞いた。の子は、改めて見ると稚園生くらいの見た目であった。その子供は泣き止んでいたものの、顔を真っ赤に腫らして、目の周りには拭い切れていない涙の跡があった。

泣き続けていたせいで、今なおしゃっくりを続けている。

「ねぇ、お名前は言えるかな?」

「梨絵―りえ―」

「梨絵ちゃんって言うんだね、苗字は分かるかな?」

「葉山―はやま―」

【5章・雷鳴と鋼が嘶く場所/弘人SIDE 完】

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