《クラウンクレイド》『6-2・集』
6-2
気が付けば明瀬ちゃんが起きていた。いつから話を聞いていたのだろうか。ずっと黙り込んでいた明瀬ちゃんが突然口を開いたので、他の三人は驚いた顔をしている。
「水道は水圧を利用して蛇口まで送ってるから、斷水してないと思うよ。今の狀況とは無関係だよ。日本中がゾンビだらけになっていても、今すぐ水が止まるわけじゃない。この學校は貯水槽だと思うし、それに停電してなくない?」
明瀬ちゃんの顔は蒼白としていたが、言葉遣いはハッキリとしていた。彼は顔をしかめたまま枝の跳ねた髪を指先ででつける。驚いた私達の反応を気にも留めず、教室の隅まで歩いていく。
明瀬ちゃんが部屋の電燈のスイッチをれると、數回の點燈の後に蛍燈が燈った。蛍燈が問題なくったのを確認すると、明瀬ちゃんはスイッチを直ぐ切る。視界に白いがちらついたまま、教室は月明りだけの明るさに戻る。
「でもライトはつけないでね。ゾンビはに反応するかもしんないから」
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そう言った明瀬ちゃんの顔を、私は見た。先程までの彼の姿、泣き崩れて、喪失に呑まれていたその時の表を思い出す。今も健全な神狀態になったとは決して思えないけれども、そんな素振りも見せず、ハッキリとした言葉で続けた。
「とにかく、この階の水道は使える筈」
明瀬ちゃんの言葉に葉山君が、苦い聲を出した。
「教室を出るだと。3階にまだゾンビは居ないが、防火扉が破られる可能があるんだぞ」
葉山君がそう言った瞬間に、遠くから大きな音が反響して聞こえた。廊下の先から金屬音が反響してきて、防火扉を叩く音だった。
私達は一斉に聲を潛める。恐怖が蘇ったのか佳東さんが肩を抱いてを震わせていた。金屬の扉を叩く音が何度も響いてくる。その音に反応して他のゾンビが集まってくる可能があるのではないだろうか。私はそう明瀬ちゃんに聞こうとする。
突然、音が収まった。次の音を待って私達は聲を出せずに。その沈黙を破ったのは、佳東さんの聲だった。
「っ、……げんかい」
「ふっざけんなよ、てめぇ!」
小野間君が慌てて立ち上がりながら怒鳴る。座り込んでいた佳東ちゃんの周囲の床に水が広がっていった。彼の制服のスカートに大きく染みが出來ていく。明瀬ちゃんが、そんな小野間君の顔の前に手の平を付き出して制した。
「男子は隅であっち向いてて」
佳東さんは座り込んだまま顔を両手で覆って俯いていた。鼻をすする音と嗚咽の聲がれる。明瀬ちゃんが傍にしゃがみ込むと、彼の肩を抱いた。
「大丈夫? 辛かったよね」
そう言って、佳東さんを立たせると、教室の反対側の隅に連れて行った。明瀬ちゃんはれ違いざまに私に目配せをする。私は頷いて、掃除用れからモップを取り出してくる。小野間君が苛立って、床を蹴り吠えた。
「落ち著け小野間、苛立ちは空腹によるものだ。だが、水がある以上、人間はそう簡単に死しない」
「なんでそんなに落ち著いてられんだよ!」
「ねぇ、外見てみて」
二人のやり取りを遮って明瀬ちゃんが窓の外を指差していた。私達は窓から外を覗き込む。街燈が夜になって自點燈している。しかし、街全は暗くて良く見えない。
明瀬ちゃんが指さしていたのは、街燈の傍に蠢く黒い影だった。目を凝らすとその正が分かって、私は息を呑む。理解したことを後悔した。
街燈の下で黒く轟く影、一瞬差し込んだ月のがそれを剝がして。何かの黒い塊であったそれが、數十のゾンビだと分かる。
「何……あれ」
ゾンビ達は街燈を中心にして、そのを寄せ合って集していた。一様に俯いて、肩を大きく上下に揺らしている。まるで度の高い円陣を組んでいる様だ。その行に何の意味があるのだろうか。
きが止まっている、と明瀬ちゃんが不思議そうに呟いた。明瀬ちゃんがゾンビの群れから目を離さそうとせず、その表は張り詰めている。真剣な眼差しに、私は聲をかけるタイミングを見失う。
「襲う相手が居ないから休眠狀態にったのかも」
「晝行なのかもしれない」
「ゾンビとは違うけど、マ-ク・フォ-スタ-監督の映畫では染者は暗闇の中だと半休眠狀態になるって設定があって、あとあんな風に集しているのはフランシス・ロ-レンス監督の――」
何か急き立てられるように明瀬ちゃんはまくし立てる。溫がどうだとか、紫外線がどうだとか、何を言っているのか私には半分も理解できなかった。
だが、理由はともかく、ゾンビが集してかなくなっているのは確かだった。
あの時、矢野ちゃんは教室の中に潛んでいた大量のゾンビの群れに突如襲われた。生徒數の割に廊下にゾンビがなすぎると、その寸前まで思っていたが、ゾンビには集して群れを作る習があったのかもしれない。今、私達が見ている様に。
ゾンビの群れを見ながら小野間君が、拳を握り締める。
「ゾンビ共のきが止まっているならチャンスじゃねぇか」
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