7-3

香苗に一言言い聞かせ、弘人は車を降りた。

鷹橋と桜を二人きりにするのが、正直なところ不安でもあった。桜はまだ中學生でありながら、その立ち振る舞いには危ういものをじた。鷹橋が容赦なく切り捨てると言い切ったのも、弘人の背中を押すのを手伝った。

前を行く桜が、件のチェーンソーを抱えていて、本當にあれでを守るつもりなのかと弘人は訝しむ。

コンビニの自ドアの前で鷹橋は足を止めた。店を覗き込む。弘人も違和に気が付いた。店に人影がない。駐車場に暴に止まっている車にも、誰も乗っていなかった。ゾンビから逃げるのに、車を置いていくとは思えない。

り口の自ドアはガラスが割れていた。三人は顔を見合わせてから足を踏みれる。耳を澄ませても音はせず、やはり人の姿は無かった。

店は雑としている様子であった。スチールの棚が床に倒れていて、通路を一部塞いでいた。押し寄せた人波で倒されたのだろうか。棚が倒れた事で商品は周囲に散し、一部は潰れ中が床に散している。一部は踏みつぶされているが、食料品の類は十分に殘っていた。

「外見張っといてくれ」

鷹橋が桜にそう言った。弘人は、コンビニのレジの向こう側にあるバックヤードのり口が気になっていた。店に人もゾンビもいない。車があることから、このコンビニに誰かが來ていたのは確かである。隠れているとすれば、バックヤードしかないと睨んだ。

そこで弘人は気が付いた事があった。

「これ、やばくないですか」

店の床からバックヤードの扉の向こうまで、の跡があった。何かを引きずった様なれた跡になって殘っている。の出る何かを引きずり、引っ張って行ったような。

そもそも、何故、これだけの資が殘っているのだろうか。人が來た気配はあるのだ。桜が店に戻ってきて言う。

「外は何ともないわ」

「二人とも、カゴに詰め込めるだけ詰め込んで、ずらかるぞ」

気になる點はあったがしかし、ゾンビが現れる気配はない。床に散している缶詰やペットボトルを、カゴに詰め込んだ。

「もっと荒れてるかと思っていたが、思ったより食料殘ってるな」

鷹橋の言葉に、弘人はやはりバックヤードについ目をやってしまう。あの車に乗っていた人々は、何故これだけの食料を放置して姿を消したのか。

弘人はどうしても、引きずったようなの跡が気になっていた。そもそもあの跡が示しているものは、本當にゾンビなのであろうか、と。

引きずった何かが死だとすれば、何故死をバックヤードまで引きずっていったのか。ゾンビの挙に、今までそんなきはなかった。彼等は、人を襲ったその場で貪っていた。

だが、これではまるで、と弘人は連想する。死を隠しているような、もしくは食獣が縄張りまで持ち帰っている様なものに通じる気がする。

店に突然現れる可能を危懼しながら、弘人達はゆっくりと店の外へ向かった。店に変化はない。

「まぁ、ゾンビのきなんて大した事無いからな。１くらいなら何とかなる」

鷹橋がそう言って、先を行こうとした瞬間。店の外を黒い影が過った。鈍い音と共に、弘人の脇を凄い勢いで通った何かが、吹き飛ばされた鷹橋だと遅れて気が付く。盛大に音を立てて、床に缶詰が散らばった。

「鷹橋さん！」

「こいつが……まさか」

床に倒れた鷹橋がそう聲を絞り出す。り口の外に居たのは、一の異様なゾンビだった。大柄な鷹橋を突き飛ばした程の力があるということになる。

その男型のゾンビは、今まで見てきた姿とは大分様子が違った。長は２ｍ近く、筋が激しく隆起した巨大な軀をしている。類は著しく破れて、ほぼ全が出しているが、は青白くその下に太い管が巡っているのがハッキリと見えた。

左に巨大化した心房が出していて、大きく脈打っている。丸太の様に太く隆起した腕と、それを難なく支えると姿勢。

ゾンビと呼ぶにはあまりにも異質な存在。だが、その眼はゾンビ達と同様に白く濁り、その表には意思のようなものが見えなかった。

今まで何処にも居なかった。その姿を見落とす筈が無かった。突然現れた異形の存在に、弘人は辿り著いた結論を口にする。

「待ち伏せされたってことかよ」

屋の上から、タイミングを合わせて飛び降りてきた。店のの跡の事を思い出す。もし仮に、あれが死を引きずった跡だとして。裏にまで死を引きずっていったのは、死を隠す為ではないだろうか。

何のために、か。店にれる為だ。

それは何故か。今の様に待ち伏せをする為だ。

出り口は一か所。その袋小路に追い込むため。それはつまり。

「知があるのか……！」