《クラウンクレイド》『8-1・心証』

【8章・闇夜に沈め/禱SIDE】

8-1

パンデミック発生2日目。

窓から差し込んできた朝のしがまぶたの向こう側で眩しくて。目を覚ますと明瀬ちゃんの顔が目の前にあって、私は揺してしまう。私が起きるよりも先に起きていた様で、彼は私の顔を見つめていた。咄嗟に目を逸らしてしまうと、明瀬ちゃんが片目を瞑った。

「おはよ、禱」

「……うん、おはよう。明瀬ちゃん」

私の返事を聞いた明瀬ちゃんが満足げに頷くと、勢いよく起き上がった。元気な様子が、いつも通りの明瀬ちゃんであるように見えて、私はし安心する。私もを起こして教室を見回すと、全員既に起床していた。明瀬ちゃんが全員に向かって、大きな聲で「おはよう」と挨拶をした。葉山君と佳東さんからは何の反応もなかったが、小野間君が応える。

「うっす、おはようっす」

「良いねー、良いよ、小野間君」

「あざっす」

唖然とする私を目に、明瀬ちゃんは返事のなかった佳東さんに話しかけに行った。彼の側にしゃがみ込み、明るく聲をかける。

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「おはよ、佳東ちゃん」

「え、……あの」

「佳東ちゃん、昨日は眠れた? 夜中何度か起きてたみたいだけど」

「それは、その……大丈夫……です」

明瀬ちゃんの姿を見ながら、私にはとても真似出來ないと思う。明瀬ちゃんは社的で人懐っこい格だった。その明るいキャラクターで誰かと距離を簡単に詰めてしまえる事が、私には時折羨ましくもある。

佳東さんの聲を遮って葉山君が口を開いた。

「ル-ルを決めましょう」

パンデミック発生から2日目。私達は冷靜さをし取り戻しつつあった。

3階の防火扉によって校舎部の階段は封鎖出來ており、3階廊下はひとまずの安全が確保されている為、トイレの利用に関しては葉山君が折れる事になった。ただし、教室から出る際には必ず二人一組にて行する事、防火シャッタ-の點検は一定時間毎に行う事がル-ル化された。

水に関しては、明瀬ちゃんが言うには暫くは持つであろうということだった。

葉山君がその話を聞きながら、佳東さんに向けてわざとらしく舌打ちをする。

「あと、あれだな。噛まれた奴は直ぐ殺せ、だ」

「駄目だよ、そんな」

小野間君が佳東さんにこれほどまで突っかかる理由は何だろう、と私は彼を諫めながら思う。葉山君が言葉を継いだ。

「いや、集団が生き殘る為には必要だ」

話題は自然と、ゾンビの件に移った。昨日噛まれた明瀬ちゃんは、今朝も問題なかった。やはり何か、抗の様なを持っているのかもしれない。染する人間としない人間の差異を抗の有無と考えるならであるけれども。

一時間ごとに試してみたが、ラジオや攜帯電話は相変わらず通じなかった。窓から街の様子を伺ってみても、道路には相変わらずゾンビが彷徨っているだけであった。晝間になって活が活発になっている。

昨日のは何処かから聞こえてきていたサイレンの音も聞こえなくなっていた。遠くの方で黒煙が上がっているのが見えて、目を凝らすと火災だった。窓の外を見ていると明瀬ちゃんが橫に來る。火事だ、と呟いた。

「こっちが風上だから大丈夫だと思うよ」

「禱は冷靜だね」

「そうかな」

「うん、そうだよ。ほんとに」

明瀬ちゃんがそう言葉を零す橫顔が、何処か遠くを見ている様な表で。私は理由も分からずが苦しくなる。

「あのさ、矢野ってさ、私達の事……。ごめん、やっぱり今のナシ」

明瀬ちゃんが慌ててそう言った。気まずそうな顔をしていて、私は口をつぐむ。沈黙が嫌になって、私は別の話題を探した。

「明瀬ちゃんはやっぱり凄いよね」

「何の話?」

「誰とでも仲良くなれそう」

「あぁ、さっきの? 思ったより小野間君のノリ良くてビビった」

「多分、は良い人だと思うんだけど」

私がそっと肩越しに教室の方を見る。小野間君と葉山君の二人が何かを話していて、佳東さんは教室の隅で膝を抱いていた。

小野間君が昨日の夜見せた面は決して、彼が悪い人間では無い事の表れであるように思えた。私の視線の先に気付いて、明瀬ちゃんがし聲を落とした。

「佳東ちゃんの事?」

し気になる。小野間君が妙に佳東さんに突っかかってるじがする」

「……ゾンビ映畫ってお決まりの展開があってさ」

私が怪訝な顔をしていたのか、明瀬ちゃんはしバツの悪そうな顔をする。またいつもの様に、映畫のウンチクを語りだすのではないと明瀬ちゃんは指を顔の前で振った。

「ゾンビが暴れまわるのなんて序盤までなんだよ。最後は人間同士のめになってくの」

「じゃあ、もうラストに近づいているんだ」

「みんなの力を合わせて、困難に立ち向かうのラストにね」

明瀬ちゃんがそう言って笑って、それをけて私も笑う。

明瀬ちゃんの口ぶりはいつも通りで、し安心した。昨日の、魂の抜けてしまったような明瀬ちゃんは何処にもいなかった。元気になった、という形容は間違っていると思った。強く前を向こうとしている。何らかの切っ掛けでその心境の変化が起きたのだろう。けれども、その切っ掛けが私には分からなかった。

「佳東ちゃんの事は、私も気にしておくからさ」

「明瀬ちゃん、ありがとう」

「それより私は、葉山君が気になる」

「何が?」

「上手く言えないけど、妙なじをけるんだよねー」

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