《クラウンクレイド》『10-4・善意』

10-4

「禱、禱茜と言います。高校生です」

でした、と言うべきだっただろうかとふと思った。樹村氏は、沸かしたお湯でコーヒーを淹れて、私の方へ差し出した。一つお禮を言って、それをけ取る。樹村氏が私の正面に座った。

私は、パンデミックが起こってから近くの家に隠れ住んでいた、という話をした。魔法の事は伏せた。ゾンビを回避しながら周辺の探索に來ていた所でゾンビから逃げる際に、塀から落ちて気絶したところまでかいつまんで話した。

「樹村さんは此処でお一人で?」

「妻も昔に他界し、子供も巣立った。そもそも一人だったのでね」

幸いにも、家の周囲は壁で覆われており外部からの侵は防げている、と彼は言った。私達も、拠點にしている明瀬ちゃんの家が脅威に曬された事はない。一番の問題點は、水や食料だった。私が周辺に探索に出ていた理由もそれだった。

「庭の畑と備蓄で何とかはなっているよ。私一人だけだからね」

リビングの窓から接する庭が見えて、確かに庭一面の家庭菜園スペースがあった。

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「電気と水は?」

「太発電が敷いてあるのと、水は雨水を利用している。あぁ、濾過はしてあるから心配しなくて良いよ、今まで不調が出た事はない」

そう言って彼はコーヒーに口を付けた。コーヒーの味に邪魔されて、濾過した雨水とやらの味は分からなかった。雨水を飲料水に転換できる程ならば簡易な濾過ではないだろうし、一回沸騰させているから、彼の言う事をそこまで疑っているわけでは無かった。

発電は羨ましくある。魔法で炎が使えても、それは決して萬能では無かった。

「君は一人で?」

「いえ、友達との二人で」

「それは大変だったね」

「それは、まぁ。々と」

私が外の景を気にしたからか、彼は言う。

「今はまだ戻らない方が良い。頭を打っているようだし、それに『彼等』が活発な時間だ。どうも君を追って、家の周りが囲まれているようなのでね」

はまだ傾いていない。私が頭を打って、そこまでの時間は経っていないようだった。ゾンビが壁を越えてくる可能は低いが、取り囲まれたままでは私も出が出來ない。夜間になって、活が休止した所を狙うしかない。

あの數は、魔法で一掃するとしてもリスクが大き過ぎた。その出力の魔法だと反けなくなる可能も大いにある。

「本當は、君を一人で帰す事をするべきではないかもしれないが」

彼はそう言った。そんな言葉が、久しぶりにじた「正常」なモノの様で。有難くも、私は適當な言葉で濁した。魔法があっても彼を守り切る自信はなく、故に彼のじている罪悪に私は目を背ける。

「もし君達がむなら、此処に移ってきてもいい」

その申し出は、有難くあった。それは余りにも良心的で、彼の善意が痛い程じられた。一人であれば何とかなる、と彼は言っていた。それでも尚、私に手を差しべようとしている。

「さっき、ヘリを見ました。救助の可能に賭けて、ヘリの方角へ私と友達は移しようと思っています」

私の返事は、彼の言葉とは真逆のを含んでいる事を、私は否定できなかった。

「そうか」

「あの……樹村さんは」

「私は此処に殘るよ」

彼はそう言い切った。私は口に出さないが、それは無謀な事ではないだろうかと思った。

確かに、彼一人で現狀生活できているかもしれない。しかし、外界との接が途絶えた狀況ではしのトラブルが危機になりかねない。太発電の不合一つで、晴れの天候が続くだけで、畑だってこの規模では長期間廻していくには厳しい。

私のその考えが表に出ていたのか、彼は釈明するかのような言葉を語る。穏やかな口調で。

「私は此処が臨終の地でも良いと思っているんだ。妻は死んで、子も孫も既に大きなった。何処かで生きていてくれれば、とは思うが世界がこんな狀況ではね」

「それは、寂しい事じゃないですか」

「獨り立ちした時點で、未練はないよ。いつ別れても良いように、中途半端な生き方も接し方もしてこなかった」

その聲は落ち著いていて、穏やかであった。其処には、諦めというや自棄や絶といったとはまた違うものがあった。彼の底にある死生観によるものではないか、と私は思った。

樹村氏は70歳だと言う。自の死を明確に捉えて生きるには、その年齢は若すぎるとも私は思う。

「例え此処で息絶える事になろうとも、私が『彼等』に食べられて死のうとも、それは生死の観點からすれば正しい事だ。勿論、君がその言葉に頷く必要はない」

「私は……、何があっても生き殘るべきだと思います」

「それもまた正しい。君はまだ若い。人という種族の為にも、この社會を構築する為にも、君のような若い人は生き殘るべきだ。けれど、私は違う。見ての通り年を取り過ぎた」

彼が私の手元を見て、コーヒーのお代わりを聞いてきた。私は首を橫に振ったが彼は構わず二杯目をれた。遠慮することはない、と彼は言う。リソースは有限だが、それは未來の為に使うべきだ、と。

彼の骨ばった手がコーヒーを注ぐのを見ながら、私は言葉を探す。

「まだ、全てを捨てるには早すぎると思います。ましてゾンビに食べられても良いなんて」

仮に、彼が噛まれたとすれば。人は一人減り、ゾンビは一人増える。この絶的な世界での生存を、私達とゾンビの抗爭とするならば、私達は一つ敗退する事になる。

例え彼がもうとまなくとも、その死を選ばれた時、なからず私達の首を絞めること同義だと思った。

「人は長生きに、そして強くなり過ぎた」

カップに注ぎ終わった事を、その水音が報せてきた。彼は深くソファに座り直し、深い溜息を吐く。

「アンブレラ種という言葉を知っているかい?」

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