《クラウンクレイド》『10-5・頂點』

10-5

「いいえ」

アンブレラ種、聞き慣れない言葉だった。私は聞いたことが無いと、素直に首を橫に振る。

傍らの萬年筆とメモ用紙を手に取って、樹村氏は何かの図を描き始める。大きく三角形を描き、その間に橫線を書いていく。四層構造のピラミッドの様な図形が出來上がった。その一番下に彼は草花の簡易な絵を描き、その上に蝶の絵を描いた。さらにその上の階層に鳥の絵を描くと、一番最後に三角形の天辺にある階層に、そこからはみ出しながら大きな鳥の姿を描いた。

下から草花、蟲、小鳥、猛禽類と彼はペン先で指しながら示す。

「食連鎖は知っているね」

「はい」

「細かくは省くけれども、草花を蟲が食べ、その蟲を小鳥が食べ、その小鳥を大きな鳥が食べる。上に行くほどその生態系の中で強者であり個數が減っていく。生態系のピラミッドというやつだ」

捕食の関係は繋がっていく。草を食べる蟲を食べる小鳥を食べる大型の鳥という様に。そして他者を食べる生はその食べる生よりも巨になる。個が小さい程數は多く、個が大きい程數は小さくなる。それを図式的にしたものが生態系のピラミッドだった。この場合、草花が最も數が多く捕食の関係の上では最も弱い。それを食べる蟲が上に來て、草花よりも個數を減らす。それを続けていくと、猛禽類が一番上に來て、この様なピラミッドの図を描ける。

Advertisement

「アンブレラ種というのは、この天辺に立つ様なの事だ。本當の定義を詳しく説明すると厳には違うのだが、そういうものだと思ってくれ。それで、この天辺に位置する猛禽類、とりあえずタカとしようか。このタカが生育できる環境であれば、この下にある種の生育も保全出來ていると考えられる」

この図だけで説明するならば、タカは植を食べず、タカの下に位置する小鳥を食べる。タカが無事その環境下にて生育出來ているならば、タカの餌になる小鳥が生育出來ていることになる。そして、その小鳥が生育出來ているということは、その下の蟲が生育出來ているということになる。さらにその下の草も、と続く。

つまりタカを頂點として見て、他の種をその傘下と見る。故にアンブレラ種なのだ、と彼は続けた。その環境における保全上の目安となる種である、と。何処かが崩れれば、その三角形の頂點は崩れ落ちてしまう。

「他にキーストーン種という言葉もある」

「それも聞いたことがありません」

「環境に與える影響が大きく、そして個數がない種の事だ。例えば、このピラミッドの中の小鳥の一種が消えてしまったらどうなるだろうか」

ピラミッドは歪な形に変わる。つまり、生態系のバランスが崩れるということだ。

まず、小鳥の一種類が絶滅か激減した場合、その餌となっていた蟲の一種が、捕食者が消えたことで數を増やす。個數が増えることで、その蟲が餌になっていた草が減り、そういった連鎖で生態系は大きく崩れる。

似たような話を聞いたことはあった。

「生態系が崩れる、というのは必ずしも間違いというわけではない。もしかしたらその小鳥は絶滅して當然の生態だったのかもしれない。小鳥が消えた事で増えすぎた蟲はそのうち飽和して數を適正なまでに減らすかもしれない。それは自然の結果であるなら、そこに善悪はない」

「それは、そうかもしれませんが」

「問題は、その過程に人間が関わった場合だ。この世界に、人間は関與し過ぎた。人間も自然から生まれ、生態系の一つに関與するものではあるだろう。しかしだ、人間はアンブレラ種でもキーストーン種でもない。

頂點に立つような捕食者でありながら、數は多く、環境に多大な影響を與える。ピラミッドから外れてしまった種だ。それは、とても怖い事だよ」

「ピラミッドから外れた、ですか」

「人間はピラミッドから、生態系から逃れてしまい、そして自分達で新しいピラミッドを作ってしまった。それを拡大していく為に、何かを絶えず犠牲にしながらね」

人は農耕と科學の発展によって、その生息地を拡大し続けてきた。その活を広げ続けてきた。その影響力は、人が加わっていた生態系を簡単に壊してしまう程に。

かつて、人は自然に対して大きく無力だった。そして持っている力も小さかった。數もなかった。それが崩れたターニングポイントは二箇所ある。

農耕の発見によって、まず人は大きくその數を増やした。

科學の発達、所謂産業革命によってその力は大きくなった。

その二つが揃った時、人は生態系のピラミッドの外に外れてしまった。生態系のピラミッド全てに関與出來るようになってしまった。自分達の生態に直接関與しない場所に手が屆くようになってしまった。その結果、滅んでしまったモノも、壊れてしまったモノも、數多くある。それは嫌という程、私達は知っている筈ではある。

人はピラミッドから外れた存在だと、誤解を恐れず言うならば、それは最早神であると樹村氏は言う。

「ゾンビ、と君は『彼等』を呼んだね。ゾンビとは民間伝承や創作の中では蘇った死者の事を指す。『彼等』は厳には死者ではない。生命活の為に人をエサとする、生きだからだ」

「……何をおっしゃりたいんですか」

「観察を続けてきたが『彼等』の発生原因は分からない。染原因も、がキーになっているようだが原理は不明だ。だが、確かに『彼等』は生なのだよ。人を喰らい、人を介にして増える新種の、だ。

私は『彼等』こそが人間を生態系のピラミッドに戻してくれる存在だと思う」

      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください