《クラウンクレイド》『11-2・星空』

11-2

「一人で行ったりしないよ」

「そうじゃ……なくて」

私を抱きしめる明瀬ちゃんの手に力がって、私はけずにいた。突然の言葉と、突然の出來事に、驚く自分が居た。先程、あれほど取りした彼の姿はなく、どこかしぼんでしまっていた。

明瀬ちゃんは今まで、泣き言も恨み言も言わず気丈に振る舞い続けてきていた。ただそれが、逆に私には怖かった。こんな狀況にあっても、私を誹ることすらしなかった事が。だから、ああやって怒鳴った事が、そして今泣いている事が、逆に正しくて良い事であるのだと私は思い直す。

「私が明瀬ちゃんを守るから」

私が明瀬ちゃんを置いていったりする筈が無い。私は、彼の為にただ進むだけなのだから。

暫くかなかった明瀬ちゃんが、鼻を利かす素振りを見せる。何かを嗅いでいるようで、私は怪訝に思っていると、明瀬ちゃんが顔を上げる。

「禱、髪が焦げてる」

「え。多分さっきの時だ」

私がそう言うと明瀬ちゃんはし複雑な表をした。そうしてから、何かを思い付いた様にその手を打った。その人差し指と中指を立てて合わせるような、「チョキ」のポーズを何度か繰り返してから言った。

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「焦げた所、切ったげるよ」

明瀬ちゃんがそう言って、洗面所から髪用のハサミとクシを持ってきた。私を椅子に座らせて、明瀬ちゃんは私の背に立った。背筋をばすと、彼の指がゆっくりと私の髪にれた。耳元で髪のれる音がする。優しく髪を引っ張られて、頭の上で細い指がいているのが分かった。それから、金屬のクシが私の髪にる。

「禱って髪長いよね、大変じゃない?」

「もう慣れたよ」

「最初はショ-トだったよね?」

「長い方が似合いそうって言ったの、明瀬ちゃんだよー」

「そんな事言ったけ、私?」

「言ってたよ。ひどいよ、適當に言ったんでしょ?」

「いやいや、実際似合ってるしさ」

口を尖らせた私を、明瀬ちゃんがひとしきり笑って、そして呟いた。

「それじゃ、あんま短くなんないようにしなきゃね?」

髪をそっと引かれて、ハサミがゆっくりと咬んでいく音がした。切られた髪が床に落ちる音がする。焦げてれた黒い髪が、フローリングの床をって私の足元に見えた。

髪をばしたきっかけは、明瀬ちゃんの一言がきっかけだった。何気ない言葉だった。私の髪形がショートヘアだったから、弄れなくてつまらないとぼやいた時の本當に何気ない言葉。

當の本人は言った事をやはり思い出せないようでいた。私が傍らに広げていた地図を見てか、明瀬ちゃんは私の頭に問いかけてくる。

「それで、どこまで移するつもり?」

「西に向かって、とりあえずホ-ムセンタ-に行ってみようと思う」

「矢野と文化祭の買い出し行ったところだ」

明瀬ちゃんは手を止めずにそう言った。ハサミが立てる金屬のれる音が痛い程響いた気がした。

「ホントなら文化祭とっくに終わってるじゃん?」

「……そうだね」

「見たかったなぁ、矢野のプラネタリウム」

そんな話もあったと思い出す。もはや、あの日の出來事は、あの日の會話は、數年前の出來事であったかのように、遠い日の様にじられた。全てが崩れたあの日、私達はそれが起きるなんて事、予知するなどなかった。

明瀬ちゃんが先を切り揃え終わると、私の髪にクシを通す。

「禱さ、星を見に行きたいっていってたじゃん」

「うん」

「ニュージーランドにある湖とアイルランドの半島が世界三大星空なんだって」

「そんなのあるんだ。 ……一つ足りなくない?」

「もう一つは忘れた」

三大夜景は聞いたことがあったが、三大星空というのは聞いたことがなかった。明瀬ちゃんは、いつも何処からそんな話を仕れてくるのだろうと思った。

相槌を打つ私に、明瀬ちゃんは、別にそこに行きたいわけじゃないと言う。

「話の流れ的に、明瀬ちゃんがそこに行きたいんだと思ったよ」

「違うけど。でも、星を見に行こう」

「うん?」

「私達が一番綺麗な星空を探そうよ」

私達が、と強く言った。

誰かが決めた、誰かが言った一番なんて免だと。綺麗なものなんて、自分ので決める、と。明瀬ちゃんはそう言う。星空を探しに行くなんて言葉は、とても魅力的に聞こえた。終わりそうな世界でも、星空はきっと変わらず其処にあるだろう。

髪を切り終えると、明瀬ちゃんは私の髪を結い始めた。指をせわしなくかして、私の髪を絡めていく。

「世界中の誰も知らない所、世界の果てみたい場所、そういうじのさ、私達だけが知ってる星空。いつか探しにいこうよ」

「うん」

【11章・いつかの景に星空を見た 完】

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