《クラウンクレイド》『12-2・到著』

12-2

明瀬ちゃんがそう言って、私は肩越しに振り返る。指差されたのは、道沿いにあるコンビニだった。駐車場には何臺かの乗用車が乗り捨てられており、その何れもが雑な場所に駐車されている。

コンビニ特有のガラス張りの壁で、店の様子は確認出來た。中に人影は見當たらない。明瀬ちゃんがペダルを漕ぐのを止めた。私は暫く悩んだが、店る事にする。食料に関して不安を抱えている以上、補給できる可能を潰したくはなかった。店外を一周して、中の気配が無い事を確認する。店のり口の前で足を止めて杖を構えた私に、明瀬ちゃんは聞いた。

れそう?」

「大丈夫だと思う」

り口の自ドアは大きくヒビがっており、その亀裂は雷を思わせる。そしてその大部分が喪失していた。思っていた通り、通電していない為ドアは反応しないものの、その大きな割れ目からを潛らせれば店れそうだった。念の為に杖の先でガラスの斷面の棘をで、を広げる。ドアのしていないそこから私達は店の中にった。

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スチールの書棚から天井にかけて、大きな蜘蛛の巣が幾つも張っていた。食料の類の棚は、綺麗に何もなくなっていて、棚の白い板には埃だけが積もっている。床の所々に食品が落ちていて、その袋や容は破損してれだしている。水分は飛んで表面は乾いて、何かのカスであることしか分からない殘骸になっていた。

床には食品に含まれていた砂糖か何かが、水気が渇き黒いヘドロの様に変わっていて、べたつく跡に変わっていた。その周囲には蟲が集まっていたが、その殆どが乾いた死骸に変わっている。大小り混じったハエが、死骸の大半を占めていて、細く折れた足が揃って上を向いて並んでいた。

床をゲジゲジの類が這い回っていて、私の靴の先を舐めていった。私がそれを踏まない様に避けて進むと、それらは棚の下のに潛り込んでいく。そのちょっとした闇の先に何が蠢いているのか想像したくもなかった。細かい羽蟲が顔の前を過っていって、それを避けようとして頭をかすと髪に蜘蛛の巣が引っかかった。手で髪を払いながら、私は吐き気を呑み込む。

音に振り向くと、私の腕よりも太い軀のネズミが、棚の上を走り抜けていく。それを見た明瀬ちゃんが聞いたことも無い悲鳴を出した。

ゾンビよりもネズミの方が嫌だ、と明瀬ちゃんが渋い聲を出す。

の床や壁には大量のが飛び散っていたが、表面は乾ききっている。出元である人の姿は勿論、その死も無かった。の跡は黒く変してくすんでいる。その近くで何かがいていて、私は目を凝らす。ネズミの死が床に転がっていたが、その茶は一部しか見えず、その表の殆どを蠢くウジが埋め盡くしていた。大量のウジによって、死がまるで生きているように、僅かにき続けていた。

「最初にパニックが起こった後、生き殘った人がみんな食料を求めてきたんだろうね」

その人達は今も何処かで生き殘っているのだろうか。

幸いにも、店にはゾンビの姿も見當たらなかった。もっとも、商品の殆ども消えてしまっていたけれども。ガムと米菓の類は僅かに殘っていたので、私はそれをバックパックに詰めた。

明瀬ちゃんが冷凍食品の冷蔵庫を覗き込んでいたが、電気の供給が止まって全て溶けてしまっているようだった。冷凍食品の類は消えていて、アイスと水のった袋しか殘っていない。元は氷だったことが、ラベルの文字でようやく分かった。

明瀬ちゃんがアイスの袋をひっくり返し、になったそれに口を付けたが、マズいとんで床に吐き出した。水音が跳ねる。

飲料もエナジードリンクの類が多殘っているくらいだった。無いよりは良いとそれも詰め込む。明瀬ちゃんは二本だけ殘っていた酒瓶を回収していた。

「明瀬ちゃん、呑む気?」

渉に使えそうだから」

渉?」

「他の生存者と會った時とかね?」

流石明瀬ちゃん、頭が回る。と私は素直に心した。

「救助のヘリと無事合流出來るのに越したことはないけどさ」

ってきた時に使ったから私達は外へ出て、コンビニを後にした。再び移を開始する。明瀬ちゃんがまたペダルを必死に漕いで、私は自転車の荷臺に腰掛けた。先程手にれたお菓子の袋を開けて、袋からつまんで明瀬ちゃんに渡す。片手を離して漕ぎ続けながら、明瀬ちゃんはそれをけ取り言う。

「こういう時に歌舞伎揚げって何か似合わなくない?」

「普通のおせんべいもあるよ」

急時の食料っぽいのってクッキーとかじゃん? 煎餅じゃ雰囲気が出ないんだよー」

「雰囲気……?」

「煎餅食べてるゾンビ映畫なんてないってこと」

「ゾンビ出てくる現実も無いと思ってたよ」

明瀬ちゃんのいつも通りの「ゾンビトーク」は、きっと現実逃避とかではなくて。多分、この現実と、現狀と、上手く付き合う為の心の整理の付け方なのだと思う。

小野間君の言葉が脳裏を過る。

傍から見れば、冷靜過ぎて末恐ろしささをじる。そんな彼のは正しかったのかもしれない。あの日、あの三人を見捨てた事も。変わり果てた姿で現れた小野間君に魔法を向けた事も。私の心のっこはどこか冷え切っている様に思える。

全ては明瀬ちゃんの為だった。例え全てを切り捨てても、私は守り切れるのなら構わない。例えば、次に會うゾンビが変わり果てた姿の葉山君だったとしても。

「禱、もうそろそろ著くはずだけど」

途中、事故った車が道を塞いでいたりして、進路を変えたりもしたが、それでも順調な移だった。遠くにゾンビの姿らしきものを何度か見かけたが、距離が離れていたので接することもなく済んだ。自転車は思ったより音を立てないおかげもあるのかもしれない。ヘリの姿は今日は見えない。とは言え、當初の目的地はホームセンターだった。ヘリがいなかった場合、そこでまた次の目的地を考えればいい。

ホームセンターの駐車場に到著して明瀬ちゃんは言う。

「やばいね、これ」

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