《クラウンクレイド》『16-4・Cloudy』
16-4
鷹橋の言葉を後にして、弘人は梨絵を抱えたまま縄梯子へと足をかける。梨絵はいつのまにか泣き止んでいて、大人しくなっていた。恐怖からか、そのは小刻みに震えている。子供一人抱えたまま縄梯子を昇るという事に、多は苦戦したものの、無事昇ることが出來た。それを可能にするほどに、梨絵の重が軽い事に弘人は驚く。
こんな小さなで、彼もまた必死に生きているのだと。それを忘れていた事を思い知らされる。まだ彼は6歳でしかない。この殘酷で悲慘な狀況を完全に理解出來ていない筈で、両親とずっと會えずにいる。それでも滅多に泣かないことは、きっと梨絵なりの強がりだったのだろう。
焦る気持ちも相まって通常の倍程の時間がかかりながらも、弘人は窓まで到達してサッシに手をかける。床に転がり込むように、弘人は建の中へと戻った。梨絵を上手く抱えたまま床に転がり込んだ弘人へと、香苗が相を変えて駆け寄ってくる。
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「弘人君、大丈夫!?」
「大丈夫だ、鷹橋さんを助けに行かないと」
そう言って弘人が起き上がろうとすると、明瀬が首を橫に振った。彼は窓の側に立っていて、弘人から視線を逸らす。
「2階から、見てた。鷹橋さんは多分もう」
「何だよ、それ!」
そうんだ弘人の腕に、突如として激痛が走った。鋭い痛みに、弘人は視線を落とす。
梨絵を抱えていた腕からが溢れ出して、弘人のシャツを汚していた。抱えていた梨絵を汚してしまうと、弘人は手を離そうとした時に気が付いた。腕の傷は、噛み傷だと。そして、また。新しい激痛が腕に走った。何かが刺さりを貫いた類の痛み。
「そんな……!」
「……離れろ、香苗……!」
弘人の腕の中で、梨絵がき聲を上げた。
腕に噛み付いたのは梨絵だった。その小さな指を一杯広げ、細い腕を必死に弘人の腕を摑んで、そのい口で歯を立てていた。小さな犬歯は、子供のものとは思えない程の力で、管へと深く突き刺さる。に空いたから溢れ出したが止まらず、脈拍が跳ね上がったのが、鼓を叩く心音で分かる。が腕から抜けていくがはっきりと分かった。意識が一瞬遠退く。
しかし、弘人は梨絵に腕を噛まれながらも、抱き抱える事を止めようとしなかった。梨絵に腕を噛み付かせたまま、脇を締め梨絵を抱き抱えなおす。痛みを噛み殺そうとする程、強く奧歯を食いしばり、絞った聲を上げる。
「っぁぁぁ!」
「弘人君!」
「っ逃……げろ、香苗。俺は噛まれた」
梨絵が顎に力をれて、牙が更に鋭く管へと食い込んだ。皮と共にが裂けて、赤く水気のあるが覗いているのが見えた。
梨絵が染し、ゾンビ化した。そして、その梨絵に自分もまた噛まれた。故に染は避けられず、このままでは香苗と明瀬を危険に曬す、そう弘人は判斷していた。故に、今も尚、梨絵の事を強く抱え続けたままでいた。ゾンビ化した梨絵、そして自らも彼達を襲ってしまう恐怖が弘人を突きかす。
香苗が弘人に近付こうとしたのを、明瀬がそれを引き留めた。背中から羽い締めにして、弘人に近付こうとする香苗を必死に止めていた。香苗はそれを振りほどこうともがき、そしてぶ。
「駄目、駄目よ! 弘人君!」
「階……段のバリケード……抜けて、裏、口へ行け!」
駐車場側には降りられない。ゾンビの群れとあの大型ゾンビが居る。それならば階段のバリケードを突破し、ホームセンターの業務用口から出する方がまだ可能があった。1階フロアのゾンビも數十いるものの、階段から業務用口までのルートに集中しているわけではない。
弘人が吐き出した言葉に香苗は首を激しく橫に振る。
「弘人君も一緒じゃなきゃ駄目!」
「香、苗まで、死な……せるわ、けには……いかない。明……瀬、頼む」
弘人は聲を絞り出した。意識が遠のきそうになるのは、痛みと出によるものなのか、それとも染して理を失いつつある為なのか判斷が付かなかった。
弘人に言われた明瀬が、意を決した様に頷いて。香苗を無理矢理引きずっていく。その力強さに、弘人はし驚くも安堵した。
香苗が何度も名前を呼び続けていて、だが弘人は去っていく香苗から視線を外した。今もう一度、香苗の顔を見てしまえば、決意が揺らいでしまう気がして。
「香苗……悪い」
二人が通路の角へ消えたのを待ってから、弘人は強く抱きしめていた梨絵を見る。
梨絵の瞳は白く濁り、牙を剝くその姿にかつての面影はなく。荒い呼吸が半開きの口かられていて、大量の唾が薄く小さなを照らす。元をシャツ越しに強く摑まれ、爪を立てられ。力のらなくなってきた左手で彼の肩を押さえつけても、それをものともせず梨絵の顔が眼前にまで迫っていた。噛み付くという行為だけが、梨絵の全てを支配しているようで。
「……ごめんな」
弘人は梨絵の目を見ながら、右手でその首を摑んだ。
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