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明瀬は階段のバリケードを崩し、それにより作った隙間をかいくぐると暗い階段へ飛び出した。１階フロアまで駆け下りていく。幅の広い階段を一段下るごとに、死の臭いが充満していくのがじられた。何度も嗅いだ、嫌と言うほど知っている覚だった。

進むほどに、ゾンビが彷徨っている足音が聞こえてくる。き聲が斷続的に響いてフロアの壁に反響する度、その合間にる彼等の足音から、１階にどれくらいの數がいるのか把握できる気がした。それ故に、自分の覚が鋭く研ぎ澄まされていると、それを意識せずともはっきりとじられる。生命への危機で、神は高揚し、脳が沸騰している。嗅覚と聴覚が、今まで経験した事が無い程に過敏になっている。

１階フロアから出が可能であるのは、裏口である業務用通用口だけだった。最短ルートを香苗に聞こうと明瀬が振り返るも、後ろには誰もおらず。明瀬は思わず聲を上げる。

「香苗さん！？」

バリケードを突破した時から付いてきていなかったのか。

生命の危機に瀕して心拍數は上がりっぱなしであった。それ故に、彼の存在にまで気を配れていなかった。そして完璧に油斷し切っていた。バリケードまで連れていった時點で、弘人の事は諦めたと、明瀬は勘違いしていた。

今んだ自の聲で、ゾンビが反応した事が、その音から明瀬には分かった。フロア中から足音とき聲が聞こえてくる。

その足音が引きずる様なたどたどしいものばかりであった事から、走れるタイプのゾンビがいないと推測する。

それならば、今ならば。チャンスはまだあると思った。

ゾンビが階段に集まってくる前に裏口まで駆け抜ける。

「香苗さん、ごめん！」

明瀬は駆け出す。

階段の側にあったフロアマップを頭に叩き込む。裏口までは１階フロアを真っ直ぐ突っ切る必要があった。レジの近くにあった商品のキーホルダーの山から幾つかを鷲摑み、走る方向とは明後日の方向へ思い切り投げた。床に落ちてっていったキーホルダーが鈴の音をやかましく鳴らす。ゾンビが反応してき聲を上げる。

商品売り場の通路を駆け抜ける。棚と棚の隙間から突如としてびてきた腕を、を捩って躱す。後ろからゾンビが追いかけてきているのに気が付き、別の通路へと駆け込んだ。掃除用の棚からモップを一本拝借し、それを抱えて走る。通路の向こうから歩いてくる一のゾンビへ向かって、モップを前に突き出したまま走り込む。

肩のあたりにモップの先をぶつけて、勢いよくゾンビを押し倒す。上半の一點目掛けて、思い切りぶつかればバランスを崩すだろうという予測だった。床に倒れたゾンビを明瀬は飛び越える。

「強引なのはタイプじゃないの！」

裏口が見えた。話に聞いていたように、バリケードが崩壊していて、扉が開いている。そもそもの元兇でもあった。

ゾンビの腕の下をスライディングしてり抜ける。裏口まで辿り著いて、走り込んだ勢いのまま勢を崩しながらもそのまま駆け抜ける。重たい金屬の扉は蝶番の部分から壊れていて開ける必要すらなかった。

扉の隙間を駆け抜けてホームセンターの外に出た瞬間に、降り注いたしで視界が一瞬白く染まり目を瞑る。

「っ出！」

外に出て明瀬は目を開ける。まるで刃の様なしに目が眩む。そうして見えた景に理解が追い付かず、明瀬は遅れて息を呑んだ。ホームセンターの裏手は室外機が壁沿いに並んでおり、搬車用の駐車場として地面はコンクリート舗裝されている。そして、裏口から敷地出口までの道を塞ぐように「それ」は存在していた。

明瀬が目にしたのは、あの大型ゾンビの姿だった。表にいた筈の存在が、何故か今は裏口にいた。そして、その大型ゾンビの後ろには、橫幅十メートル程の道を覆いつくして蟲の様に蠢いている大量のゾンビの姿があった。待ち伏せされた、そんな言葉が無意識に口をついて出る。

そして、大型ゾンビのその顔を見て、明瀬は聲を震わせた。梨絵があの時、勝手に外に出ていった理由を今此処で理解する。

大型ゾンビの顔に見覚えがあった。

確かにその顔は、葉山であった。あの時、出する時に別れた葉山が、そこに立っていた。

「なん、っで！」

正面突破は無理だと判斷して明瀬は背後を振り返る。だが、店の中から湧き出してきたゾンビの姿があった。裏口の扉にをぶつけ、しかしそれを気にも留めず、明瀬へと飢えた獣の如く向かってくる。

向けられた無數の手に、明瀬は矢野の死の景を連想した。蠢く無數のそれに、首筋をしっかりと摑まれているかのようで。その指先が、自分の皮を、自分のを、引き裂き沈み込みそして塊に変えていく。そんな想像がを締め付ける。

頭を抱え、その場にうずくまる。

「なんでなんでなんで！　こんなの！」

けなかった。恐怖と絶が、明瀬の足首を摑んでいた。噛まれた景が蘇る。あの時の様に、自分の腳をゾンビが摑んでいるようで、その幻想が過る。足がかなくなる。噛まれた記憶が何度もフラッシュバックして、その景に矢野の最期の景と重なる。

ゾンビの歯が皮をぶち抜いて、の空いた箇所から赤一のが溢れ出し。の塊と何かの臓が宙を舞って飛沫を散らす。き聲を吐き出すゾンビの口が赤く染まって、変した歯からびた犬歯に片が垂れ下がって。片と変わっていく矢野の姿が、絶で悲鳴を下げる矢野の顔が、気が付けば明瀬自の顔に変わっていて。

「死、にだ、ぐない！」

うずくまった明瀬へと狙いを定め、大型ゾンビがき出す。ゾンビよりも遙かに広い歩幅で、悠然と、しかし一気に距離を詰めていく。その太い腕が風を切りながら振り上げられた。

けなくなった明瀬が顔を上げると、その目の前には、その視界一杯には。大型ゾンビがいて。

隆起した筋と管が脈打っているのが見えて。振り下ろされた腕が、影を作りながら落ちてくるのが見えて。明瀬は反で目を閉じた。

目を閉じて見えたのは、いつかの星空の景で。星が瞬く合間程の一瞬に、あの日のプラネタリウムの星空が見えて。それを並んで眺めていた禱の橫顔を思い出す。暗い景でもはっきりと分かったあの表。星を見に行きたいと言った彼の言葉に隠された、本當の気持ち。

それを理解しても尚、明瀬の脳裏を過るのは下らない事で。死の間際、走馬燈が見えるのは、本當だったのかと。

嗚呼これが、私の最期だったのだと。

「穿焔―うがちほむら―！」

【１６章・それはまるで星の様に　完】