17-2

禊焔―みそぎほむら―の名を告げて、杖の先で焔が渦を巻く。その勢いに圧倒され、杖を握る腕が震える。まるで花火の様に杖の先から激しく火のが散る。吐き出した炎が制しきれない程の出力で、杖に振り回されて私はよろめく。

葉山に距離を一気に詰められ、その一撃の程圏にっていて。腕を引き、拳を握り、私へと向かって振り下ろされるその腕を、その一瞬を見逃さず。炎を放出し続ける杖を、振り回されそうになるそれを抑え込みながら正面へと無理矢理向ける。

「此処で……あなたは消す」

火線が駆け抜け、それが突如膨れ上がる。空中に、火の海の水平線が描かれる。目の前の視界全てを塞ぐほどの盛る炎を真正面に吐き出した。最大出力で放出した炎は、全てを呑み込みながらもその勢いが途切れることはない。単純で小細工なしの一撃。まるで線の様に全てを薙いで燃やし盡くす焔が、一層燃え盛る度に空気を食み旋風を起こす。

杖を握る手が、地面に踏ん張る足が、赤く染まる景を睨む眼が、熱と火のに炙られて。熱風に煽られて、汗が滲んだそばから、小さく音を立てて蒸発していく。

炎が一瞬揺らぐと同時に、私の集中力が途絶える。放った炎が途絶えて、空中で離散していく。火のが散っていく向こうに、炭と灰になり崩れ落ちた巨軀があった。その姿は只の無機へと変わっていて、その欠片は風に散る度にコンクリートの殘骸と見分けがつかなくなって。

私は明瀬ちゃんの方を振り返った。加賀野さんの雷撃が周囲を走り抜ける。明瀬ちゃんは加賀野さんの側にいて、無事な様子だったものの、加賀野さんはゾンビの群れに徐々に押されつつあるようだった。數が多すぎる。私が援護にらなければ、そこまで考えた瞬間。

一瞬、頭上を過った影に私は地面を蹴った。地面を穿つ重たい衝撃の音。咄嗟に跳び退いた私の前で、コンクリートの大地が砕けて黒い欠片が舞い上がる。その向こうに居たのは、空中から著地してきたのは、一の大型ゾンビで。「ウォーカー」、「スプリンター」に続くゾンビの変異形態なのかもしれない。

その姿は、まだ生前の面影を大きく殘していて、腕が筋により膨れ上がり左の辺りが激しく脈打っている事を除けば、未だ人らしい姿ではあった。ゾンビへの変異途中の様に見えた。

故に。その顔ははっきりと判別が出來た。

「鷹橋さん……」

私はその顔を知っていた。鷹橋さんが其処にいた。そのをゾンビのそれに変えながら。き聲と、そして雄びを上げていた。

今倒した大型ゾンビと同類であれば、通常のゾンビとは違う圧倒的な能力を持っている。建の上を移して跳んでくる程の能力、人であれば一撃で屠る事が出來るであろう程の怪力、そして正常な視覚と知能の欠片。ゾンビとは本的に違う。そしてその異常な形態が、私の見知った二人に訪れている。

もし、これが偶然であるのなら。この再會に意味など無いのなら。

神様はやはり、私を見捨てたらしい。

「だとしても、私は進む」

神様に見捨てられても。世界に見捨てられても。

「許してほしいなんて言わない」

杖の先で炎が渦を巻く。

鷹橋がくと同時に私は杖を振り抜く。炎の塊を真正面に撃ち出す。詠唱の省略すら無しに、穿焔を放つ。

だが。

それを鷹橋はを屈めて回避した。そののこなしで、最小限のきで、放たれた炎を躱して距離を詰めてくる。まだ人としての部分が殘っているのか、ゾンビとは思えぬきだった。拳を打ち込まれる気配を察して咄嗟に杖を構え。その拳が杖に當たり、衝撃が手から腕まで一気に伝わってくる。鈍い金屬音が鳴り、その衝撃に私は顔をしかめた。手ので嫌なが走る。

私の手ので杖が折れた。連続使用、そして禊焔の熱負荷に限界を迎えていたらしく。金屬の杖は真っ二つに折れて、その先が地面に転がる。

「しまっ――！」

その言葉を最後まで吐き出せなかった。左肩に鈍い衝撃が伝わって、脳天まで揺さぶられる。意識が二度、三度反転する。視界が真っ白に染まり、激痛に目を覚ます。奧歯を食いしばっても聲がれた。杖で防ぎきれなかった拳が、左肩を直撃した。威力は落ちていたが、それだけで死すら垣間見えて。私の手が無意識のにく。

「ぁぁぁっ！」

絶と共に右腕を思い切り前へばす。握り締めた折れた杖の先、金屬が出し尖ったそれを鷹橋の心臓へと勢いよく突き立てる。勢いよく、泥に突き立てたかのようにそれは淀みなく進んだ。を裂き、心臓へと突き立てたそれが、何からかいものを潰すを手の平へと伝えてくる。が宙へと勢いよく噴き出して、真っ赤な霧の向こうで、彼の元に杖がしっかりと突き刺さっているのが見えて。

「うが……ち……焔！」

杖ごとそれは、勢いよく火の手を上げる。彼のへと突き刺した杖に火が付き、を焦がす臭いとその黒煙が一気に吹き上がる。折れた杖から手を離し、その炎の塊を撃ち出した。炎をぶち當て、それが火のとなって崩れ落ちていくと共に、彼のがゆっくりと地面へと倒れていく。

私は全から力が抜けて、両ひざに手を付いた。呼吸が激しく、自分でも制できない程にれていた。目の奧で痛みが滲み、頭痛が酷く響く。息を吸い込む度に、頭が割れそうになる。

突如自分の中の何かが切れてしまった様に、魔法の反が一気に襲ってきた。何度も暗転する視界に私は歯を食いしばり瞬きを繰り返す。指先の覚が痺れてかない。

「きゃぁぁぁっ！」

明瀬ちゃんの悲鳴だった。私は慌てて振り返る。ゾンビの群れに囲まれていた明瀬ちゃんの姿があって、その腕を摑まれていた。

私は走り出そうとして、しかし何もない地面で躓いて転ぶ。視界が暗転して全を激しく打つ。足に上手く力がらなかった。手をばしても、指先はかず。起き上がろうとしても足もかず。

明瀬ちゃんがゾンビに組み付かれて、その腕から飛沫が上がるのが見えて。

「明瀬ちゃん！」