《クラウンクレイド》『18-1・Burgundy』
【18章・本質の居場所/加賀野SIDE】
18-1
「最終的にシルムコーポレーションに向かうっていうのは、どう?」
ホームセンターを離れ加賀野家に向かい、そしてその後にシルムコーポレーションへ向かう。そんな桜の提案に禱が口を開く。
「加賀野さんの家に向かうのは賛だけど、シルムコーポレーションについては保留したい……かな」
「分かったわ」
「狀況が分からないから」
シルムコーポレーションが仮に何らかの報を握っていたとしても、それが有用なものであるか、そして自分達の助けになるものであるかは分からない。
魔であれば保護するという申し出も、手放しで喜べる様なものでは無かった。故に禱の慎重な判斷については理解出來る。しかし、桜としては心シルムコーポレーションへ向かう事を決意していた。不明瞭な事ばかりのこの狀況が、嫌になっているのは確かだった。
「明日の朝、出発で良い?」
「良いよ。今日はもうけそうにないから」
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禱の力ない聲は、彼の消耗を語っていた。彼は床に座り込んでけなくなっており、全の怪我と汚れを甲斐甲斐しく世話する明瀬に、なされるがままになっていた。先程までは會話に付いてきていたが、今はもう眠気に囚われているようで。桜よりも年上であるが、背の低さと見た目のさもあって、子供の様に見える。むしろ、そんな彼を、鬼神の様な存在へとしてしまったものは何だろうと桜は思う。
「準備してくるわ」
桜はそう言って立ち上がる。
加賀野家は市に存在し、ホームセンターから向かう場合、一日あれば対ゾンビを警戒し慎重に進んでも二日あれば著く距離である。
加賀野家に向かうにあたって、此処に戻ってくる可能は捨てることにした。
出発の準備をしようとして桜はを噛んだ。ホームセンターの資が幾つかのリュックサックに纏めてあった、救助の可能に賭けて準備してあったのだろう。揺れるを抑えつけて、桜はそれを三人で持てる分に整理し直す。
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桜が整理していると、明瀬がやって來た。手伝う、と聲をかけてくる。傍らに腰掛けた彼に桜は言う。
「ありがとう。禱は?」
「寢ちゃったからベッドに上げといた。前にも一気に魔法を使って倒れた時あったから、一晩寢れば復活するとは思うけどさ」
桜は頷いた。
魔法使用後には、脳が酸欠狀態に陥り、に大きな負荷がかかる。あの戦闘の時の禱の様子は異常だった。あれだけ自をかえりみずに魔法を連発すれば、その反が來ても何もおかしくはない。
重たくて持ち切れない食料をリュックサックから出して機に並べていくと、明瀬がおもむろにその蓋を開けた。乾パンをつまみ、そして桜にも差し出してくる。
「何よ」
「置いていくなら食べちゃった方が良いっしょ? それにさ、加賀野ちゃんと全然喋ってないなぁと思ってさ」
桜はそれをけ取る。口にした乾パンは固く、味気なかった。噛む度に、ゴリゴリとした音が聞こえてくる。明瀬が何処からか昨晩の殘りである赤ワインの瓶を持ってきていた。二人分のグラスに量注いで、それを桜に差し出してくる。
「未年でしょ、あたしもあなたも」
「咎める人も法律もなくなっちゃたし、ちょっとくらい良いじゃん」
桜が答えないに、明瀬はそれを一息で飲み干して。桜は恐る恐るそれに口を付ける。苦くて酸味のある味がした。
味については上手い不味いで判斷できなかった。明瀬は既に、二杯目を自分のグラスに注いでいた。口の中の酸味を追い出したくて味気ない乾パンを齧る。機の上に缶を置いていく乾いた音に紛れて明瀬が言う。
「鷹橋さんの事、ごめん」
その言葉の意味が、桜には一瞬理解出來なくて。
「でも禱を責めないでほしい」
「それは」
「禱は全部抱え込んじゃうタイプだからさ、見ても分かんないかもしんないけど絶対後悔して傷付いてるから」
鷹橋はあの時既にゾンビ化していた。故に助ける手段など無く。禱が倒さなければ全滅していた可能もある。桜はそれを理解していた。それでも、鷹橋を殺したのは禱で。その二つの事実を上手く呑み込めていない自分がいた。
答えの無い桜に、明瀬は上った聲で続ける。
「最初に現れた大型ゾンビ、梨絵ちゃんのお兄さんの葉山君だった」
「え……」
「顔を見たら分かった。禱も気付いてたと思う。葉山君ってさ、私達が高校でゾンビに襲われた時に一緒に教室で籠城してたんだ。禱は梨絵ちゃんに會った時に言わなかったけど」
「そうなのね」
「教室で救助を待っている時に、々あって一人がゾンビに染しちゃってさ。教室の中でゾンビになっていくその一人を見て、禱はすぐ出した。私一人だけ連れて。その時見捨てた葉山君が、ゾンビになって、それを殺す時、禱はどんな気持ちだったんだろうって思う」
「別に禱を恨んだりとかしてないわよ」
桜はそう言って、グラスを空にした。やはりワインの味は慣れなくて、不味いのかどうかも分からなかった。苦くても渋くて酸っぱくて、そんな味を何故皆好んで有難がるのだろうとまで思った。
明瀬は既に何杯目かを口にしていた。飲んだそばから、明瀬の瞳から涙が零れ落ちていく。泣いている彼の姿に、桜はなんと聲をかけていいのか分からず、黙り込む。明瀬が手の甲で涙を強く拭って。
「ごめん、酔ってるみたい」
「別に、好きに泣けばいいじゃない。こんな時くらい」
「それじゃ駄目だから。私は泣いちゃ駄目なんだって」
「何それ、誰もそんな事責めないわよ」
「禱の為に私は泣いちゃ駄目なんだよ」
それでも、明瀬の涙は止まりそうになく。それを隠すためにか、明瀬は機に手を置いて顔を下に向ける。
桜にはその意味が分からなかった。涙を堪える事の意味が、それが禱の為にという言葉と繋がる意味が分からなかった。壊れた世界で、誰もが死んでいく世界で、明瀬が泣くことを咎める人などいる筈が無く。
それでも明瀬は顔を上げず、表を伏せたまま、掠れた聲を出す。
「禱ってさ、私の事好きなんだよ。私はそれを本當は知ってんの」
「それって」
「私が泣かない様に、って禱は全部抱え込もうとしてる。どんなに傷付いても、何を切り捨てても、進み続けてる。例え世界中の人が死んだとしても、私が生きてればそれで良いって禱はきっと言う。でも、私はそんな事知らないフリしてる。私は禱が居てしいけど、それを言ったら禱がどっかに消えちゃう気がして」
禱が明瀬を好きだと言う。その意味は桜にも理解が出來た。それがどういう類のものであるのかも。友達なんて言葉で括れないものであると。世界を敵に回しても、神様に見捨てられても、それでも構わないと言い切れる「好き」というなのだ。
禱と明瀬の関係は、歪だと桜は思った。その底にあるのは真っ直ぐなである筈なのに。互いに互いの足枷を付けながら、何処までも沈んでいってしまう様な。
それでも、桜はそれを伝える言葉も覚悟も持っていなかった。明瀬を前にして口をつぐんでしまう程、彼の言葉には重みがあった。
「だから私は泣かずに、笑顔で禱を待ってないと駄目なんだ」
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