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そういいながらも、それでもと。私にそんな事を言う資格は無いという事は分かっていた。彼が例えその命を此処で投げ出そうとしても、それを生き方だと語るのだとしても、私はそれに口出しできる様な人間ではない。そんな綺麗事を言えるほど、綺麗な道を歩んでこなかった。

だから私は何も言わない。

けれど、ならば。そうしてしまったなら。謗りをけるべきは私ではないだろうか。私の問いに帰ってきたのは、答えではなく問いだった。

「あなたにとって生きる理由は何ですか、何があなたを突きかしているのですか」

まるで、それが分かり切ったことであるかのように。全て見抜かれているかのように。彼はそんな言葉を私にかける。

「……それは」

「人は自分の為に生きるの。誰かに強制されたからではない。あなたが自分の意志で生きる目的を決めたのなら、それは誰にも否定出來るものです。ましてや、あなたの生きる目的を誰かが決めることなど出來る筈もありません」

そう言い切って、恭子さんが先程から持っていた杖を私に見えるように持ち上げた。杖ではあるが、杖と呼ぶには変わった形狀をしている。柄の先には三つの平坦な合い形が付いており、ウォード錠に似た形狀をしていた。柄頭には、平たい楕円で出來たモチーフが據え付けられていて、四つ葉を形どった様に灣曲している。杖の全長は長く、私のの丈程はあった。

それを私に差し出された。

「あなたの魔法の話は桜から聞きました。この杖は加賀野家に代々伝わる杖で、エヴェレットの鍵と呼ばれているものです。私にはもう必要が無く、桜にも馴染むものではないでしょう。あなたに差し上げます」

押し付けられるように渡されて、咄嗟に杖を手に取った。「エヴェレットの鍵」と呼ばれているらしいそれは、重たく私の手に沈み込んだ。近くで見てみると、杖は鈍い金をしている。

表面に多の曇りがあるものの、金屬質の沢は健在で、綺麗に手れされているのが分かる。持ち手の辺りには黒い布が巻いてあり、そこを握ると重さの割に重心のバランスの良さから存外持ちやすい。

加賀野さんの言っていた様な、所謂「由緒正しき魔の杖」だった。かなり古いだろう。その価値は測り知れない。私が、そんな手軽に貰えるような代ではない。

「こんな貴重な、頂けません」

「禱さんの家系は、魔の暗示の為に杖を使っていると聞きました。是非使って下さい。願わくは行く道の、支えとなることを」

「しかし……。それに、多分、この杖では私の暗示は解けないと思います」

私の杖は既に折れた。期から自にかけられた暗示はそう簡単に解けるものではなく、何かしらの杖を握っていれば良いというものではない。「あの」杖を持っている時に、暗示が解けるように無意識下に刻み付けている。

中學生時代に、一度だけ魔の杖を新しくしたが、自分の自己暗示を更新するのにかなりの時間を要した。やり方についても、祖母に聞かないと詳しくは分からない。つまり、この杖が魔の杖と呼ぶべきものであろうとも、それは私の暗示を解く手助けにはならない。私の持っていた既に折れた杖は、確かに魔的には何の優位もないが、暗示を解く為にはあの杖である必要がある。このエヴェレットの鍵が魔的に如何に優れていようと、私の暗示を解く事には何の解決にもならない。

私は彼の好意を斷ろうとするが、杖はやんわりと押し返された。一瞬、彼の表に溫和な微笑みが混ざる。

「魔が、自にかけた暗示は、神的な錠前です。簡単には解けないかもしれません。ですが、その鍵を掛けているのはあなた自なのです」

その言葉に、私は杖を無意識のに握り締めていた。

それは鍵だ、と靜かに言われる。鍵とは錠を外す為のものであり、故に可能をめたものであると。閉ざされた扉の錠を開くのは鍵であり、その扉を押すのは持ち手自である、とも。

「魔の暗示はその危険な力に制約をかけるものです。それは本當であれば魔には必要なかったもの。魔の暗示は、魔という存在が、この世界と混じろうとした結果です」

魔にとって、暗示は自の力を抑え込むものでしかない。本來であれば、自らを縛るようなものは必要なかった。けれども、世界から排除されない為に、異質を抱えた魔はそれを選んだ。魔の力が、その暗示が、いつからそんな形を取ったのかは分からない。

けれども、この現代社會において魔法とは異質なものだった。それを隠す、というやり方で魔はこの社會で生きていく事を選んだ。それが魔の暗示であり、呪文だった。

「ですが、あなたの大事なモノの為に使う力を、制する必要があるでしょうか。あなたは誰かの為でなく、ましてや世界の為でなく、あなた自の為に生きるべきなのだから」