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まず初めに目にったのは白い天井だった。寢起きとも思えぬ程目が冴えていて、壁紙の亀裂だとかその微かな汚れだとかまで、ハッキリと視認出來た。ゆっくりと首を左右に回すと、自分のがベッドに寢かされているのだと分かった。シーツは白く、自分は薄い水をした簡易な浴の様なを著させられている。

弘人は口を開き、聲を出そうとした。掠れているが、確かに人の聲が、文脈をしてはいないが意味を持つ言葉が、の隙間かられた。き聲とは違う。

酷い頭痛がしてが渇いていた。左腕が痺れるように重たく、全を虛が襲う。

何があったのか。それが一番に思い起こすべきことであったが、記憶は曖昧だった。誰かに抱き抱えられたような覚がしたのが最後で、それ以前の事を思い起こそうとして、梨絵の顔が脳裏を過る。彼の剝いた牙と白濁した瞳と、そして折れた首が。

弘人の思考は、音で途切れた。戸を引くような音がした。足音が続いて、弘人は必死にを起こした。見えたのはベッドの周りを囲う白く不明なカーテンであり、その隙間からこの部屋の様子が垣間見えた。病室らしき部屋であり、白一の壁とベッドが並んでいる事以外何もない部屋であるという事である。シミの一つもないその景は、何の生活もじられず、不気味ですらあった。足音は真っ直ぐ此方へ向かってきていて、カーテンの向こうで影を作った。弘人が構える暇さえ與えずカーテンは直ぐに開く。

立っていたのは３０代程の眼鏡姿のであり、白姿をしていた。長めの髪を肩の辺りでゴムで纏めている。その姿に弘人は揺した。

「姉さん……？」

弘人の年の離れた姉である三奈瀬優子が其処にいた。

優子は弘人とは一回り年の離れた姉である。醫系技として厚生労働省に省し、後にＷＨＯに就職、それを辭めた後、民間製薬會社であるシルムコ－ポレ－ションへと就職した。それが切っ掛けで地元に帰ってくるまで、弘人にとっては印象の薄い姉だった。それはその人間であるというよりも、優子が世界を飛び回っていたからだった。弘人のい時の記憶では、姉はいつも先に行ってしまう人であった。自分がいつも置き去りにされてしまったような気がしていた。

優子は引きずってきた座椅子をベッドの側に置くと、暴に腰掛ける。彼の白姿と首から提げたＩＤカードを、弘人はまじまじと見つめていた。

「久しぶりだな、弟よ」

「なんで姉さんが、此処は何処なんだ」

「此処はシルムコーポレーションの研究所だから」

「姉さんの働いてる會社ってことか」

「まぁとりあえず、大事な事から先にハッキリさせよう。君は染していない」

染、と口を大きくかしゆっくりといった。染という言葉を知らない子供に、教える様な口ぶりだった。その言い方は、優子の癖の様に何度か聞き覚えがあった。優子の中に、弘人を未だ子であると思っている節があるせいだと分かっていた。

染していない。その一言は短く、しかし多くの報を含んでいた。それは例えば弘人が今ゾンビになっていないという事であったし、今は包帯に隠されている左腕の怪我を治療したという事でもあったし、そして何より優子がゾンビというものを知っているという事でもあった。

あまりにも意外な再會は、多くの質問を掘り起こし過ぎていて、弘人はそのどれをまず聞くべきであるのかが分からなかった。最後の記憶、つまり梨絵に噛まれたあと気を失った事と、今の狀況の間にはあまりにも開きがあり、混の極みにあった。

優子は語り出す。

「始まりは、もっとも私がこの問題を認識した意味でという事だが、始まりは數カ月前の事だ。中國南西部、インドとの國境近くで活しているＮＧＯが手したサンプルが私の所に回ってきた。ＮＧＯからＷＨＯに、ＷＨＯから國立染癥研究所に、そして研究所にいた大學時代の先輩から私の所に、というルートだった。新種のウイルス染癥の解析に協力してくれ、という名目でだ」

弘人の揺を無視してか、それとも気付かずにか、優子はそのまま言葉を続ける。まるで教鞭を振るう教師だった。

「新種のウイルス、発見者のイニシャルを取って仮にＪＭウイルスと呼ばれるそれは、過去に例を見ない特殊なウイルスだった。ヒトヒト染し、染率は８０％以上、予防法も治療法も不明。

そして何より特徴的なのはその癥狀だ。ウイルスは人間の中樞神経を破壊し、ホルモン分泌を狂わせる。それによって染者は人間に対して異常な捕食衝を引き起こし、周囲の人間に襲い掛かる。噛まれた人間は染により、同様の行を取り始める。人間を噛めば彼等の脳は快楽質で一杯になる、そんな仕組みでウイルスは染を拡げるわけだ」

まるでゾンビの様だね、と優子は付け加えた。それがジョークの「オチ」であるかのように楽しそうに。なくとも今の話の中に、弘人が知っている事と知らないことが一つずつあった。知っている事はウイルスに染した人がゾンビの様になる事。知らなかった事は、そのウイルスを姉が知っていたという事だ。口ぶりからして、この世界が地獄に変わる前に。

「姉さんは、パンデミックが起きる前から知ってたってことなのか」

「なくともサンプルの解析をしてはいたという事になるね」