《クラウンクレイド》『22-2・離

22-2

その名前を聞いたことを、ただの偶然と片付けるには、々都合が良すぎる気がした。彼は三奈瀬君を探していたとでもいう事だろうか。そして、彼のゾンビ化の進行合は非常に初期のもので、意識がしだけ殘っていた様にも思える。この施設で今も鳴り響いているサイレンの音が、何が起きたのかを語っている様な気がしていた。

何故、三奈瀬君が此処にいるのかは全く見當が付かないが、仮に本當に此処に居るとすれば、放っておくわけにもいかないだろう。と思う。

「多分、この數時間で何かが起きて、建染が拡がったんだと思う。今の人は染初期の癥狀だったし、このサイレンも數日以上鳴り続けるものだとは思えない」

問題は何処を探すか、という事であった。ゾンビの移能力からして、本當は上階に逃げるのが正しい。しかし建の構造上、上に逃れても退路があるとも思えない。なくともヘリは今建の外にあった。

私の言葉を待たず加賀野さんは言う。

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「あたしは下に行く」

「それは」

「多分、弘人の格だったら下に行く気がする」

加賀野さんがそう言い切った。私は首を橫に振る。染が拡大しているとすれば、下層はゾンビで溢れている可能がある。そして、この施設の責任者がいるのは、常識的に考えても上層だろう。なくとも私は上層に行くべきだと思った。

意見を數回わして、加賀野さんは早々に言った。

「二手に別れるしかないわね」

「……危険だよ」

此処で二手に別れる事は、明らかに危険ではあった。

「禱が譲るような格だとは思ってないわよ。それに、弘人の事も本當はどうでも良いと思ってるんでしょ。でも、あたしは助けに行きたいの」

「それは」

「ほんとは、禱の事。冷たい人間だと思ってるわ」

唐突にそんな事を言われて。私の橫で明瀬ちゃんが、低い聲を出して。それでも、加賀野さんは言葉を続ける。

「でも、それを責めてるわけじゃなくて、悪く言ってるわけでもないわ。禱にとって、弘人も香苗も鷹橋も梨絵も、過ごした時間が僅かな他人でしかないし、禱が大切に思っている人とそうでない人に線を引くのも分かる。沢山の人が死んで、自分のだって危なくて。そんな時に、自分の信じる方へ進むことはきっと間違ってなんかいないわ」

言い方は悪いが三奈瀬君を助ける事は、直接的に私の得にはならない。危険を冒してまでそれをするメリットはない。私と明瀬ちゃんが必要とするのは、この世界で生き延びる為の方法と場所だった。それが、私の進むべき道であって。

そんな私に加賀野さんが手を差し出す。握手のポーズだった。

「でも、そんな時でも。あたしは見知らぬ人に手を差しべられる人を信じたいの。例え強くなくたって、そんな人が生きていける世界が良いの。だから、あたしは禱とは行けない」

「分かった」

「そして、そんな世界は、禱も生きていける世界だとあたしは信じてる」

私は加賀野さんの手を取る。強く握り締められて、それでも私は言葉を返さなかった。

私は明瀬ちゃんに言う。

「明瀬ちゃん、私達は上に行こう」

「何かあったら、各自出すること。さっきってきたり口の近くにあったバス停の近く。そこに集合、良い?」

「うん。加賀野さんも気を付けて」

あっさりとした言葉しか、私達はわさなかった。此処で私達の道は分かれた。加賀野さんの言葉は、場所であって道ではない。

私は屋階段の場所を確認する。電源は生きているようであったが、エレベーターはいていない。私は明瀬ちゃんの手を引いて、階段を昇り始める。屋階段は、通路との行き來を重厚な扉にて仕切られていて、長く続く階段はその先が見えない。閉鎖された空間であるが故に、私達の足音が何処までも反響していく。

私達と別れて地下に降りていった加賀野さんの足音が遠くなっていく。階段は白塗りの壁が続き、手摺までも真っ白であった。非常燈が頼りなく點燈していて、踴り場の隅にが殘る。左手で微かな炎を燈して視界の補佐にした。

「禱、あれで良かったの」

何が、とは問い返さなくても、その意味はよく分かった。加賀野さんを見捨てたと、そう言われたって構わないと思った。何もかも切り捨てて、何もかも焼き捨てて、私は此処まで來た。今更それを取り繕っても、通り過ぎてきた人の誰にも報いることが出來るわけでもない。背負うのは辛くない。それが明瀬ちゃんの為になるのなら。明瀬ちゃんの為、そんな言葉一つで私は躊躇わずに進める。

「加賀野さんは強い人だよ。魔法もそうだけど、こんな狀況でああやって振る舞える人はすごいと思う」

「私から見たら禱もヤバいけど」

「私は、明瀬ちゃんの為じゃなかったら出來ないから」

「それってさ、ううん。なんでもない」

明瀬ちゃんはそこまで言って口を閉ざした。その先の言葉を私は問いかけなかった。話題を変えるように、明瀬ちゃんは強い口調で言う。

「禱、行こう。この先に何があったって、私達はきっとそれを見なくちゃいけない」

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