《クラウンクレイド》『23-4・Re:Voices』

23-4

間違いなく、その顔は香苗だった。変わり果てた姿となっていたが、その面影を見失う筈が無く。何度も見つめた顔は、そこに、まるで殘骸のようにり付いている。その郭も、二重まぶたの円らな瞳も、整った鼻筋も。今は最早、非な記號に変わっていて。

弘人の存在に気が付いた大型ゾンビが顔をかす。その視線が確かに弘人の姿を抜いた。一瞬、その右腕がいて。

「っ――!?」

弘人の側を黒い影が過った。彼が引きずっていた死を、勢いよく投げ飛ばしていた。空中を舞った死が撒き散らしたが、弘人の頬に付著する。死が転がっていって鈍い金屬音を立てる。死のその手には斧が握られていて、床を引っ掻いたようだった。

人男を、軽々と數メートル投げ飛ばした彼を前に弘人はぶ。

「何でだよ! 何でこんな!」

その白いは全出していて、その下に隆起した筋はもはや人と呼べる程度のものではなく。

の左出した心房が、を送り出し太い管が脈する。に染まった右腕は、人男の倍ほどあり、れれば死という事実を連想させる。それでも、そこに居るのは香苗であるのは間違いが無くて。

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弘人は両手を広げて、自分の姿をアピールしながら聲を上げる。

「香苗聞いてくれ! 俺だ!」

その言葉は確かに屆いた。けれども、それは通じたとは言えなかった。標的の位置を、音として表しただけで。

が一直線に駆け出してくる。その足が床を重たく叩くたびに、鈍く振が伝わってくる。

目の前を影が掠めて、弘人がを屈めたその頭上を彼の腕が薙いでいく。その風圧ですら、弘人のを圧倒しそうな勢いであった。

獣の様な咆哮が響いて、彼が振り向きざまに腕を振り下ろす。咄嗟に弘人が跳び退いたその場所が、穿たれて、リノリウム張りの床が殘骸へと姿を変えて舞い上がる。

弘人は悪態を吐くと共に走り距離を離す。れれば死ぬ、その事実が足を突きかし、香苗が居る、という事実が弘人の足を止める。

「香苗! 俺が分からないか! 弘人だ!」

距離を離して、思い切りんでも、その言葉は咆哮にかき消される。

大型ゾンビには、他のゾンビと違い明らかに知がある。けれども、やはり、言語を解する程の知能がなく。それが今、良かったのか悪かったのかを判斷など出來る筈もなく。確かなのは一つだけ。

香苗は明確に、弘人を攻撃する対象として定めている事だけであった。

香苗がゾンビに変わった。生き延びて、自分は死んだと思って、尚生き延びて。

その果てで、その結末で。こんな事が起きて良いのか。こんな事態を誰がんだというのか。変わり果てたその姿を前に、その問いの答えは返ってこない。

「香苗っ!?」

んだ言葉が、言語にならないきに変わる。

衝撃が、全を打って。その原因を遅れて理解して。毆る、というただそれだけの一撃が。まるで兇の如く。弘人は吹き飛ばされていた。吹き飛ばされて空中に浮いたが、一瞬遅れて床に転がる。

「がはっ!」

の混じった息が、痛覚を刺激されて弘人の口かられる。全を鈍い痛みが襲う。頭がふらつく。視界が大きく揺れる。一撃は躊躇いもなく。ただ、その全てをぶち込まれていて。弘人は、床に手を付きながら、無理矢理を起こす。言葉を吐き出す事どころか、息を吐き出す事すら苦しくて。

それでも、弘人は前を向いた。香苗の変わり果てた姿から目を逸らしたくとも、弘人は目を逸らさなかった。

が痛む。勢を整えようとかした左足の太に激痛が走る。

聲だって、言葉だって、何だって。もう屆かないと理解していた。分かっていた。知っていた。それは散々に見てきた景で、変わり果てたこの世界の絶対の理で。例え、魔法なんていう理を外れたものがこの世界に存在しようとも。目の前にいるのは、今まで幾つも目にしてきたのは、そんな奇跡で救えるようなものではなく。

故に、自分の持っている何かが、その僅かな可能をもってして、起こす幾ばくかの奇跡があったとしても。それはきっと屆かない。

それならば、此処で終わるべきだろうか。これで終わりなのが常だろうか。

目の前で腕を振り上げているその姿を前に。弘人は足を止めてしまう。

「參照、エヴェレットの書178項! マルティアリスの言葉より!」

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