N1-3

朝日が昇る。夜の間に降り積もった雪が太に曝されて白煙を立てる。由比はカーテンの隙間から外を覗いて周囲の様子を伺った。部室棟は二階建てのコンクリート造りであり、校舎から徒歩五分ほど離れている。

部室棟の周囲はグラウンドと屋プールだけで見通しはよく、部室棟自の出り口は二か所の為、侵経路の封鎖は容易だった。問題は部室それぞれにある窓であるが、それは數カ月の間にバリケードを築いて対処をした。由比と波留の為の要塞である。

部屋の隅に積んである水と食料の在庫を確認し終わっても、波留は未だ目覚める気配がなかった。波留が昨日の夜中、寢付けずにいたのを由比は知っている。當たり前かもしれないがパンデミック以來、彼はずっと神的に耗している。なにをしてやれるわけでもなく、由比はそれを歯がゆく思っていた。

彼を起こさないように靜かに部屋を出る。二階の廊下には機と椅子を組み合わせて作った障害が並んでおり、二階と一階を結ぶ階段にもバリケードを構築してある。その間を軽に用に潛り抜けて、由比は部室棟の外へ出た。

籠り切りの波留の神狀態の悪化は気になるが、此処から移出來るものではなかった。水と食料は二人で消費するには十分すぎる程の在庫があったうえ、守りも堅牢である。何よりも、目的地があるわけでもない。

助けを求める手段もないし、そもそもこの世界で誰が一他者を助ける程の余力があるだろうか。

だが。

今の由比には、昨日の夜に手した攜帯電話があった。そしてポケットの側にはリボルバーも。この二つの存在は波留には隠していた。神的に消耗している彼に知られればどんな結果になるか分からない。なくとも冷靜でいる自分が判斷を先にしたかった。

「攜帯電話はやっぱり通じないままかぁ」

だが、數週間に渡る通話履歴が殘ったこの攜帯電話は、昨日までは誰かと繋がっていた筈である。死亡していたあの男は他に何も持っていなかったことから、なくとも何処かに活拠點が存在していたということになる。其処からわざわざこの學校に來る理由は何だろうか。

「通信が不可能な筈なのに彼の攜帯電話は使用出來た。それとリボルバーを所有していて何度か使用した痕跡もあった」

なくとも普通の一般人であるとは考えづらい。何処か公的な機関の人間ではないだろうか。

「それで禱茜というこの學校の生徒を探していた、ということだよねぇ」

故人に申し訳なさは殘るが、昨日見るのを止めてしまった攜帯のデータを由比は確認していく。これが生存へのみに変わる事を祈って。

隈なく見ていくとメッセージチャットのやりとりを見つけた。送信信共に履歴が存在する。通話だけでなくパケット通信も可能だったということである。

連絡相手は恐らく一人のみ。定期的に連絡を取り合っていた様で、一日一回は連絡している跡がある。

「容は……」

連絡している相手は誰か分からないが、仮にＸと呼ぶ相手から彼に対して定期的な指示がきている。そして、それに対して報告を挙げる形を取っている。彼は確かに浦高校の子高生である禱茜を探していた。

Ｘは何故か禱茜の足取りについて斷片的であるが報を有していて、禱茜がこの浦高校を出して県のホームセンターに向かった事は分かっている。其処からの手掛かりが途絶えてこの高校に探しに來たということらしい。気になるのは禱茜の行について「ログ」という風変わりな表現をしている事だ。

そしてそのやり取りは段々と興味深く、そして信じがたい容に変わっていって。由比は読む事に夢中になっていた。

「これは、まさか……」

「由比？」

背後から突然聲がして由比は驚き振り返る。いつの間にか波留の姿が其処にあって、由比は咄嗟にポケットのリボルバーの方に意識が行った。無意識のうちにリボルバーの方に手を翳すも、波留の興味は由比の持っている攜帯電話の方だった。

「どうしたの、それ？」

「何でもないよ波留姉」

「攜帯は通じない筈なのにどうして今更そんなものを、それに由比のじゃないわよね」

波留の、その焦燥と疲労のが濃く滲んだ顔が鋭い目付きに変わる。急き立てられる様な必死の形相に、一瞬由比はたじろいでしまう。何が彼をそうさせたのか由比には理解出來なくて、しかしだからこそ今、この攜帯電話を。そしてメッセージの履歴を見せるわけにはいかないと思って。

由比は咄嗟に隠そうとする。

「どうして隠すの！」

しかし予想していたよりもずっと強い力で攜帯電話を奪われて、その押し合いで由比は地面に倒れた。波留は攜帯電話を奪ってそのまま走り去っていく。

由比は呟く。

「あれは、『彼』に見せては駄目だ……」