《クラウンクレイド》「1話・閉鎖領域外(前編)」【閉鎖領域フリズキャルヴ】
人気の消え、荒廃した住宅街。その片隅でゾンビの群れが獲を見つけた。視力を失った代わりに発達した彼等の聴覚が人の歩行音を捉えたのだ。
數十で構された集団は示し合わせたかのように、勢いよく一心不に走り出す。食というただ一點の衝に突きかされた彼等の作は、本能から生じたものであるが故に、獲を追い詰める集団のきには一切の無駄がなく自ずと統率が取れているかのようであった。
ただひたすらに、獲を、喰らうを、狂ったように求める彼等の姿は元が人間であったことを忘れさせる。
知や理といったものの一切を欠如した獣が如く姿。ボロ布のように殘った洋服の一部がかつて存在した社會文明の存在を辛うじて示していた。
彼等はどれも痩せて乾燥しており、ひび割れた皮が飢えた獣を思わせる。の気はなく、は土に、瞳は白く濁っている。所々四肢の一部を欠損している個も多い。その斷面は腐って変し皮は爛れている。異常に発達した筋が歓喜を表し隆起する様が皮越しにはっきりと見える。
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そして何よりも目立つのは不格好な走り方だった。綺麗な姿勢で走るという行為は文化と知識に裏打ちされたものであり、人としての理や知を失った彼等にとっては不可能なものであったのだ。
それでもゾンビの群れは確実に獲までの距離を詰め、今まさにその歯牙にかけようとした瞬間。
奇妙な景が生じた。
無數のゾンビの群れの中にぽっかりとが空いた。そこに何者も存在しなかったかのように、群れの一部が消失する。その跡地には黒煙が上がり、突如発生した「何らかの事象」にゾンビは狼狽えているように見えた。
足を止めたゾンビの群れの中心に二人組のの姿があった。
片方のは小柄で、その長い黒髪を後ろでまとめている。もう片方は短く切りそろえた髪と長い手足が対照的であり、小柄なに守られるようにして後ろに立っていた。
小柄なが手を振りかざす。その手のひらで蜃気樓が如く空気が歪み揺れた。
距離を詰めつつあったゾンビが一、突然に向けて飛びかかる。小柄なは瞬時に反応し、飛びかかってくるゾンビに向けて手を翳す。
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突如、焔が散った。
何もない空間に、何も持っていない手の平に、焔が躍る。小さな火花でも、マッチで燈した小火でもない。拳大の燃え盛る焔が何を燃料とするわけでもなく空中に現れる。
そしてがゾンビに向けて毆りつけるようなきを取ると、空中の焔が共に勢いよく飛翔する。
喩えるならば焔の弾丸。
それは飛びかかってきたゾンビを直撃し吹き飛ばしながらそのを焦がし燃やし盡くす。文字通り焼き払ったのだった。
燃え盛る亡骸はゾンビの群れの中へと落ちて俄かに騒を巻き起こす。しかし二人のは揺する素振りもない。
「明瀬ちゃん、伏せてて」
焔をるの言葉に頷き、守られていた側の「明瀬」はその場にしゃがみ込む。
一閃。勢いよく放たれたのは熱線であった。大気すら焦がす高溫の線が周囲のゾンビの群れを薙ぎ払うようにして駆け抜ける。言語化されていないき聲が次々と黒煙と共に上がる。の焦げる臭いが充満し、熱線で両斷された人型は崩れ落ちて塊へ、そして黒炭へと変わっていった。
そうして出來上がった無數の死の中では周囲を見渡す。
「明瀬ちゃん、全部終わった」
「明瀬」と呼ばれた短い髪のは頷く。何も持たぬ手で焔をったの姿に驚く様子もなく、平然とした様子で明瀬は背負っていた登山用の大きなバックパックを地面に下した。そして地面に散する焦げた死をいで周辺の検分を始めた。
二人がいるのは、千葉県と東京都の県境に近い「浦安市舞浜」の住宅街であった。街並みは平均的な日本の風景であるが、焦げた臭いに風が混じる。遠方には首都高速灣岸線の太く巨大なコンクリート製の橋腳が立ち並んでいた。
奇妙なを見つけた明瀬は焔をっていたに呼びかけた。
「禱、見て」
「禱」と呼ばれたは明瀬のそばに寄る。明瀬が指さしたのは建設途中の高層マンション、その外壁に禱が燃やしたのとは別のゾンビの死があった。
奇妙な死と奇妙な狀況であった。高層マンションの外壁にはヒビがり、コンクリートが抉れている。
その場所に死は「めり込んで」いた。死の関節と首は奇妙な方向に曲がり皮を突き破って骨が出している。臓は腐り始めて狀になっているが、それを収めていた筈のは奇妙な凹みが出來ていた。
明瀬はその死を観察しながら手のひらに拳を強く押し當て言う。
「圧し潰されたみたいだ、こんな風に」
「圧し潰された?」
禱が首を傾げると明瀬は何度も頷く。手のきで狀況を示しながら説明を続ける。
「壁に叩きつけられただけじゃ関節はあんな風にはならない。も妙だ。何か重たくていものに面で圧されたじだね」
明瀬の説明を聞いて禱の脳裏に浮かんだイメージは、巨大で分厚い鉄板であった。しかし周囲は普通の住宅街であり奇妙なは見當たらない。仮に重たいものに圧し潰されたとしても上からではなく、高層マンションの壁面に橫から押しつぶされるというのも釈然としない狀況といえる。
壁にゾンビを追い込んでトラックでもぶつけてみたか、と禱は推測してみるも違和は拭えない景であった。周辺に破損した車のパーツなども見當たらない、ゾンビを壁に押し付け丁寧に圧し潰す理由も思いつかない。
明瀬が聲を上げた。
似たような狀況の死が他にも存在した。
建の外壁、路上に放置された廃車、庭を囲む塀。様々な場所にゾンビの死はめり込んで圧死した様子があった。まだどれも真新しい死であり、その奇妙な殺害現場の連続に明瀬は言う。
「なくともゾンビを殺すだけなら、こんな奇妙な方法は取らない。それとも、その何者かにとってはこの奇妙な殺害方法が最も最適だったのかもしれないけれど」
その言葉が意味するものを禱は理解していた。
ゾンビを壁に押し當て潰す、そんな奇妙な蕓當を可能とする存在は一つだけだ。そして禱もまた同質の存在であった。
押し寄せるゾンビを熱線で薙ぎ払ってみせた蕓當、彼の意志に呼応し出現し猛る不可思議な焔。
そんな異質な能力を有している者がこの世界には存在する。
禱は重たい口を開き、その存在を言葉にする。
「ここは魔の領域だ」
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