《Skill・Chain Online 《スキル・チェイン オンライン》》三話 帽子屋

一の島・《フォレスト・グローヴ》八割が森に覆われた島の中央に位置する最後の街・《ネスト》で、何時もより早めにダンジョンから帰還した俺は、ある人との待ち合わせの為、壁を背に街を眺めていた。

全てが始まったあの日から、二ヶ月が過ぎた。

俺は直接見てはいないが、《始まりの街》に殘ったプレイヤーが、外からの助けが來ないと悟った時の騒ぎは、デスゲーム開始時以上だったらしい。

そして現在、未だ一の島すら攻略出來ず、約3000人のプレイヤーが死んだ。

その事実はプレイヤー達の心に、攻略はもう絶対に不可能という絶を與えるのには充分過ぎた。

二ヶ月もあり、九つある島のたった一つもクリア出來ずに、総プレイヤーの三割が死んだ原因は恐らく、いや間違いなくあの時、俺を含めた《始まりの街》から消えた元βテスターのせいだろうと俺は思う。

「いやー。お待たせしましたテルさん」

あの時の選択を今更ながら悔やんでいる俺に聲を掛けたのは、俺が待ち合わせをしていた人だった。

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真っ黒なローブにを包み、頭にはトレードマークである帽子を被ったつり目の男。【ハッター】という名前の報屋だ。20代後半と思わしき風貌で、ハッターという名前やそれを意識したであろうトレードマークの帽子から、β時代では帽子屋と呼ばれていた。

「今來た所だよ帽子屋さん。……て、今は報屋って呼んだ方がいいですかね」

β時代、彼は本職の報屋ではなかった為、元βテスターは帽子屋と報屋の呼び名から、どちらで呼ぶか悩んでしまうが、うっかり昔のまま呼んでしまった事を反省する。元βテスターしか知らないという事は、彼自も元βテスターであることの証明に他ならない。今のSCOの狀況では、それはしばかり不味い。

「構いませんよ。もうその呼び方で呼んでくれる元βテスターは貴方を含めても僅かしかいませんしね。ビギナーの方にも敬で帽子屋と呼ぶ人もいるみたいですし」

ハッターはなんでも無いという様にその呼び方を肯定する。

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「それより、テルさんはもうし自重した方が良いのでは無いですか? その格好、とても目立ちますよ」

俺の姿を見て帽子屋は忠告を促す。目立っているというのはの事では無い。俺が今に付けている真っ白なコート《カラーレス・クリアコート》と腰のホルスターに剝きだしで収まっている、通常の両手剣よりも刃が幅広な片刃の大剣《リーサルペイン》の事を言っているのだろう。

見た目的にはそれ程目立つ訳ではない。だが先程から俺の前を通るプレイヤーは此方をチラ見したり、時にはがっつり見つめる者もいる。

正直、ついこの間18歳になったばかりの俺からしたら、この歳上の人達からの注目の的狀態は、“分かっていた事”とはいえ堪えるものがある。

それはこの二つの裝備が、エリアボスからのLA(ラストアタック)ボーナスによって手にれた、この世界に一つしか無いレアアイテムだからだ。

SCOの世界は一から九の島を、順番に攻略し、一つ攻略する毎に次の島が解放される仕組みだが、一つの島を攻略する為には、五つの街の近くにあるダンジョンに潛むエリアボスと、エリアボスを全て倒した事で島の中心に現れる巨大ダンジョンの主、アイランドボスを倒さなければいけない。

二ヶ月前、ビギナーを置いて元βテスターが《始まりの街》から飛び出し、一の島のエリアボスを全て倒してしまった事、そしてアイランドボスに対して大敗北をした事、その時に殘り三つのLAボーナスによるレアアイテムは失われてしまった事から、置いていかれたビギナー達からの反は計り知れない。

なんせ自分達を真っ先に見捨てた奴が、そのおかげで手にれたレアアイテムを、結果も出せずに見せびらかしている様なものなのだから。その上他のレアアイテムはもう無くなってるって言うんだからな……。ビギナー達からしたらとんだハードモードだ。

「ふっ。分かりやすい悪役がいた方がビギナー達のモチベーション上がるだろ」

「テルさん……そんな格好つけなくても」

「か、格好つけてないから! いちいち裝備変えるのめんどくさかったりするだけだから!」

「はいはい。そういうことにしときましょう」

帽子屋は呆れた様子で返事を返す。

帽子屋は常に飄々とした軽い態度をしている為、ついつい年上なのに軽口になってしまう。彼曰く、こういう態度は報屋にとってプラスになる事があるそうな。

「それより、依頼した件はどうなりました? なんかわかったんでしょ?」

「ええ。ちゃんと調べましたよ。現在の《始まりの街》の様子について、でしたね」

「はい。正直、治安とかの悪化が一番の心配ごとですよ」

正確には、それによって発生するだろう“最悪の結果”をだが……。

「それはご安心下さい。《始まりの街》の治安はいたって悪くはありませんでした。多の愚癡を言い合ったりしているだけで。まぁその容はほとんど元βテスターに対してでしたが」

「そうですか」

とりあえずひと安心だ。治安が悪くないという事は《始まりの街》に殘った人達の生活は今の所安定しているのだろう。

「いやー。貴方やお仲間も、々気を使って。本當にお人好しですねー」

「なに。帽子屋さん程じゃないですよ。これ、報酬の1000エルです」

「はい。確かに」

ハッターはなんでもないようにしているが、報屋としての仕事はかなり忙しく、重要だ。まず信用が第一になる為、確実と言える報じゃないと商売にならないし、今回の依頼の様に《始まりの街》の治安確認なんかだと、一日中街の様子を見て來て貰わなければいけなかったりする。

今現在、プレイヤー達が主に報のやり取りをしているのは帽子屋のみの為、俺たち元βテスターとビギナー達との、表立った橋渡し役が出來る唯一の人だ。何処にいても引っ張りだこになっていて、その負擔は相當なものだろう。

そういう意味では、俺は彼の事を尊敬している。俺には出來なかった事だ。

「ところでテルさん。今のレベルはおいくつですか?」

「……売る気ですか?」

「いえいえ。元βテスターの報は“売りませんからご安心ください」

ハッターはこう言っているが、元βテスターのというが味噌で、プレイヤーとしての報は売るという事だ。金を積まれれば自のステータスすら公開するだろう帽子屋の事である。あまり迂闊な事は喋れない。

「あー、これは本當に売る気が無いので大丈夫ですよ。実はし貴方にお願いしたい事がありまして」

「……て事は、新しいダンジョンでも見つかったんですか?」

「流石。話が早いですね。そんな訳で、お願い出來ませんか?」

帽子屋は手を合わせ、俺に頭を下げる。

そういう事なら斷れない。帽子屋がわざわざ俺に頼むという事は、恐らくβテストには無かったダンジョンなのだろう。今まで、βテストの時との僅かな違いはなからずあり、それが原因で多くの元βテスターが犠牲になった。β時代のデータをそのまま全プレイヤーに公開してしまったら、それによりビギナーにも犠牲が出てしまう。そして元βテスターとの確執はまた広がってしまうだろう。

βテストの知識と、正式サービスとの違いを把握し、それを提供するのは俺たちの役目だ。

「分かりました。レベルは昨日、20に上がったところです」

「おお! ありがとうございます。それにレベル20なんて素晴らしいですね。一の島でそこまで上げるのは大変だったでしょう。私の知る限りレベル20になったのは今の所貴方だけですよ」

「まぁ、SCOはレベルが全てって訳でも無いですけどね。それで、レベルは足りそうですか?」

帽子屋は俺の言葉にし気まずそうな顔をする。

「いやまぁ、聞いておいて申し訳ないのですが。ダンジョンの口にいたMobのレベルが12だったんですよ」

「12!? 《ネスト》にあるダンジョンでも、アイランドボスの部屋まで強くてもレベル13のMobまでしか出なかったんですよ!?」

「ええ。ダンジョンの周りはなんて事なかったのですが、った瞬間急激にレベルが跳ね上がりまして……」

それはつまり、帽子屋が発見したダンジョンは、この島のラストダンジョンと同等……いや、奧に行く程Mobも強くなる筈なので、下手をするとそれ以上という事になる。

「はい。テルさんなら安全マージンも十分に取れてるので、ソロでも大丈夫だとは思いますが、なんせβテストでは存在していなかったダンジョンですので、何が起きるか分かりません。それにSCOは普通のゲームじゃないですからね。出來ればお仲間も一緒に協力して貰いたいのですが……」

帽子屋の言うことはもっともで、幾ら安全マージンを取れていてもソロでは何が起きるか分からない。それに今のSCOはここでの死=現実での死だ。奧にボスがいる可能を考えても、用心に越したことはないだろう。

それに加えもう一つ、SCOが普通のゲームと大きく違う所がある。

「そういうことですか……。分かりました。“あいつら”には俺から頼んでみます。それで、そのダンジョンは何処にあるんですか?」

「よろしく頼みます。それで、申し訳ないのですが今直ぐ行けますか? 実はそのダンジョン、《始まりの街》を出てすぐにある森の中にあるんです」

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