雛樹が今居るこの集落だが、ほんのし前までは、大きなテントやトタンで建てられた、お末な家がなからず集る、文字通りの集落でしかなかったのだ。しかし今や、この集落に流れてきた者達により、一つの街のようになりつつある。ここはここなりの活気に満ちている場所なのだ。

しかし文明的な生活をしていた昔に比べれば、殺伐とした土地である。

そんなところで、暖かくも慌ただしい生の営みが日々、行われている。

この集落の一角。朝から子供たちが、荒野に作られた畑で汗を流し、働き始めている。

見たところ８、９歳、そして１０代前半のの子や、男の子が多いようだ。そのそれぞれが泥だらけ、しかもところどころ破れたような服を著ている。小さな手に鍬を持ち、額に玉の汗を浮かばせながら畑を耕しているようだ。

その顔には生気が満ち溢れ、悲壯など微塵もじさせない。そんなところから分かるように、労働を強制させられているわけではない。彼、彼たちが進んでしていることだ。

「わあ、ミミズ、ミミズがでたぁ！」

「ちょっと、それこっちによこさないでね！　ウチそれ嫌いなの！！」

「もお！　ちゃんとお仕事しようよ！　お姉ちゃんに怒られるよぉ」

決して狹くはない、畑を耕すのは骨が折れるだろうに。可らしい子供たちは元気いっぱい、それぞれ農を振るっている。植えるのは、サツマイモか、ジャガイモだろうか。

畑の近くに建つ小さな宿泊施設ほどもある、褪せたの木板と、赤い屋が特徴的な建。子供達の元気な聲を聞き、その建から、ジーンズに、白いＴシャツという、何ともきやすそうな格好をしたが出てきた。そして、子供たちに一喝。

「ほらほら、早く済ませないと朝ごはん抜きだよ！　楽しくやるのは結構だけど、だらだらしなさんな！」

ぱっちりとした目に、し癖のある長い黒髪を頭の後ろで束ねた、まだ若い人。その、快活なが笑顔を浮かべつつ、子供たちが耕している畑に足を踏みれた。

「うわあ、かざねお姉ちゃんだー！」

「みんなーっ、お叩かれたくなかったらちゃんとしよー！」

「あはは、みんな頑張ってくれてるんだからお叩いたりなんかしないよ！　朝ごはんの準備が出來たから姉ちゃんも手伝いに來たのさ、どこまで終わってるんだい？」

「もうあとあっちだけだよー」

「ん、もうしじゃないか、早く終わらせちまおうよ」

かざねと呼ばれたは、子供たちが持つものよりも、一回り大きな鍬を持った。そしてまだ耕し終わっていない區畫に出向いて、やんややんやと話しかけてくる子供たちと共に、土を耕す。

どうやら、この子供たちの面倒を見ているのは、このであるようだ。しかし、見た目からして、親というわけでもあるまい。かといって、朝食を用意した、という口ぶりから、ただ面倒見の良いお姉さん、というわけでもなさそうだ。

「ははっ！　今日もカラッとしたいい天気じゃないか。洗濯も早く干さなきゃいけないねっ」

風音は一度手を止め、突き抜けるような晴天を仰ぐ。首にかけたしばかり黃ばみ、くたくたになったタオルで額の汗を拭った後。大きなタライに浸け置きしている洗濯を思い出した。

「あれも早く干しちまわないとね」

彼を中心に青空の下、えっさほいさと鍬を振り続けて數十分。やっとこさ全ての畑の土を耕し終わった。

これから朝食にしようということになり、一仕事終えた子供たちはそれぞれ喜び勇んで建に戻ろうとする。と、隨分と遠くから、何やら聞いたことのある重低音がこちらへ向かってきているのに気付く。かざねお姉ちゃん！　と口々に、疲れも吹っ飛びそうなぱぁっとした笑顔で呼びかけた。

「あらあら、隨分久しぶりに聞くねぇ、このエンジン音」

みんなして音のする方をじっと眺め、その音の正を今か今かと待ちわびる。　風音は、畑のすぐ橫を通る舗裝されていない砂地の道へ躍り出た。

道のど真ん中に出てきた彼に気付いたのか、そのバイクは速度を緩め、ほどなくしてすぐ近くで停車し、エンジンの音が止んだ。

「よう雛坊、しばらくぶりだね！」

風音かざねは優しい笑みを浮かべ、よく通る聲で元気な挨拶を一つ。バイクに乗ってきた彼もそれをけて、くすぐったそうに笑い……。

「久しぶり、風音さん。元気そうで何より、お前たちも」

「ひな兄！　ひさしぶりー！」

わっとバイクの周りに集まってきた無邪気な子供たちは、久しぶりに會う顔の訪れに心から喜ぶ。

それぞれ雛樹の名を呼んだり、バイクをぺたぺたとったりして慌ただしい。　そんな手荒な歓迎にもかかわらず、雛樹は足にしがみついてくるの子の頭をでつつシートから降りた。

「しばらく見ないうちに畑が広くなったみたいだな」

「この子たちも隨分慣れてきたからね。たくさん作が取れりゃそれだけ腹いっぱい食えるってもんだからさ。で、今回は何の用で來たんだ？」

そう言う彼に対し、雛樹は持ってきた麻袋を突き出した。

「そろそろここにも顔出しておかなくちゃと思ってさ。ほら、これ使ってやってくれ」

「お、なんだいこれ」

風音は渡された麻袋の中を見るや否や、表を曇らせ……。

「雛坊、あんた自分の生活資だけでも大変だろうに……」

「俺の事は心配いらないって、いつも言ってるだろ。食料もそこそこってるはずだ、子供たちに食わせてやってくれ」

「とんだお人好しだ、まったく……。でも嬉しい、ありがとね」

さあ、朝ごはんにしよう。そう、風音が明るく大きな聲で言った。それを聞いた子供たちは一斉に家の方へ駆けだす。それぞれ、お腹減ったーやら、もうくたくただよーやら、無邪気な子供らしい言葉を口にしている。

ほとんどの子供達が、つかれたと減ったお腹を満たす朝食が待つ食卓を目指す。が、數人の子供たちは、雛樹のジャケットの裾や袖をいじらしく、くいくいと引っ張って。

「ひな兄ひな兄」「はやくいこー」「いこー」などと急かしてくる。雛樹は困り顔を浮かべながらも、わかったわかったと返事をする。目を爛々と輝かせ、そわそわしている彼、彼らを宥めつつ。引っ張られるがまま、自分も朝食の席につくことに。

子供たちと共に家にると、この家屋を形作る木の香りが香ってくる。しばかりの泥臭さはあるが、広く風通しのいいここは、このあたりでも生活しやすい環境にあるだろう。子供たちは靴をぎ散らかし、バタバタと手を洗いに行ってしまう。そんな子供たちの背中をゆっくりと追いながら、雛樹と風音は言葉をわした。

ここの子供たちとの共同生活は大変だろう、まだ孤児はけれてるのか。そんな質問をされると風音は決まって笑顔でこう言うのだ。

「それがあたしの役目だからね」

幾度となくその言葉を聞いてきたが、広いを持つ人だと思う反面、どこか薄ら寒いものをじずにはいられない。

ここはいわゆる孤児院と言うものであり、親を失ったり捨てられたりした子供たちを預かり食住を與え勉學を教える……。その代わりとして、先程の畑仕事のように、様々なお仕事をしてもらっているわけだが。

子供たちと雛樹が食卓を囲むここは、広い家屋の中の一室。炊事場から繋がる大きな空間。そこにいくつかのテーブルが設置されていて、そのそれぞれに子供たちが椅子に座って、パンやふかしイモをほくほくと食べていた。そのテーブルの一つに、元から用意されていた風音の皿と、そして……。

「それひな兄の分ー！」「みんなのから集めたの、たべて！」

子供たちが、大好きなお客様のためにしずつ出し合って作った朝食一皿。

そこには、千切られたパンやイモがった皿が置かれている。

小さな子供達の気遣いをけ、雛樹は、暖かい気持ちがに広がるのをじつつ、呟いた。

「お前たちも腹減ってるだろうに……」

ここで、“いらないからお前たちで食べろ”と言うのも無粋だと思い、一つまみのパンを口にれた。

おいしい、ありがとう。そう謝の言葉を子供たちに向け言う。子供たちはしばかり照れたり、えへんとを逸らしたり。それぞれ個が出る反応を返してくれた。

「メイちゃんが一番多く分けたんだよひな兄ちゃん！」「ちょっ、やめてよたまこー！」

雛樹は子供たちに隨分と好かれている。それをヒナキ自、自覚しているため、そんな好意を微笑ましく思わずにはいられない。

自分に朝食を多く分けてくれたメイに、改めてありがとうと言う。すると、黒髪サイドアップの可らしいの子はぽっと頬を赤らめて、えへへと嬉しそうに笑って見せた。

そんな笑顔が、この子供たちと食べる朝食をさらにおいしいものにさせる。

があれば何でもおいしくなるなんて言うが……。それもあながち噓ではないのかもしれないな。そんなことを思いながら、一回り大きなパンのひとかけらを口にれ咀嚼する。

一足早く朝ごはんを食べ終えた子供たちは、みんな一様にそわそわしながらヒナキの元へ集まってきて……。

「ひな兄あそぼ！」「あそぼあそぼー！」

みんなして口々に雛樹へ言葉を投げかける。そう、彼等はヒナキがここへ來た時からずっと彼と遊ぶのを心待ちにしていたのだ。

ヒナキもここへ來るたび遊んでやっているが、子供たちからかなり評判がいいらしい。それも、歓迎される理由の一つとなっているようだ。

「ご飯食べた後すぐにくとに悪いから、もうし休憩してから外に行こうか」

「はーい！」

素直にヒナキの言うことを聞き、子供たちはそれぞれテーブルに戻って、ひな兄と何して遊ぼうかと和気藹々、話し合い始めていた。子供たちからの包囲が無くなったヒナキは風音に、真剣な表であることを問う。

「あれから“奴ら”をこの近辺で見かけたことは？」

そう問われた風音は、一瞬奴らが何か考えたようだったが。すぐに察したらしく、ああ、と相槌あいずちを打ち。

「あの化けの事かい？　この近辺では見てないねぇ……。じっちゃんが資調達の途中で見かけることはあるらしいけど。それはこの近辺じゃないし……あ、そういえば」

彼は今の話題について何かを思い出したらしく、両手をポンとたたき合わせ、ヒナキに視線を向ける。

「そういえば？」

「箱舟に対する化けどもの襲撃が増えてるんだってさ。本土から旅立つために作った箱舟が、化けに襲われるなんて皮な話だよ」

故郷を捨て、崩壊から逃れた箱舟を襲うその“化け”とは。

ヒナキの頭の中には鮮明な姿が浮かんではいるが、あまり想像したくはない。　無理矢理脳から、そのおぞましい姿をかき消し立ち上がった。食べ終えて空になった皿を持ち上げ、炊事場に運ぼうとすると。

「あたしが洗っておくよ、ひな坊は子供たちと遊んであげな」

凜々しい顔をにこやかに綻ばせ、風音は皿を洗おうとする雛樹の肩をぐいと子供たちの方へ押す。押された雛樹は、“本當に手伝わなくていいのか”と問うが、さっさと行ってきなと一蹴されてしまった。

子供たちの元へと行き、遊びに行こうかと聲をかけると、待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、雛樹を連れて外へ飛び出していった。