《ノアの弱小PMC—アナログ元年兵がハイテク都市の最兇生兵と働いたら》第4節—眼下に登る、戦火—
センチュリオンノアを出港し、數時間後。航空戦艦アルバレストは、なんのトラブルに見舞われることもなく、靜かな海を航行していた。
青を基調とした軍服である、ロングコートを靡かせ艦の廊下を歩く、結月靜流尉。彼はとある用事で、艦橋の指揮を離れていた。
広い艦を移し、目的の場所、その扉の前へ立つ。
「ご報告があります、ジャックス大佐」
金屬質の壁に囲まれた廊下に姿勢よく立ち、油圧式の重厚な自働ドアのすぐ隣に備えられているインターホンへ向けて、言葉を掛ける。
しばらく返答を待つと、インターホンから何やら、気だるげな男の聲で“ちょい待ってくれぇ、今開けるからよ”と、返答があった。
「またですか」彼はそう言いながら、半ば呆れたようにため息をつく。早く開けてくださいと催促すると、扉はすぐに開く。そうして、佐クラスに與えられる個別の執務室の中へ歩を進めた。
進めた先では、れた制服を慌ただしく直す。そしてふてぶてしく執務機に足を乗せどっかりと座る、無ひげに素の薄い短髪の歐米人と思われる中年男。間の悪い訪問者に向かって酒やけした、低くすこしばかりしわがれた聲で……。
「今ぁちょいとお楽しみだったんだがなぁ……」
訪問者である仏頂面の靜流に、おざなりな會釈をしながらおぼつかない足取りで執務室から出て行った彼に一瞥もくれず……。
「あなたの執務室に通信士のを連れ込むのは止めてくださいと。昔っから、何度となく言っていますよね?」
抑揚を抑えた冷ややかな聲でそう言う彼に対し、行儀の悪い態度をとり続けるジャックスは右耳を小指でほじりながら……。
「俺がどのに手ェ出そうと勝手だろぉに。老い先短いおっさんにくらいいい思いさせてくれよぉ靜流しずるちん」
「あなたは今、この艦を擔う分なのですよ。それにふさわしい風紀と威厳を保っていただかないと部隊の士気にかかわります」
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間髪れずに下士にそう突っ込まれ、やれやれ厳しいねェとぼそり。それを聞き逃さなかったシズルと呼ばれた彼は、まるで玉を二つ、右手のひらの上で転がしているかのようなジャスチャーの後のち、ぐしゃりと拳を握る。抑えがたい怒りのを包した瞳も並行して向けられ、ジャックス大佐は気圧され、椅子の背もたれからをらせ座高が低くなった。
「その顔は怖いからやめてくれや。ほんとおっかねぇからよ。母親似もここまでくれば寒気がするぜ。で、ご報告ってなぁなんだ結月ゆいつき尉」
居住まいを正し、ポケットから煙草を慣れた手つきで取り出して口にくわえると、よく磨かれたアンティークライターで火を著ける。
ようやく本題にれることで安堵したシズルは、すぐさま報告事項を頭の中で整理し、言葉にした。
「あと15分、本土近海をステルス航行の後。反重力機関を稼働し、本土空域へ侵します。政府軍の攻撃に備えて、対地兵を展開させる許可を頂きに」
そう言いながらシズルは執務機の上、何もない空間に人差し指を置き、真一文字にスライドさせる。人差し指に著けられた、青いを真ん中に湛える黒い指のようなものからが放出され、“質化”。結果として、何もないはずの空中に半明の薄いモニターが現れた。
そのモニターには、艦と呼ばれているこの場所の全容がのラインだけで描かれ、展開する兵がある場所に印がされてある。その下には責任者の証を押し當てる用の窓と、承認を意味するCONFIRMコンファームと記されたボタンが浮いている。
「船下部の武裝の展開は抑えねェとマズイぜぇ。こことここ、それとここは格納したままで行け。飛行中のステルス能が著しく落ちるからよ」
るラインで緻に描かれた艦図の武裝部分を指でなぞり、拒否を示すマークが足されてゆく。
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「それでは萬が一発見されたときに後手に……」
「この任務は政府軍の連中がおかしなことしてねぇか、偵察の意味を込めた遠征だってこたぁ分かってるよな。極力発見されねぇようにするのが最重要だ……んで、本土にったらここ。政府軍が常駐しない集落に降りろ。ここでとりあえず、聞き込みをする」
ジャックスはモニターの表示を変え、本土の一部の衛星寫真を引っ張り出す。そして、印をつけた。そう、今まさにヒナキの居るその集落の場所を。
「ここはさほどうちに敵意のある奴がいるわけじゃねぇ上、支配制も整ってないからよ」
サージェスは吸い込んだ煙草の煙を細く吐き出しながら、灰皿に先をぶつけて白く燃え盡きた灰を落とす。
「了解しました。航行システムに指示しておきます。だからさっさと承認してください魔。もたもたしていると本土に著いてしまいますので」
「ぶはは、好きなのぁまちがいねぇやな。通信士が駄目ならシズル、お前が相手してくんねぇかなぁ。お前さん相手にできるなら男冥利おとこみょうりに盡きるってもんだ」
言っていることは下品ではあるが、その顔にいやらしさなど微塵もじさせない。絵に書いたような助平な男だが、嫌悪をじさせないのはそういうところだろうかと思考しつつシズルは……。
「しっかり仕事をしていただけるのならば、考えても良いですよ」
「どっへぇ! 本當かよ! するする、するぜェ仕事! ほれ」
勢いよく承認ボタンを押し、シズルのよい返答を待つ彼だったが。シズルは口元を上げ、妖艶な笑みを見せると……。
「あなたに私の相手が務まるとは思えないのですけれど、ね」
「お、おお……言うじゃあねぇの」
ふふっと笑い、何事もなかったかのようにその場から去ってゆく彼の背中。呆然ぼうぜんと見送り、ジャックスは言葉にできぬほどの昂たかぶりをじていた。
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「やっぱとんでもなくいいだなぁおい。俺みたいなにゃあもったいねぇやな……」
嘆息たんそくと共に吐きだしたその言葉は。部下がいなくなり靜かになった執務しつむ室で、響くことなく消えて行った……。
そして一方、箱舟と工であるスパナをイメージしたエンブレムが裝著されたロングコートを靡かせ。上司に一部武裝解放の承認を得た結月靜流は、足取り軽く今いるこの艦の艦橋かんきょうへと向かっていた。
途中すれ違う船員に挨拶をしつつ、金屬質な足音を鳴らし複雑な構造の艦を迷わず歩いて數分、油圧可式の扉を開いた先には開けた空間。
見渡す限りの大きな窓からは、この艦からの外の景が一でき、この艦橋の解放を見事に演出している。中央には質量化子によるホログラム映像で表示されている海域マップと、その他航行に必要な報が何もない空間に浮かんでいる。外周には、様々な報をやり取りしている通信士や、艦縦士などがせわしなくインカムを通して話をしているようだ。
「結月尉、許可の方は下りましたか?」
航行システムを、ホログラム前で管理している艦縦士の一人が、芳かんばしい結果を持ってきたであろう結月シズルに話しかける。それに答えるようにシズルはホログラムへ指を向け、武裝解放許可された兵の報を表示させた。
「いくつかの対地兵は使えませんが。偵察には十分な、兵の解放許可が下りました」
どこか安堵したふうなシズルに対し、艦縦士の男は顔をしかめてホログラムの兵報を閲覧する。
「本當に最低限ですね……今や本土側政府軍の対空兵も強化されているというのに」
「偵察任務の今、我々が懸念すべきは対空兵ではなく、本土人への対応です。今から向かう集落の人々も、我々を歓迎してはくれないでしょう。政府軍ならば武力でなんとでもなりますが、一般人を武力で制圧することは好ましくありませんから」
そのような容の話を、しばらく艦縦士とわす。最後に、“反重力機関の稼働準備を進めておきなさい”と言い殘すと、彼は息抜きに海風に當たろうと甲板に出て行った。
(雲一つないよい天気ですね)
甲板にある艦載機かんさいき発著場の端には、手摺てすりも何もなく、そこを超えればとんでもない高さからの海を眼下に捉えることになる。シズルはそこに立ち、眼前に見えてきた本土を眺めていた。かつて自分もそこに住み、生活していたがもうほとんどその記憶は薄れてしまっている。
ただこれだけは、はっきり覚えている。屈強な兵士に囲まれ、薄汚れた大きい布きれとフードにを包み。の丈に合わない騒な銃を下げた、男の子の姿。
そこで、何もない空中に対し指を振り、質化したがモニターとなる。そのモニターに、一枚の寫真を映し出す。それは半年ほど前に、センチュリオンノアが派遣した偵察巡洋艦。それが本土近海を航行していた時に撮った、畫像の一つ。
海岸線にポツリと一軒建った、家というにはあまりにも荒い作りの建が映っている。よく荒れる本土の海岸。しかも、“地殻変で割れた大地で、海に沿うようできた海岸”に家を建てる稀有さはともかくとしてだ。重要なのはそこに寫った男の姿。
拡大し、解像度が落ちたその寫真の男の橫顔はどこか懐かしさをじさせ、昔一緒に居た男の子を思い出させる。
この寫真を見てから今、本土へ向かっているこの時までの半年間、この男の姿が気になって気が気でなかった。無理を言って、本來自分とは別の人間が請け負うはずだったこの任務を回してもらい、今こうして本土偵察の任務に就いたのだ。
今の地位を手にれるために、反吐を吐きながら己を叩き上げた。いつか別れたその男の子に再び會うために。
休憩中の靜流はしばらく、程よく気を含んだ風にあたりながら、その甲板に座り込んでいた。海へ向かって足を放り出し、可らしく足を振って。
水平線の向こうに、大地が見えてきた。センチュリオンノアを出て半日。ようやく本土が見えてきたのだ。そろそろ指揮に戻らないとと、思ったところで。
《結月尉。休憩中失禮します》
宙に展開したモニターに、艦橋にいるオペレーターの顔が映し出された。完全にオフモードでくつろいでいた靜流は、肩を跳ねさせる。
「いえ、大丈夫ですよ。どうしました?」
真剣な表で居住まいを正し、モニターと向かい合う。
《反重力機関の稼働を開始いたします。ブリッジへお戻りいただければと》
「了解しました。すぐに戻ります」
モニターがまるでガラスでも割ったかのように砕け、の粒子となって空に消えてゆく。質量を持つ、質とかした。そのオーバーテクノロジーの神的な風景はもう、靜流他、センチュリオンノアに住む人間にとって何の変哲も無い現象である。
「ようやく本土へ到著ですね」
本土へ向かって穏やかな海上を航行していた、高機航空戦艦アルバレスト。その艦は、航行システムにプログラムされた命により、本土上空に進行する。そのための飛行を可能とさせる、反重力機関を稼働させようとしていた。
……………。
「第一、第二重力転換爐稼働良好」
「第三第四転換爐も良好です」
「各重力転換爐完全稼働まであと50%。システム補助を要求します」
「ドライバインストール完了、反重力飛行システム起、稼働補助を開始します」
航空戦艦アルバレスト、前面にある艦橋でオペレーターたちが慌ただしくく。それぞれ、モニターを見ては狀況を口々に報告していた。その報告を聞きながら、結月靜流は逐一、艦橋中央に浮いている球型モニターに表示された経過に異常はないか目を通してゆく。
「反重力機関オールグリーン、周囲重力波安定、上空安全確認完了。結月尉、アルバレスト、航行システムに従い飛行を開始します」
「了解しました。アルバレスト各エリアへ飛行警告をした後、本土上空へ進行してください」
シズルがそう言うと、オペレーターの一人が艦放送を開始する。艦各エリアに設置されたスピーカーから、電子音での開始の合図が放たれた後。流暢りゅうちょうなの聲で警告がされる。
《只今より、本艦は飛行を開始します。浮遊時の重力変化に備え、各員船へお戻りください。各エンジニアは艦載機の固定れがないよう確認を迅速に行い、船へお願い致します。繰り返します只今より――……》
その放送が終わり、しばらくした後にアルバレストは浮遊を開始する。
艦重要區畫に設置された、球型の各重力転換爐が神的な青いを放ちながら、次々と臨界點を迎えていく。そしてそのそれぞれが発する力場で、この艦を地球の重力とは相反する力で包む。
海面下に沈んでいた船下部が、“重力と反発する力”によって海水を撥ね退け出し、しだいに上空へ向かっていった。
そして艦は急激に低下した重力により、固定していない様々なものが浮き出した。大のは船に固定されてはいるが、スカートを履いているオペレーターなどは大変だ。めくれ上がりそうになるスカートを抑えたり、突然襲う浮遊に、嫌悪を覚えた船員は顔を青くしたり……。それぞれが飛行に際する狀況に耐えた後。
航空戦艦アルバレストは高速で移しつつ、上空2000メートルに到達。本土領空へ侵した。
「目的高度へ到達、艦重力調整完了しました。これより本土上空を飛行します……。はは、結月尉は全くじませんね。訓練したとはいえ、私はまだこの反重力機関の影響には慣れませんよ」
「私は慣れていますから」
結月尉は、ちょっとした優越ゆうえつかんを覚えてしまう。“まだまだ子供ですね私も”などと自己嫌悪。
しばらく、顔がすぐれない船員たちを眺めながら、シズルは飛行する艦に展開されたステルスシステムの稼働狀況を確認する。
今現在この艦、アルバレストの裝甲は“ある質”で形されたにより、周囲の景と同化し、視認不可能な狀態となっている。しかし、艦上部の武裝だけは完全に同化していない。々霞んで見えるが、目を凝らせば視認可能である。ここは政府軍側に発見され、攻撃をける可能を考えてすぐ使用できるよう、武裝を展開させてある部分だ。
地上にいる人々も、この艦のことは見えない。今この艦が進んでいるところを見上げても、青空と雲しか視認できないのだ。なので騒ぐこともなくいつもどおり、生の営みを続けている。
しばらくシズルは近くのシートに座り、デスクに向かってやり殘していた事務仕事を片付けていた。
するとおもむろに、デスクの上に置いていた通信機から電子音が鳴り出した。
何事だろう、そう思いながら通信をつなぐため、ヘッドセットを裝著する。そして、そのヘッドセットの左側頭部側のボタンにれた。回線がつながり、結月シズルは平坦な聲で“なにかありましたか”と呼び出しに答えた。
《結月尉、急事態です》
「急?」
《當初予定していたルート上の集落が、何者かの襲撃をけている模様です》
「……映像をこちらに回せますか」
し離れたところに座っているオペレーター、“東雲姫乃”準尉からの通信容に、結月靜流はすぐさま指示を出す。自分のデスクにモニターを展開、アルバレスト船底に備えられたカメラから送られてくる映像を確認した。
「なんですか……これは!?」
そこには、確かにあったであろう集落の姿が確認できる。だが、それは、過去に建が集していたとわかる程度に瓦礫が積まれてあるため、そう判斷できただけだ。
頼りない壁と屋でできていたであろう家屋は、殘らずひっくり返り、ひしゃげ、潰されている。地面は何かに引っ掻かれたかのように、深く大きく抉れているようだ。
ところどころに開いた巨大なと、突き立った、“赤いの柱”。そして、あらゆる質が、ところどころ“黒い鉱”のようなものに“侵食”されている様子も見て取れた。
「ドミネーター……!!」
《まずいよ、靜流。政府軍の兵士と、多分……20歳前後、男一般人がここから北東3キロ地點で戦闘狀態になってる……。相手は……“ドミネーター・タイプヒューマノイド、ランク“Γ”(ガンマ)”。方舟でも一線級の部隊が出るような化けだよ!》
その狀況が、かなり迫しているためか、東雲姫乃の言葉遣いが上司部下のそれとは異なってしまっている。しかし、そんなことは眼中にれず……。
「今すぐ、ジャックス大佐に現狀報告と戦闘許可を。こちらも、“ブルーグラディウス”の起許可を本部へ申請しておきます。オペレートの準備も進めていてください」
《了解したよ》
空を進む、戦艦アルバレストは一度停止した。止まることなく前進してきた戦艦に訪れた凪とは裏腹に、艦はひっくり返したような忙しさで、熱を持ってしまっていた。
「これは偵察任務だぞ。集落が襲撃されてるからといって、特殊二腳機甲を出撃させれば、政府軍に見つかるだろうがよ。東雲準尉」
《相手は最上級、ガンマタイプです。このまま放っておけば、こちらの艦の部エネルギーに敵反応を示され、襲撃されます。先手を打つべきです》
「だからって、最重要機のエース機を、敵地でやすやすと出せるかよ!」
靜流の命令に沿って、とある“対怪用戦機甲”の出撃許可をもらおうとする東雲準尉。しかし立場上、シビアな立ち回りを強いられているジャックス大佐は、その切り札を出し渋っていた。
「舵を南に切れ。全速力で戦線から離する」
《な……あっ、ちょっ靜流ち……っ!?》
突然通信相手が泡を食ったかと思うと、今度は冷たく、心を深く鎮めたの聲が割ってる。
《政府軍數名と……一般人が戦闘に巻き込まれています。事は急を要するんです。あなたの良心に問わせてください。見捨てるのか、助けるか。どちらですか》
「俺の良心はいつも企業連合と共にあるぜ。上層部のおやっさんにでも聞いてくれや」
《私は、あなたに聞いているのです。ジャックス・バルカ・アーノルド大佐。聞こえなかったなら、一字一句間違い無く、もう一度同じ問いをあなたに提示しますが》
決斷を急かしてくる靜流の言葉。ジャックスの良心に、深く、強く訴えかけていた。
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