《ノアの弱小PMC—アナログ元年兵がハイテク都市の最兇生と働いたら》第3節—數年越しの會話—

ようやく目覚めたばかりの祠堂雛樹はとんでもない痛みに聲を上げた。

あろうことか急所である間を、薄い掛け布団の上から握られた。今まさに再會の喜びと驚きを、言葉で表現しようとしたところだったのだが。

そのなめらかな白く小さな手で、このまま急所を握りつぶさんとばかりに、目が笑っていない騒な笑みを浮かべながら圧力をかけてきた。

「ふふ、子供ができなくなったら困りますから、この辺で勘弁してあげます」

「できるできないじゃなく、これ以上なく苦しんでるからってことで勘弁してくれないかなァ……ッ」

さっきまで、布団の上からとはいえ雛樹の急所を握っていた右手を、なにかを確かめるように開いたり閉じたりしながら、ほぅ……と熱っぽい息をらす靜流だったのだが。

雛樹はとにかく腹に殘る痛みに目をぐっと閉じ耐えながら、苦し紛れに言葉を絞り出していた。

「あれだけ一緒にいたのに忘れるなんて、ひどいです。泣きそうですが、なにかめてくれるんですか?」

「さっきの俺の悲鳴がめになってくれてたら、幸いだね……」

「あんな悲鳴だけで満足できるほど、安いではないですが?」

「ちょっと待て、いや……。わからなかった俺も悪い。けど、流石にこれだけ長したターシャを、このタイミングで見破れっていうのは酷な話だろ……」

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手を後ろで組んで、ベッドの隣に立っているターシャをじっくりと眺めた。ターシャ……結月靜流はどうしたのですかと言いながら、小さく首を傾げてみせる。上半も軽く橫に倒して。

昔、一緒にいた小のような可らしさを持ったターシャと、今目の前にいる、凜々しく整った顔立ちのとのギャップに面影が見つからず、困していたが。

このらしい仕草には……見覚えがあった。

まだ日本語を満足に話せなかったターシャが、わからないことがあると行おこなっていたわかりやすい仕草。

「ああ、その仕草は変わらないんだな」

「……なんですか、子供のままだと馬鹿にしているのですね。不愉快です」

「ははっ、隨分日本語が達者になったもんだな。いや、すごいよ。ほんと、昔のターシャとは見分けがつかなかったのも仕方ないだろ、これは」

「達者になったのは言語だけですか? 他にもっと言うことがあるでしょう」

「隨分疲れてるみたいだけど、ちゃんと寢てるのか?」

「あー……」

恐ろしく間延びした、返事とも取れない聲を出しながら。ひたり、と。掛け布団の上に手を置いた結月靜流。

それに伴い、鳥が立ち冷や汗が流れる雛樹の

「いや……なんだろう。格キツくなった? アルビナさんに似てき」「萬力まんりきという道を知っていますか、ヒナキ。ええ、キリキリとハンドルを回し、最終的には対象をすり潰すあれです」

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「萬力はそんなことに使うような拷問道じゃない」

徐々に置かれた手に力がこもってくる。この子は俺の急所を握るのに抵抗がないのかと思いながら、彼が待っている言葉を頭の中で探す。

……、だが悲しいかな。本土暮らしだった雛樹は、人付き合いというものを必要最低限しかしてこなかった。仲になったことなど一度もなく、そんなことにうつつを抜かす心の余裕もないに等しかったのだ。

だが、唯一。しばかり年上だが、風音という孤児院を切り盛りするはいた。

との會話の中で、ひとつでもを喜ばせられるような気の利いた言葉を言ったことがあっただろうか。

“かわいいの子でも見つけてさ、一緒に暮らすといいんじゃないかい? あんたずっと獨りだろ?”

ああ、そうだ。あの時の會話の中で、人なら風音さんがいるんだけどな。……などと、昔どこかで聞いた仲間の言葉を、自分なりにし変えて言ってみたことがあった。

その言葉を言った時の風音といったら、もう。林檎のように顔を赤くして、隨分喜んでいた……ようだが、照れ隠しなのか思いっきり腹を毆られたような気がする。

そういった過去の言も踏まえて、長したターシャを見た時の気持ちをうまく伝えようと言葉にしてみた。

「隨分人になったな、見違えたよ。発育も良さそうで」

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「その言葉を待ってたんです。あはは、でも最後の一言は余計ですね?」

「余計なのか、悪い。失言だった」

頭を掻きつつ、本當に困ったような風な表でそういう雛樹。そんな彼に対し、完全に毒気を抜かれた結月靜流はらしい笑みをこぼしていた。

そこから二人は各々の経緯いきさつを、お互い順番に言うことになった。

雛樹は、自分がなぜ拘束されていたのか、そして何故あの怪と対峙していたのかを話し。

靜流は、今の自分の名前が結月靜流だということ。方舟、センチュリオンノアにある、とある企業の軍部に所屬していること。

今回、祠堂雛樹を捜索するという條件付きで、この戦艦の護衛任務に就き、無事ではなかったが、思わぬところで発見できた事。

彼の腕に巻きついていた拘束帯を、“圧質化あっしゅくぶっしつかこう”による刃を用い、いとも簡単に切斷したこと。

そして、この戦艦アルバレストはこれから方舟へ帰還する、ということを話した。

お互いがお互いの詳細を知ったことで、今の狀況に現実味が生まれた雛樹は言った。

「俺はこれからあの方舟に住むことになるって?」

「ええ、ただし條件はありますが」

「條件?」

「そうです。センチュリオンノアに屬する、軍事部門をもつ企業に所屬すること、なのですが……。はっきり言って、大船に乗ったつもりでいてくださって構いません」

本來、一般人ならこの條件をクリアすることは難しいらしいが……。雛樹は違う。本土戦線を支えた元軍人。同じ部隊に、現在方舟の大企業に屬する靜流と靜流の母、アルビナが実力を証明してくれるため、従軍試験は軽く突破できるだろうということだったのだ。

「我が母、アルビナ大佐も自分の指揮下の部隊にあなたがしいと。あなたならば、試験などやすやすと突破するだろうことも言っていましたから」

「そんなに高く買ってもらって嬉しい限りだけど……できれば軍隊にりたくないって言ったらどうする?」

「あ、言わないでください」

りたくな「言わせませんよ?」

なんとも言えない空気の中しばらく、お互い無表かつ無言で見つめ合う事態となった。

「……何故拒むのですか。昔、母はよく言っていました。あなたは將來素晴らしい兵士になると。銃の腕も、近接格闘の技の冴えも……他の人兵士と比べて全く劣っていなかった」

「そうなるように鍛えられたから、必然的にそうなった。生き殘るために、任務を全まっとうするために。仲間のいない今、俺の実力なんて底が知れてる」

「知れていません。失禮ながら、あなたのを見る機會がありました」

靜流は思う。治療のため、上半服を剝がれた時に見た彼の嘆に価あたいするものだった。

場數を踏み、死線をことごとく越えてきた証拠であろう傷、鍛えられ、洗練された筋による、

あまりの絶に打ちひしがれていた靜流は、不謹慎にもその時気持ちが昂たかぶってしまった。

日々の研鑽を欠かしていれば、あの様な勇ましいにはならないだろう。

彼の三白眼……その小さな瞳が、居心地悪そうに明後日の方向へ泳いでいる。仲間がいなくなった……いや、これについては母から話を聞いている。かつて、世界中の特殊部隊から兵士を集め、ドミネーター対策部隊と稱された合同任務部隊コンバインドタスクフォース201は數年前に壊滅した。

自分が雛樹と別れて、1年後のことだった。

何も皆、殉職したわけではない。が……なくとも、目の前の彼は壊滅からここまで、ずっと一人だった。

本土偵察部隊から、あのCTF201が壊滅したという知らせを聞いた時。アルビナ、そしてその夫と、靜流は息が止まる思いだった。死傷者リストに上がった、數いるかつての戦友の中に雛樹の父の名もあった。

だが、雛樹の名はなかった。それだけだ。彼がまだ本土にいるという確信を持った報は。

この報は、生まれも育ちも方舟の住民には全く響かない報だ。ああ、なんだ。まだ本土人は無駄なことを続けていたのか。

大した対抗手段にはならない“時代遅れの兵”で武裝した、“野蠻で馬鹿な本土人”が何人死のうと、関係無い。

荒廃した敵國に対する、高みの意見などそんなものだ。

(しかし……私が企業連上層部に掛け合い提示された、元CTF201のヒナキを方舟へ居させる條件を反故にすれば……彼は國すら許可されないです)

眉間にしわを寄せ、右手を顎に當てがい難しい表を浮かべる彼に、雛樹は言った。

「いや別に、絶対にりたくないと言ってる訳じゃなくてだな……。えっと、他の方法があるなら、できればりたくないって意味で……」

「他の方法はありません。申し訳ないですが」

真剣な聲で、はっきりとそう言ってしまう靜流に対し、雛樹はげんなりした表で肯定の返事をした。

雛樹自、その靜流の言葉を聞いて割り切らなければならないと思ってはいた。想定外ながら、この方舟からの戦艦と、結月靜流に助けてもらったのは間違い無いのだ。

それに、人類の楽園とも揶揄される海上都市にも行けるというのだから、わがままなど言っていいはずもない。

「そういえば……すぐ意識なくしてあんまり覚えてないんだけど。あの人型の兵、あれは?」

「ああ……やっぱりそこは見ていたのですね。あれは……えっと。簡単に言えば、方舟が開発した対ドミネーター用の二腳戦機です。あなたが見たのは、私に合うよう調整されたワンオフ機で……総稱は“ウィンバック・アブソリューター”」

「あれにターシャが乗ってたのか!?」

「ああ、そこは気づいていなかったんですね……」

思わぬリアクションに、靜流は狼狽えた。そういえば雛樹を助け出した時、意識を失ってたのだった、彼は。

「ワンオフ機……詰まる所、“企業”にとっての“エース機”は例外なく“小型の反重力爐はんじゅうりょくろ”を積んでいて、未知數のエネルギー出力と供給を可能にし、膨大な質量を持つ機を浮遊させ、飛行が可能となっています」

……が、と。彼は前置きした。そんな夢のような兵にデメリットがあるのかと、聞いている雛樹は構えた。

「企業間での過度な競合と、反重力爐による居住地への環境汚染を回避するため……と。その他多くの理由により、方舟上層部によって“エース機”の所有機數は、個々の企業によって制限されています」

「そんな強力な兵が大量生産できないのか……」

何も知らない雛樹からしてみれば、大量生産してあの怪共を駆逐すればいいのに……といった考えなのだろう。

「あくまでも、企業というのはビジネスがり立たないと立ち行かなくなるので、そうして制約を作るのですよ。ちなみに私が所屬するセンチュリオンテクノロジーの“ウィンバック・アブソリューター”所有可能機數は2機と、ないです。企業連に屬さない大企業はかなり機數を制限されてしまいます。二腳機甲戦機の8割は、反重力爐はんじゅうりょくろを積まない量産機、“エグゾスケルトン・ソルジャー”と呼ばれるもので構されていますが、建築、工事用など戦闘用途ではない機も存在しています」

最後に、方舟は本土から見れば異常でしかないと付け加え、靜流は話すのをやめた。話途中で、雛樹の腹が鳴ったことに気付いたからだ。

「三日も點滴だけでは、流石に限界ですよね。なにか、消化の良いものでも用意させましょうか」

首を縦に振った雛樹に、靜流は艦レストランへ食事を頼むために、デバイスを起。靜流の目の前の空間に、浮遊するモニターが現れた。

「なんだそれすごい」

モニターを展開させた瞬間に、平坦だがとんでもなく大きな聲で雛樹がそう言うものだから、靜流は肩をビクつかせた。

「えっと……ふれることが可能なホログラムモニターだと思っていてくれればいいです」

さわれるのかそれ」

「いちいち聲が大きいです。好奇心を抑えられない子供ですかあなたは」

薄い笑みを浮かべながらそう言った靜流に、雛樹は申し訳なさそうに謝った。謝られるほどのことではないと、フォローをれておいたが。

いちいち、真面目な顔をして謝られると申し訳なくなる。まあ昔からこんなじではあったのだが。

靜流は慣れた手つきでモニターをり、艦レストランのメニューを表示させ、なにか消化の良さそうなものを探すが……。

「あの、近い……近いですヒナキ」

「あ、悪い」

モニターを何とかして覗き込もうとしてきた雛樹を、頬ほおの橫3センチにじながら、靜流はその頬を上気させながら訴えた。

恥ずかしそうな、照れのった聲を聞いて雛樹も自分の行の迂闊さに頬を赤らめを引く。

「選びますか?」

「おお、選ばせてもらえるならその方が嬉しいね」

さて、その15分後。

部屋の一角にある壁に、フードポストと呼ばれる屆け口が出現。雛樹のベッドに展開されたテーブルに、質化した青いの板に乗せられ、空中を移してきて著地。

それと同時に砕けた“青いのトレイ”に、雛機は自分でもよく分からない不快じつつ。

「本當に食べられるんですか……」

「おおお……おおおおお。10ヶ月ぶりの……!!」

3ポンドステーキが、熱された鉄板の上で焼ける音を立て、香ばしいガーリックの匂いが食指をくすぐっていた。跳ねる脂が愉快なダンスホール、のあまり言った意味不明なこの言葉は後の雛樹にを落とすことになる。

心配する靜流をよそ目に、雛樹はそれをペロリと平らげ。

數時間寢込んだ。

空っぽの胃に弱った。それだけのものをれてしまえば拒絶反応を起こすのは間違いなかったのだ。

——……。

「結月尉。あと一時間でセンチュリオンノアへ到著します」

「わかりました。港へその旨を伝えておいてください」

外は既に暗く。暗黒の海原を下に、夜の帳に散らばる明を上に。戦艦アルバレストは航行中。

しばらく寢込んでいる雛樹を醫師に任せ、神的に余裕が生まれた靜流は任務に復帰していた。

最後まで、護衛の必要は無くならない。帰還中こそ、最大の注意を払うべきだというのに、任務を離れていた自責の念をやる気に変えて、彼は兵士として指揮をとっていた。

艦橋にいたオペレーターたちも結月尉を心から心配していたため、みな安堵をに職務についているようだ。

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