《ノアの弱小PMC—アナログ元年兵がハイテク都市の最兇生と働いたら》第5節—目覚めた尉と元年兵—

「たすかりました、ね」

死の淵に立たされていたが故の疲弊。そして、特殊な機と神経接続しているが故に心へフィードバックされる負荷。

まだまだこのブルーグラディウスという対ドミネーター兵は荒削りの段階であり、強大なポテンシャルをめている一方で搭乗者にかける負擔は、一般的に配備されている量産型と比較にはならない。

《……とりあえずお疲れ様、結月ちゃん。急いで帰還して。第三格納庫に醫療班を待機させてるから》

「ありがとうございます、東雲準尉」

それを最後の通信に、シズルは満創痍の中機り、センチュリオンノアへと艦首を向けた戦艦アルバレストへと帰艦する……。

……。

《第三格納庫、裝甲壁解放します。各員配置についてください》

戦艦アルバレスト、その甲板の一部が大きく開き重々しく開いてゆく。その先にはいくらか傷を負った青い機が見え、完全に開いたところでまだ浮いている機はそのまま格納庫へっていった。

「著艦用意! 各部固定開いておけ!」

整備員が大聲で指示を飛ばす。ってきた青い機は、金屬床に設置された固定に足を乗せるように著艦する。その固定は、機を移する床と共に、メンテナンスガレージまで運んでいった。

その運ばれている最中に、コクピットの中のシズルは機との神経接続を切る。そしてシステムダウンを行い、機が無事格納されたことを聞くと背中側のハッチを開いて外へ出た。

ハッチまで上がってきた壁も何もない足場だけのエレベーターには數人のメディックが待ち構えており、ふらつくシズルを擔架に乗せようとしたのだが。

「……問題ありません。そこまで重ではありませんので、自分で歩けます」

   騒がしい格納庫。橫目でエンジニアにメンテナンスをされ始めているブルーグラディウスを眺めながら、シズルはメディカルセンターへ向かう。

今は自分の調より雛樹の事の方が心配だ。

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一瞬とはいえどステイシスと接していた。怪我をしていないだろうかと気が気ではない。

(何故、彼ステイシスがヒナキへ接してきたのでしょうか……。企業連の命令もなく、彼が彼の意思で出撃を強行するほどの事がヒナキに……あるとでも?)

そこから彼の意識は途切れ途切れに狀況を繋ぐ。格納庫からメディカルセンターへ行くと、カプセル型の粒子浄化槽に寢かされ、酸素供給用のマスクを裝著させられ、槽を満たしてゆく青を見ていたかと思うと。

次の瞬間には自室のベッドで目が覚める。

「……う。浄化槽に麻酔でもれられましたか。頭が重たいです」

「ん、起きた起きた。ずいぶん短いな、もうし眠ってるもんだと思ってたんだが」

「うわああああ」

重いと錯覚していた頭が、ポーンと飛び上がるんじゃないかと思うほど驚いた。なにせ、自分の視界にヌッと出てきたのは頭を包帯でぐるぐる巻きにした人間だ。

それが嬉々として話しかけてきたのだから驚くのも無理はない。

「く、曲者くせもの、曲者くせものが私の部屋にいますが!!」

「曲者かぁ……ターシャ、お前日本語力上げてきたな」

バネがしこまれていたのではないかと思うくらい激しく上半を上げて掛け布団を蹴り出しつつベッドの上で後ずさりする。

すぐに壁があるので背中を押し付けてずりずりとらせてしまうが。

潤ませた青い瞳に映るのは流行り包帯ぐるぐる巻きの男。だれかぁぁあぁなどと力無く聲を上げてみるが、目の前の男は愉快そうに笑うばかり。

「おいおい、さっきまであのよくわからない兵に乗り込んで戦闘してたの聲とは思えないな! 俺だよ、雛樹。ちょっと頭切ってな」

崩壊した部屋から無理やり出され、転んだ際に瓦礫か何かで頭を切っていたのか、がだくだくと流れているのに気づかれ、忙しなく醫務室に連れて行かれた。

……まではいいが、これくらい放っておけば治るからを拭うタオルか何か頂戴と言ったところ、頑なにその傷を放っておこうとしない醫師に対し、いらぬいらぬとゴネた。

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すると、強手段に出た看護師のおかげでこのようなことになってしまったのだという。

「いつもこれくらいなら放っておいたもんなんだが。いやーまいった」

「ひ、ヒナキ、これからはお醫者様の言うことにしっかり従ってください。醫務室に運び込まれた以上あなたに何かあれば醫師たちに責任が及びますので……」

まだ太鼓を打つような鼓をしている心を手で押さえつつ、しばかり震えた聲でそう雛樹を諭した。

落ち著いた靜流は、手著の前がはだけて大きなの谷間がこれでもかと見えていたことに赤面しつつ、居住まいを正し小さく咳払いをし。

「いえ……それよりもひどく驚いてしまい申し訳ないです。挙句には曲者などと……」

「いや、立派な曲者だし大丈夫。気にもしてないしいいもの見せてもらったし」

そう言って親指を立てる彼に対し恥ずかしさがメーター振り切りながらも、彼はふにゃふにゃとした聲で日本語ではない言葉を口にする。

「——……!!」

「え? なんだ。母國語が出たな」

「スケベだと言ったのです!」

慌てた靜流はつい母國の言葉を出してしまう。雛樹は雛樹で、昔聞いたことのあるロシア語らしいニュアンスに懐かしさをじていた。

困った風にシズルはため息をつくが、まあこうして弱っている以上癒しというか、和む材料がしかったので丁度いい。

それに軍部の仲間ではなく、相手は馴染でもある雛樹ということもあって甘えやすいのか、普段お堅いと言われている彼も隨分らかい様子で話してしまっているのだろう。

「何故ヒナキがここに?」

「東雲さんからどうせシズルちゃん起きないし、それにもう方舟に著くし、様子見といてあげてって言われてな」

そういうことですかと納得したような様子の彼シズルだったが、なにやらはっきりとしない雛樹の表を見た。

「なにか気になっていることでもあるのですか?」

「え? ああ……し」

しなら、答えられる範囲で話しますよ。もうセンチュリオンノアへの到著に時間はかからないでしょうから、手短に」

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もう話していられる時間は短いということもあり、雛樹は急かされるように自分と接してきた黒い機について聞くことにした。

「あれがセンチュリオンノアの所有する最高戦力とされるステイシス、その人が搭乗するウィンバックアブソリューター、ゴアグレア・デトネーターです。あれらがいるために方舟の防衛機能は盤石のものとなっていますし、他國から下手に爭い事をふっかけられる心配もありません。それにセンチュリオンノア、その企業爭いに対しての抑止力にもなってくれています。核兵より危険な生、それが彼です。今回に関して言うと出撃許可は下りていませんでしたが。ヒナキ、あなたが目的で出張ってきた可能があるのです……なにか心當たりは」

先ほどまでと違い真剣な表でそんなことを聞いてきたシズルに雛樹は面食らったが、雛樹は特に考える様子もなく答えた。

「俺には……無いな。はっきり言って、何が起こったのかかも把握しきれてなかった」

「彼から関わってくるということは、彼あなたに関心があるということなんですが……そうですか」

そこで彼は人差し指をツンと立てて、その指先を雛樹の右目に向けた。その行為には先ほどまであったらかな雰囲気はなく、任務の際に見せる冷たく凜々しく、そして々しい兵士然としたそれだった。

「その赤くなっていた右の瞳。ヒナキ、あなたはドミネーター因子に侵されていませんか」

「……」

「ステイシスと接していた際、確認しました。今のあなたの瞳は黒いですが……」

雛樹自その言葉に思うところでもあったのか、まで出かけていたなんだそれはという言葉を口にすることはしなかった。

「あなたの瞳が赤く、そして変形した瞳孔を見たときにかつて見た彼ステイシスの瞳と同一のものと気づきました。まさかと思ってはいたのですが」

雛樹はしばらくどうしたものかといくらか悩んだ末、彼にならと正直にこの目のことを打ち明けることにしよう。と、そう心で決めた。

「多分今、ターシャが俺に対して思っていることは合ってる。ドミネーター因子やら何やらかは知らないが、確かに俺はあの化けに対してなんらかの同一があるのは間違いないんだろうな」

「……ッ。やはりそうですか」

このやりとりを特に重く捉えている様子もなく、右目を軽く手のひらで覆った雛樹を真剣な眼差しでシズルは見る。

そして、そこである種の悲壯を持った表で言葉を続けようとした……が、それを雛樹は制止し。

「これが方舟に見するとまずいのか?」

「ええ……。あなたも接したステイシスですが、最高戦力と言われる彼には幾つかの欠陥があります。それを危険だと判斷している企業連上層部は……“第二のステイシス”をある研究機関で作っているといいます。これは、私の立場で閲覧できる報から解釈したものなので、確実なものではありませんが」

最高戦力に幾つかの欠陥。そんな危なげなものを、方舟の守護神として祭り上げているのかと雛樹は疑問に思った。

「いいですか、ヒナキ。ドミネーターに汚染された生どうなるのかは知っているでしょう。黒い塊になるか……“下手に耐があれば”二度とは見れない別のモノに変異します」

それは知っている。散々、本土で目にしてきた。守るべき本土の人々、果ては仲間まで……あの怪ドミネーターに汚染された人間の末路のことごとく。

「侵食の原因となる、“ドミネーター因子”。その因子をけて人の形を保っていられる人間はあまりにないです。“意志を持ち人らしく”生命維持できる個は、今まで彼ステイシスのみとされてきました。その彼も數多の実験故か神、面で幾つかの欠陥を抱えています」

もし、完全にドミネーター因子に適合する人間がいるとすれば……それは、人類種の救世主……もしくは。

おおよそ、生と呼べる者にとっての天敵となるだろう。

そう言われていると、“彼シズル”は言った。

「大げさな……まだ俺にそこまでの因子適があると決まったわけじゃないんだぞ」

「ええ、ですから。私の立場上……、あなたを企業連傘下の研究機関へ報告しなければならないのです、が」

「が?」

「あなたを企業連の研究機関などに渡すものですか。幸い、普段のあなたの瞳は人のものですし、ここでの會話は私とあなただけのものです。言いたいことはわかりますね?」

「……ああ、うん。わかった」

「ええ、分りが良くて助かります」

こうして自分の質のことをシズルに話した以上、彼シズルのこれからの行はそのことを踏まえてのものになるはずである。

その點、知らない土地では心強いものになってくれるはずなのだが……。

《艦クルーへ、センチュリオンノア、サウスゲート前に到著しました。各員、離艦準備をお願いいたします》

放送にて、その知らせが屆く。その時にヒナキはシズルに、センチュリオンノアの南玄関サウスゲート、その様子をモニターで見せられた。

質化と思わしき、青くる巨大な門が両側から粒子となって消滅してゆく。

その向こうに見えるのは、夜に浮かぶ海上都市メガフロート。

方舟で生を営む者たちが燈す、人工的な燈りが華々しく飾られた天樓が向こうに見えた。ゲートをくぐって、天樓の手前には巨大な軍港が點在しているようだ。

そう、“點在”できるほど、ここは広く巨大なのだ。どう考えてもこの質量を持つ土地が海に浮かんでいるとは信じられないほどに。

幾らかのサーチライトに、帰還した戦艦アルバレストは照らされ、センチュリオンノア、海を進んで行く。

「ヒナキ、港に著けばあなたの柄がセンチュリオンテクノロジーに引き渡されます。準備を」

離艦準備を進める靜流の橫で、手持ち無沙汰な雛樹はひたすらモニターに映る海上都市の景を見続けている。本土に住んでいた自分からすればあまりにも先鋭的で未來的な都市に圧倒され、気の抜けた返事を返した。

「この軍艦はそのなんとかネクノロジーのものじゃないのか?」

「いえ、この艦はアラタ造船が所有している私設軍隊のもので、私と東雲姫乃はその偵察任務、主にウィンバックアブソリューターでの護衛任務に就き同行していたのです」

「へえ……企業が持つ軍隊同士で協力することもあるんだな」

「依頼があればですが。アラタ造船は巨大な企業ですがウィンバックアブソリューターを所有しておりませんので」

雛樹はこの護衛任務についての話も、簡単に聞くこととなった。

本來別企業への依頼だったのだが、無理を通しこの依頼をセンチュリオンテクノロジーへ回してもらったということをだ。

もちろん別企業へ振り込まれるはずだった依頼料、その50%オフにで引きける上、センチュリオンテクノロジーが所有するエース機とそのパイロットを派遣するとあれば……アラタ造船も喜んで依頼先を変えたことだろうが。

そのため、帰れば母親に散々嫌味を言われるかもしれないということもゲンナリした様子で話してもらった。

だが後悔はしていないと言う。雛樹を捜索しに行く、その理由があったために必要だったのだと。そのために今の地位を手にれたのだと、確固とした意志を見せる表に、雛樹自嬉しく思ってしまっていた。

そこまでで一旦話は中斷する。離艦準備を整えた靜流はある人と通信をつなげたのだ。

《結月尉、調はどう?》

「んっ、姫乃……いえ、東雲準尉。問題ありません。離艦準備を進めます」

靜流が持つ、指型デバイスから発生したモニターに、東雲準尉の顔が映し出され、會話をわす。モニター越しの東雲の表は、思ったより顔の良い靜流を見ることで安堵のを見せていた。

《結月尉、ひとつ報告が》

「? 何でしょう」

眉をひそめ、聲を抑え気味に東雲準尉はとある報告をしようとする。目が泳いでしまっているのも気になる……一どうしたというのか。

《アルビナ・パヴロヴナ・結月大佐が南門第一軍港サウスワンネイヴァルポートへお見えになられています……》

「んなッ……噓でしょう!? 母はロシアで重要任務に當たっていたはず……」

《あの人のことだから神がかり的な速さで片付けちゃったんじゃないかなぁ……》

その會話には雛樹も関心を示す。アルビナはかつて同じ部隊で活していた人だ。

後方支援が主な“衛生兵メディックの夫”と違い、っからの戦闘兵だった彼には、何度も戦場で窮地きゅうちを救われていたのものだ。

もちろん夫の方にも世話にはなっているが。

「へぇ、アルビナさんが來てるのか。久々に挨拶できそうで楽しみだ」

「ぐっ……やっべぇです。本土偵察艦の護衛任務なんて簡単な任務で……機破損、しかもこのたらくなどということが知れればどのようなお仕置き……いえ、お叱しかりをけるかわかったもんじゃないです、ええ……」

能天気な雛樹とは違い、とんでもなく揺した様子を見せている靜流。不満げな表でモニターの向こうの東雲姫乃に、なぜもっと早く報告してくれなかったのかと文句を言うも……。

《これでも最速だって……ほら、そっちの外部投影モニターで見えるでしょ? 港に無理やり止まったVTOL機……》

一機100億円を軽く超える垂直離陸型の超高速ステルス機。それが、明らかに空港でない場所に停まっているため、かなり浮いた絵面に仕上がっているのが確かに見て取れた。

しかもロシア製のものだ。借りてきたのか、かっぱらってきたのかは定かではないが……。

「予定にもなかったということですか……」

《かなり無理して來てるのは間違いないだろうねー……》

……。

「そこを退きなさいな豚共。金剛石ダイヤモンドの原石を拝みに來ている。邪魔するなら逸いちもつ切り取って豚に食わせてやるぞ」

「困りますアルビナ大佐! 引き渡しは擔當の者が……」

「擔當? 馬鹿が、指揮はジャックスだろう? 素直に寶をこちらへ引き渡すとは思えん。いいから退きなさい。こっちは疲れて気が立ってる……、わかったな?」

アッシュブロンドの長い髪を風に靡かせ、並の兵士ならば竦すくんでけなくなるような気迫と強引さを持ち、引き止めようとする者をともせず威風堂々と軍港、その著港場へ登っている。

何を隠そう、靜流の母でありセンチュリオンテクノロジーという方舟の一角を擔う大企業、そこに所屬する階級大佐のベテラン兵士。

険しい表を浮かべる彼は途中、港にってくる戦艦アルバレストの損傷合を見て何事かと足を止めたが……。

「我が娘は何をやっていた? この艦の護衛が主任務じゃなかったのか?」

艦から押し寄せる風に黒い軍服をはためかせながら、階段を登り終えた。サーチライトに照らされた戦艦アルバレストが港に著き、停止するのを見守った。

しばらくして続々と離艦している兵士たちを眺めていると、彼らに囲まれている二つの人影に目を凝らすことになる。

一人は……祠堂雛樹だ。隨分と長したが、面影は殘っている。表には出さないが、いい男になったと……ある種の懐かしさと喜びをじていた。

「チィ……厄介なのが見えやがる。アルビナ、まさかお前さんが直接出迎えたァなァ」

まだ彼アルビナとは距離がある。ただただ歩かされているヒナキの隣でジャックス大佐は、苦蟲を噛み潰したような表を浮かべつつ獨り言をつぶやいた。

一方の雛樹はというと、艦を降りた時から追ってきているサーチライトに、目を痛め不機嫌そうな表を浮かべ、トボトボと歩いている。

アルビナは眉間にしわを寄せ、これでもかというほど大きな舌打ちをした。

雛樹はえらくガタイのいい兵士たちに囲まれているために前も見えず。アルビナがいるらしいが自分からは確認できないため、いつまで歩くんだと辟易していたところで、突然この集団の歩みが止まった。

「その青年をけ取りに來た。アルビナパヴロヴナ結月だ。有象無象共、空けろ」

雛樹を囲む兵士たちは息を飲む。噂に違わぬセンチュリオンテクノロジーのアルビナ・パヴロヴナ・結月の貌と、威圧に。

まさかこのが歴戦の兵士だとは、普通の人間ならば誰も思うまい。

所屬の違う上だったが、その言葉の強制力、支配力は同じ部隊のそれを凌ぐほど。

彼らはおとなしく包囲を解き、雛樹とサージェスを彼と向かい合わせた。

「ふっ、いい男になったじゃないか。坊や、こうして生きて再び會えて本當に嬉しいぞ」

「アルビナさん……は、相変わらずだ。ここでも隨分幅を利かせてるようでなにより」

先ほどまでを凍えさせるほどの威圧を放っていたとは思えない、らかな笑顔で一、二回右手をひらひらと小さく振り。

「さあ、彼をこちらへ引き渡してもらおうか、“企業連合軍”所屬ジャックス大佐」

「ああ、センチュリオンテクノロジー所屬、アルビナ大佐。だがこいつはそう簡単な取引にはならねぇぜ」

「なにが言いたい? この件は貴様ら企業連には関係のない話だろうが」

「この男が乗ってきたのは、“俺が統率”する軍艦だ。そうなっている以上、この男の柄は一度企業連で保護する権利があるわけだ」

「ふふ、なんだ、本丸所屬の癖に傘下の我々に何か求めるつもりか? ドブネズミが……」

「っかー、相変わらず口汚ェだぜ」

今の取引、その中心にいる雛樹は何が起こっているのかと一瞬戸ったが……的に言えばだ。

自分の柄を、センチュリオンテクノロジーで預かるか、企業連合で預かるかでめているのだと考えた。

不穏な空気漂うこの場で、『なんだ引く手數多だな……』と、そう自嘲気味に呟いた。

顔を合わせた瞬間から、一即発の危うさがこの場を満たしてしまう。

相変わらず気の強い人だなあなどと能天気に構えている雛樹とは違い、ジャックスの方はどこかアルビナに気圧されている風な様子で……。

「元CTF201の兵士、祠堂雛樹。その希を知っているからこそ、オメェさんはセンチュリオンテクノロジーヘ迎えれようとしてんだろ?」

「ほおう、そこの坊やが希? どこをどう見ても普通の青年だろうが。ただの昔馴染みだ、変な勘ぐりをするなボケナス」

「こいつは単、ガンマ級ドミネーターと対峙してやがったんだぜ? しかも、両腕を拘束された狀態でだ。わかるか?」

「わかるさ、彼は昔からそうだった。隨分手を焼かされたよ。なぁ、坊や」

突然の話の振りに、雛樹は面食らいながらもおずおずと答えた。

「……あ、ええ。まあ……馬鹿なもんで……」

「ほらみろ、ジャックス。いいから早く渡せ。貴様ら“企業連”も“我々”とつまらんいざこざを起こしたくはないだろう? ん?」

不敵な笑みを浮かべながら、アルビナは愉快そうにそんなことを口にする。隨分ジャックスとアルビナは相が悪いようだ……。

そのピリピリとした雰囲気から、自分のが地獄かそうでないかの所に連れて行かれると察した雛樹はそこでおろおろし始めた。

予定とは違う、企業連とやらに連れて行かれた場合、自分はどうなるのかと。そんな話は靜流から聞いてないぞと。

口に出して言いたかったが、そんなことを口にできるような雰囲気でもなかった。

「企業連に逆らえんのはそっちだぜぇ、アルビナ。いざこざを起こしたくないなら……ってなァ、こっちのセリフだなァ?」

煽ってくる。これは雛樹を企業連に持ち帰るための布石だ。乗ってやるものかと、アルビナは剣呑とした眼差しを向けた。

サージェス大佐は今回の本土偵察において、企業連から監督役として派遣された人間だ。その企業連の上層から、なにか彼について聞かされたのか……それとも。

〔連れていく必要がある理由を、見つけてしまったのか〕

だが、その膠著こうちゃく狀態を崩す一手がアルビナの元へ舞い込んできた。

アルビナの書と思われる人が息を切らし、汗まみれになりながら一枚の羊皮紙を持ってきて、それをアルビナに手渡したのだ。

『やるじゃないか、我が娘』、鼻で笑いそう呟いたアルビナは不敵な笑みを崩さなかった。そして、反撃の一手を打つ。

「そうか、ならばこちらとしても考えなければな。契約通り、祠堂雛樹を今すぐ、ここで引き渡せないのなら企業連への対応も変えんといかん」

「対応だァ? たかが一企業の佐クラスが何を」

「同意書だ。企業連合兵統制局、高部総一郎とのな。アルバレストで保護した祠堂雛樹を即刻引き渡ししろという書面に印を押させた。企業連は今回、大したおイタをしたみたいじゃないか。うちの稼ぎ頭と高価な機を損傷させただけでなく、アラタ造船自慢の戦艦に被害を與えたことを、取引條件としてだ」

そこで強気に出ていたジャックスの顔が変わる。企業連が管理する、“最高戦力、ステイシスがしたおイタ”のことだ。

手回しが早すぎる。目の前のじゃない……これは、まさか。

「結月ちゃーん……そりゃあないぜ」

靜流だ。結月靜流が回ししていたのだ。このことを見越して彼はいち早く、企業連上層部に席を持っている高部総一郎に掛け合っていた。

「祠堂雛樹の裁量もこちらに委ねるようになっている。殘念だったなぁドブネズミ。クク、どこの誰だかはわからんが、そちらの上層部にこってり絞られることだ」

発の空気を払拭させるかのように、威風堂々と立っていた彼は金屬質の床を鳴らしながら歩き、祠堂雛樹の前まで寄る。

「貰っていくぞ、ジャックス」

「チィ……好きにしやがれ」

悪い笑顔を浮かべて、上手うわてに向けた右手のひらの上で寶石でも転がすような仕草を見せながら、彼はそう言って祠堂雛樹に聲をかける。

「ついてきなさい、坊や。ここは眩しすぎる、落ち著いたところで話すとしよう」

「やっとですか、サーチライトはもう勘弁ですよ……」

企業連上層部に、“連行してこいと裏に命じられていた重要人”を手放してしまったジャックスは、半ば諦めた様子で頭を暴に片手で掻きむしり、一呼吸おいて落ち著きを取り戻す。

「やっぱ無理あったっつーのな。ったく、お上かみも無理言ってくれるぜ……これだから中間管理職ってなァ嫌なんだ。現場で銃握ってる方がに合ってんぜ俺ァ……」

あーあー、と。言い訳やら何やら次々と吐き出すとジャックスは本部へ任務の事後報告に向かうため、歩みを進める。

何かしらの処分はけるだろうが、そんなことは些細なことだ。今回の任務で自分が持った祠堂雛樹への疑問。それは自分だけものだ。企業連に知れればさらに圧力がかかり、祠堂雛樹の連行を強行するよう言われるだろう。

もしかすればその疑問が解決に向かったとき、センチュリオンテクノロジーの信頼を落としてまで祠堂雛樹という人を奪う必要が出てくる可能もあるのだ。

「流石の俺でもあんな奴、懐ふところで転がしたくねぇや」

さあて、どう言い訳したものか。そんなことをぐるぐると頭の中で考えながらセンチュリオンノア、その中樞組織、企業連合に所屬している男はヘリに乗り空へ上がる……。

……——。

「おいおいこれ……すごいな。本當に海上都市なのか、これが!」

「いい反応だ、坊や。すごいでしょう。今や世界でもトップクラスのメガフロート、センチュリオンノアの全貌は」

息を飲む……どころか思いっきり放出しないと発しそうなほどの興が、雛樹を襲っている。センチュリオンノア、この海上都市上空を飛ぶヘリの中で。

もはやローター音すらない、あまりに靜かなこのヘリの飛行音にも驚かされたが、こうして方舟を上空から見下ろしてみるとそんなことは些細なことであった。

眼科はの海。立ち並ぶ高層ビルや、ある一定の法則を持って流れている空を飛ぶ乗りが引くテールライトの尾。

アミューズメントパークだろうか、目が痛くなりそうなイルミネーションに彩られた観覧車や數々のアトラクション、巨大なショッピングモールと華々しい場所もあれば、し視線を逸らすと海に面す、森を思わせる自然が存在する広大な公園や、殺伐とした工業地帯も遠くに見える。

興味を惹かれ、本能の赴くまま上空から見てわかったことだが……方舟は一つの島からり立っているわけではなさそうだった。幾つかの大小様々な島が巨大な鉄橋や金屬の柱で繋がっていて、エリアごとに分かれている。

見た所、あまりに広く広大な土地であり、まさかこれが“地殻変で出現した深く巨大な海の上を進んでいる”とは思えない。

ヘリの窓にべったりの雛樹を微笑ましく見ながら、結月シズルの母、アルビナは……。

「あそこに見える軍事基地は“ガンドッグファクトリー”が所有するモノか。隨分多くの量産型機甲兵が配置されているな」

「四腳みたいですね。犬のような。人型だけじゃないんですか?」

「ウィンバックアブソリューターは人型のみだ。量産型の大半は二腳機だが、ああして企業のを出している機も存在する。それぞれの企業が企業ごとの特を出すのはビジネスの基本だろう。ああして奇抜な機を出すところも多くてな」

隨分あの兵に興味を持って眺めている雛樹に、アルビナはあれに乗りたいかと聞くと、雛樹は意外にも難を示した。

「ターシャが乗るあれを見たんです。今までなら思いつかないような方法、見たことのない規模で戦闘するあれに圧倒されはしました……。でも、あまりに自分がしてきた戦闘というものとはかけ離れ過ぎて……どうだろうな、まだ乗りたいとまでは思えませんね」

煮え切らない様子でそう言う雛樹にアルビナは一言、そうかとだけ言い。しばらく二人の間に沈黙が流れる。

黙っている間にも、雛樹はこの華やかな海上都市を見下ろし、ここへ本土の子供達を來させてあげられればどんなに喜んでもらえるだろうか、そんなことを考え本土に置いてきた彼ら、彼たちに思いを馳せる。

その気まずいような、もどかしいような空気を破ったのはとある場所からってきた通信だった。

《こちら結月靜流。センチュリオンテクノロジー本社までこの輸送ヘリの護衛につきます》

その通信を聞きながらヘリの側面を通って行く青い機。シズルの乗っていた特殊戦二腳機甲ウィンバックアブソリューターブルーグラディウスが雛樹とアルビナ、そしてその他のセンチュリオンテクノロジー兵士を運ぶ、輸送ヘリ數機で構された編隊の最前列へ出てきた。

戦闘時見られた青い粒子は見けられない。

「ターシャ、は大丈夫なのか?」

《今は神経接続を行っていませんので、負荷は無いに等しいですよ。まったく問題ありません》

やはり、機かすだけと戦闘をするのとでは搭乗者の負擔に違いが出てくるらしい。しばかり調の優れない様子だった彼を見ているために、過剰な心配をしてしまったようだ。

「坊や、今年でいくつになる?」

「今年……ああ、何歳だったか……振り返った覚えはあるんだけど」

どうも負傷して戦艦に運び込まれた後から、記憶が曖昧だ。その上、本土にいるときは1日1日一杯生きるので大変だったのだ。暦すら眼中になく、唯一季節だけは気にしていたりしたが……。

「シズル、今年何歳になる?」

《う、実の娘の年齢を覚えていないと……19ですが》

「なら23歳だな。坊やとシズルは4歳違いだ」

雛樹自、とうの昔に忘れていた自分の年齢を言われて、まだそんなもんかなどと思ってしまうが……シズルは違っていた。

《改めて聞くと離れているような気がしますね……4年の差は》

確かに、雛樹と共に本土で過ごしていた頃の四歳の差は顕著に出ていた。

的にも、神的にも雛樹の方が優れていて、ああ、これがお兄ちゃんなんだと実させられていたものだ。

だが今こうして再會してみると、そういった差がまったのか、同じ目線で肩を並べて話せたことが嬉しくもあった。自分が長したのか、雛樹が変わっていないだけなのかはわからないが、それでも……。

(私はしでも、彼のようになれているのでしょうか)

自分をかばって矢面に立つ、彼のその背中に憧れたあの日。その時誓った言葉は今でも自分の目標だ。

「もう23ですよ。坊やはやめてもらえませんか、アルビナさん」

「ふふ、あはは。生意気な口を聞くようになったじゃないか、坊や。そうだな……、いっぱしの男になったと、私が認めれば晴れて坊や卒業といこうじゃないか」

「あなた基準でいう男ってどの程度ですかね……」

「うちの亭主くらいだな」

「未いまだ、熱が冷めてないようでなによりです」

呆れ気味にそんなことを言って締めた雛樹の何が面白いのか、再び高らかに笑うアルビナはヘリの窓から、眼下を指差した。

「見ろ、あそこに大きな通りがあるだろう」

「ありますね」

「方舟の正面玄関、セントラルゲートと企業連合本部を繋ぐ一等広い大通りだ。近々量産型二腳機甲エグゾスケルトンソルジャーを中心とした、最新兵が並ぶパレードが行われる」

「パレード?」

「ああ、一般市民達にわかりやすく、方舟の防衛能力の高さを見せつけるのさ。企業等にとっては品評會のようなものだ。その日、シズルには休暇をくれてやるつもりだ。興味があるなら一緒に見に行くといい」

「へえ……」

雛樹は額を窓に押し付けるようにして眼下の大通りを眺めた。辺りの道路よりもさらに明るくライトアップされているそこは、様々な店が立ち並び、賑わいを見せていた。

方舟にとっての、大脈とでも言える通りなのだろう。

「先ほど見た軍事基地に、エグゾが並んでいたろう。おそらくパレードの兼ね合いで外に並ばせていたものだが。もちろん、我々が所屬するセンチュリオンテクノロジーからも、數多くの兵が出展される」

「広告も兼ねてるわけですか……あの、とんでも兵の」

「そうだ、客はこの方舟の企業、住人だけではない。各國がこぞって品定めに來る。むしろその品定めこそが、本來の目的とも言えるが」

「近代兵の、輸出……か」

「そうだ」

「本土へは流さないのに、他の國には流すんですか?」

「本土と方舟は一応、敵対関係にあるからな。それだけではない、他國の犯罪組織によるスパイや、テロにも備えなければならん。それも我々、企業につく軍隊の役目だ。……面倒なことだがな」

「本當に面倒くさいですね」などと、雛樹は辟易する。企業お抱えの軍隊というのは、戦闘においての采配だけではない。ビジネスについても考えなければならないらしい。

それが方舟においての軍隊のあり方だというのなら、従うしかないのだが。

郷にっては郷に従え。……流されることには、ちょっとした不満をじざるを得なかった。

アルビナは薄く笑みを浮かべて、「それがこの方舟だ」などと言う。本土はあまりに制約が無さすぎたのだ、とも。

それはそうだ。制約で縛って束ねられるほど、本土の現狀はかではないのだから。

《飛行速度を落とし、停止してください。各ヘリのパイロット》

編隊飛行の最前で引っ張っていた結月シズルの機から、各パイロットへ通信がった。雛樹らを乗せているヘリのパイロットが、突然停止命令を出した靜流に説明を求めているため、すぐに靜流は理由ワケを話した。

《他部隊の特殊戦二腳機甲ウィンバック部隊と空域が被りました。このまま進めば衝突の恐れがあるので一時停止し、進路を譲ります》

靜流の言う通り、その1分ほど後、ブルーグラディウス及び、ヘリ3機は空中で停止した。

編隊から見て9時の方角に見える、複數のウィンバックアブソリューターの姿。暗い夜空を下から照らす、方舟の街の明かり。その明かりに足元から照らされ、裝甲をギラギラと輝かせながら、整然と隊列を組む機の群れは空を進んでくる。

《機の赤い企業コーポレートカラー……。グローバル・ノア・コーポレーションの一線級エースウィンバック部隊ですね》

「はん、気に食わん企業連の筆頭か……。待ってやる必要などなかったな」

相手が分かった途端、吐き捨てるようにアルビナは言った。隨分と機嫌を損ねてしまったため、靜流は『安全のためです、仕方ないですよ』と上司を宥めていた。

……——。

《お、見ろ。センチュリオンテクノロジーのエース機だ。ヘリを率いてる》

《道を譲ってくれるらしいな。流石は結月嬢、禮儀が正しい。禮の合図を送っておけ》

グローバルノアコーポレーションのウィンバック部隊。その5機の編隊の先頭を行く機。その頭部に備えられた、白のライトがチカチカと點燈する。

それに反応し、靜流の乗るブルーグラディウスは右手を上げて合図を送り返した。

《本土偵察任務の帰りか。隨分帰還が早いな》

《偵察なんざ簡単な任務に、あのエース機を出したからだろ。予算が足りなかったんじゃないの?》

《センチュリオンテクノロジーだぞ。予算なら降りているはずさ。なにかイレギュラーがあったのだろう》

あの青い機と通信をわしたいのは山々だったが、時間のない彼らは譲ってもらうがままに空域を進んでいった。

だがそんな彼らの中に、呆れたような態度をとる男が一人。

《ッハ、くっだらねェ……ンなオモチャにエースもクソもあんのか》

《そのオモチャのケツに乗せてもらってるのは誰だ。“RBアールビー”》

《あんたが輸送機出すのを渋ったから仕方なく乗ってやってンだよ。今頃優雅な空の旅のはずが、こんなクソ狹ェ棺桶の中になんざ……》

《軍曹ー? 態度悪いとまた鉄火場送りだぜ》

《上ォ等だ。そっちのほうが好みだぜ、テメェと違ってな、Fuckinファッキン Guyガァイ》

《ああ?》

《よしなよ、伊庭尉。RBに素手で喧嘩挑むなんてのは》

なにやら不穏な通信がわされる中、冷めた聲量の兵士の通信が割ってった。

《ドミネーター掃討作戦に、いくらα型擔當とはいえ、歩兵として出されるRBのスペックを……分かってないわけじゃないでしょう》

《分かってるさ……だが、ならなんでそんな奴が俺より下の階級なんだよ》

《ったりまえだろ。ここじゃこのオモチャに乗れるやつが一番いい席ポジションに座れンのさ。俺の小言なんぞ軽く流しときな、伊庭尉》

最後の飄々としたR・B軍曹の言葉で、彼らはめに発展しそうなところを寸でで持ちこたえた。

同系統の大型のライフルを両手に持つ、そのウィンバック部隊は譲られた空路を飛んでいった。

ブルーグラディウスの前を橫切る際には銃から手を離し、手を振ってお互いを労う仕草も見え、企業同士の繋がりも垣間見えたのだった。

    人が読んでいる<ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最兇生體兵器少女と働いたら>
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