《クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」》第一話
「砲艦。宇宙暦SE四五一七年當時、その名を聞き、躊躇いも無く「戦闘艦である」と言えた宙軍士がどれほどいただろうか。
恐らくほとんどの士は顔を顰め、「あれは艦ふねではない。浮き砲臺だ」と言ったのではないだろうか?
彼らの主張にも頷ける部分は多い。
戦闘艦とは名ばかりの商船並みの加速力。
〇・二C速――速の二十パーセント――の星系巡航速度に耐えられるだけしかない貧弱な防力。
そのいずれもが艦隊隨伴型燃料補給艦タンカーにすら劣っている。その加速能と防能から、僅か一隻のスループ艦で二十隻からなる砲艦戦隊を殲滅することが可能とさえ言われていた。
砲艦が唯一誇れるもの。それは攻撃力。
二等級艦、つまり戦艦に匹敵する主砲――二十テラワット級電子加速砲――を持ち、一撃で三等級艦である巡航戦艦を葬り去ることが可能だ。一般の人々がそれを聞けば、加速能と防能を犠牲にする価値があると考えてもおかしくはない。
だが、そう言えるのは軍艦という戦闘機械を理解していない素人だけだろう。その唯一の自慢である攻撃力を生かすために、膨大な手間と多大な時間が掛かり、実用に耐えられないからだ。
砲艦が主砲を放つためには、艦首からビーム集束用電磁コイルユニットを延する必要がある。砲艦の小さな艦では主砲用の粒子加速を押し込むだけのスペースしかなく、そのままではビームが拡散してしまい、攻撃力に見合った程が確保できないのだ。
コイルユニットの數は五段。艦の長さのおよそ二倍、四百mもの長さにばす必要がある。その準備に掛かる時間はおよそ三十分。対要塞戦ならともかく、艦隊戦において三十分という時間は致命的だ。
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更に、ばした集束コイルには防スクリーンを展開することができない。そのため、高速で衝突してくる浮遊質に集束コイルが耐えきれず、星系質との相対速度をほぼゼロに抑えなければならない。
星系の質に対し相対速度をゼロにすることは、高機力の戦闘艦ならそれほど困難なことではない。だが、商船並みの加速能しか持たぬ砲艦にとって、減速に掛かる時間は非常に長いものになる。
長時間に渡る減速。そして、三十分にも及ぶ集束コイルユニットの延。その二つのプロセスを終えて初めて戦闘機械としての価値が生まれるのだ。
多大な努力を払い、自慢の主砲が発できる狀態になったとしよう。だが、その狀態では戦闘機は行えず、まさに“浮き砲臺”となってしまうのだ。
一人の士が砲艦に乗り組むまで、この不幸な艦種はほとんど見向きもされなかった。その當時、アルビオン王國軍のみならず、各國の艦隊で重視されていたのは機力だった。
高い加速能によって常に高速で移し、敵艦隊のきを翻弄しつつ側面あるいは背面から攻撃を加える。特に數個の分艦隊による蕓的な艦隊機は宙軍士の憧れであった。
アルビオン王國軍において、SE四五〇一年に始まった対ゾンファ戦爭でのビーチャム提督の蕓的な機は鮮烈な印象を宙軍士に植え付けた。
提督は敵の三分の一しかない戦力をあえて高機艦と低機艦に分離した。その上で高機艦隊による側面攻撃を敢行する。エネルギー不足に陥り十分な機力を発揮できなかったゾンファ艦隊はその円を描くようなしい艦隊機に翻弄され続けた。
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この戦は宙軍士の手本となり、若い士は低加速の一等級艦、二等級艦と言った戦艦より、巡航戦艦、巡航艦と言った高機の戦闘艦での勤務をむようになっていた。
だが、SE四五一八年に起きたある會戦により、砲艦はその価値を見直されることになる。
革新的な戦はな思考の若い士によって始められた……
ノーリス・ウッドグローイン。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“砲艦”より抜粋)」
■■■
宇宙暦SE四五一四年九月一日。
キャメロット星系第三星ランスロットの首都チャリスにあるアルビオン王室の離宮の大広間では、ある式典が始まろうとしていた。
それはアルビオン王國軍士クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉に対する勲章授與の式典だった。
三ヶ月半前のターマガント星系での功績に対し、王國は殊勲十字勲章DSC(ディスティングイッシュサービスクロス)を授與することを決定し、更に僅か半年前に中尉に昇進したばかりの彼を大尉に昇進させた。
軍及び政権與黨の思により、この勲章授與式はマスコミにも大々的に公開されることになった。式典會場の大広間だけでなく、離宮の外にも多くの記者が詰め掛けていた。
式典は軍楽隊の厳かな國歌の演奏とともに始まった。
國王の代理である王太子エドワードが穏やかな笑みを浮かべ、第一禮裝にを固めたクリフォードに近づいていく。直立不で待つクリフォードのに勲章を著けると、一斉にフラッシュがたかれ、次の瞬間には多く參列者から盛大な拍手が巻き起こった。
彼は張した面持ちで王太子に教科書通りのきれいな敬禮を行い、深紅の絨毯が敷かれた大広間を下がっていった。
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退出する途中、彼は聴衆たちの中にらしい一人のの姿を見つけた。その時だけは張を僅かに緩め、微笑みを浮かべていた。
會場の外でマスコミからのインタビューをけ、広報擔當の用意した文案通りの如何にも新鋭の軍人らしいコメントを述べ、控え室に戻った。
神的に疲労をじていたクリフォードを、先ほど目が合った、ヴィヴィアン・ノースブルック伯爵令嬢と、彼の父である下院議員のウーサー・ノースブルック伯爵が出迎える。
ノースブルック伯がからかうようなじで彼を労った。
「お疲れ様。張したかね?」
クリフォードははにかむような笑顔を浮かべ、
「ええ、やはりこういう式典はちょっと……」
二十一歳の若者にしては落ち著きはあるものの、張を解いた顔は年相応にも見える。
ヴィヴィアンは「ご立派でしたわ」と彼を褒めるが、すぐに寂しげな表で、
「でも……いえ、何でもありません」
彼を見つめながら、途中で言葉を濁してしまった。
「どうかしましたか?」
クリフォードがそう尋ねると、ヴィヴィアンは僅かに視線を下げるだけで何も言わない。
不思議そうな顔をしているとノースブルック伯が笑いながら、彼に代わり説明する。
「娘は君が遠くに行ってしまうのではないかと心配なのだよ。君は英雄なのだ。それも自らの力によって、前回の武勲がまぐれではないことを示したのだ。君が遠くに行くのではないかと思っても仕方がなかろう?」
クリフォードの顔が一気に上気していく。
「運が良かっただけです……」
そう答えるだけで、それ以上の言葉は出てこなかった。
(本當に今回は運が良かっただけだ。敵が油斷しなければ全滅していたはずだから……)
「運も実力のうちと言うからね。まあ、君の場合、運だけではないと思うが」
そんな話をしていたが、ノースブルック伯があることに気付く。
「お父上は帰られたのかね? 屋敷はそれほど遠くではなかったと記憶しているのだが……晩餐會まで殘られると思っていたのだが?」
クリフォードの父、リチャードの姿がないことに気付いたのだ。クリフォードは曖昧な表で答える。
「調が優れぬようで、先ほどホテルに戻りました」
「まあ、それは大変! お見舞いに伺った方がよろしいのでしょうか?」
ヴィヴィアンが慌ててそう言うと、彼は小さく頭かぶりを振る。
「いえ、あまり人の多いところは……恐らく、明日には元気な顔を見せてくれるでしょう」
彼には父が晩餐會に出ない理由が判っていた。
リチャードは七年前の戦闘で右腕を失い、更に放線障害の疑いで軍を退役させられている。負傷するまでは優秀な戦艦の艦長として將來を囑されており、退役していなければ今頃、將クラスにはなっていたはずだ。実際、リチャードの同期には分艦隊司令や參謀長として將になっている者もおり、先の戦爭で武勲を挙げていた彼ならば十分にありえた話だ。
今回の晩餐會には現役の將が多く出席する。リチャードにとっては自分が失った未來を見せ付けられることになるのだ。だから、彼らと顔を合わせることを避けたのではないかとクリフォードは考えていた。
微妙な空気を察したのか、ノースブルック伯が話題を変えてきた。
「ところでクリフ。今回の勲で休暇をもらえるのだろう? 予定は決まっているのかね?」
突然の質問に困する。
「一度、実家には戻りますが、他には特に」
伯爵はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ、ヴィヴィアンの肩を抱くようにして、彼に話しかける。
「これは絶好の機會ではないか、ヴィヴィアン。ぜひ、クリフのお父上にご挨拶に行ってきなさい」
ヴィヴィアンは驚き、目を見開く。更にクリフォードも驚いていた。伯爵は昨年の年末には、クリフォードとヴィヴィアンの際に反対していたからだ。
彼の考えが判ったのか、笑みを浮かべたまま彼の方を向く。
「意外かね?」
「はい。未だに際は認めて頂けないものと……」
クリフォードは伯爵の表に笑みが消えていることに気付き、語尾が消えてしまった。
「私は娘をしている。だが、私には地位があり、世間からは野心があると思われている……いや、正直に言おう。私自、政界のトップ、行政府の長たる首相にならんと思っている……」
クリフォードは頷くことすら出來なかった。
「……娘は君の事をしているようだ。今までであれば、君との際を認めるわけにはいかなかった。なぜだか判るかね?」
突然の問いかけに揺するが、すぐに伯爵の目を見つめ、姿勢を正す。
「はい。以前の功は候補生としてでした。當然、世間は肯定的に見てくれます。ですが、王國軍士となった今、私が大きなミスを犯せば、世間は掌を返すでしょう。今回の功でその危険がなくなった、そうお考えになられたのではないでしょうか?」
伯爵は大きく頷き、僅かに表を緩める。
「そうだ。君は二度功した。それも戦爭が始まっていないこの時期にだ。戦爭になればいくらでも英雄は生まれるだろう。だが、今は違う。そして、これから先、英雄が生まれやすい時代になる……」
「戦爭が起こるというのでしょうか?」
クリフォードは思わず口を挾んでしまった。だが、伯爵はそれに小さく頷くだけで言葉を続けていった。
「……今すぐということはないだろう。ゾンファの狀況は相変わらず判らんが、軍事委員會で何かが起こりそうだという噂は耳にしている……」
クリフォードは機事項を聞かされていることに張が走っていた。
「……戦爭が起きれば英雄は生まれる。そうなれば、々の失敗は見逃されるのだよ。実際、先の戦爭でもそうだった。アルビオンの本星系に敵が侵してきたが、それに対して誰も責任を取っておらん。ビーチャム提督が勝利したからだ」
SE四五〇一年に始まった第三次対ゾンファ戦爭は敵の奇襲攻撃から始まった。ゾンファの支配星系から首都のあるアルビオン星系までは距離があり、大艦隊を進攻させるのは技的に不可能だとされていた。そのため、アルビオン王國の政治家、軍人は誰一人奇襲を予測できなかった。六個艦隊三萬隻の大艦隊を前に、アルビオン側は僅か一萬隻の混部隊しか本星系にはなく、一時は第五星軌道上まで侵攻され、首都陥落の危機に陥ったのだ。
それを防いだのが、老將ビーチャム提督だった。彼の活躍により三倍の敵は殲滅され、王國の危機は去った。そのため、奇襲をけたと言う事実に対し、誰一人責任を取っていなかったのだ。
「つまり、これから先、君が失敗しても私にとって痛手にはならんということだ。もちろん、人間的に非難されるようなことを起こせば別だが、君はそのような人間ではない。だから、娘がむ際を認めようと思ったのだ」
クリフォードが頷くと、伯爵は笑いながら、「君は人のことを信じすぎる」と言って、大きく頭かぶりを振る。そして、真剣な表に戻し、
「私は娘のみだけで君との際を許可するわけではない。君の名聲は私の野心にとって有用なのだ。もちろん、対外的には可い娘を奪われた哀れな父親を演じるがね。だが、君の名聲は最大限利用させてもらう。ヴィヴィアン。お前もそのつもりでいなさい」
クリフォードは伯爵の思いが良く理解できた。
(伯爵は私とヴィヴィアンの際を心から認めてくれたんだ。だから、言い辛いことも包み隠さず教えてくれた。わざわざ彼に注意したのは、自分の思いとは関係なく、私との際はそういう目で見られると教えたかったんだろう……)
クリフォードは伯爵に向かい、頭を大きく下げる。
ヴィヴィアンは名家の令嬢にしては控えめな格で、更に彼のことを気遣う優しいだった。彼が英雄として祭り上げられ、過度のストレスで疲れ切っていた時、彼は彼に何も求めず、ただ彼の話を聞き続けた。クリフォードはそんな彼の中に安らぎを見付ける。
そのことに気付いたクリフォードは徐々に彼に魅かれていき、結婚という選択肢について真剣に考え始めていたのだ。
「ヴィヴィアンとの際を、結婚を前提とした際をお認め頂き、ありがとうございます。伯爵のご期待を裏切らないよう努力いたします」
隣にいたヴィヴィアンはクリフォードが積極的に結婚を考えていると聞き、舞い上がりそうになるが、今の話を聞いた今、自分も子供ではいられないと覚悟を新たにしていた。
■■■
九月十日、クリフォードの父、リチャード・ジョン・コリングウッド予備役準將は、自らの屋敷があるフォグワットに向かっていた。
先日の長男クリフォードの敘勲式を見て、ここチャリスに自分の居場所がないことを改めて実していた。
(軍に、艦ふねに戻ることは葉わぬ。それはいい。だが、それを目の當たりにすることにまだ耐えられぬようだ……)
そして、昨日、久しぶりに家族全員――クリフォードと次男のファビアン。妻はファビアンの出産時に死去している――が揃い、食事をしたことを思い出す。
(クリフは立派になった。士としてやっていけるだけでなく、私以上の指揮になれるだろう。後は経験を積むだけだ……)
だが、不安もじていた。
(……一番の懸念は部下たちとの関係だろう。クリフが上げた武勲はクリフ自の力によるものだ。だが、指揮となれば、多くの部下を持つ。そして、部下の生死を握ることになるのだ……あの子は優しい。部下を死なす狀況になった時、クリフは耐えられるだろうか……)
昨日、リチャードはクリフォードに対し、今まで言えなかったことを口にした。
今まで消極的なクリフォードに対し、辛く當たってきたことを謝罪し、初めて期待していると直接伝えたのだ。
言われたクリフォードは驚いていたが、父の気持を知り嬉しそうに笑顔を見せたことを思い出していた。
(父親失格の私に非難がましいことは一切言わなかった。それどころか、私の心を知ることができて良かったと……子供が大人になったことを知るというのはこういうことなのかもしれない。嬉しいような寂しいような……私の方が余程長していないな……)
そして、もう一人の息子、ファビアンについても思いを巡らせていた。
ファビアン・ホレイショ・コリングウッドは今年十八歳になる。士學校では首席を爭うほどの績を収めており、クリフォードを追い回すマスコミも徐々に彼に注目し始めていた。
(ファビアンはクリフ以上に優秀だ。だが、私と、そして英雄であるクリフと常に比較されることになる。無理をしなければ良いが……)
二人の息子のことを考えながら、外の景をぼんやりと見ていた。
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