《クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」》第七話

宇宙歴SE四五一八年三月十日。

キャメロット星系のスパルタン星系側ジャンプポイントJP――ヤシマ星系と繋がっている――に、ヤシマ防衛軍第二艦隊副司令、タロウ・サイトウ將率いるヤシマ艦隊が到著した。

総數は五千二百隻余。

その多くが傷付き、隊形を保つことすら難しいのか、いびつな球形陣を辛うじて保っているに過ぎなかった。また、経済的な巡航速度である〇・一C速すら出せない艦が多いのか、〇・〇五Cという“低速”で航行している。

アルビオン軍の將兵たちは前々日の三月八日に報通報艦よりもたらされた報によって、ヤシマ艦隊の狀況は知っていたが、実際にその姿を目の當たりにすると、ゾンファ共和國がその野心を剝き出しにした事実を実する。

サイトウはキャメロット星系政府に向けて通信を行った。

彼は道で鍛えた分厚い軀、太い眉と角ばった顎が意志の強さをじさせる容貌だ。しかし、一ヶ月に渡って敗殘兵集団を率い、ともすれば落しそうになる艦を忍耐と努力で纏め上げていた気苦労から、濃い疲労を漂わせている。

キャメロット星系政府よりヤシマ防衛軍將兵の亡命が承認されたことが伝えられ、更にキャメロット防衛艦隊司令部よりヤシマ艦隊の修理と補給の申し出をけ、初めて彼の強張った表が緩んだ。

四十時間後の三月十二日。

傷付いたヤシマ艦隊は第四星ガウェインの衛星軌道上にある大型兵站衛星プライウェンに到著した。

サイトウは全ての艦が収容されたことを確認した後、キャメロット星系政府と防衛艦隊司令部を訪問した。

彼は部下たちのれと艦の整備・補給に対し、謝の意を伝えるとともに、ゾンファ共和國の暴挙について語った。

「……我々は確かに準備不足でした。ですが、彼らは民間施設を盾に攻撃を仕掛け、更には星上への無差別攻撃すら示唆したのです。そして、敗れた我々に対しても、降伏の意思を見せているにも関わらず、何百隻という艦が沈められました……敗殘の將が言う言葉ではありませんが、このまま彼・の國を放置すれば、必ず貴國に災いをもたらすでしょう。ゾンファは飢えた狼。奴らの野を打ち砕かねば、宇宙に未來はないのです……」

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サイトウの言う通り、ゾンファ艦隊はヤシマ防衛艦隊を攻撃する際に民間施設であるリゾート施設を攻撃していた。更に質量兵――大気圏に突させる整形された小星クラスの巖塊――を準備しており、それを隠そうともしなかった。

また、最後まで抵抗していたヤシマ艦が降伏を認められなかっただけでなく、自らの戦果とするため、故意に降伏を無視して攻撃してもいた。

ヤシマ艦隊の持ち込んだ映像が公開されると、キャメロットでは反ゾンファの聲が一段と大きくなった。

ゾンファ共和國とは先の戦爭の際に停戦合意をしているものの、未だに條件で折り合わず、正式な停戦條約は締結されていなかった。つまり、アルビオン王國とゾンファ共和國は休戦狀態に過ぎず、元々ゾンファに対して非好意的なが強かった。

更に四年前のターマガント星系での戦い――アルビオンの哨戒艦隊に対しゾンファの偵察艦隊が戦闘を仕掛けてきた戦い――第二部參照――では、ゾンファ共和國の諜報部が謀略を仕掛けてきたことが明らかになったが、ゾンファ側は関與を認めず、逆にアルビオンの謀略であると非難していた。

そのような狀況も重なり、市民たちの反ゾンファ発寸前まで膨れ上がっていた。

ゾンファ共和國のヤシマ占領の報を聞いた直後に、外らはヤシマに急行していた。だが、ゾンファ共和國の外関係者と接することなく、ヤシマ解放艦隊司令を名乗るホアン・ゴングゥル上將からの一方的な通告をけた。

即刻撤退するようにと勧告するアルビオンの外らに対し、ホアンはこう言い放った。

「我々はヤシマ政府の正式・・な要請により治安維持を行っている。ヤシマは我が共和國と恒久的な平和條約を締結し、宇宙の平和のためともに手を取っていくこととなった。各國には獨立國家・・・・ヤシマの主権を侵すことがないよう切にむものである……」

アルビオン側が抑留されている自國民の解放を要求すると、

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「貴國民にはヤシマの平和をす破壊工作を目論んだ者が多數認められた。このため、ヤシマ政府・・・・・の取調べが終了し、事実関係が明らかになるまで柄を拘束する……彼らの家族についてもヤシマ政府が責任を持って保護すると約束しよう」

らは粘り強く渉したが、「これ以上の本星系に滯在するならば、謀略工作を企図したとして拘束する」と逆に恫喝され、アルビオン外団は最後通牒を突きつけるだけで、ヤシマから引き上げることしかできなかった。

この報告をけ、市民たちの反ゾンファは極限に達した。それに比例する形で、亡國のヤシマ艦隊への同の聲が大きくなっていく。これは反ゾンファ報道がもっとも視聴率を上げられるコンテンツであると判斷した商業マスコミと、次の総選挙を意識した政治家たちの思が複雑に絡み合った結果でもあった。

いずれにせよ、この世論に逆らいようは無く、民衆の聲に押される形で、政府も軍もいていった。

キャメロット星系政府はヤシマ亡命政府の樹立を発表した。

はアルビオン“王國”政府の専権事項であり、地方行政府に過ぎないキャメロット星系政府の措置は暫定的なものに過ぎないのだが、自由星系國家連合との関係を考慮し、更にはヤシマ解放の正當を主張するために行われている。

亡命政府の首班は予想通り、サイトウ將に決まった。正式な閣僚名簿などはアルビオン王國政府の承認後に発表される予定となっていた。

クリフォードたちキャメロット防衛艦隊の將兵たちは、來るべきゾンファ進攻作戦に向け、準備を始めた。

正式発表はないが、ゾンファ共和國の前線基地があるジュンツェン星系への進攻艦隊は第一艦隊を始めとする六個艦隊と決まっていた。その中に第三艦隊も含まれており、レディバードの乗組員たちも訓練に熱がっていく。

五月十五日

アルビオン星系から、王國政府の決定が通達された。

ゾンファ共和國のヤシマ占領行為は、先の停戦合意を踏みにじる行為であると斷定し、停戦合意を破棄することが伝えられた。そして、ヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通稱YD作戦が発された。

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YD作戦は參加総兵力十一個艦隊――ジュンツェン星系に対して六個艦隊、ヤシマ星系に対して四個艦隊及びヤシマ艦隊――、約五萬五千隻、約七十萬人というアルビオン王國史上において類を見ない大兵力を投する作戦となった。

ジュンツェン進攻艦隊はキャメロット第一、第三、第五、第六、第八、第九艦隊で構される。このうち、第六艦隊と第八艦隊は隣のアテナ星系で合流することになっていた。キャメロットを進発する四個艦隊は明後日の五月十七日に出撃することが決定した。

また、ヤシマ進攻艦隊はアルビオン艦隊から第一、第四、第五艦隊とキャメロット第七艦隊、更にヤシマ艦隊で構され、約一ヶ月後の六月十二日に進発することとなった。

クリフォードは短い休暇を自宅で過ごし、妻ヴィヴィアンとの別れを惜しんでいた。

本格的な戦爭が始まるということで妻を心配させないため、努めて明るく振舞うことを心掛けている。

「今回は大きな戦闘にはならないはずなんだ。もし、戦闘になっても砲艦の出番は多分ないよ。だから、安心していい……」

実際、ジュンツェン星系で砲艦戦隊が活躍する場はほとんどないと考えていた。同星系には第五星付近に要塞と呼べる大型の軍事拠點が存在するが、今回の作戦では星系の攻略は考慮されていないため、砲艦による拠點攻撃は行われないだろうと考えていたのだ。

(砲艦も使い道はある。マイヤーズ中佐に提出した戦研究論文は、総參謀長はお認めになられたようだが、リンドグレーン提督を始め提督方はお認めにならなかったと聞いた。だとすれば、ハイフォン側ジャンプポイントJPの防衛部隊に回されるだけだろう……)

クリフォードは砲艦の畫期的な運用方法を、上である砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐に提案していた。マイヤーズはその有用を認め、獨自に訓練計畫を立案し実施していたが、第三艦隊司令ハワード・リンドグレーン大將はほとんど興味を示さなかった。だが、マイヤーズはその運用方法を戦研究論文として、総參謀長であるアデル・ハース中將に送付していた。ハースはその運用の可能を認め、“研究”の一環として訓練を行うよう全艦隊に指示を出していた。

クリフォードは意識を妻に戻し、彼の肩を抱きながら、

「早くても三ヶ月は戻れないよ。寂しいけど、帰ってきたらちょっとした休暇が貰えるはずだよ。どこか靜かなところでゆっくり過ごすのもいいね……」

キャメロット星系からジュンツェン星系までは約二十パーセク(約六十五年)あり、往復するだけでも五十日以上掛かる。更にヤシマに進駐しているゾンファ艦隊がジュンツェンに戻ってくるまでの期間を考えると、三十日ほどが加わるはずで三ヶ月というのはほぼ最短の期間だった。

妻とのゆったりとした時間を過ごし、翌日、クリフォードは指揮艦レディバード125號に戻っていった。

五月十七日。

ジュンツェン進攻艦隊は総司令であるキャメロット防衛艦隊司令長グレン・サクストン大將の命令により、第三星ランスロットの軌道上から次々と加速していった。

商船並みの加速力しか持たない補助艦艇とともに、砲艦戦隊も最初期に加速を開始している。

キャメロット星系からジュンツェン星系の間にはアテナ、ターマガント、ハイフォンの三つの星系がある。

アテナ星系は要塞衛星と二個艦隊が常駐する拠點であり、アルビオンの完全な支配星系である。ターマガント星系は十年前からアルビオンが実効支配しており、四年前の謀略以降は百隻単位の高機戦隊が哨戒を行い、完全に制宙権を確立していた。

ここまではアルビオンの支配星系であり、ほぼ安全が確保されている。

だが、ハイフォン星系は事が異なる。

ハイフォンはゾンファの國防ラインであり、ターマガント星系側JPには濃な機雷原と千隻単位の防衛艦隊が配備されていると推定されていた。また、小規模ながらも補給や整備が行える軍事拠點も存在している。

サクストン総司令はターマガント星系から超速航行FTLにる前に、艦隊の速度を調整した。これはJP出口にある機雷に対するためだった。

機雷はステルスと高い機力を持つファントムミサイル――ゾンファではユリン幽霊ミサイルと呼ばれている――などのステルスミサイルの発裝置であり、六等級艦、すなわち駆逐艦程度なら一発で轟沈できる威力を持っている。

だが、ミサイルである限りは必ず加速する必要がある。そして、加速するには高機のミサイルといえども比較的長い時間が必要だった。

最大加速度二十kGの最新型であっても、速の二十パーセントに達するには約三百秒、五分という時間を要する。また、この加速時間で三十秒の距離を移する。

してきた敵艦に対し、機雷が攻撃をかける場合、“敵艦の検知”、“ミサイルの発”、“ミサイルの加速”という三つのプロセスを経る必要がある。この時、敵艦が機雷に対して正の相対速度を持っていれば、ミサイルの加速時間は短くて済むが、相対速度が負であった場合、加速時間は長くなる。

ステルスミサイルの質上、加速時間が長ければ長いほど、加速度が大きければ大きいほど、出するエネルギーや重力場のれなどからステルスは損なわれてしまう。ステルスが損なわれたミサイルは防衛用の対ミサイル迎撃レーザー砲により容易に撃ち落すことができ、戦果を上げることは葉わない。

このため、艦隊が敵支配星系に進する場合は、JP出口での相対速度が極力ゼロになるように調整し、FTLに移行する必要があった。

艦隊が減速して進してくることが判っていても機雷が敷設されるのは、しでも敵に損害が與えられる可能があるためだが、もうひとつ理由があった。それは敵の偵察を防ぐという理由だ。

速航行FTLは超速航行機関FTLDにより超空間ハイパースペースに突し、速を超えて移するのだが、ジャンプポイントから出た直後はFTLを行えない。これはすべての超速航行船に共通する理的な制限のためで、超空間を出た直後の船のFTLDは空間を歪ませた“応力”のようなものが殘る。この“応力”が殘った狀態で再度FTLDを起すると、定められた航路が歪められ、全く別の場所や最悪の場合、超空間に閉じ込められることになる。このため、再突には最低一時間の調整期間が必要であった。

この一時間は超空間に逃げ込むことができない。つまり、機雷が敷設されているとその間、逃げ回るか、ミサイルを撃ち落し続ける必要があるのだ。

大艦隊であれば、撃ち落すことは可能だが、偵察艦隊のような小規模な部隊では多數のミサイルを撃ち落し続けることも事実上不可能であり、また、加速力に優るミサイルから逃げ回り続けることも出來ない。このため、機雷は敵の偵察を防ぐ有効な手段と考えられ、どの國でも自國の最外郭星系には必ず設置されている。

ジュンツェン進攻艦隊のうち、六等級艦――駆逐艦――以上の戦闘艦が先行してハイフォン星系に進した。そして、機雷を次々と破壊していく。

三時間後、補助艦艇が“掃宙”の終わった安全な宙域にジャンプアウトしてきた。そこにはクリフォードらの砲艦戦隊も含まれていた。

ハイフォン星系に進した際、サクストン総司令はゾンファ共和國政府宛てに最後通牒を突きつけた。

「貴國は先の停戦合意を一方的に破棄し、ヤシマを不當に占領した。直ちにヤシマに侵攻した艦隊を撤退させるとともに、ヤシマ政府および國民に対し謝罪と損害の賠償を実施せよ。また、今回の不當行為の責任を明らかにし、全宇宙に二度と他國の主権を侵害しないと宣言せよ。アルビオン王國軍はヤシマからの全ゾンファ軍の引き上げを確認するまで、先の停戦合意を凍結し、貴國への懲罰を行う……」

その時、ハイフォン星系には約百隻の小艦隊が警戒に當たっていたが、三萬隻もの大艦隊を前にジュンツェン星系に向けて撤退していくところだった。撤退する小艦隊から返信は一切無かった。

殘された軍事拠點には多くの兵士たちが取り殘されていた。ゾンファ艦隊が撤退すると、拠點から出用の大型艇ランチなどが次々と吐き出されていく。

そして、出が途切れた途端、拠點は巨大な火の玉に変わった。

報を守るためにゾンファ軍が自させたのだ。

こうしてハイフォン星系はアルビオン側の支配星系となった。

今回、あっさりとハイフォン星系を奪えたのには理由がある。

そもそも星系の防は非常に難しい。

ジャンプポイントJPに大量の機雷を敷設しても無力化することが可能であるため、大艦隊を常駐させるか、要塞衛星のような強力な軍事施設の建設が必要になる。本來であれば、緩衝宙域を設け、その宙域に敵が侵してきたところで支配星系の防備を固めることが理想的である。実際、アルビオン王國側は緩衝宙域としてターマガント星系を置き、更にその後方のアテナ星系に大型軍事衛星と常時二個艦隊を配備している。

ゾンファ共和國としてもターマガント星系を緩衝宙域とし、ハイフォン星系で敵の侵攻を食い止める戦略であったが、十年前の第二次ゾンファ-アルビオン戦爭において、ハイフォン星系の要塞が破壊され、更にターマガント星系の支配権も奪われたことから、ハイフォン星系が緩衝宙域となっていたのだ。

六月十二日。

アルビオン艦隊は補給艦と工作艦などの補助艦艇の一部をハイフォン星系に殘し、敵地ジュンツェン星系に向けてジャンプした。

六月十六日。

ハイフォン星系から通報をけたゾンファのジュンツェン方面軍司令部では、敵襲來の報に混を極めていた。

ゾンファ軍でもアルビオン軍がジュンツェンに直接進攻してくる可能は検討されていたが、想定していた時期は二ヶ月後の八月中旬だったのだ。これはヤシマの敗殘部隊がアルビオンに落ち延びたことから、アルビオンは敗殘部隊を擁して直接ヤシマに向かうと予想していたためで、ヤシマ解放に失敗した後、改めてジュンツェン攻略に方針転換すると考えていたためだ。

もちろん、ゾンファにもこの事態を予想していた者はなからずいた。その一人がジュンツェン方面軍司令長マオ・チーガイ上將だった。

だが、彼の懸念は軍上層部に屆いたものの、明確な命令はなく、ヤシマ侵攻作戦を継続するしかなかった。

彼に不利な狀況として、元々ジュンツェンの防衛に當たっていた六個艦隊のうち、半數の三個艦隊がヤシマ攻略作戦に駆り出されており、彼の指揮下には三個艦隊しかなかったのだ。但し、ここジュンツェン星系には更に二個艦隊があった。

それはヤシマ攻略に向かうティン・ユアン上將麾下の艦隊だった。

ヤシマ侵攻作戦は杜撰な計畫であり、準備不足も加わって當初から補給計畫が破綻していた。このため、兵站の負擔を軽減させる目的でジュンツェン艦隊をヤシマ侵攻艦隊に加えておき、本國ゾンファ星系から後続を出してれ替えるという泥縄的な作戦であったのだ。

ゾンファの補給制が破綻している原因は、十年前の“つけ”だった。

第二次アルビオン戦爭の初期において、主星系であるアルビオン星系に六個艦隊という大艦隊で奇襲をかけた。この作戦のため、“足の短い”補給艦を長距離用補給艦に改造していた。超速機関FTLDはもとより、主機である対消滅爐や一時的なエネルギー供給システムである質量-熱量変換裝置MECなどの増強が必要となったため、積載量ペイロードが削られることになる。この改造により、ゾンファ軍の補給能力は三十パーセント以上低下したと言われていた。

また、先の戦爭での敗戦――ゾンファ側は敗戦と認めていない――により、多くの戦闘艦を失っており、戦力の回復させるため戦闘艦の建造を優先し、補給艦の建造や再改造は後回しにされた。もちろん、戦闘艦の喪失とともに補給艦も多數喪失しており、ゾンファの輸送能力は開戦前の三分の一程度まで低下していた。それらの影響は十年経った現在でも殘っており、ゾンファ軍の補給能力は完全に回復していなかったのだ。

そして、後続艦隊がようやくヤシマに向かうというところで、アルビオン艦隊が現れた。

実際、數日後であればティン艦隊はヤシマに向かっており、三個艦隊で守らなければならなかったのだが、ゾンファにとって幸運なことに、偶然ティン艦隊がジュンツェンに到著したタイミングだったのだ。

だが、マオにとっては必ずしも運が良いとは言えなかった。

ジュンツェン防衛はマオに指揮権があるが、ティンはマオの先任であった。更に悪いことにティンという人は穏健派に屬するマオとは異なり、強派、すなわち現政権派に屬する軍人だった。このため、マオの指揮権に干渉してくる可能が常に付き纏っていた。

マオはハイフォン側JP付近に防衛線を敷き、機雷原突破のために速度を落としている敵艦隊を殲滅する案を採用するつもりでいた。しかし、ティンはそれに納得しなかった。

「敵は六個艦隊と聞く。つまり我が方より優勢なのだ。ならば、J5要塞と連攜した方が良い。J5要塞は五個艦隊に匹敵するのだ。これならば、我々の方が圧倒的に有利になる」

J5要塞とはジュンツェン第五星J5の軌道上にある軍事施設であり、三基の十ペタワット(十兆キロワット)級力爐と、百テラワット(一千億キロワット)級電子加速砲が三百門、その他防衛兵が多數備えられた、ゾンファ共和國最大級の要塞である。

一等級艦――戦艦――の主砲が二十五テラワット級であることを考えると、要塞砲だけで戦艦千二百隻分に相當する。一個艦隊の戦艦が二百隻程度あり、重巡航艦である四等級艦を含めた総火力は六十ペタワットであることから、五個艦隊に匹敵すると言える。

マオは溜息混じりに反論した。

「それは機上の空論でしょう。敵が都合よくJ5要塞を攻撃してくればよいのでしょうが、こちらの兵站を破壊するだけなら、J3の食糧生産拠點を破壊すればよいだけなのです」

ジュンツェン星系には七つの星がある。それらにはゾンファの慣例により恒星側からJ1、J2……と名が付けられていた。第三星J3はテラフォーミング化こそ行われなかったものの、K1V型の恒星ジュンツェンから適度な距離にあり、水と酸素が存在することから、地表面には多くの食糧生産基地が建設されていた。そこで生産された食料を軌道エレベータで宇宙空間に運び、防衛艦隊に供給している。

そして、ジュンツェン防衛艦隊はこのJ3の食糧生産基地に依存していた。特にヤシマ攻略艦隊に資を提供しているため、未だに備蓄量が回復しておらず、仮にJ3の食糧生産基地からの補給が途絶えたとするならば、五個艦隊とJ5要塞の將兵たちは二ヶ月程度で飢えることになる。

一方の第五星J5は木星型の巨大ガス星ガスジャイアントであり、エネルギー供給基地となっている。また、十數個ある衛星は有用な金屬資源が富であり、ここに艦隊の拠點を建設していた。この他の星は巖石星であり、金屬資源などが確認されているが、現狀ではほとんど開発されていなかった。

この補給ラインの脆弱については、數十年前から懸案とされていたが、補給を軽視する傾向にあるゾンファ共和國においては、要塞の補強――要塞砲や防スクリーンの強化、港灣施設の増強など――に力點が置かれ、要塞での食糧供給計畫は軽視され続けていたのだ。

マオはアルビオン艦隊の目的がヤシマとの連絡線の分斷だと考えていた。

(アルビオンにとって重要なのは、自軍の補給路、すなわち、ハイフォン星系側ジャンプポイントJPと、ヤシマ星系に繋がるシアメン星系側JPの確保だろう。だとするならば、ジュンツェン星系自の占領は考慮していない……本國は兵站を軽視しすぎる。増援は期待できんだろうな……)

ジュンツェン星系から本國ゾンファ星系までは直線で約三十パーセク(約百六十三年)であり、本國に救援を求めても艦隊が到著するまで八十日は必要になる。更に現狀ではヤシマ作戦のため輸送艦が不足気味であり、補給が追いつかない可能が高い。このため、百日前後は現有戦力で対応する必要があった。

「JP出口ならこちらの方が圧倒的に有利です。敵は相対速度を落としていますから、攻撃を有利に進められますし、機雷による戦果も期待できます」

「だが、敵もその程度の事は予想しておろう。ジャンプアウトした直後はこちらの方が不利なのだ……」

ティンの言うことにも一理あった。

超空間から通常空間に戻る――ジャンプアウトという――場合、ジャンプアウトした側は即座に敵を把握できるが、待ちけている側はの速度の関係からタイムラグが生じてしまう。もちろん、ジャンプアウトした側も距離に従った過去の位置しか検知できないのだが、敵の規模や進行方向、加速度などの報は即座に手できる。その報から敵の位置を予測し、攻撃することは十分に可能なのだ。つまり、待ちける側は敵の姿を検知した直後に攻撃をけることになる。

更に敵がいつ現れるか不明であり、その間、回避運を行い続けなければならず、エネルギーの消費と將兵の疲労が問題になる。

「ですが、敵は機雷と艦隊の雙方に対応せねばなりません。回避運一つとってもかなり不利な條件になるのですよ」

マオはそう言ってティンを説得に掛かるが、ティンは首を縦に振らなかった。彼はヤシマに向かう自らの艦隊を傷付けたくないと思っており、消極策しか取るつもりがなかったのだ。

「どうしてもJPに布陣したいならジュンツェン防衛艦隊だけでいけばよい。我らヤシマ増派艦隊はJ5要塞で敵を迎え撃つ」

マオはなおも説得を試みるが、取り付く島はなかった。

結局、翌日まで説得を試みたが説得し切れず、遂には艦隊を展開する時間がなくなり、なし崩し的にJ5要塞付近での迎撃となった。

マオは心忸怩たる思いをめていたが、將兵の前では一切顔に出さず、命令を下していった。

六月十七日。

アルビオン王國軍六個艦隊がハイフォン側JPに現れた。そして、ゾンファ共和國が設置したステルス機雷を次々と無力化していった。

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