《クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」》第十二話

宇宙歴SE四五一八年七月四日。

ゾンファ共和國のヤシマ解放・・艦隊司令ホアン・ゴングゥル上將は、アルビオン王國軍のジュンツェン星系侵攻を聞き、司令室の豪華な機を両手で叩き、怒りを発させた。

「ジュンツェン方面軍司令部は何をやっておる! 本國との連絡線を確保するのは戦略の初歩であろう!」

ホアンは怒りを見せながらも悩んでいた。

(ヤシマは確保できた。ここにいれば戦力の補充は無理でも補給資の心配はいらん……それにアルビオンは六個艦隊をジュンツェンに侵攻させている。ならば、仮にここに艦隊を進めるとしても三個艦隊程度だろう。その程度なら、今の戦力でも何とかできる……奴らは自由星系國家連合が敗れたことを知らん。その事実を教えてやれば、戦わずして引く可能もある……)

ヤシマに殘るという選択肢が安全策であるのだが、ジュンツェン星系側を放置した場合の影響を考えていく。

(ジュンツェンが完全に陥落することはあるまい。J5要塞を落とすには戦力がなすぎる。懸念があるとすれば、敵がジュンツェンからシアメン、イーグンを経由してヤシマに侵攻してくることだろう。そうなれば、アテナ星系から來る三個艦隊に加え、六個艦隊が加わる。連合軍艦隊ならば倍でも勝てるが、さすがにアルビオン相手に倍の戦力では勝利はめん……兵たちのこともある。既に里心がついておる兵も多い。もし、ジュンツェンが陥落の危機にあると知れば、兵たちは揺するだろう……)

ホアンは參謀たちを集め、今後の方針について協議を行った。

參謀たちから出た意見はヤシマを確保し続けるべきというものが多く、ほとんどの理由は命令もなく、占領地を放棄することは命令違反に當たり、仮にジュンツェンで勝利を得たとしても処分される可能があるというものだった。

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その一方で、この狀況でジュンツェンを放置することは、ヤシマを放棄することに繋がるという意見も出された。ジュンツェンから本國ゾンファまでは約三十パーセク(約百六十三年)あり、報が屆くだけでも一ヶ月以上は掛かる。更に奪還のための艦隊を直ちに編したとしても、更に一ヶ月以上、常識的に考えれば三ヶ月は掛かるだろう。六月半ばに報が発信されているから、奪還艦隊が到著するのは九月にってからになる。その間に食料が盡きれば、J5要塞といえども陥落する可能は高い。もし、ジュンツェン星系がアルビオンの手に渡った場合、ヤシマは完全に孤立する。そうなれば、現狀の戦力で確保し続けることは難しく、結局、ヤシマを放棄することになるという意見だった。

ホアンは參謀たちの意見を聞きながら、ジュンツェンに戻ることに魅力をじていた。

(ここで手を拱こまねいていても、いずれヤシマを放棄せねばならん。ならば、ジュンツェン防衛艦隊が飢える前に逆侵攻を掛ければ、敵を殲滅することもできよう……今回のタカマガハラでの大勝利に加え、ジュンツェンで勝利すれば、特級上將――元帥に當たる軍の最高位――にすら手が屆く……)

ゾンファ共和國軍――正式には國民解放軍――では、特級上將は慣例として、國家主席のみに與えられる名譽階級であり、現役の特級上將は存在しない。ただし、過去には數人の現役特級上將がおり、ホアンはその前例を思い出したのだ。

(ヤシマには損傷した艦で編した一個艦隊と地上軍を殘していけばよい。アルビオンが來ようが、連合國軍が來ようが、市民を人質に時間を稼げばよい。その間にジュンツェンで勝利し、戻ってこればいいだけだ……)

ホアンはジュンツェン行きを決めた。

「ジュンツェンにいるアルビオン艦隊を殲滅する!」

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翌日、ホアンは四個艦隊一萬八千隻を率い、ジュンツェン星系に向かった。

ホアンが去った後、殘された司令代行は艦隊が戻ってくるまでの時間を稼ぐため、不安要素を一掃し始めた。

まず、ヤシマの反ゾンファ勢力を排除するため、疑わしい者はすべて投獄し、更に反抗する者は容赦なく殺した。十個師団、二十萬人に及ぶゾンファ治安維持部隊が元軍人、政治家、ジャーナリストなどを手當たり次第に拘束し、更には反ゾンファをぶ學生たちを投獄していく。

それでも反ゾンファのデモは至るところで発生し続けた。それに伴い、治安維持部隊は拘束するという面倒な手段を放棄し、非殺傷の武による制圧を開始した。それもヤシマ市民の更なる反発を招いただけであった。

數日もすると、ゾンファ艦隊の大半が星系から消えていることが噂になり、それが一層活を活発化させていく。

総人口二十億人のヤシマに対し、ゾンファ地上軍は兵力がなすぎた。五十萬人以上の地方都市だけでも千を超え、その全てに兵士を割くわけにはいかない。強引な手段に出れば出るほど、ヤシマ國民は反発し、反ゾンファ活を活発化させていく。

七月十日。

ホアン艦隊がヤシマを去ったという報が首都星タカマガハラにある首都タカチホに流れた。數十萬人にも及ぶ市民たちがデモ行進を開始した。ゾンファの治安維持部隊は直ちに鎮圧活を開始する。一部、暴徒化した市民たちが武を奪い反撃を開始したが、裝甲車や武裝反重力ホバーなどによる攻撃で數萬人の市民が死傷し、暴は鎮圧された。この事件は“タカチホの殺”と呼ばれ、死者・行方不明者一萬五千人以上、重傷者三萬人以上の大慘事として歴史に名を殘した。

危懼を抱いたゾンファの報機関は協力者たちを使い、告などを奨勵したが、売國奴たちですら、ゾンファが危機に陥っていると考え、ゾンファへの協力に消極的になっていく。

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更に親ゾンファのキョクジツニューズでさえ、ゾンファの強引な手法に対し、批判めいた記事を掲載し始めた。キョクジツニューズの記者たちはジュンツェンにアルビオン艦隊が進攻しているという事実を摑んでいたのだ。記者たちは戦後に向け、自分たちがどう生き殘るかを模索し始めていた。

ホアンが出発してから七日後の七月十二日。

アルビオン側に當たるレインボー星系ジャンプポイントJPから、アルビオン艦隊二萬隻とヤシマ防衛艦隊の生き殘り四千隻が現れた。敷設されていた機雷を排除すると、ゆっくりとした速度で首都星タカマガハラに向けて進み始めるとともに降伏勧告を行った。

當初、ゾンファ側は市民を人質にして降伏を拒否した。それに対し、アルビオン側の総司令パーシバル・フェアファックス大將は鋭い眼を放ちながらこう言い放った。

「ヤシマ國民にこれ以上手を出せば、ゾンファ將兵すべてをこの宇宙から消し去ってやる。やれぬと思うな」

フェアファックス提督は蒼い瞳の眼鋭い壯年の將で、銀の髪をオールバックに固めた見た目は憐悧な僚そのものに見える。また、抑揚のないしゃべり方と相まって、第一印象は冷じをけることが多い。実際には人間味のある、下士兵に人気の高い提督なのだが、初見のゾンファ將兵にとっては蒼い氷を固めたような瞳と一切のを排した口調から、言ったことは必ず実行すると思われ、恐怖に震えることになる。

ゾンファ軍の司令代行は三日間耐えていたが、アルビオン艦隊がゾンファ艦隊を攻撃する姿勢を見せると、すぐに降伏を諾した。

彼はフェアファックスがヤシマ國民の命より、自國の安全保障を優先する人、つまり自國ゾンファの軍人と同じであると考え、人質作戦では時間稼ぎすらできないと思い込んでしまったのだ。

七月十四日。

五ヶ月にも及ぶ占領狀態から、ヤシマは遂に解放された。ゾンファ軍は地上兵力を含め、直ちに武を捨て、降伏をれる。一部の政治將校などが反抗し混はあったものの、能力的には大したことはなく、半日もしないうちに混は収まった。

亡命政権の首班であるヤシマ防衛艦隊のサイトウ將はゾンファの傀儡政権に対し、政権の譲渡を迫った。傀儡政権の首相は直ちに総辭職し、サイトウ將を首班とする新政権が発足した。

サイトウは非常事態宣言を発布し、ゾンファ軍を小星の採掘基地などに拘すると、敵の協力者を徹底的に追及した。更に行方不明者の捜索に全力を注いでいく。

十萬人を超える行方不明者がいたが、最終的にはその半數以上が見つからなかった。

ゾンファに拉致された者、裏に処刑された者などが多く、戦後に大きな禍を殘すことになった。

アルビオン艦隊はサイトウ政権が安定するまで治安維持を擔うことになったが、基本的には政には干渉しなかった。唯一、アルビオン市民の保護を要求しているだけだった。

フェアファックス提督は自由星系國家連合にヤシマ星系解放の報を送ると共に、ヤシマの防衛強化を開始した。

ヤシマ進攻後にジュンツェン星系に向かうことも検討されていたが、自由星系國家連合軍艦隊が駐留しない限り、アルビオン艦隊はここヤシマを離れないことになっている。これには二つの理由があった。

一つ目の理由はスヴァローグ帝國のきが不明なことだ。帝國はゾンファと同じくヤシマ星系への進出を狙っており、ゾンファに占領されたヤシマを解放するという名目で侵攻してくる可能があった。幸い、スヴァローグ帝國は恒常的に紛が続いており、即座に艦隊を差し向けることはなかったのだが、自由星系國家連合艦隊とゾンファ艦隊が激しい戦闘を繰り広げ、ゾンファ側が疲弊したところで漁夫の利を狙う可能は否定できない。更に言えば、この狀況であってもヤシマ艦隊だけしか殘っていなければ、治安維持に協力するという名目で駐留する可能がある。しかし、アルビオン艦隊がヤシマ艦隊と共同で防衛に當たっている姿勢を見せれば、スヴァローグに口実を與えることはないという判斷だ。

もう一つの理由は今からジュンツェンに向かってもあまり意味がないということだ。ヤシマからジュンツェンまでは約十五パーセク(約四十九年)あり、イーグン星系とシアメン星系の二つの星系を経なければならない。

ホアン率いるゾンファ艦隊は九日前に出発しており、更に二つの星系のジャンプポイントJP付近に展開されている機雷群を排除する時間が加わるため、十日以上の遅れとなる。

つまり、今から行ってもジュンツェンでの戦闘の帰趨は決まっているということだ。アルビオン側が勝利しているなら行く意味はないし、敗れているなら各個撃破されに行くようなもので意味がないのだ。

それよりもヤシマをスヴァローグに奪われないことの方がアルビオンの安全保障にとって重要になる。アルビオンとしては領土の拡大を目指すゾンファやスヴァローグがかなヤシマ星系に進出することをましく思っていない。國力的にアルビオン、ゾンファ、スヴァローグはほぼ拮抗しており、三すくみに近い狀態だ。この狀態を崩すことは戦爭の拡大を意味する。

一方、アルビオンとしては、この守りにくいヤシマ星系を領土としても持ちたくなかった。平和な狀態であれば、易による利益が期待できるが、戦爭狀態の國と接する星系が、キャメロット星系に加えヤシマ星系まで加わることは、國防上の負擔が大きすぎる。このため、アルビオンとしてはヤシマを自國に加えたいという要求は小さい。

つまり、ヤシマ星系は今まで通り獨立國として三ヶ國の緩衝地帯として存在してくれることがアルビオンの國益に葉っているのだ。

これらのことから、アルビオンのヤシマ解放艦隊はジュンツェン星系に向かうことなく、ヤシマを守ることを選択した。

しかし、數日後、フェアファックス提督はこの決定を後悔する。

ヤシマに在留していたアルビオン関係者のうち、二百人以上が行方不明になっていたのだ。ヤシマ政府が調査を行ったが、調査は遅々として進まず、事実はなかなか判明しなかった。フェアファックスは政干渉という批判をけることを承知で、アルビオン軍の軍警察MPに調査を行わせた。

その結果、アルビオン政府関係者、有力な企業関係者など、百名程度がホアン艦隊とともにジュンツェン星系に向かったという事実が判明した。

捕虜となったゾンファ將は厳しい追求の末、アルビオン側に対する渉カードとして拉致したと証言した。

■■■

宇宙歴SE四五一八年七月十八日。

ゾンファ共和國軍のホアン・ゴングゥル上將率いる四個艦隊約一萬八千隻――うち、戦闘艦は約一萬四千五百隻――はシアメン星系に到著し、ジュンツェン星系JPに向け、最大巡航速度で航行していた。

ホアンはジュンツェン星系に突し、一気にアルビオン側を殲滅するつもりでいた。

(ジュンツェン星系の損害は三千隻程度。つまり、二萬隻近い數が殘っているということだ。これに我が艦隊が加わればなく見積もっても三萬四千。敵より七千隻近く多い。これだけの戦力差があれば、十分に勝利は得られるはずだ……後はマオ上將がどうくかだが、奴もこちらが戻ってくると分かっていれば、タイミングを合わせて敵に向かうはずだ。正確な到著時刻が分かっていれば、時間稼ぎも難しくはない……)

ホアンの考えた作戦は以下のようなものだった。

敵はジュンツェン星系のJP付近で待ちけている可能が高い。これはヤシマから戻ってくる艦隊が最大でも二萬五千隻であり、更にステルス機雷を敷設することにより、JP付近での戦闘の方が有利に進められるからだ。

彼はそれを逆手にとることにした。

報通報艦から決死隊を募り、ジュンツェン星系にFTLで突させる。この際、機雷で破壊される前にホアン艦隊の到著時刻と戦力等の報をマオ・チーガイ上將率いるジュンツェン防衛艦隊に伝える。マオ艦隊がいるJ5要塞からシアメンJPまでは約二百五十分であり、最大巡航速度〇・二C速で航行すれば二十時間強でシアメンJPに到著できる。通信のタイムラグ、加速・減速時間などを考慮しても三十時間前にホアン艦隊の到著時刻を通告しておけば、マオ艦隊はシアメンJP付近に到著し、アルビオン艦隊を挾撃できる。

もちろん、アルビオン艦隊がJ5要塞から出てきたマオ艦隊に向かえば、ゾンファ側は不利な戦闘を強いられるが、その場合はJ5要塞に逃げ込めばいい。その間にホアン艦隊が到著するから、戦力差を一気にひっくり返せる。

いずれにせよ、こちらは有利な條件で戦えるという作戦だった。

ホアンは全艦に対し、訓示を行った。

「敵の戦力は約二萬七千隻である。我らの二倍近い戦力だ。しかし、J5要塞の防衛艦隊を加えれば、我が軍は八個艦隊に匹敵する三萬四千隻を超える。ジュンツェン星系で敵を挾み撃ちにし、一気に殲滅するのだ!」

ホアンが得ている報に誤りがあった。マオ艦隊の損害は三千隻ではなく五千隻強であり、マオ艦隊の保有戦力は一萬七千隻余、ホアン艦隊と合わせても三萬一千隻強であり、二萬七千隻を保有するアルビオン艦隊より十七パーセント程度多いだけだった。更にホアン艦隊はアルビオン側の敷設した機雷原に突する必要があり、その損害を考えるとほぼ互角になる。

ホアンの命をけた報通報艦が超速航行にっていく。彼らは機雷原に突することになり、生き殘る可能は極めて低い。通信を送った後、対消滅爐リアクターを停止し、降伏の意思を示せば、艦隊司令部がステルス機雷の目標から外す手続きを取ることができるが、実際にはジャンプアウトの直後にステルス機雷が検知していることが多く、艦隊司令部が降伏の意思を確認している間に撃破されることがほとんどだった。無人艦を送り込むという方法もあるが、不測の事態に備え、最人數の乗組員が艦に殘っていた。

七月二十日。

ホアン艦隊の戦闘艦約一萬四千五百隻はジュンツェン星系JPに到著した。彼らは決戦に向け、一斉に超空間に突した。

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