《クリフエッジシリーズ第一部:「士候補生コリングウッド」》第一話

宇宙暦SE四五一二年十月十二日。

アルビオン王國軍士候補生クリフォード・カスバート・コリングウッドはスループ艦HMSブルーベル34の士次室ガンルームで一人、航法計算の自習をしていた。

(空間認識能力の欠如、數學的思考能力の欠如……)

彼は士學校の評価を思い出し、一人ため息を吐く。

(どうも僕は気のいる科目が苦手だな。航法、機関、主計、艦、通信、人事……)

クリフォードは、宇宙暦SE四五一二年八月にキャメロット星系第三星にあるライオネル士學校を卒業したばかりの十九歳の若者で、人によってはスラリと背が高く、らかい表が魅力的と言うかもしれないが、軍人として見ると、ひょろりとしていつもおどおどしている、いかにも學校を出たばかりの士候補生と言ったがある。

見た目とは異なり、彼は士學校を比較的優秀な績で卒業し、このフラワー級スループ艦ブルーベル34號に乗組みを許された。

學校の績は、指揮、戦などの閃きが必要な単位と陸戦関係の単位はトップクラスであったが、航法、機関、主計の績が足を引っ張り、最終的には上位一〇%にったものの出世が約束されるトップ一〇〇にはることができなかった。

更に彼の家は男爵家であり、トップ一〇〇にって目を見張るような戦功を挙げなければ降爵されるが、彼自はまだそれほど気にしていない。

余談だが、アルビオン王國の貴族制度は過去に例を見ない獨特なもので、一代貴族制という言葉が一番判りやすいかもしれない。

仮に父親が伯爵位を相続した場合、父の代でその爵位にふさわしい功績をあげなければ、次代の子供は子爵に降爵される。

彼の父親は男爵位にふさわしい功績をあげているため、彼自は男爵位を相続できるが、彼の未來の子供のためには彼自がふさわしい功績を挙げなければならない。

彼が航法計算で知的格闘をしている時、個人報端末PDAから、 “ピ・ピ・ピ”というコール音が鳴った。そして、すぐに艦ふねの人工知能AIのらかい中的な聲が聞こえてきた。

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『コリングウッド士候補生。速やかに戦闘指揮所CICのグレシャム副長の下に出頭してください』

彼は「了解」とPDAに呟き、五秒でなりを確認してから、二デッキ上のCICを目指し、通路を駆け出して行った。

五分後、CICの前に著き、「コリングウッド候補生、命令により出頭しました!」と聲を掛けて、ハッチの開くのを待つ。

“シュッ”という小さな空気音とともにハッチが開放し、すぐにCIC部にる。

CICにると正面の大型スクリーンが目にるが、すぐに指揮シートのグレシャム副長に出頭の報告をする。

アナベラ・グレシャム副長は二十六歳で赤の小柄なだが、副長である証のようにいつも苦蟲を噛み潰したような表をしている。

苦労。一八〇〇――標準時間の十八時を意味する――にスパルタン星系を出ます。トリビューン星系までの超速航法FTL計算を行いなさい。結果は一六〇〇までにデンゼル航法長に提出すること」

「了解しました、副長!アイ・アイ・マム!」

彼はきれいな敬禮をすると、直ちに航法士補席に著き、コンソールを作しながらAIと會話を始める。

彼の背中には、副長のハスキーな聲が掛かっていく。

「今回は満足いく結果を出してちょうだい。前回のは酷過ぎるわ……」

まだ、副長の言葉が続いていたが、彼は必死に航法計算に取り組んでいた。

(〇・一速を維持したまま、JPジャンプポイントを通過するとして、えーと、トリビューン星系のJPは…)

副長であるアナベラ・グレシャム大尉は必死に航法計算を行う彼を見ながら、思考を彼に向けていた。

(真面目なのはいいことなのだけど……。どうも績のイメージとは違うわね。もっと天才タイプかと思ったのに……)

そして、彼の姿を見てひそかに微笑んだが、すぐにいつもの表に戻していた。

(汗を掻きながら必死に計算している姿はかわいいんだけど……駄目だわ、副長なんかやってるから、完全に考えがおばさんになっているわ。ああ、本當に小型艦の副長なんてやるもんじゃないわね……)

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がスループ艦ブルーベル34號の副長になったのは一年前の二十五歳の時だった。

二等級艦――戦艦――の砲擔當士から大尉レフテナントに昇進し、四等級艦――重巡航艦――の戦士か等級外の副長かを打診されたときに「ナンバーワン――副長の通稱――」と呼ばれるのもいいかなと思って副長を選んだのだった。

(副長なんて“雑用一般何でもござれ”、資の収支、部下の健康管理から賞罰まで、軍の士というより零細企業の事務員ね……)

はいつものように心の中で愚癡をこぼすと、すぐにCICの狀況を確認する。

「フィラーナ、デイジー27に連絡して。JPに突する前に航法計算の照合をしたいからと」

報士のフィラーナ・クイン中尉はコンソールを見ながら、「了解、タイムラグなしですから、すぐ連絡します」と答える。

はいつも明るい笑顔でいる二十四歳の士で、この艦の士の中ではナディア・ニコールに次いで若い。だが、ブルーベル34に配屬されて既に二年経ち、この艦のことなら自分ののように解っている。

は部下の通信員に僚艦への回線を開くように指示した後、十日前に艦長から明かされた今回の任務について考えていた。

(民間船の遭難対応か……あまり面白みのある任務じゃないわ)

 

はアルビオン船籍の商船が三隻続けて遭難した可能があることに偶然起きた事故で無いことは理解していた。

(しかし三隻も続けて遭難するなんて、本當におかしな話ね。トリビューン星系は絶対安全な星系とは言い難いけど、小星帯さえ通り抜ければ、それほど危険な星系ではないはず……海賊? それとも私掠船かしら?)

ここペルセウス腕外縁部には、大きく分けて四つの政が存在する。

一つは彼たちが屬するアルビオン王國。

そして、正三角形を形作るようにゾンファ共和國とスヴァローグ帝國、そして、その三角形の中に単一星系國家の連合、自由星系國家連合がある。

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この星域の科學技レベルはほぼ同程度。また、三つの大國の國力はほぼ同じであり、人口は六十五億人から八十五億人である。

アルビオン王國は元イギリス系の移民が建國した立憲君主制の國家で、二つの星系を支配している。比較的自由な雰囲気でしい主星系と強力な軍事拠點により、今のところ他國の侵略を許していない。

ゾンファ共和國は元中國系の移民が建國した國家であり、共和制と言いながら全主義國家である。人口は四政最大の八十五億人で、人口的な圧迫により、拡大主義を取りつつある。ここ數十年の指導階級は世襲制となっており、國の不満の矛先を逸らすため、領土的な野心を隠していない。

スヴァローグ帝國は、元スラブ系の移民が建國した帝國主義國家である。主星系の他に二つの植民星系を持ち、資源も富である。しかも、人口は六十五億人となく、自國の開発余裕があるが、帝國主義國家らしく、隙があれば領土を拡張しようと狙っている。

その三つの大國に囲まれた自由星系國家連合は、五つの星系國家の連合であり、基本的には自由貿易による繁栄を目指している國家群である。固有の防衛力は有しているが、量、質とも単一では他の三ヶ國に劣るため、外をもって侵略を防いでいた。

アルビオンに一番近い星系は、元日本系の移民により建國されたヤシマである。

今回の任務はアルビオンのキャメロット星系からヤシマ星系への通商路であるトリビューン星系での商船遭難騒であり、ゾンファ及びスヴァローグによる通商破壊作戦の可能も否定できないとのことであった。

トリビューン星系はどの政にも屬さない公宙域であるため、大規模な艦隊の派遣は各國との調整が必要になる。

このため、アルビオン軍統合作戦本部は、小型のスループ艦二隻を派遣した。

クイン中尉が懸念した私掠船プライベータは、ゾンファ及びスヴァローグが発行する他國船拿捕免狀を有し、アルビオン船籍の商船を対象とした海賊行為を行う私有船である。私有船と言っても両國が支援しているため、裝備は通常の武裝商船以上であり、高能の船は五等級艦――軽巡航艦――並の戦闘力を有していることすらある。なお、アルビオンも敵國周辺に私掠船を投している。

(私掠船だと厄介よね。スループ二隻だと互角に持って行くのがやっとのはず)

がそこまで考えたとき、通信士より僚艦デイジー27號との回線が開かれたという報告が上がってきた。

「ミズ・クイン、デイジー27號との回線開きました」

は「ありがとう」と一言禮を言い、僚艦と通信を行っていく。

「こちらHMS-L2502034、ブルーベル34……」

フラワー級スループの特徴は長い作戦行期間と強力な推進裝置にある。

無補給で最大三ヶ月間行可能であるため、中立星系での長期に亙る哨戒任務に就くことが多い。

最大加速度も六kGであり、これに匹敵する加速能は軽巡航艦と駆逐艦、そして高機ミサイル艦しかない。同じ加速能なら先に逃げを打てば、相當不利な狀況で無い限り逃げ切れる。

その一方で主兵裝とアクティブ系の探知裝置が貧弱であることが弱點に挙げられる。主砲である一テラワット級荷電粒子加速砲は裝填に掛かる時間が長く、連が困難であると共に同サイズのコルベットと比べると出力は半分以下しかない。アクティブ系の探知裝置が貧弱であることにより、パッシブ系の探知に頼らざるを得ず、星系全の索敵は可能であっても星近傍に隠れられると索敵能が一気に低下する。

ブルーベル34の機関長、デリック・トンプソン機関大尉はする主機=六百五十ギガワット級デュアルパワープラント(DPP)の點検に余念が無い。

DPPは二つの対消滅爐リアクターと二つの質量エネルギーコンバーター(MEC:メック)をパラレルに接続した力システムであり、その信頼と出力制はここ數千年弄るところがないと言われた傑作である。

彼は先任機関士のトーマス・ダンパー兵曹長とDPPに繋がる四系列トレンの制系のチェックを済ますと、他の兵科から“蔵”と呼ばれる待機ピットで休憩を取っていた。

「機関長チーフ、さすがに整備したてですね。全く問題なしです」

ダンパーが“蔵”にりながら、そう聲をかけてきた。

「だが、安心するなよ、トム。艦長おやじさんの話じゃ、結構長い航宙こうかいになるかも知れん」

「チーフは心配し過ぎですよ。トリビューンでしょ。キャメロットからたった十一パーセク――三十六年――しかないんですから」

トンプソン大尉はブルーベル34で二番目に年長の三十九歳。若手の多いスループ艦では珍しく、妻と二人の子供がキャメロットにいるが、本人はほとんど家を空けていた。

「まあ、そう言うな。“爐かま”が二人とも機嫌よけりゃそれでいい。だがな、“片肺”は辛いからな……」

「待って下さい! チーフのその話は長いんですよ。俺じゃなくてもっと若い奴にしてやって下さいよ。それじゃジャンプまで制室CRで待機します」

ダンパーは逃げるように蔵から抜け出し、CRに向かっていった。

(俺も昔のチーフと同じになってきたかな。若い奴に逃げられるようじゃ……)

彼はもう一度DPPの數値をチェックしてから、立ち上がった。

ブルーベル34の主兵裝は一テラワット級荷電粒子加速砲と二トン級レールキャノン、通稱カロネードだ。

掌砲長ガナーのグロリア・グレン兵曹長は、主砲のコイルの點検を主砲擔當のテッド・パーマー二等兵曹と技兵テックのファニー・エリソン一等技兵と行っていた。

「テッド! コイルの電圧のバラツキが大きすぎるぞ! 〇・一%以に抑えろって何度言ったら判るんだい!」

グレン兵曹長はベリーショートの黒髪を振りして、パーマー兵曹を怒鳴っている。

「ガナー、そりゃ無いですぜ。艦隊マニュアルじゃ、偏差は〇・二五%以ですぜ。コンマ一なんざ、どだい無理だって」

グレンは自分より頭一つ大きいパーマーの倉を摑み、顔を極限まで近づけ、「つ・べ・こ・べ・言・う・な」と唾を飛ばしながら、単語を區切って言い聞かせていく。

パーマーは諦め顔で若いエリソンと共にコイルの下に潛っていった。

(まあ、仕事はできるんだが、まだむらがあるね。掌砲長には後五年は掛かるかね)

「さっさとやりな! あたしがやったら〇・〇五%以になるんだ。やる気がありゃできるんだよ!」

グレンはそう怒鳴りながら、カロネードの點検に向かった。

テッド・パーマーは、コイルの下で若い兵であるファニー・エリソンに話しかけていた。

「いや、グロリア婆さんはほんとにうるさいわ。もああなったらおしまいだぜ」

そして、グラスを上げる仕草をしながら「非番の時にどうだい?」とエリソンをっていた。

「そんなこと言っちゃ、駄目ですよ。掌砲長もまだ獨のレディなんですから」

は掌砲長に聞こえるのが心配なのか、小さな聲でそう囁き、「予定が詰ってますから」とパーマーのいを斷っていた。

そして、「掌砲長をってあげたらどうですか? 結構人じゃないですか」とクールに話を振っていく。

エリソンがそう言うと、パーマーはこの世の終わりが來たような大げさな表をしながら、「おいおい、掌砲長ガナーや掌帆長ボースンなんて連中は艦ふねに魂を売った廃人だぜ。第一、あの連中が艦から降りたのを見たことがあるかい?」

エリソンも「そうですね。掌砲長も掌帆長が船外作業EVA以外で艦の外に出たのを見たことが無いですね」と頷いていた。

パーマーが話そうとした時、「いつまでコイルの下でいちゃついているんだい! さっさと仕事しないと超過勤務を言いつけるよ!」

二人はその聲を聞き、慌ててコイルの再調整作業を始めた。

ブルーベル34には多目的艇「アウルふくろう1」を一艇持っている。

アウル1は全長三十メートルの大型艇ランチに分類され、加速能は二kGと他の搭載艇に比べ低いが、高能のステルス機能を持ち、かつ大気圏突能力も持つ優秀な多機能艇である。

掌帆長ボースンのトバイアス・ダットン上級兵曹長は、格納庫でアウル1の整備作業を監督していた。

彼はブルーベル34の最年長の乗組員であり、十八歳で軍にってからの二十四年間のほとんどを艦で過ごしているベテランだ。

思慮深く、ほとんど怒鳴り聲を上げないが、艦でも一、二を爭う腕っ節の持ち主だ。上陸した際に酔っ払って暴れている若い兵士を二人まとめて軍警察MPまで引き摺っていったなど様々な伝説に彩られている。

(このフクロウアウルもそろそろ五年。艦長おやじさんに更新の申請をしてもらわないといけないな)

彼はランチの下に回り、腳部や噴口の狀態を確かめていく。

「グレッグ! ガイ! 八番口を換しておけ! このままだと焼き切れるぞ!」

「「了解、掌帆長!」」

二十代半ばと思しき若い兵士の聲が格納庫に響く。

(俺が最年長かよ。まだ四十二だぜ。しかし軍ももうしベテランを殘してくれれば楽になるんだがな……)

アルビオン軍の下士兵は技につけると退役し、待遇のいい商船乗りになることが多い。適齢期の二十代後半で退役するものが多いため、三十代ベテランがなくなっている。

軍にいれば、母港に戻ってくるのが半年後などというのはざらで、戦時には周辺星系への哨戒任務や同盟星系への派遣などで一年近く戻って來られないこともある。

ダットン掌帆長も準士のご多分にれず、獨であり、年金がつく二十年を過ぎたことから、そろそろ退役しようかとも思っていた。

(辭めてもやることがねぇんだよな。房を貰って子供を作ってっていうのも別の世界の話みてぇだし……)

次室ガンルームでまたこの話で盛り上がりそうだと心の中で笑っていた。

(しかし、今度の候補生ミジップマンはよくわかんねぇな。親父さんはあの“火の玉ディック”のコリングウッド艦長だろう。あの坊やからは想像できねぇな)

同じガンルームにいる士候補生クリフォード・C・コリングウッドは今までみた候補生と違い、準士たちに取りることも無く、逆に構えることも無い。

あくまで自然といったじで、五年前に退役した父親リチャード・コリングウッド艦長――退役時は準將――の噂から考えていたイメージと異なることに戸いを覚えていた。

(まあ、そのうち判るだろう。見たじはいい士になりそうなんだがな)

彼はそう思いながら、更に點検を進めていった。

クリフォード・C・コリングウッド候補生は、副長からの課題を何とか終え、指導である航法長マスターのブランドン・デンゼル大尉のもとを訪れようとしていた。

戦闘指揮所CICのあるBデッキから士集會室ワードルームのあるCデッキに降り、中央通路を歩いていく。

ほぼ同數が乗艦しているアルビオン軍の軍艦では、士室、士次室、兵員室など居住區畫は、艦の中心線を挾み、右舷側が男用、左舷側が用區畫に分離されている。

室は中央にラウンジがあり、その右舷側、左舷側にそれぞれ扉があり、各士の個室キャビンがある。

(僕は將來、ここの住人になれるんだろうか?)

彼は士學校の実習航宙と、この三ヶ月の艦勤務ですっかり自信を失っていた。

先輩のサミュエル・ラングフォード先任候補生との折り合いも悪く、士次室でも浮いていると自覚していた。

通常、候補生同士であれば先任順位に関わらず、ファーストネームで呼び合うのだが、彼とは一ヶ月経った今でも“ミスター”か“候補生”を付けて、姓を呼ぶことしかできていない。

學校時代を含め、今まで友人関係でトラブルがなかったため、彼は今回のことがかなり気になっていた。

(何が気にらないんだろう?)

彼から見たラングフォードはすべてにおいて高いレベルにあり、いつでも任試験をけられるように見える。

航法や機関関係が絶的に思える自分に対し、優越を抱くことはあっても劣等を抱くことはないと思っていた。

また、ラングフォード自、士次室の準士たちとは折り合いもよく、士たちのけもいい。更に下士兵に対しても厳しく當たることはあっても特にえこひいきなどをすることも無く、悪い噂は聞かない。

彼にとって、ルームメイトとの関係改善ができないことは、航法の問題より難しく、また、誰かに相談できることでもないことから、ブルーベル34號での生活を慘めなものにしていた。

そんなことを考えながら歩いていたら、目的の士集會室の前に到著していた。

彼は、扉の前で「コリングウッド候補生です! 副長の命令によりデンゼル大尉のもとに出頭しました」と聲を張り上げる。すぐに扉が開き、広く快適そうなラウンジが目の前に広がった。

中にると、ブランドン・デンゼル大尉がソファに掛け、紅茶を飲んでいた。大尉はゆっくりと顔を上げ、二十七歳とは思えない落ち著いた顔を彼に向けた。

そして、微笑みながら、「やあ、クリフ――クリフォードの稱――。副長の宿題が終わったのかな?」と言いながら立ち上がる。

彼は、「はい、ようやく終わりました。PDAに送りますので確認をお願いします」とPDAを作し始めた。

ブランドン・デンゼル大尉は、兵たちからはこの艦で最も溫厚な士と認識されている。年齢は二七歳だが、落ち著いた雰囲気で周りを安心させるじがし、下士兵からの人気も高い。

その彼は今、この新米候補生を興味深く見ていた。彼の父親の噂は、自分が新米中尉だった頃に聞いており、當時のが沸き立った思いを鮮明に思い出せる。

そして一ヶ月前、艦長からその息子が士候補生として本艦に乗り込み、自分が擔當指導になると聞き、驚いていたことも思い出すが、目の前の候補生を見るとどうも調子が狂ってしまう。

(ただ、真面目が取柄だけの候補生にしか見えないんだがな)

彼はクリフォードから送られてきたデータをPDAで確認しながら、小さくため息をつき、誤りを指摘していく。

「この條件では正しい速度にならないぞ。AIの助言は聞いたのか?」

クリフォードは顔を赤くして、「はい、大尉イエッサー」とだけ、答える。

「AIの助言がすべて正しいわけではないが、AIの助言をもうし信用すべきだな」

俯く候補生を見ながら、「特に自國の支配宙域データは信用できる。観測データよりAIを信じた方が早く正確な計算ができるぞ」と言って、肩を叩く。

「要は応用だよ。観測データの速報値とAIの計算を比較して誤差が小さければAIのデータを基本にすればいいんだ」

そして「まあ、そのうち慣れる」と、自信を失っているクリフォードにフォローをれる。

彼はこの候補生の自信の無さはなぜなんだろうと考えながら、航法計算の添削結果を送り返し、再計算後、もう一度持ってくるよう命じていた。

クリフォードはPDAを見ながら、Dデッキの士次室に戻ってきた。

次室と兵員室は隣あっており、ちょうど士室と同じ面積になっている。士次室と兵員室の間には共用の食堂があり、ラウンジとしても利用されている。

彼は食堂の一角で航法計算をやり直すことにした。

準士たちには不文律でそれぞれの席があり、非番のアメリア・アンヴィル舵長が面白そうに彼を見ていた。

計算をやり直していると、同じ候補生であるサミュエル・ラングフォードがちょっかいを出してきた。

「また、計算を失敗したのか、ミスター・コリングウッド?」

ラングフォードは回りに聞こえないような小聲で彼に耳打ちし、更に「AIの助言と同じ結果じゃないか。何時間かけてAIの助言を聞いているんだ?」と嫌味を言って自室にっていった。

彼はし傷付いたような表を見せた後、無表な顔を無理やり作っていた。

アメリア・アンヴィル兵曹長は二人の候補生のやりとりを見て、真っ赤なベリーショートの頭を小さく振りながら、

(しかし、ラングフォードも大人気ないね。まあ、偉大な軍人の家系の坊ちゃんと、両親が無理をして士學校にった自分が同じ艦ふねにいるのが許せないんだろうけどね……)

今年三十五歳になるベテラン舵長コクスンだが、彼も平民ということでこれまで苦労もし、準士になった今、これ以上の出世は諦めていた。

アルビオン王國軍では士になるには騎士階級以上であることが必須條件である。

著しい軍功があれば、平民でも騎士階級に上がれ、士となることは可能だが、その場合は野戦任扱いになるため、佐には上がれない。

以上になるためには士學校を出る必要があり、仮に彼が軍功を上げ、騎士に敘任されたとしても、三十五歳の彼が息子や娘のような十五歳のと機を並べることは考えられない。

(私は今の階級と仕事に満足できているから良いんだけど、若いラングフォードはどうしても気になるんだろうね。しかし、艦長おやじさんもいい加減気づいてやってもいいだろうに……)

準士連中は候補生同士がうまくいっていないことに気付いていた。

ラングフォードは士次室の人間にもうまく隠せていると思っていたが、彼より人生経験があり、何人もの候補生を見てきた準士たちはすぐにラングフォードの考えを理解していた。

しかし、士になる候補生とは一線を畫す伝統のある準士たちは士たちに話すことなく、気付いている下士兵たちにも口出しすることをじていた。

落ち込んでいるクリフォードを一瞥すると彼も自室にっていった。

ブルーベル34號の艦尾に近い艦長室で艦長のエルマー・マイヤーズ佐は、一人ディスプレイを眺めていた。

きれいな金髪に碧い瞳、ややい表がまじめな印象を強める。だが、その表は艦長になってからに付いた後天的なものだ。

その彼が今、これからの任務について悩んでいた。

(行方不明の商船は、リバプールトランコのリバプールワン、スターライナー社のハーレー12、ギャラクティックトランスポーター社のギャラクティック・スワンの三隻か……リバプールトランコはともかく他の二社は大手の商船會社だ。船長以下の技量に申し分は無いはずだし、整備狀況も萬全のはず…。私掠船だとするとかなり大型のものだな……)

二十八歳の彼はその年に似合わず、深いしわを口元に刻み、三十歳を優に超えていると言われてもおかしくない。

(しかし、私掠船なら加速能に劣る。いくら商船でも逃げ切れるはずだが……。何か別の要因が潛んでいるのか?)

彼は軍を退役したベテラン船員を多く抱える大手商船會社の船が行方不明になったことに疑問を持っていた。

特に大手商船會社は、私掠船戦に詳しいはずの者を船長又は一等航法士に必ず據えている。彼らは危険な宙域においての注意事項を知しており、充分な速度さえ保っていれば、六等級艦――駆逐艦――クラスが襲い掛かってこない限り、まず逃げ切れことも理解している。

私掠船は補給をけることが難しい敵國宙域に近いところで活するため、燃料、資の消費を抑えたがる傾向にある。燃料はガスジャイアントと呼ばれる木星型星から採取することも可能だが、商船は突発事項が無い限り、自前の燃料で目的地まで移する。商船に偽裝している私掠船が目立つ星表面でのんびり燃料補給をしているとは考えにくい。

(まずは調査するしか無さそうだな)

彼は十六〇〇時に戦闘指揮所CICに向かうことに決め、その他の雑事を済まそうと部屋のコンソールを作し始めた。

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