《クリフエッジシリーズ第一部:「士候補生コリングウッド」》第四話

デイジー27號が沈められてから、八時間が過ぎた。四時間後には第二星のり、減速と再加速を行うが、今のところ敵艦の向を追うだけで、特にすることが無い。

クリフォード・C・コリングウッド候補生はCICの航法士席に座り、艦長が示した行方針について考えていた。

艦長の示した方針は自分が艦長室で話した意見をもとにしており、欺瞞行を取った後、かに小星帯に戻り、敵の拠點ベースを探すと言うものだった。

艦長の考えでは、いくら長期間活できる通商破壊艦とはいえ、ゾンファ共和國を出発したのであれば、母港を出発して既に三ヶ月以上経ち、補給と整備のためベースに戻るだろうと言うものだった。

ベースの建設がいつから行われたのかは判らないが、力源パワープラントと工作機械を持ち込んだと思われる商船リバプールワンの消息が途絶えてから、まだ二ヶ月も経っていない。これらを設置し、運用し始めたのは最近のことだと思われる。

一方、ここトリビューン星系からキャメロット星系に行き、再び戻ってくるには単純に往復するだけで二十六日、キャメロットでの報告、部隊の編などを考えれば、一ヶ月以上掛かることは確実だ。

ブルーベルがここに殘り、通過する商船に報を託すと言う選択肢も無いわけではないが、三隻の商船が行方不明になっているため、アルビオン側からの商船の出港は見合わせられており、恐らくヤシマ側でも同様の処置がなされているはずだ。

結局、確実に報を持ち帰るためにはブルーベルが行かざるを得ない。

それならば、この一ヶ月と言う期間をチャンスと考え、通商破壊艦の補給と整備に回すため、ベースにる可能は高い。

幸い、通商破壊艦の位置はまだ把握できている。

星帯と通商破壊艦の優秀なステルス機能のため、時々足跡が途切れるが、一度把握している四百メートル級の大型艦はパッシブセンサー類でも容易に追跡できる。

こちらは三時離れた第二星ので減速・再加速した後、0.05速という比較的低速で星系を進んでいく。

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デイジー27が沈められ、ブルーベルが逃げ出したと思わせた時から、三日くらい掛けて、ゆっくりと接近していくじになる。

この三日間を使って、ベースの位置の特定、潛部隊の作戦の立案、シミュレータでのリハーサルなどを行う予定になっている。

(しかし判らないのはゾンファの思だな。艦長たちの前では実効支配の可能と言ったけど、ゾンファの支配星系からは飛び地になっている。そんなところで実効支配と言ってもわが國アルビオンはともかく、ヤシマと連合から非難され、結局放棄することになるんじゃないのか?)

彼はゾンファの思が判らず、この作戦が正しいのか判斷に苦しんでいた。

(艦長はもっと悩んだんだろうな。ゾンファとは休戦しているとは言え、自分の決斷が戦爭の引き金になるかもしれないんだから)

彼は自分が同じ立場になったら、こんな決斷が下せるのかと考えてしまう。

(まあ、自分がその立場になれるかも判らないのに悩んでも仕方ないな。それよりゾンファの目的の方を考えよう。今なら時間もあるし、大尉に相談してみようか……でも、この前のこともあるし……)

彼が悩んでいると、デンゼル大尉が気付き、「どうした? 何か思いついたことでもあるのか?」と尋ねてきた。

彼は恐る恐る「しよろしいでしょうか」と指揮席に座るデンゼル大尉に話しかけた。

デンゼル大尉が頷くのを見て、「ゾンファの思についてなのですが、どうしても引っ掛かるのです」と話し始める。

「この前はこのトリビューン星系の実効支配と言いましたが、飛び地になるこの星系の実効支配を目論む可能は低いと思います。何か別の思では無いかと……」

デンゼル大尉は「続けろ」と言って、先を促す。

「はい、大尉アイ・アイ・サー。気になる點として、デイジーだけを攻撃しただけで、なぜ我々には手を出さなかったかという點です。あのタイミングなら、デイジーに神戸丸へ接近させ、我々が支援のため小星帯にってから攻撃を仕掛ければ、二隻とも沈めることができたかもしれません」

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彼は思っていた疑問點を吐き出していく。

それに対し、大尉は、「艦長が一番気にしたのはその點だよ」と頷いた。

彼は自分が指揮の考えを聞いてもいいのかと思ったが、大尉の表を伺いながら、「艦長のお考えを伺ってもよろしいでしょうか?」と尋ねる。

大尉は彼の葛藤に気付かず、士候補生ではなく、同僚に話すようなじで話し始めた。

「ああ、艦長はあえて我々を逃がしたのではないかと考えておられる。我々を逃がしてキャメロットに通報させることにどんな意味があるのかは判らないが、最初から一隻を逃がすつもりだったと」

彼も同じ疑問を持っているため、「もし、キャメロットに報告に行ったら、その後はどうなったのでしょうか?」と軍が取り得る方策について大尉に確認してみた。

大尉もその點は考えていたのか、すぐに答えが返ってくる。

「四百メートル級の通商破壊艦か私掠船に対するには四等級艦(重巡航艦)以上を派遣するのは間違いないだろうな。萬全を期すために十隻程度の小戦隊を編する可能もあるな……」

彼はその言葉を聞き、「十隻ですか……。中立星系に戦隊を派遣させることが目的だとすれば……」と呟いた後、「大尉、こうは考えられないでしょうか」と思いついた推論を話していく。

「中立星系に戦隊を派遣する場合、ヤシマと自由星系國家連合の了解が必要になります。もし、了解なしに進すれば國際的な非難をけるのではないでしょうか」

デンゼルは頷き、更に先を促す。

「連合と我が國の関係は対ゾンファという點で一致しているに過ぎません。連合にしてみれば、対アルビオンと言う點でゾンファと合意しても自分たちに被害が出なければ、アルビオンとゾンファが噛み合いを流すのは好都合と考えるのではないでしょうか」

デンゼルはその可能に驚き、「すると、君は連合がアルビオンとの関係を捨てて、ゾンファと結ぶこともあり得ると考えるわけだな。うーん、ゾンファが油斷ならない野心丸出しの國だと知っていてもそうする可能があると」と、ありえないだろうという顔で彼を見る。

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「いいえ、大尉ノーサー。あくまでゾンファがそう考えるのではないかと言うことです。連合、特にヤシマはゾンファの圧力に辟易していますから、々のことではゾンファになびくことは無いでしょう。ですが、ヤシマ以外の連合各國はアルビオンとゾンファが勝手に戦ってくれるなら、火に油を注ぐのではないでしょうか」

デンゼル大尉は「なるほどな。よく考えたものだ」と想を述べた後、

「もう一點ありそうだな。キャメロットとゾンファのジュンツェン星系の間は中立星系を経由するこのスパルタン星系ルートと直接ぶつかるアテナ星系ルートがある。アテナルートは防備が充実しているが、スパルタンルートはヤシマとの関係からスパルタンにすら基地はない。もし、ヤシマがゾンファに対しスパルタンルートを使うことを承認すれば、我々は二つのルートからの侵攻を考えなければならなくなる」

クリフォードは頷き、「アルビオン星系に直接侵攻した10年前のゴグマゴグ會戦の例もあります。敵は我が軍を分散させることに功したと習いました」と付け加える。

ゴグマゴグ會戦とは、約十年前のSE四五〇一年に発生した有名な會戦で、アルビオン側にとっては歴史的な勝利に終わった戦いである。

概要は、SE四五〇一年、停戦協定を一方的に破ったゾンファ軍がアルビオン王國の主星系であるアルビオン星系に奇襲を掛けてきた。

後に第三次アルビオン-ゾンファ戦爭と呼ばれる戦爭の開始を告げる奇襲作戦であったが、このとき、アルビオン王國は建國以來、初めて存亡の危機に立たされた。

第二次アルビオン-ゾンファ戦爭までは、ゾンファ共和國に近いキャメロット星系のみで戦闘が行われ、アルビオン星系は戦爭の間も平和をしていた。

だが、このとき、約五十パーセク(約百六十三年)離れたジュンツェン星系から、ゾンファ軍は直接アルビオン星系に侵攻してきた。

それまでの軍事理論では補給拠點の無い星系を渡ってくる侵攻作戦では約三十パーセク(約百年)が限界とされていた。

更にジュンツェン星系からの侵攻ラインであるバルベルデ星系側は、隣接する星系の間が八パーセク(約二十六年)と大きく離れたところが二箇所あり、艦隊隨伴型の輸送艦の超速航行ドライブFTLDの能力である六パーセク(二十年)を大きく超えていた。

このため、哨戒艦は配備されていたものの、バルベルデ側には艦隊と呼べる戦力が配備されていなかった。

ゾンファ軍は長距離侵攻用輸送艦を極裏に配備し、主力艦隊三萬隻で奇襲を掛けてきた。

當時、アルビオン星系には全軍の一割、約一萬隻の戦力しかなく、第五星ゴグマゴグの軌道まで侵攻を許してしまった。

一方、ゾンファ軍の方も補給の関係で余裕が無く、短期決戦を目指して強引に攻勢をかけていた。

當時のアルビオン軍の責任者は齢七十歳を超える老將ビーチャム大將であったが、彼は老練な手腕を見せ、敵をゴグマゴグの衛星スプリガンに釘付けにすることに功する。

更に補給線を斷ち切るため、大膽にも保有戦力の三十%に當たる三千隻をバルベルデ星系側のジャンプポイントJPに配置した。

ゾンファ側はこれを各個撃破のチャンスと考え、主力戦闘艦二萬五千隻を第四星タイタニア付近に進めて決戦を挑むが、エネルギー不足のため、満足な機ができず、三分の一以下の七千隻アルビオン軍に翻弄されていく。

一方、バルベルデ星系行JPに配備された三千隻はスプリガン付近に待機する輸送艦隊を急襲した。

生命線である輸送艦を失うわけに行かないゾンファ軍は急遽ゴグマゴグに転進するが、満足な艦隊運もできず、七千隻のアルビオン本隊と三千隻の別働隊による挾撃をけ、三萬隻のゾンファ侵攻部隊は壊滅した。

ゴグマゴグに落下した艦を含め、全損一萬隻、投降二萬隻、逃亡できた艦は僅か二十數隻に過ぎず、ゾンファ軍は全戦力の三十%を失った。一方、アルビオン軍も窮鼠と化したゾンファ軍の反撃をけ、司令ビーチャム大將(戦死後元帥に昇進)の戦死を含む、四千隻が沈められ、殘りの六千隻の九十五%が何らかの損傷を負っていた。

これがゴグマゴグ會戦又はゴグマゴグ殲滅戦と呼ばれるアルビオン軍の歴史の中でも最も偉大な勝利をもたらした會戦であった。

そんな中、大勝利にも拘らず、アルビオン軍および政府首脳はこの事態に憂慮していた。

安全だと思われたアルビオン星系が無理をしたとは言え、主力艦隊による奇襲が行われた事実に防衛方針の転換を迫られたのだった。

この後、アルビオン星系の防衛制が強化され、その影響でキャメロット星系の防衛部隊が小される結果となった。

ゾンファは、侵攻自は失敗したものの、キャメロット星系の戦力を低下させるという戦略上の目的は達していた。

そして、アルビオン王國は、その後の第三次アルビオン-ゾンファ戦爭の全期間において、キャメロット方面の戦力不足に悩まされることになる。

クリフォードが指摘した戦力の分散の話はこの話を指す。

デンゼルはキャメロット星系を思い浮かべながら、第三星ランスロットと第四星ガウェインの軌道を回る要塞の存在を思い出すが、アテナ星系からとスパルタン星系からの二方向を防備することは戦力の分散を招くか、キャメロットに引き込む作戦しか取れなくなることから、アルビオン軍に選択の幅が小さくなると考えていた。

デンゼルは笑いながら、「相変わらずゾンファのやることは質たちが悪い。まだ、ゾンファの仕業という証拠は無いがね」と言うと、クリフォードも「そうですね。確かにゾンファが仕掛けたと言う証拠はないのですが……」と笑って返した。

デンゼルがCICにいる部下たちの視線に気付き、コホンと咳払いをした後、「コリングウッド候補生。実習のため、潛作戦案の作を命じたが、その後の検討狀況を報告してもらおうか」とし真剣な表で話し始めた。

彼は「申し訳ありません。まだ、敵のベースが特定できていませんので、作戦案は作しておりません」と答えた。

「いや、それならいい。だが、素案くらいは考えてあるんだろ?」

デンゼルのその問いに「はい、大尉イェッサー。ブルーベルによる攻撃を囮にしてベースに潛させる隙を作るのが良いのではと思っています」

デンゼルはスクリーンをチェックしながら、「詳しく話してくれ」と先を促すと、クリフォードは考えを話し始めた。

彼の考えた案は、敵のベースが発見できれば、ブルーベルでかに接近し、小星のなどから搭載艇であるアウルを発進させる。

ブルーベルは敵のベースに遠距離からカロネードで攻撃を掛ける。カロネードは金屬製の散弾をリニアコイルで加速させる質量兵だが、遠距離から攻撃すると広範囲に広がる特があり、防スクリーンの外縁を狙って反復攻撃を掛ければスクリーン外にあるセンサー類を破壊できる可能が高い。

更にベースの中にいる敵艦はブルーベルが攻撃している間は不用意に外に出られない。出るためにはスクリーンを開く必要があるが、間斷なく攻撃を掛けている最中、スクリーンを開けば、ベースに被害が出るだけでなく、満足にスクリーンを展開できない敵艦にも被害が出るからだ。

このような攻撃は敵の焦りをえることと、こちらの意図を悟らせないことができる。

この隙にアウルはセンサー類が最も破壊されているであろう地域を目指し、接近する。

最終的にはアウルをどこかに隠し、小星の表面を人員だけで接近していくことになるだろう。急造ベースに対人用のセンサー類が大量に配備できるとは思えないので、この方法が最も功率が高い。

「ここから先は技兵の分野になりますから、機関長チーフや掌砲長ガナー、掌帆長ボースンなどに提案してもらったほうがいいかもしれません」

彼は潛時のセキュリティの無効化や潛後の敵ベースでの攻撃目標などは技兵プロの意見を聞くべきだと付け加える。

「どうせ、こちらの姿が見えなくなるまで、敵はベースにらないだろうから、まだ時間はある。潛作戦の立案もあるが、接近ルートの設定と航法計算をしておくように」

大尉はそう言うと話を打ち切り、クリフォードも航法士席に戻り、第二星から小星帯への航法計算に沒頭することになった。

エルマー・マイヤーズ艦長は艦長室で副長のアナベラ・グレシャム大尉と通商破壊艦への対応について協議していた。

艦長は「まずは君の意見を聞きたい」とグレシャム大尉に話を振る。

は、「不確定要素が多過ぎますね。敵の思はともかく、戦力があの一隻だけだとは限らないのではないでしょうか?」とまず報が足らないことを指摘する。

「判っている。だが、なくとも神戸丸は排除しなければならない……そのためにすべきことを考えたいと思っている」

は「了解です。艦長アイ・サー」と答えた後、安全な策と斷った上で話し始めた。

「まず、第二星TR2ので反転してからは索敵に専念すること。敵のベースがあるとして、その位置を特定できなければ作戦自立しませんから」と述べた後、「敵のベース位置が判明し、神戸丸がそこにった場合ですが、ベースの外から攻撃を加えることが一番危険のない方法ですね」

彼は消極策過ぎると思い、「だが、それでは神戸丸は沈められないんじゃないか」と疑問を呈した。

それに対し、「そうですね。ベースに設置されたリアクターがリバプールワンの申請通りだったとしても、ベース自の大きさにもよりますが、防スクリーンの能力は我が艦の主砲の能力を超えます。ですから、ベース及び神戸丸にダメージを與えることは無理でしょう」とあっさり認めた。

その上で「我々に小星自を破壊できる兵があれば問題ないのですが、ブルーベルの兵裝では粒子加速砲とカロネードしかないですから、巖塊である小星に攻撃を掛けるのは嫌がらせ以外の何でも無いです。運良く我慢比べに負けて蔵から出てきてくれればの字と言ったところでしょう」と暗にこの作戦が無謀であることを告げる。

更に「蔵から出てくるまで、この辺りに潛み、スクリーンが開かれる瞬間を狙うという方法もありますが、さすがに何日もベースの近くに潛めば、敵も我々を発見できるでしょう。発見されにくい遠距離ではスクリーンの開閉時に有効な攻撃を掛けられないでしょうから、結局、この案も無理があります」と言った後、「考えられるのはこのくらいですが」と付け加える。

「確かにアナベラの言うとおりだが、候補生の言ではないが、我々がここを離れるわけには行かない。やはり、潛作戦しかないのか……」

それに対し、「潛作戦は更に下策だと思いますよ」と辛らつな言葉で否定する。

そして、「そもそも潛作戦と言っても強襲に近いわけですから、元から功率が低い作戦です。それにこの艦には宙兵隊――宙兵隊。それは海兵隊マリーンズの流れを汲む軍艦に乗組む陸戦隊。無重力、低重力下での作戦が信條としており、敵基地への強襲、敵艦の拿捕などの任務をこなす戦闘集団である――が乗り組んでいません。宙兵隊なしの強襲作戦など失敗すれば艦長の経歴に傷がつきます」と続けた。

マイヤーズ艦長は「私の経歴などどうでもいいが、確かに宙兵隊なしでは損害が大きすぎるかもしれないな。り込んだ狡賢い狐を追い出す方法が思い浮かばない……」と普段は見せない落膽した表を見せる。

そして、「心を攻める…・・・か」と呟いた。

「”心を攻める”ですか? それはどう言ったことでしょう?」

「ああ、コリングウッド候補生の実習で作した作戦案にあった言葉だよ。相手の焦り、油斷、思い込みをい、こちらの思い通りに相手を導させるため、相手の最も嫌がること、実害は無くても嫌がればいいそうだが、それを行うか、相手が最もしてしいと思っていることを行うことで相手を導することを言うそうだ」

は片方の眉を上げ、「ぼう、いえ、ミスター・コリングウッドですか……。彼の考えは確かに理屈通りですが、経験が皆無です。あまり気にし過ぎると思わぬ落としに嵌るかも知れません」と注意を促す。

彼はバツが悪そうに頭を掻きながら、「そうだな。顔を見て話せばその通りだと思うんだが、彼の作戦案を見るとベテランの將が書いたようにしか見えないんだ」と言った後、「君にも彼の”実習”結果を送るよ。一度見てみるといい」と言って、攜帯報端末《PDA》を作し始めた。

は送られてきた報を見始めると思わず口に出して読んでしまった。

「……本作戦案で最も重要な點は敵の心を攻めることである。すなわち、敵の目的を察し、敵の最も忌避するであろう行、あるいは最もましい行を取ることにより、彼らの思考を制限することが肝要である……敵の企図するところはわが國への侵攻とその功であるが、本星系での作戦がその企図するところに合致していると考えるのは早計かも知れない……敵がゾンファ共和國であると仮定すると、かの國の権力構造は複數の派閥による複雑な政治力學によって形作られているため、國としての企図と権力者の企図が常に一致するとは限らない……この作戦自が派閥の力関係により企畫されたものであるなら……現地責任者は中央の権力者が求めている以上の結果を出そうと、自らの能力以上の行を取る可能は否定できない……現地指揮の思に沿ったように見せ掛け……」

はその全文を五分ほどで読みきると、「これは……」と言葉を失くしてしまった。

彼は笑顔で「どう思った?」と尋ねてきた。

は首を橫に振り、すぐに言葉が出てこなかった。そして、「これがあの航法計算で四苦八苦している坊やの案ですか? 私にはこんな作戦案は考えられません……」と再び言葉を失った。

「それを読む限りは我々にもチャンスはあるように見える。確かに彼は経験不足、いや、経験は皆無だが、そこは我々が考えればいい。私はそれに賭けてみようかと思っているんだ……」

は「副長としては艦長の命令に従いますが、指揮の考えに対案を示すのも副長の責務と考えております。ですから、私はまだこのプランに対し、納得できているとは申しません」と言った後、「ブランドンが彼をかわいがるのも判る気がします」と微笑みながらそう言って立ち上がる。

「そうだな。まだ、敵の規模、位置が判明していない。もう報を集めてから、相談することにしよう。だが、副長ナンバーワン。君までミスター・コリングウッドを甘やかすなよ。それから、航法長マスターが甘やかすようなら、彼にも一言釘を刺しておいてくれ」と言って、立ち上がった。

も立ち上がり、「了解しました、艦長アイ・アイ・サー。ブランドンには一度釘を刺しておきます」と言った後、敬禮してから艦長室を出て行った。

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