《クリフエッジシリーズ第一部:「士候補生コリングウッド」》第五話
ブルーベル34號が第二星ので反転してから、二十四時間が過ぎた。
敵の通商破壊艦”神戸丸”は未だベースにらず、時折針路を変えながら、トリビューン星系の暗赤の恒星に照らされる小星帯の中を悠然と航行している。
更に四時間が過ぎ、デイジー27號が破壊されてから、四十時間を過ぎた時、遂に神戸丸のきに変化が見えた。
報士のフィラーナ・クイン中尉は部下の索敵員から神戸丸が減速し始め、小星の一つに向かうようだとの報告ける。
彼はその報を確認すると、直ちに當直責任者である戦士のオルガ・ロートン大尉に「大尉、神戸丸が減速を始めました。現在のきから、AIの予測では小星AZ-258877に向かう可能が最も高いとのことです」と狀況を報告した。
ロートン大尉は「了解した。艦長に報告するわ」と言って、艦長室に回線を繋ぐ。
「戦闘指揮所CICのロートンです。敵にきが現れました」とやや興気味に報告するロートン大尉に対し、艦長のエルマー・マイヤーズ佐は「了解した。すぐにそちらに向かう。副長ナンバーワンと航法長マスターにもCICに向かうよう連絡をれてくれ」と言って、彼は通信を切った。
三分後、CICに艦長、副長、航法長、戦士、報士が集まり、神戸丸の向を注視している。
副長のアナベラ・グレシャム大尉は、クイン中尉に「欺瞞行の可能は?」と聞く。
クイン中尉は「巧みに変針していますが、AIの予測ではAZ-258877に向かう可能は九十%以上、目的地到著時刻は四時間後が現狀の最確値になります。但し、AZ-258877に向かうこと自が欺瞞の可能は否定できません」と答える。
ロートン大尉は「このタイミングで欺瞞行を取る理由が判らないわ。こちらを発見しているのなら、もっとギリギリのタイミングを計ったほうがいいはず……」と呟く。
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艦長は航法長のブランドン・デンゼル大尉に「ブランドン、君はどう思う?」と意見を求める。
デンゼル大尉はし考えた後、「AZ-258877に向かうことは間違いないでしょう。拠はありませんが、かなりエネルギー消費を抑えた機をしているように見えますね」と艦長の問いに答える。
艦長はクイン中尉に向かって、「AZ-258877の詳細報を整理してくれ」と指示した後、集まった副長たちを解散させ、自らも艦長室に戻っていった。
小星AZ-258877は長方向約二十五km、短方向約十kmのピーナッツのような形狀をしている。
表面スペクトル解析によれば、珪素系鉱と鉄系鉱の混合巖石で構され、総質量は約十二兆トン。短方向を恒星に向ける形で浮かんでおり、自転はほとんどしていない。
神戸丸は減速から四時間二十分後、AZ-258877の夜側――恒星の反対側――にった。その後、ブルーベル34號のセンサー類では検知することができなくなった。
マイヤーズ艦長は士集會室ワードルームに當直士であるロートン大尉を除く士全員と主計長を除く準士全員を集めた。
彼は指揮らしい毅然とした態度で、これからの行について説明を始めた。
「神戸丸は小星AZ-258877のにり、既に一時間が経った。我が艦のセンサーは神戸丸を見失った」と、ここで言葉を切り、全員を見回す。
「私はこの小星に敵の拠點ベースがあると判斷した。このベースと神戸丸を破壊、若しくは無力化するため、攻撃を掛けることを決めた。攻撃方法について、諸君らの意見を聞きたい」
慣例通り、副長であるグレシャム大尉が口火を切る。
「この速度では接近までにまだ二十四時間以上掛かります。速度を上げて接近し、遠距離からの攻撃に期待するのが最も安全な策でしょう」
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それに対し、デンゼル大尉が、「加速すればその分発見されやすくなる。〇・二速に上げても五時間以上掛かることを考えれば、出來るだけ発見されないように接近した方がいいのではないか」と反対意見を述べる。
更に「こちら側からは敵の拠點の規模が判りません。一旦、通り過ぎ、反対側から観測する必要があるのではないでしょうか」と付け加えた。
マイヤーズ艦長は、「反対側に回りこむことについては私も賛だ」と頷く。
「だが、あまり時間をかけることも避けたいと考えている」と言った。
クイン中尉が「敵の拠點の位置を確認後、キャメロットに帰還するという選択肢はないのでしょうか」と艦長に尋ねる。
「それは考えていない。拠點の位置が判明したとしても彼らに行の自由を與える時間の長さに変わりは無い。前にも言ったとおり敵を無力化する必要については狀況に変化は無い」と彼の提案を退けた。
「前にコリングウッド候補生が提案した強襲作戦について、どうお考えですか」と最年のナディア・ニコール中尉が質問した。
「選択肢の一つだと考えているが、代償が大きすぎる。他の選択肢を優先したいと考えている」
掌砲長のグロリア・グレン兵曹長が挙手をして発言を求めた。
艦長は頷くことで発言を許可すると、彼は立ち上がり、
「ブルーベルは砲艦ではありません。彼・・の兵裝では小星どころか敵艦にもダメージが通りませんが」
それに対し、艦長は「掌砲長ガナーの言うとおりだ。ブルーベルの兵裝では想定されるベースのスクリーンを貫くことはできないだろう。チャンスがあるとすればベースを出りする瞬間だけだろう」と答える。
機関長のデリック・トンプソン大尉が「リバプールワンだったかな。それで運ばれたパワープラントだけなら、チャンスはある」と話し始めた。
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全員が機関長の方を見つめる。
「あのヤシマ製のパワープラントPPは民生用だった。民生用はコストを下げるため、艦ふねのようなツインシステムにはしていないんだ。最もヤシマ製は信頼度が異常に高いから、シングルでも問題ないんだろう。だが、過負荷狀態になったときはツインシステムの方が頑健ロバストだからな」と呟いていた。
艦長は「機関長チーフ、そのPPを過負荷にさせるのにどの程度の攻撃が必要か判るか」と質問する。
「あの質量-熱量変換裝置MECのスペックだとブルーベルうちのリアクターかまが燃え盡きるくらい連続で攻撃しても無理でしょうな。ブルーベルで巖でも引っ張ってぶつければ過負荷にできるかもしれませんが」と答えた。
「アウル(搭載艇)のリアクターを暴走オーバーロードさせるのは駄目ですか」と掌帆長のトバイアス・ダットン上級兵曹長が提案する。
「ああ、アウルこうもりのリアクターをオーバーロードさせた上で攻撃を加えれば、何とかなるかも知れんな」とトンプソン大尉が答える。
デンゼル大尉が首を橫に振りながら、「無理だな」と一言、言った後、
「掌帆長ボースンの案だと、アウルを自縦で突っ込ませる必要があるが、アウルの防力なら、小型の搭載艇の兵裝で充分に破壊できる。小型艇の発進口はスクリーンと別に作るだろうから、ベースにたどり著くこと自が難しい」と否定した。
マイヤーズ艦長はそれまでのやりとりを聞き、「どうやら外から破壊することは難しいようだな」と小さく言った後、機関長、掌帆長、掌砲長に向かって、
「部から破壊するとして、どうやって潛するか。部構造が不明だが、どの機を狙うかを考えてしい。想定する防衛システムはゾンファ製とヤシマ製の両方で考えてしい」
そして、デンゼル大尉に向かい、「ブランドン、君に別働隊の指揮を執ってもらう。機関長チーフたちの意見を參考に四時間後、一四〇〇(午後二時)に素案を出してくれ」と言って立ち上がる。
「了解しました、艦長アイ・アイ・サー。一四〇〇までに潛作戦の素案を提出します」と復唱した後、敬禮する。
全員が立ち上がると、艦長は「これにて解散する」と言った後、ワードルームを後にした。
副長のグレシャム大尉は何か言いたそうだったが、黙ったまま、艦長を追いかけていく。
彼は艦長と二人だけになったことを確認し、「デンゼル大尉でよかったのですか? 私かロートン大尉の方が適任だと思いますが」と別働隊の指揮について、意見を申する。
「確かにオルガ――オルガ・ロートン大尉――の方が向いているんだろうが、今回はブランドンの方が無事に帰還してくれそうな気がするんだ」と自信無げにそう言った後、「副長の君は駄目だ。判っているだろう?」と微笑む。
彼も「判っています」と笑いながら答え、すぐに表を引き締め「もう一人の士は誰をお考えですか?」と尋ねる。
彼は「ニコール中尉を考えている。候補生二人のいずれかくらいか……」と考えながら呟く。それに対し、「ニコール中尉はともかく、候補生は足手纏いでは?」と疑問を呈してきた。
「コリングウッドを付けようかと考えているんだ。士學校の績だけなら、彼の撃の腕は本艦一だ。それに現場で何かやってくれそうな、そんな予もする……」
「それでしたら、ラングフォードも行かせるべきです。先任候補生が殘されるのでは彼も納得いかないでしょう。言っては悪いですが、候補生二人は艦ふねに殘っても殘っていなくても影響ないですから」
彼は「そうだな」と答えた後、「ブランドンが來るまでし休む」と言って艦長室にっていった。
殘されたグレシャム副長は、掌帆長とアウルの整備狀況を確認することにし、Fデッキに向かっていった。
ブランドン・デンゼル大尉は機関長たち技兵の意見を聞き、スクリーン外のセンサー用ケーブルからシステムに侵する案を採用することにした。
彼の作戦案の概要は、ブルーベルの攻撃でスクリーン外、特に恒星側のセンサーを破壊する。アウルは本艦がベースの口側に回りこむ前に切り離し、慣航行で小星に接近する。
ベース口側の報と最終の作戦案は高集束レーザー通信でアウルに送り、別働隊はその指示に従って行を開始する。
小星の恒星側に死角となる窪みがあり、そこにアウルを隠し、小星上を人員のみで走破する。距離は直線距離で約十km。重力が無いに等しい小星であるので、ジェットパックを使えば一時間も掛からずに接近できる。スクリーンの外側に到著後は、ブルーベルからの事前報を頼りにセンサーの殘骸を探す。
センサー用のケーブルからシステムに侵し、出口を見つけ、敵ベースに潛する。
通商破壊艦の行に制限を加えられるベースの力源、制裝置、燃料貯蔵庫、整備用機械、防スクリーンなどから目標を選定し、破壊活を実施。その後、ベース外に撤退、アウルに乗り込みブルーベルに帰還する。
想定している人員は二十五名。士二名と技兵十名、その他は艦でも接近戦を得意とする者を選抜する予定だ。
更に彼はこの作戦が失敗したときのため、できるだけ艦の運営に影響が出ないような人員を選ぶつもりでいた。
(候補生を連れて行くのは止めておいた方がいいな)
彼はこの危険な任務に経験のない候補生を加えないでおこうと考えていた。
(経験云々を言い出したら、この艦の人間は全員未経験なんだよな……)
以前、ロートン大尉が指摘したように敵基地への潛作戦など第三次アルビオン-ゾンファ戦爭終戦以降、一度も行われていない。
戦爭中も宙兵隊による強襲揚陸作戦が何度か行われただけで、小型艦による奇襲作戦が行われたのは數十年前のスヴァローグとの紛爭時が最後だったはずだ。
(歴史に名を殘すのは間違いない。英雄としてか、愚か者としてかは判らないが……)
彼はコリングウッド候補生の作した“実習”作戦案をもう一度見直し、自らの作戦案と見比べていた。
(これが試験なら、ほとんどカンニングだな。だが、彼の作戦案の考察にもあるように、これだけ報が制限されると賭けの要素が強すぎるから、作戦案通りには行かないだろう。結局、臨機応変の対応ということか……)
クリフォードの作った作戦案は、いくつかの選択肢ごとに対応策が並べられていた。
例えば、ベースのシステムへのアクセスを失敗した場合の対応策として、二つのグループに分け、一つのグループが強襲を掛けている間に他方が破壊工作を行うなどの概念的な方策が記載されていた。
(私に臨機応変の才があるのかと言われれば、間違いなくないと答えるだろう。今回、私が指揮に選ばれたのは、副長に次ぐ先任順位ということもあるが、今回の作戦では航法長が最も不要なポジションだからだろうな。コリングウッドの言ではないが、別働隊が全滅してもブルーベルが殘れば、祖國にとってリスクはない。私が死んでもブルーベルにリスクが無いと考えれば、艦長が選んだ理由も判るというものだ)
彼が考えるほど航法長の責務が小さいわけではない。だが、このトリビューン星系のような比較的航路報のかな星系では人工知能AIで充分だ。逆に言えば、敵の支配星系に侵攻する場合、航法擔當士の責務は非常に大きいと言える。
彼は作戦案をもう一度確認すると、艦長の個人報端末PDAに送信した。
そして、艦長室に向かった。
艦長室にはマイヤーズ艦長とグレシャム副長、次席指揮になるニコール中尉が待っていた。
デンゼル大尉は「案はお送りした通りです。別働隊の人員については、志願した者から選抜します。もちろん、技兵は機関長チーフの推薦をけたものになりますが」と自らの考えを話していく。
艦長は「候補生は二人とも連れて行け。君とナディアに一人ずつ付ければ何かの役に立つだろう」と命じる。
デンゼル大尉は思わず、「候補生を連れて行くのですか!」と聲を上げるが、すぐに冷靜になり、「今回の任務に余剰人員を連れて行く余裕はありません。お考えを聞かせてください」と艦長に問う。
「余剰人員ではないよ。ラングフォードは人間的な完度はまだまだだが、能力は高い。コリングウッドはなくとも撃の腕だけなら艦一だろう。これだけでも連れて行く価値はある」
「しかし……ノー……了解しました、艦長アイ・アイ・サー。二人を連れて行きます。ナディアもそれで構わないな」としぶしぶといったじで了解する。
「ミスター・コリングウッドはよく判らないですけど、ミスター・ラングフォードはなくとも張のあまり馬鹿なまねをするような子ではないと思います。私は艦長の命令に従います」とニコール中尉はいつものおっとりとしたじではなく、し張気味に答える。
彼は哨戒任務しか経験がなく、未だ戦闘経験が全く無い。デンゼルは、彼がいきなり潛部隊の次席指揮になったことでかなり張しているようだと思っていた。
(それを言ったたら、私も同じか)
彼がそんなことを考えていることに関係なく、艦長は計畫案の確認作業を開始した。
「では、詳細をもうし詰めようか」
士次室ガンルームの自室にいるクリフォード・C・コリングウッド候補生は、今回の潛部隊に自分は選ばれないだろうと考えていた。
(常識的に考えれば、クイン中尉かニコール中尉が次席指揮でミスター・ラングフォードとベテランの下士が付くはず。學校を出てまだ一ヶ月の僕に出番はない……)
彼はそう思いながらも自分が選ばれればいいのにと思っている。
(子供っぽいと言われようとも、こういう冒険・・のチャンスを逃したくないという気持ちもある。でも、選ばれたら皆の足を引っ張らないかってドキドキするんだろうな……)
その時、彼のPDAに「至急、士集會室ワードルームに集合すること」というデンゼル大尉のメッセージが送られてきた。
彼はすぐに飛び起き、一デッキ上のワードルームに走る。
途中で同じように走るラングフォードと合流する。
「何だ、ミスター・コリングウッドも呼ばれたのか。じゃあ、潛部隊に選ばれたわけじゃないな」とラングフォードは嫌味ったらしく聲を掛けてくる。
「何の話なんでしょう?」と彼が聞くと、ラングフォードは「行けば判る」とだけ答え、そのまま走っていく。
士集會室の前に到著すると、ラングフォードが「ラングフォード候補生、及びコリングウッド候補生です! 室許可願います」と聲を上げた。
扉が開くと、艦長、副長、デンゼル大尉、ニコール中尉と機関長、掌帆長、掌砲長が座っていた。
艦長が「ご苦労」と一言言うと、二人にすぐに空いている椅子に座るよう指示した。
「潛部隊に君たち二人も選抜するつもりだ。デンゼル大尉、ニコール中尉に何かあったときは君たちが指揮を執る可能もある。責任は重大だが、志願するつもりはあるか?」
そう艦長が問いかけると、二人は間髪れずに「「はい、艦長イェッサー!」」と聲を揃えて、立ち上がった。
二人の姿に年長者たちは苦笑するが、すぐに副長が引き締めに掛かる。
「今回の任務は危険なのよ。そこのところはきちんと理解しているでしょうね。あなたたちの失敗が任務の失敗、人員の損失に繋がるのよ」
艦長はそこで引き取り、「では、デンゼル大尉から作戦案を説明してもらう。その後でチーフたちの意見を聞き、志願者を募ることにする。作戦開始時刻は今から十五時間後の〇三〇〇(午前三時)となる……」
その後、二人は興気味にデンゼル大尉からの作戦案の説明を聞いていった。
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