＜アルビオン軍潛部隊・小星ＡＺ－２５８８７７付近＞

宇宙暦（ＳＥ四五一二年十月二十三日　標準時間〇六時二十五分

〇六二五 

アウル１は、あと三十五分で小星ＡＺ－２５８８７７に著陸する予定でいた。

「ブルーベルからようやく報が屆きました」とナディア・ニコール中尉が笑顔で指揮のブランドン・デンゼル大尉に報告する。

クリフォード・コリングウッド候補生もサミュエル・ラングフォード候補生も既に縦室に待機しており、報の到著を今か今かと待っていた。

送られてきた報では、小星の反恒星側のみに防スクリーンが展開され、側面にはほとんど人工的な設備は見られないとのことだった。

ブルーベルの解析によると、センサー若しくは通信設備らしき人工が確認できており、そこを第一目標地點Ａアルファとした。

小星表面はブルーベルの攻撃により表面に積もっていたちりが舞い上がっており、視界はかなり制限される。攻撃開始から二時間後を目途に現場に行くため、船外活防護服ハードシェルを貫通するようなデブリはほとんど無いと予想されるが、かなりの危険な移になる。

〇七〇〇

敵の攻撃も妨害もなく、アウル１は小星ＡＺ－２５８８７７の恒星側、ベース口の反対側に到著した。

縦士は巧みに小型艇をり、直徑百ｍほどのくぼ地に著陸させた。

デンゼル大尉は靜かに「全員、準備はいいな。後部ハッチ開放後、隊列を整えて待機してくれ」と別働隊全員に命じた。

アウルの後部ハッチが靜かに開き、兵たちは次々と飛び出していく。

ＡＺ－２５８８７７は十二兆トンもの質量を持つとはいえ、重力（引力）はほとんど無く、的には完全な無重力と言っていい。

だが、船外活ＥＶＡ経験のない者――クリフォードが最も経験がなかった――でも二百時間以上の経験があるので、行に支障は全く無かった。

縦士も含め全員が潛任務に攜わるため、アウル１はここに放置されることになる。

全員が揃っていることを確認し、通信ケーブルを兼ねた命綱で各人を結び、直線距離で約二十五ｋｍ先の第一目標、Ａアルファを目指して出発した。

クリフォードは最後尾を進みながら、裝甲で完全閉されたバイザーの側のスクリーンに映る景に息を呑んでいた。

Ｍ３Ｖ型恒星の赤く弱いが照らす小星の表面は、自転をしていないせいか、高さ數十メートルはあろうかというゴツゴツとした巖が柱か渓谷のようにそびえ、神話に出てくる黃泉の世界を思い起こさせる。

暗視裝置により映し出される巖は、灰の珪素系の巖石と黒い鉄系の巖石が層をしている。

無重力であるため、上と言う覚は無いが、小星の上空には星空が広がっているだけで、スクリーンで見た數多くの小星たちは距離が遠すぎ、ズームモードに切り替えなければ確認できない。

ハードシェルに循環する空気の匂いには微かなオゾン臭が混じり、無重力による不安定さが張を高めていく。

更に自分の呼吸する音と通信ケーブルから聞こえるデンゼル大尉の呼吸の音だけが聞こえるため、どこか別の世界に迷い込んだような不安な気持ちにさせていく。

ジェットパックによる移――実際には先頭のベテランが牽引――を三十分ほど続けると、徐々に灰の靄が掛かり始めてきた。

ブルーベルの攻撃により舞い上がった“ちり”だ。

ここまでは何事もなく、順調に進み、三十分で二十ｋｍほど進んだ。遙か前方で時々白いが見えるが、ブルーベルの攻撃だろう。

時々、デンゼル大尉の「問題は無いか」という問い掛けが聞こえるほかは、マイクをミュートにしている関係で誰の聲も聞こえない。

更に進むと舞い上がっている“ちり”の量が増えていく。

暗視モードで見るちりの中は夜明け前の霧を思い起こさせ、無重力でなければ、深い霧の中を進んでいるような錯覚さえ覚える。

〇七五〇

目的地である地點Ａアルファに到著。

舞い上がるちりに視界を奪われながらも金屬反応などのセンサーを総員して、ケーブル類を探す。

〇八〇〇

アンディ・アークライト一等技兵の「発見しました」という聲に全員が顔を上げる。

バイザーに表示されるアークライト技兵の場所にデンゼル大尉とニコール中尉が向かっていくのが判る。

クリフォードはハードシェルのバイザーにアークライトのカメラの映像を映し出す。通信ケーブルが解れた糸のように飛び出している映像が彼の目にってきた。

すぐにヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹とセシル・バトラー二等技兵が現れ、ケーブルの狀況を確認していく。

十五分後、ジェンキンズからシステムへのアクセスが可能になったとの報告が上がる。直ちに部見取り図などの必要報をダウンロードし、アクセスを解除した。

「今のアクセスで敵に気付かれた可能は？」とデンゼル大尉が聞くと、

「メンテナンス報に紛れさせたので、リスクは低いですが、ゾンファのシステム管理狀況が判らないので、何とも言えません」と彼はボソリと答えた。

デンゼル大尉はニコール中尉とジェンキンズ兵曹、そして二人の士候補生をえ、これからの作戦の再検討を始めた。

「この報から敵ベースには百人くらいの人員がいると思われる。ほとんどが技要員だろうが、こんなところの技要員なら下手な保安要員より危険だと考えたほうがいい」

ここで話を切り、四人を見回した後、「目標だが、事前の候補では、ドック、パワープラント、制室、防スクリーンシステム、燃料タンクだったが、そこの點検口から侵すると制室と防スクリーンシステムは遠すぎる。燃料タンクは四ヶ所あり、現実的ではない。そこで、第一目標をドックとしようと思うが、何か意見があれば言ってしい」

ジェンキンズ兵曹のダウンロードしたベースの配置図だが、まず、“ピーナッツ”の先に當たるところにドックがある。ドックは直徑二百ｍ奧行き一ｋｍのくり貫かれたに作られている。

ドックの最奧部の上方――人工重力を基準にする――には、主制室ＭＣＲがあり、反対側の下側にはパワープラントが設置されている。

防スクリーンシステムはドックの最先端部にあり、ドックを通過する必要がある。ドックを通過するリスクを考えると、ドックそのものを標的にした方が現実的である。

燃料タンクはドックの中央部付近に二ヶ所、最奧部の左右に二ヶ所の計四ヶ所あり、すべてを破壊するのは非常に困難だ。

クリフォードたちが潛に使う予定の點検口は、ドックの下側、口から約八百ｍ奧にあるため、ＭＣＲはドックを挾んだ反対側になる。

ニコール中尉は特に意見が無いようで黙っている。

ラングフォード候補生は、「ドックは通商破壊艦の乗組員がすぐに応援に駆けつけるのではないでしょうか？」と疑問を呈した。

「そうだな。確かに通商破壊艦に乗組員が待機しているだろう。どうやら防スクリーンの能力が高く、艦ふねに危険が無いから、すぐに艦を降りて応援にくる可能は高いな……」

「パワープラントＰＰに目標を変更する方がいいのではないでしょうか？　ＰＰはドックから遠いですから、応援に時間が掛かり、功の可能が高いと思います」とラングフォードが付け加える。

デンゼル大尉は悩み、「ミスター・コリングウッドはどう思う？」とクリフォードの意見を聞く。

「ＰＰは侵が難しい位置にあり、り込むと出が困難になると考えます。ドックを第一目標にする方が功の可能が高いと思いますが、ミスター・ラングフォードの意見も的をていると思います」

クリフォードはここで言葉を切り、更に話を続ける。

「そこで、ドックに向かう班とＰＰに向かう班の二つに部隊を分けます……」とここまで言ったところで、ニコール中尉が口を挾んできた。

「戦力の分散は愚策よ。唯でさえ、ドックもＰＰも難しいのに人數を減らしたらやられるだけよ」と口調は穏やかだが、辛らつな言葉を吐いていく。

クリフォードはにこりと笑い、「はい、中尉イエス・マム」と答えた後、

「ＰＰ側はです。ドックの破壊には技兵數名で十分ですから、殘りの兵でＰＰ側に攻撃を掛ければ、に掛かる可能は高いと思います」

デンゼル大尉は「そうだな……隊を二つに分ける。ドックに向かう班をＡアルファとし、ジェンキンズ兵曹と五名の技兵、私が指揮を執る。ＰＰにをかける班をＢブラボーとし、兵は十五名、ニコール中尉が指揮を執る。ミスター・ラングフォードはブラボーの次席指揮、ミスター・コリングウッドはアルファの次席指揮だ。ナディア、無理はしなくていいが、派手にやってくれ」

「了解しました、大尉アイ・アイ・サー」とニコール中尉が答えたあと、全員にブリーフィングを行っていく。

〇八二五

通信設備の點検口から次々にベースに突していく。ブラボー隊が先行し、アルファ隊がそれに続く。

保安システムはジェンキンズ兵曹により無効化されているが、彼の予想では最短五分、最長でも三十分で気付かれるとのことだった。

一人用の狹い煙突のような通路を五十ｍほど進むと、簡易エアロックにたどり著く。

デンゼル大尉が掌帆手ボースンズメイトの一人ガイ・フォックス三等兵曹に手で合図すると、彼は持っていた工で簡易エアロックの非常開閉裝置を作させる。

エアロックの両側扉が開放され、空気が奔流となって彼らを押し流そうとするが、すぐに安全裝置が働き、空気の流れが止まった。

「これで完全に気付かれた。作戦通り、ブラボー隊はニコール中尉と共にパワープラントＰＰに向かえ。アルファ隊はこの先の待機エリアにを潛める。ナディア、幸運を祈る」とデンゼル大尉はニコール中尉の肩に手を置いた。

「ブラボー隊、行くわよ。ファーマー（掌帆手：グレッグ・ファーマー三等兵曹）、通信デバイスのばら撒きを。バーレイ（アルマ・バーレイ二等技兵）は敵の眼を潰して」とニコール中尉が言うと、バーレイ二等技兵は先頭を切って進み、黒い塗料のような質を撒き散らし始めた。

ブラボー隊は一列になって進み、その最後尾ではファーマー一等兵が時折、數ミリ角のチップを撒いていた。

バーレイが撒き散らしているのは、ＢＰＸと呼ばれる導電で、かつ、ある一部の周波數以外の電波を吸収する塗料で敵の監視裝置の無効化するのに使用する。

ファーマーが撒いているのは通信用の小型中継局で、ＢＰＸに吸収されない周波數帯を用い、連絡を確保する道になる。

アルファ隊は自分たちが通った簡易エアロックを閉止し、ブラボー隊に著いていく。

ブラボー隊はベースにるエアロックに到著すると、ＣＸ薬でエアロックを吹き飛ばした。

ベース側から空気が流れるが、簡易エアロックが閉まっているため、すぐに空気の流れは止まる。もし、簡易エアロックを閉め忘れると、施設減圧防止用の急用シャッターが下りてくる。このシャッターはデブリの衝突事故などにも耐えられる強固なであるため、侵が困難になる可能があった。

無事にベースに侵すると、ブラボー隊は施設を破壊しながら、ＰＰに向けて進軍を開始した。

アルファ隊はエアロック橫の保守用エリアに潛み、セシル・バトラー二等技兵はそこにある端末からシステムへの侵を試みていた。

＜アルビオン軍潛部隊ブラボー隊・パワープラント行き通路＞

〇八四〇

ブラボー隊が敵兵と接、戦を開始した。

點検通路とＰＰに向かうメイン通路がＴ字になったところで、敵兵が十名くらい待ち構えていた。メイン通路は運搬用の通路も兼ねているのか、幅五ｍ、高さ四ｍと広く、遮へいがない。敵兵は運搬用クロウラーを遮へいに使い、通路に出ようとしたブラボー隊に銃撃を加えてきた。

「元の通路に戻って！　グレネード用意！」とニコール中尉がぶと、兵士の一人がブラスターライフルに裝著されたグレネードランチャーを敵兵に向かって打ち出す。

音と共に敵の銃撃が止むが、ニコール中尉はクロウラーとは反対側にもグレネードを打ち込ませ、敵の様子を見る。

（おかしいわね？　簡易宇宙服スペーススーツしか著ていない兵士が多いわ。技兵なのかしら？）

彼は敵の裝備が軽裝備過ぎることに疑問を抱くが、敵の生き殘りを排除し、更にＰＰに向かっていく。

＜アルビオン軍潛部隊アルファ隊・エアロック橫保守エリア＞

〇八五〇

アルファ隊はバトラー二等技兵のシステム侵と報手を待っていた。

二度目のシステム侵であり、セキュリティレベルが上げられ、システムのシャットダウンなどの妨害工作は失敗したが、敵の防衛制については報を手できた。

「ベースの保安要員が二十名、通商破壊艦“Ｐ－３３１”からの応援が三十名。ＰＰと主制室ＭＣＲに十五名ずつ……ブラボー隊に五名やられているようだな、殘りの十五名がＰＰへの通路で待ち構えているようだ。今のところ作戦は功だ……まだ、通商破壊艦に五十名以上の兵士が、その他にも技者が數十人いるな……」

デンゼル大尉は呟くようにそう言った後、部下たちに向かって次々と指示を出していく。

「……よし、ドックにある通常空間航行用機関ＮＳＤ調整設備と超速航行機関ＦＴＬＤ調整設備を第一目標とし、大型工作機械を代替目標とする。ジェンキンズ、キーオン（ジェニファー・キーオン二等技兵）、バーナード（アイザック・バーナード二等技兵）はＣＸ薬の設置を、他の者は警戒に當たれ。クリフ、君がジェンキンズたちの指揮を執ってくれ」

最も重要な任務の指揮を任されたクリフォードは驚くが、全指揮を執る大尉が現場に張り付くわけにはいかないと気付き、すぐに、「了解しました、大尉アイ・アイ・サー」と答え、ジェンキンズたちに合流した。

＜アルビオン軍潛部隊ブラボー隊・パワープラント行き通路＞

〇九〇〇

ブラボー隊は敵の猛攻に曬されていた。

パワープラントＰＰまであと五十ｍ、二つの隔壁を越えれば目標に到達できるのだが、十分前から敵の保安システムが復活し、自防衛システムによる狙撃が開始されていた。それに加え、後方であるドック側から重裝備の敵兵が現れたことから、メイン通路に面した通路に釘付けにされてしまった。

ニコール中尉、ラングフォード候補生以下、十七名のうち、既に五名が死亡、二名が戦闘不能に陥っている。

「拙いわね。デンゼル大尉の方はまだかしら？」と散歩で忘れをした程度の口調でラングフォード候補生に話しかけていた。

この狀況になっても一向にパニックにならないニコール中尉に兵たちはし安心するが、彼の心中は、「本當に拙いわ。退卻路を押さえられたのが誤算だわ……あの裝備だとこちらの武では排除しきれない……」とかなり焦っていた。

「ミスター・ラングフォード、エリソン（ファニー・エリソン一等技兵）と退卻路を検討して。ファーマー、敵を抑えきれる？」と指示を出した。

だが、グレッグ・ファーマー三等兵曹から返事がなかった。彼が振り向くと、敵の対裝甲車両用レーザーによって上半を吹き飛ばされたファーマー兵曹の下半が倒れていくのが見えた。