《クリフエッジシリーズ第一部:「士候補生コリングウッド」》第十三話

宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一〇時三〇分

<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制

一〇三〇

ベース所屬の汎用艇の発進準備は既に完了していたが、敵スループの攻撃をける可能があるため、未だ発進できていない。

  カオ司令がイライラとした表でイスの肘掛を指で叩く音がクーロンベースの主制室MCRに響いている。

  その時、P-331から発進準備が完了したという報告が上がってきた。

「こちらP-331艦長代行・・グァン・フェンです。當艦の発進準備が完了しました」

「ご苦労、グァン艦長・・。発進のタイミングはこちらから指示する。こちらのオペレータと手順の再確認をしておいてくれ」と言ってカオ司令は何やら考え込むように目を瞑る。

「了解しました」と言ってグァン・フェンからの通信が切れる。

カオ司令はP-331を発進させることに今更ながら躊躇いを覚えていた。

(P-331を出した時に沈められないか? ベースへの損害は問題ないレベルだろうか? 敵の主砲がP-331に直撃した場合、ドックすることはないのだろうか?……)

そして通信を切ったばかりのグァン・フェンを再び呼び出し、

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「艦長、ちょっといいかな。確認したいのだが……」と自分の懸念を伝えていく。

心配顔の司令に対し、グァン・フェンは彼の懸念の一つ一つに答えていく。

「P-331の損傷の可能はあります。ですが、完全に破壊されるようなタイミングで出撃することはありません。よって、ベースがにより破壊されることはありません。ベース自の損傷ですが、當艦の出撃時にドックが損傷するかもしれませんが、敵の攻撃が奧まで屆く可能はほとんどありません」

し安心したのか、笑みを浮かべられるようになったカオ司令がグァン・フェンに聲をかける。

「了解した、艦長。ではタイミングを見て、出撃してくれたまえ。戦果を期待しているよ」

グァン・フェンは「それでは失禮します」とだけ通信を切った。

そして、司令はMCRに「敵スループを沈めれば、この作戦は功したも同じだ。P-331への支援を頼むぞ」と先ほどまでの高圧的な態度とは打って変わって明るく振舞っていた。

MCRにいるオペレータたちは皆、「ワン艦長が最初に言っていたスループを二隻とも沈める案と同じじゃないか。こんな奴が総參謀部で作戦を練っていたのか……」と心の中で思い、自分たちの行く末よりも、祖國の行く末を心配していた。

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<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所

一〇三五

ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では、新たに艦長に任命されたグァン・フェンがクーロンベースの主制室MCRとの通信を終え、部下たちに指示を飛ばしていた。

「MCRからの指示があり次第、この蔵から出るぞ! 々ドックを壊しても構わん。最大加速で行く!」

部下たちからはやる気に満ちた「了解」の聲が帰ってくる。

彼らもベースの中でブラスターの撃ち合いをするより、宇宙空間での艦同士の戦闘をんでいたのだった。

グァン艦長がMCRのオペレータたちと調整したところ、ベースの防スクリーンは三十秒間停止し、その間にP-331が出撃する。

出撃の際には艦ふねの防スクリーンも使えないが、その時間は約二十秒。

この二十秒がP-331とクーロンベースの命運を握っているといっても過言ではない。彼の予想ではこの無防備の二十秒間になくとも二回攻撃をける。

百m級とは言え、軍艦として設計されたスループ艦の主砲は、元商船のP-331の裝甲を簡単に突き破る。防スクリーンが萬全ならスクリーンの能力で防ぐこともできるが、スクリーンが展開できない狀況では不利であることは否めない。

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だが、彼は楽観していた。敵の攻撃はここ四時間ほぼ一定のリズム、二十秒に一回のペースだ。あのフラワー級と呼ばれるスループの主砲は連能に劣り、一発撃った後には十秒程度のチャージが必要と言われている。

そうであるなら、撃たれた直後に出撃すれば運が良ければ一発だけで済む。更に敵の位置がこちらの主砲のなら油斷している相手に逆襲すらできる。

宇宙そらに出てしまえば、防力と攻撃力に勝るこちらが圧倒的に有利になる。

(ワン艦長ならこんな賭けには出ないんだろうな。意見を聞いてみたいが、まだ意識不明で聞くことはできない……とにかく宇宙そらに出てしまえば、こちらのもの……宇宙そらに出て死ねれば本か……)

彼は気付いていなかった。

敵の潛部隊が出したのなら、敵はそれを救出してそのまま撤退することに。

ワン艦長が健在なら、そのことを指摘したのだろうが、彼は元々好戦的な格であることと、やや視野が狹く、與えられた條件下での課題達能力は高いものの、に欠ける格であることがこの事実に気付かせなかった。

彼もこのような狀況ではなく、もうし余裕のある狀況なら気付いたかもしれない。

更に言うなら、本來、ベースの司令であるカオが考えるべきことだが、彼は自分のキャリアだけを考え、あえて敵スループを沈めるという選択肢しか取るつもりは無かった。このため、グァン艦長を止めるものは誰もいない。

そして、運命の歯車は後戻りできないところまで進んでいた。

<アルビオン軍ブルーベル34號搭載艇アウル1・縦室

一〇四五

クリフォード・コリングウッド候補生とサミュエル・ラングフォード候補生はブルーベル搭載艇アウル1の縦室に到著していた。

サミュエルが縦席に座り、アウル1の発進準備を進め、クリフォードが副縦席に座り、兵裝関係と通信関係のチェックを行っていた。

サミュエルの急発進マニュアルに沿ったチェックが終わると、「こっちのチェックは終わった。すぐ飛ぶぞ」とクリフォードに聲を掛けてきた。

クリフォードも「了解、艇長スキッパー」と言って、サムズアップする。

一〇五〇

サミュエルの「発進」の合図とともにアウルの主機が起。機が小刻みに振すると靜かに小星表面から上昇していく。

すぐに方向転換し、潛部隊が待つ地點Aアルファに向かって慎重に加速していく。

(やはりサムはうまいな。僕だったらもっと吹かしていただろう。ニコール中尉の言葉じゃないけど迷子にならないにしても著地まで行ったり來たりしたかもしれない)

クリフォードはサミュエルの繊細な縦技に手放しで賞賛していた。

宇宙空間での二十五kmなど無いに等しい距離だ。

ごく僅かな加速を加え、すぐに減速にっていく。

クリフォードは念のため、アクティブセンサーも総員して敵の攻撃に警戒した上で、ブルーベルに通信をれた。

「こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル応答願います。こちらアウル1……」と呼びかけると、

「こちらブルーベルのクインよ。ミスター・コリングウッド、無事で何より。すぐに艦長に報告を」と弾むような聲のクイン中尉の聲が聞こえてきた。

「報告しま……」と彼が口にした時、アウルの警報システムが警告を発してきた。

「小型艇接近中、敵味方識別裝置IFF応答なし。小型艇……」

「サム!」とクリフォードがぶと、サミュエルはすぐにアウルを最大加速の三kGで加速させ、回避運を開始する。

クリフォードは敵の小型艇の報を確認する。

「敵はヤシマ製の汎用小型艇アカツキ級の改造型の模様。アカツキ級の最大加速は四kG、標準武裝なし。サム、敵の外部兵裝はミサイル系みたいだ!」

「了解! 敵との相対速度が小さすぎる……敵に機首を向ける! クリフ、攻撃に手が回るか!」と言いながら、サミュエルはアウルの機が軋むほどの急旋回を行っていた。

「判った!」と答えた後、アウルの固定武裝であるエックス線パルスレーザーを稼させる。

大型艇ランチに過ぎないアウルの武裝は機首に取り付けたデブリ破壊用レーザーしかない。出力的には充分であるものの自追尾能などは低く、高機で迫るミサイルや小型艇への攻撃能力は限定的だった。

クリフォードはこの局面をどう打開するか考え、サミュエルに口早に指示を出していた。

<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制

一〇四〇

クーロンベースの主制室MCRでは小星上から発信される敵の通信を傍していた。

暗號化されているため、容はまだ判明しないが、H點検通路のすぐ外から本隊に報告を行っていると考えていた。

カオ司令は、「これだけ時間が経ったのに近くにいるということは搭載艇を取りにいったんだろう。搭載艇を沈めないと敵に逃げられる」と考え、

「P-331のグァン・フェン艦長に連絡をれろ! こちらで小型汎用艇のK-001と002を出すから、敵が反応したら即座に発進しろと!」とオペレータに命じた後、小型艇の発進の可否を確認する。

「K-001および002発進可能か」

「K-001は敵スループの攻撃範囲にっています。出たところで撃ち落されるだけです。K-002のみ発進させることを提案します」と勇気を振り絞ったオペレータが沿う提案する。

カオ司令は頷き、「K-002のみ発進させろ。目標はH點検通路に向かう敵搭載艇だ。H點検通路出口付近で待ち伏せさせろ」と命じた。

(敵の搭載艇を破壊すればスループは味方を見捨てざるを得なくなる。ならば破壊されないようにこちらの小型艇を攻撃してくるはずだ。そのタイミングを狙えば、P-331を無傷で発進させられる……)

<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34號・戦闘指揮所

一〇五〇

アルビオン軍スループ艦ブルーベル34號の戦闘指揮所CICでは、潛部隊の生存を確認し安堵したが、搭載艇アウル1の消息がなかなか摑めない。

部隊の次席指揮ニコール中尉のノイズじりの聞き辛い報告では候補生二人が向かったとあったが、経験のない候補生たちが遭難してしまったのではないかという不安がCICを支配し始めていた。

その時、報ディスプレイにアウル1の識別表示信號が點滅し、すぐにコリングウッド候補生の聲が聞こえてきた。

「こちらアウル1のコリングウッドです。ブルーベル応答願います。こちらアウル1……」

すぐに報士のクイン中尉が

「こちらブルーベルのクインよ。ミスター・コリングウッド、無事で何より。すぐに艦長に報告を」

と笑顔でそういうと、コリングウッド候補生が生真面目そうな聲で報告を始めた。

だが、「報告しま……」と聞こえたところで、アウルの警報システムの「小型艇接近中、敵味方識別裝置IFF応答なし。小型艇……」という音聲にかき消される。

はその警告を聞き、すぐに狀況を確認する。

敵の小型汎用艇が死角になったところから発進したようでアウル1に急速に接近していく様子がスクリーンに映っていた。

はすぐに「アウルに敵小型艇接近中! ヤシマ製の汎用小型艇の改造型と思われます」と狀況を報告するが、心の中では「早く救援に向かって!」とんでいた。

マイヤーズ艦長はアウル1から聞こえてくる候補生たちの會話を聞きながら、

「敵の通商破壊艦が出てくる可能がある。ベースの監視を怠るな! ロートン大尉、主砲の連続使用の可能があることを掌砲長ガナーと機関長チーフに伝えておいてくれ、舵長コクスン、アウルを救いに行くように見せかけてくれ」と命じていく。

CICは一瞬、訳が判らず、全員が艦長の方を振り向き、戦士のオルガ・ロートン大尉ですら、復唱することを忘れていた。

艦長は、「ロートン! 復唱はどうした! 全員任務に集中しろ!」といつもよりもかなりきつい聲音で命じていた。

全員が各自のコンソールに向かうと、クイン中尉が、

「アウルはどうされるおつもりですか! 潛部隊が危険です!」と口に出していた。

艦長は、「アウルは候補生たちに任せる。今、アウルを救いに行くと敵の通商破壊艦が無傷でベースから出てくる。この速度では無傷の敵と渡り合えない。さあ、任務に戻ってくれ」と冷たいとも言える口調で説明した後、黙ってメインスクリーンを見つめている。

マイヤーズ艦長は無理やり無表な顔を作りながら、指揮の孤獨を味わっていた。

(冷漢と思われても仕方がないな。だが、アウルを救いにいけば本艦が危険になる。任務が功した今、できるだけリスクを減らすのが指揮の務めだ……それに……あの候補生なら何とかしてくれるような気もしている……これだけはアナベラ(アナベラ・グレシャム副長)にも言えないな……)

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