《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第一話
全長約六百m、総重量二百萬トンを超える巨大な船殻ヴェッセルが、彼の視界を塞ぐ。
要塞の巨大な船渠ドックには、整備が完了し、漆黒に塗り直された重巡航艦が係留されていた。
四等級艦、すなわち重巡航艦は、強力な兵裝と高い機力から艦隊の主力として欠くことのできない存在である。また、その汎用から小艦隊の旗艦としても活躍し、宙軍士が一度は世話になる艦ふねである。
戦艦の無骨さ、駆逐艦の華奢さとは無縁なしい流線型のフォルムは、兵としての機能を備え、數多くの信奉者が存在する。
「重巡航艦。その優にして力強いフォルムは、私に黒豹ブラックパンサー、あるいは、闇の中を駆ける銀狼を思い起こさせる。
鉄くろがねの城と呼ばれる一等級艦戦艦、猟犬と呼ばれる六等級艦駆逐艦にもある種の機能をじさせるが、重巡航艦――私は敢えて四等級艦とは呼ばない――には、完されたしさ、そう、自然界が作り上げたしい生きのような洗練さがあるのだ……
その中でもカウンティ級と呼ばれる艦ふねは戦闘艦として、いや、人が作り出した造形として、究極の完形と言っても過言ではない。全長六百二十m、総重量二百五十萬トンの艦は細い流線型。巡航速度で宇宙そらを駆けるその姿は、三十テラジュール級防スクリーンが淡く輝き、時折る識別燈と相まって鋭利な刃の煌きに見えることすらある……
艦首にある主砲、十五テラワット級電子加速砲の砲口が開くと、その姿は一気に獰猛さを増す。主砲から放たれる電子ポジトロンは闇を切り裂きながら星間質に反応し、白く輝く柱ピラーを形作る……
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ダグ・クレメンツ。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“重巡航艦”より抜粋)」
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宇宙暦SE四五一四年三月一日。
キャメロット星系第四星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星プライウェンのドックに一人の若者が立っていた。その若者はすらりと背が高く、金の髪にやや灰がかった思慮深そうな蒼い眼をした二十歳前後の若者だ。
そう、彼はトリビューン星系の若き英雄、“クリフエッジ”こと、クリフォード・C・コリングウッド中尉だった。
彼は今、アルビオン王國軍キャメロット方面艦隊の第五艦隊第二十一哨戒艦隊パトロールフリート旗艦、HMS-D0805005、サフォーク5號の舷門ギャングウェイの前にいた。
(ようやく宇宙そらに帰れる。この一年半は大変だった……)
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SE四五一二年十月、その頃、彼は士學校を出てばかりの士候補生だった。
彼が配屬されたスループ艦ブルーベル34號は、消息を絶った商船の調査のため、自由星系國家連合に所屬するヤシマとの航路上にあるトリビューン星系にあった。
そこには、アルビオンに対し領土的野心を持つゾンファ共和國の通商破壊艦が待ち構えていた。通商破壊艦は五等級艦、つまり軽巡航艦並の戦闘力を持ち、僚艦であるスループ艦ディジー27號を一瞬のうちに沈めた。ブルーベルのマイヤーズ艦長は、通商破壊艦と直接戦っても勝利は得られないと、敵補給基地クーロンベースに潛部隊を送り込んだ。
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ブルーベルの航法長デンゼル大尉に率いられた潛部隊は、多くの犠牲を払いながら、ベースを無力化した。しかし、ベースを破壊されながらも宇宙そらに飛び出した敵通商破壊艦はブルーベルを沈めるべく、最後の賭けに出た。ブルーベルはほとんどの武を失いながらも、敵通商破壊艦の破壊に功した。
その一連の戦闘において、クリフォードは作戦の幹となる部分を立案した。更に潛部隊に選抜された彼は、重傷を負った指揮の後を引き継ぎ、ベースのドックを破壊しただけでなく、窮地に陥った別働隊の撤退を、我がをして支援し、多くの兵員の命を救った。
その功績に対し、軍上層部は戦死傷以外で士候補生が勲章をける前例がないと、彼の功績を無視しようとした。だが、そのことがマスコミにリークし、更にはキャメロット星系に滯在する王太子の耳にもっていた。
王太子はクリフォードに興味を持ち、彼を自らの宮殿に招くだけでなく、直接言葉をわす。そしてクリフォードの見識の高さに服し、軍部に対し、何らかの報奨を與えるよう示唆した。
その結果、彼は士候補生としては異例の武功勲章MC(ミリタリークロス)を章した。
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アルビオン王國では王家に対する人気が異常なほど高い。次期國王である王太子に個人的に認められた十九歳の若者に対し、國民の関心は異常なほど高かった。
十一月にキャメロット星系までたどり著いたブルーベルの損傷は酷く、一時は廃艦処分を検討されるほどだった。だが、トリビューンの殊勲艦を廃艦するわけにもいかず、三ヶ月もの時間と多大な費用――廃艦にして新造した方が安いと言われるほどの費用――を掛けた大規模な修理にっていた。そのため、クリフォードらも星上の兵営で長期休暇に近い扱いとなっていた。
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十一月下旬に王太子から勲章を授與されると、彼は行く先々でマスコミに待ち構えられることになる。一時は兵営の中にまでマスコミが押しかけ、彼は変裝せずに街に出ることが不可能な狀態にまでなっていた。
彼はその喧騒から逃れるべく、同じ星上にある実家に帰った。
だが、彼の実家の周りにもマスコミが多數待ち構えており、何度かレポーターに捕まりながらも家の中に逃げ込むことに功する。
だが、彼の実家には片腕を失った厳格な父、リチャードしかいなかった。母は十六年前に他界し、三歳年下の弟ファビウスも既に士學校に學していたからだ。コリングウッド男爵邸には、半ば軍を退役させられた失意の父と僅かな使用人しかいなかったのだ。
彼は士候補生の第一正裝に武功勲章をつけて父に面會したが、父からは厳しい言葉しか出てこない。
「……お前は宙兵ではないのだ。武功勲章は宙軍士に相応しい勲章ではない。そのことを勘違いするな……王太子殿下にお會いしたからと言って、増長せぬようにな……」
父からは宙軍士を目指すなら、宙兵すなわり艦隊に配屬されている陸兵ではなく、士としてふさわしい行いをすべきと言われ、彼を褒める言葉は一切出てこなかった。
(父上に褒められたいわけではないけど……やはり父上は僕のことを嫌っているのかもしれない……)
父リチャードはクリフォードの時折見せる自信無げな態度は嫌うものの、その努力する姿勢を好ましく思っていた。だが、艦隊勤務が長く、彼と接する機會がなかったことと、彼の妻、クリフォードの母が病死した時に付いていてやれなかったことが負い目にじられ、どうしても素直に息子と話が出來ないでいた。
特に五年前に右腕を失い、更には放線障害の可能があると強制的に予備役に編された後は、自分の心をうまく制できなくなっていた。
(……クリフはよくやっている。マイヤーズ佐、デンゼル大尉からの手紙にもクリフが果たした役割は小さくないと書かれていた……宙兵のように戦うことを否定するつもりはなかったのだが……一言、よくやったと言ってやれれば……)
リチャード自、これではいけないと思うのだが、どうしてもそれを口にすることが出來なかった。
そして、僅か二日間滯在したのみで、クリフォードは仲間のところへ戻っていった。
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十二月三十日、クリフォードは王室主催のパーティに招かれた。
療養中のマイヤーズ佐とデンゼル大尉は出席しなかったが、もう一人の殊勲十字勲章DSC(ディスティングイッシュサービスクロス)章者のニコール中尉と共に白い第一正裝にを固め、張した面持ちで宮殿にっていった。
中にると、將級の軍人、政府の高の他、貴族らしい煌びやかな裝を纏った民間人も多かった。
ニコール中尉が苦笑気味にクリフォードに囁く。
「完全に私は場違いね。まあ、あなたは男爵家の嫡男だから違うんでしょうけど」
彼は首を橫に振り、「父はこういう場が嫌いでしたから……」と自分も場違いだと苦笑いを浮かべていた。
王太子らの挨拶も終わり、パーティは談笑の場に変わっていく。そんな中、出來るだけ目立たないようニコール中尉とクリフォードは壁際に移していた。
二人が壁の花になっていると、二十代半ばの僚らしき男と、十代半ばのらしいが二人に近寄ってきた。
「ノースブルック伯爵家のアーサーと申します。妹のヴィヴィアンです」
アーサーはすらりと背が高く、思慮深げな落ち著いたじの青年で、ヴィヴィアンはウエーブの掛かった金髪と大きな蒼い目が印象的ならしいだった。
「アーサーにヴィヴィアンですよ。父上のネーミングセンスを疑うでしょう」
アーサーはそう言うとおかしそうに笑っているが、ニコール中尉とクリフォードはどういう表を作っていいのか、困っていた。
彼が言いたかったのは、アーサー王伝説のアーサーと湖の乙ヴィヴィアンの名を付けたことを指していた。キャメロット星系の星の名は円卓の騎士に因んでおり、それと同じ覚で子供に名を付ける親を笑いのネタにしているようだった。
困った顔をしながら、ニコール中尉が自己紹介を済ますと、クリフォードも自己紹介をする。
「アルビオン王國軍士候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッドです」
彼はそういいながら、アーサー・ノースブルックと握手をし、ヴィヴィアンの手に口付けをする。
彼は顔を赤らめながらも、「ヴィヴィアン・ノースブルックと申します。ミスター・コリングウッド」と優雅にスカートを持ち上げ、禮をする。
隣にいるニコール中尉は、その様子を見ながらニヤニヤ笑っているが、アーサーに話しかけられ、し表を引き締める。
「中尉のような方が壁の花では如何にも勿無い。し私にお付合いいただけないでしょうか?」
アーサーはやや強引にニコール中尉の腕を取り、クリフォードに「妹のエスコートをよろしく」と言って、その場を立ち去っていった。
殘された形のクリフォードは、
(ニコール中尉を盾にしようと思っていたのに……これだと人がたくさん寄ってきそうだ……)
彼がし困った顔をしていると、ヴィヴィアンが話しかけてきた。
「しお話しませんか? この宮殿のお庭はとてもしいのですよ」
さり気無く腕を出されたのに気付いたクリフォードは、し戸いながらも腕を差し出す。彼は彼の腕に自らの腕を絡め、「こちらですわ」と庭にっていく。
彼は腕を絡めた瞬間、顔が赤く染まる。だが、クリフォードはそれに気付かなかった。
宮殿の庭は中央に噴水があり、それを取巻くように芝生が植えられ、更に花壇には様々な花が咲きれていた。
し歩くと、バラが植えてある回廊のような庭に変わり、二人はその中をゆっくりと歩いていく。
クリフォードは顔には出さないものの、この狀況に戸っていた。
彼は士學校の一年の時に手痛い失をしており、それ以降と付き合ったことが無い。卒業時に同期の友人悪友たちにわれ、酔った勢いで“飾り窓”のと経験は済ませているが、基本的には非常に奧手だった。
(人がないのはいいんだけど……ミス・ノースブルックは何を考えているんだろう?)
クリフォードが何とか話題を見つけようと他のない話をするが、ヴィヴィアンはあまり話さない。時折熱的な目でクリフォードを見ているが、彼と目が合うとすぐに顔を赤らめて俯いてしまう。何となく気まずい雰囲気が流れるが、二人は腕を組んでしいバラ園を歩いていた。
小さな噴水の橫にある四阿あずまやを見つけ、二人はそこで休憩を取っていた。
四阿ではクリフォードが質問する形で話を進めていく。彼は上流階級子が通う高等學校の二年で、もうすぐ十七歳になること、彼がクリフォードのファンであることなどが分かった。
彼は手紙ファンレターを何通か送っていたようだが、彼のところには電子を含め、一日に何千通というファンレターが屆けられていた。彼に屆く手紙はすべて軍の検閲をけており、純粋なファンレターは分別され、彼はその中に目を通していなかった。
彼はそのことを謝罪するが、
「いいえ……ミスター・コリングウッドなら何千通ものお手紙が屆いてもおかしくはありませんから……」
ヴィヴィアンのやや悲しげな表を見た彼は、自分のことを想ってくれる彼を好ましく思い始めていた。
その後、し打ち解けたのか、彼はしずつらしい明るさを取り戻しており、クリフォードも時間を忘れて話し込んでいた。
三十分ほどしてからパーティ會場に戻ると、そこには人の悪い笑みを浮かべたニコール中尉が待っていた。
「楽しそうね、ミスター・コリングウッド? 私はあなたのことを探す人たちに捕まって大変だったのよ」
「申し訳ありません、中尉。し話に夢中になったようです」
真面目に答えるクリフォードにニコール中尉は噴き出す。
「ぷっ。別にいいのよ。でも今日は“クリフエッジ崖っぷち”でもないのに、果が上がったようね」
そして、茶化すような笑顔から急に真面目な顔に戻してから、小聲で付け足す。
「でも気を付けなさい。あなたは有名人になったのよ。そちらのお嬢さんレディに迷を掛けないように……」
ニコール中尉はマスコミ関係者が彼を探していたことを耳打ちし、不用意な行を取らないよう注意する。
彼もそれに気付き、小さく頷くと、「ミス・ノースブルック、本日は楽しい時間をありがとうございました」と頭を下げる。
クリフォードはヴィヴィアンと何度かメールのやりとりを行うが、彼に迷が掛かることを恐れ、直接會うことは避けていた。
ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years
昭和38年の春、高校1年生の少女が林 の中で、突然神隠しに遭った。現場には、 血塗れとなった男の死體が殘され、偶然 その場に、少女と幼馴染だった少年が居 合わせる。そして男は死に際に、少年へ ひとつの願いを言い殘すのだった。 20年後必ず、同じ日、同じ時刻にここ へ戻ってくること。そんな約束によって、 36歳となった彼は現場を訪れ、驚きの 現実に直面する。なんと消え去った時の まま、少女が彼の前に姿を見せた。20 年という月日を無視して、彼女はまさに あの頃のままだ。そしてさらに、そんな 驚愕の現実は、彼本人にも容赦ないまま 降りかかるのだ。終戦前、昭和20年へ と時をさかのぼり、そこから平成29年 という長きに亙り、運命の糸は見事なま でに絡み合う。 そうしてついには100年後の世界へと、 運命の結末は託されるのだ。 172年間にわたって、時に翻弄され続 けた男と女の物語。
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