《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第二話

宇宙暦SE四五一三年一月二十三日。

クリフォードの友、サミュエル・ラングフォード候補生が尉任試験に見事合格した。

「おめでとう。サムなら絶対にかると思っていたよ。サムって呼んじゃいけないね。ラングフォード尉殿?」

真面目なクリフォードが珍しく軽口を叩くと、サミュエルは苦笑いし、

「すぐに君も尉だよ、クリフ。それにしても、初めての艦ふねを立ち去るのは寂しいものだな」

サミュエルは士次室ガンルームの中をおしそうに眺めながらそう呟く。

クリフォードはっぽくなる雰囲気を変えるべく、「どの艦ふねに配屬になるんだい?」と話題を変えた。

「第五艦隊の五等級艦タウン級のファルマス13だ。宇宙そらのサラブレッドだぜ、彼は」

「そうか……當分、別々の道をいくことになるね……」

クリフォードの言葉にサミュエルもし寂しそうな顔をするが、すぐに新しい艦の話で盛り上がっていく。

そして、サミュエルはブルーベル34を去っていった。

■■■

一月三十日。

ブルーベルは大規模な修理を終え、再び哨戒任務に就くことになった。

クリフォードは宇宙に逃げ出せ、安堵していた。

(これでマスコミの取材攻勢に悩ませられることがなくなる。一、二ヶ月すれば僕のことはみんな忘れているだろう……)

だが、現実は彼の思とは異なっていた。

四ヵ月後の六月、彼の下に尉任試験実施の通知が屆く。

彼は數萬人いる同期の中で最も早く尉任試験をけることになったのだ。

彼はその通知に驚いていた。尉任試験の験資格を得られるのは、士學校卒業後一年以上の期間を経た後とされていたからだ。

通常、士學校卒業後、績優秀者、すなわち卒業時の席次が百位以の者が一年、一般的には二年から三年、士候補生として過ごすことが多い。

今回は王太子の意向を汲んだキャメロット星系方面艦隊の高級士が働きかけたという噂があったが、公式には何の説明もなかった。

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六月三日。

キャメロット星系第三星の軌道上で尉任試験が行われることになった。

第三星軌道上で港手続きを待っていたブルーベル34に、大型艇ランチが接舷する。彼は大型艇に押し込まれ、そのままキャメロット第一艦隊旗艦ロイヤル・ソヴリン2に連れて行かれた。

全長千五十m、高さが二百mもある一等級艦は、それ自が巨大な要塞のようだった。彼は十五層ある甲板デッキを貫くエレベータを見つけ、控室に指定された士次室ガンルームに向かった。士次室にはクリフォードの他に十名ほどの士候補生が座っていた。一人ずつ面接をけるのだが、彼の順番は最後だった。

二時間ほど士次室で待っていると、人事部の大尉が彼の名を呼んだ。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド候補生。私に付いてきなさい」

「了解しました、大尉アイアイマム!」

彼はその大尉の後を歩き、艦中央にある司令室の前に通される。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド候補生です。ります!」

重厚な司令室の扉に向かい、彼は張で聲が掠れるながらも何とか名前をぶと、司令室にっていった。

中には三人の提督――大將アドミラルが一人と中將ヴァイスアドミラルが二人――と旗艦艦長らしい大佐キャプテン、更に人事部の士が二人いた。

大將の階級章をつけた提督――銀の髪に整えられた口ひげの眼の鋭い五十代の男――が、

「コリングウッド候補生だな。私はエマニュエル・コパーウィートだ。今回の試験責任者だが、まあ、楽にしたまえ」

直立不で立つクリフォードに重々しい聲でそう言うと、すぐに面接が始まった。

「君の経歴は素晴らしいものだ。だが、士と候補生とでは決定的に違うことがある。それは何かね、コリングウッド候補生?」

クリフォードは更に背筋をばして、生真面目に答えていく。

「士の行にはすべて責任が伴います。一方、準士相當の士候補生には限定的な責任しか伴いません。すなわち、責任の大きさが士と候補生を分けるものであります。以上であります、提督サー」

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コパーウィート提督は、値踏みをするかのような目付きでクリフォードを見つめると、

「もう的に話してくれんか。君の答えは象的過ぎる」

「了解しました、提督アイアイサー。士には政府の代表たる資格があります。例え最下級の尉といえども、宙域に上級士が存在していなければ、その尉が政府の代表たる資格を持つことになります。一方、士候補生は仮にその場に士が不在であっても政府の代表たる資格は持ちえません。以上であります、提督サー」

面接の四人は全く表を変えず、次の質問を始める。

艦の取り扱いに関する専門の高い質問から、人事に関する質問まで多岐にわたる質問が続けられる。

クリフォードは何とか淀みなく答えていくものの、司令室の快適な空調にも関わらず、彼の背中には大量の汗が流れていた。

(早く終わらないかな……提督たちの視線を見る限り、僕は駄目だな……そもそもまだ卒業してから一年も経っていないんだから……)

彼が諦めかけていると、コパーウィート大將が最後の質問をしてきた。

「ミスター・コリングウッド、これが最後の質問だ。君は今、尉だ。そして、分艦隊の旗艦である三等級艦巡航戦艦の戦闘指揮所CIC要員となっている……」

大將の言葉に彼は自分の立場を思い描いていく。

「……艦隊戦の最終盤、我が軍は敵に押し込まれ、全艦隊で急速撤退中だ。君の艦は不幸にも敵の集中砲火をけ、CICの上たちは皆行不能に陥った。幸い、通信機能など旗艦としての機能は維持されている。この狀況で君はどのような行を取るかね?」

彼はこれだけの報で取るべき道は探れないと考えたが、

(これは戦の問題というより、心構えを聞く設問なんだろう。さて、どう答えるべきか……)

「自分は……戦闘指揮所の指揮を引き継ぎ、分艦隊の指揮を執ります!」

コパーウィート大將が目を細め、

「一介の尉が數百隻の分艦隊の指揮を執るのかね? それでは指揮命令系統が無茶苦茶ではないか」

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クリフォードはその眼に僅かにたじろぐが、すぐに姿勢を正して答えていく。

「いいえ、提督ノー、サー。艦隊の指揮は特別な理由がない限り、旗艦が行うことと定められております。また、戦闘中の艦隊の指揮は旗艦戦闘指揮所の最高位の士が執るものと規定されております」

「では、君はこの狀況が“特別”な理由には當たらないと考えるわけだ。そのひよっこの尉が分艦隊の指揮を執り、損害が大きくなったらどうするのだね? 次席指揮、例えば分艦隊副司令に指揮を引き継ぐべきではないのかね?」

「いいえ、提督ノー、サー。戦闘中に指揮を引き継ぐことは艦隊全に混を生じさせます。この狀況下で指揮を引き継ぐよりも、旗艦が健在であることを味方に知らしめ、混を最小限に抑えるべきだと考えます」

「なるほど。よく分かった。これで終了だ。ご苦労だった、候補生。下がってよろしい」

クリフォードは敬禮をしてから司令室を出て行くが、どうやって外に出たのか、覚えていなかった。

外には誰もおらず、個人用報端末PDAで艦図を呼び出し、士次室に戻っていった。

次室にると、年嵩の上級兵曹長が彼を待っていた。

「長かったですな、ミスター・コリングウッド。他の候補生の方々は既に大型艇ランチに搭乗済みです。お急ぎ下さい」

上級兵曹長に促され、最下層の格納デッキに向かう。帰りもロイヤル・サヴリンの搭載大型艇で各艦に送ってもらえるようで、試験を終えた士候補生たちが既に乗り込んでいた。

彼は大型艇に乗り込みながら、自分の試験が失敗だと落膽していた。

(最後の質問が一番難しかった。言ったことが間違っているとは思わないけど、現実的にはその判斷ができるのか。タイミングを見て、艦隊序列に従った指揮命令系の委譲の話をした方が良かったかもしれない……)

大型艇でブルーベル34に戻ると、エルマー・マイヤーズ艦長らに報告に行った。

彼は自分がけた質問とその答えを艦長と副長の前で報告していく。

「ご苦労だった。副長ナンバーワン、新しい候補生が來る前にブルーベルから候補生がいなくなるな」

マイヤーズ艦長の言葉に副長であるアナベラ・グレシャム大尉が頷いている。

クリフォードはその言葉に首を傾げる。

「不合格ではないかと思うのですが? どういうことでしょうか、艦長サー」

マイヤーズ艦長は珍しくファーストネームで彼を呼び、

「君の答えで不合格はありえないよ。クリフォード。特に最後の質問を恐れず真正面から答えられたのが大きい。そう思うだろ、アナベラ?」

「そうですね。普通の候補生なら余計な一言、副司令に連絡するとか、そのまま、指揮を委譲するとか言いそうですが、彼の答えはほぼ満點でしょう。しかし、提督も意地悪な質問をぶつけてきますね。普通の尉任試験でこのような設問があったという話は聞いたことがありませんよ」

「そうだね。提督には何かお考えがあるのだろう。いずれにせよ、明日か明後日には親任狀コミッションが送られてくるだろう」

クリフォードが艦長室から出て行くと、航法長のブランドン・デンゼル大尉や戦士のオルガ・ロートン大尉らが祝福の聲を掛けてくる。

彼はまだ自分が合格しているとは思っていないので、曖昧な表でそれに答えていった。

マイヤーズ艦長の予言通り、二日後の六月五日にクリフォードの親任狀コミッションが屆けられた。

「アルビオン王國軍士候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッド殿。貴は去る宇宙暦SE四五一三年六月三日に行われた尉任試験に見事合格し……本日付を持ち、貴をアルビオン王國軍宙軍尉に任ずるものとする。キャメロット方面艦隊司令長宙軍大將ジェラルド・キングスレー」

クリフォードはその親任狀が信じられず、艦長らの祝福も他人事のようにじていた。

(僕が合格? これで士か……僕のような未なものが、士となってもいいのだろうか……)

そして、その通知の後には、「六月七日一二〇〇までに、キャメロット方面艦隊第一艦隊旗艦HMS-A0201002ロイヤル・ソヴリン2に出頭のこと」と付け加えられていた。

彼の想いとは別にブルーベルの仲間たちが祝福の言葉を掛けていく。

「凄いぞ。いきなり旗艦に配屬とはな。一等級艦、それも旗艦に配屬だから一年後には中尉だな」

デンゼル大尉が興気味に話している。

尉任後、極端に勤務評定が悪くない限り、一年から二年で自的に中尉に昇進する。明確な基準は無いが、一等級艦から三等級艦、いわゆる戦艦、巡航戦艦クラスに配屬されると一年で中尉になることが多い。

滅多にないことだが、尉任後に旗艦に配屬される士は將級の上級士に期待されていることが多く、昇進が約束されていると言われている。

「コパーウィート提督座乗のロイヤル・ソヴリン2か。提督が政界りを狙っているという噂が流れているから、案外、司令部付きの幕僚に抜擢されるかもしれないわよ」

報士のフィラーナ・クイン中尉が茶化すようにそう言っていたが、彼はその二日後、それが事実であることに驚愕する。

バタバタと転屬準備をし、ブルーベルの乗組員からの祝福をけ、彼はスループ艦を後にした。

■■■

ロイヤル・ソヴリン2は一ヶ月に及ぶ演習航宙を終えて戻ってきたところだそうで、要塞アロンダイトの大型艦用港灣施設に係留されていた。

乗り合いの大型艇でアロンダイトに向かい、再び一等級艦ロイヤル・ソヴリン2に乗り込んでいく。

エアロックを抜けた瞬間、「ようこそ本艦へウエルカムアボード、尉殿サー」という舷門當番兵による出迎えをけて、彼は戸い、思わず答禮を忘れそうになる。

まだ、士候補生の軍服であり、自分がそのような出迎えをけると思っていなかったため、面食らったのだ。

実際には彼の登録証番號IDは既に尉になっており、エアロック通過時に彼の階級が表示されたことで當番兵がそのような対応をしたのだが、未だ自分の昇進が信じられないクリフォードにとっては衝撃的な出來事だった。

別の兵が現れ、彼の荷取ると、彼はその足で艦長室に向かった。

艦長室の前には屈強な宙兵が二名歩哨として立っていたが、彼が親任狀コミッションを見せるまでもなく、中に通される。

中には旗艦艦長のプリムローズ・アイファンズ大佐が彼を待っていた。

は四十歳くらいで、思慮深い灰の目に口元には深いしわが刻まれている。

クリフォードは自分ができる最高の敬禮をすると、アイファンズ大佐も見事な答禮を返してきた。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド、しょ、尉、出頭いたしました」

まだ、自分のことを尉と呼ぶのに躊躇いをじ、し噛み気味で報告する。艦長はその様子を表を変えずに見つめ、

「ご苦労、尉。君は司令部付きになる。よって、私の指揮下にはらない。コパーウィート提督の副、バントック佐の下に行きなさい」

彼はその言葉に驚き、了解が遅れる。

「りょ了解しました、艦長アイアイマム」

彼が艦長室を出ようとすると、初めて笑みを浮かべ、

「ようこそ、本艦へ。私の指揮下にはありませんが、同じ艦ふねの仲間です。それでは頑張りなさい」

彼はもう一度、敬禮をしてから、艦長室を出て司令室橫の副室に向かう。

(僕が司令部付き……クイン中尉が言っていた通りになった……僕は何をしたらいいんだ?)

室にると、そこには三十代前半の如何にも才といったじのが座っていた。

彼が著任の報告をすると、

「ようこそ、コリングウッド尉。今日からここがあなたの職場よ。と言っても、ほとんど、ここにはいないでしょうけど……」

ガートルード・パントック佐の話では、彼はコパーウィート提督の次席副として、彼の補佐をすることになる。

「建前はそういうことだけど、あなたの仕事は提督のお供よ。“崖っぷちクリフエッジ”という有名なあだ名を貰ったあなたを政治的に利用したいだけ」

彼が微妙な顔をしていると、人好きのする笑顔で、

「勉強だと思って、一年間だけ我慢しなさい。あなたの力が本なら、將來必ず役に立つはずよ」

彼は支給された士用の軍服に著替えると、すぐにコパーウィート提督の下に向かった。

提督は尉任試験のときとは打って変わって、人好きのする笑みを浮かべて彼を迎えれる。

「よく來たクリフォード。クリフと呼んでもいいかな」

彼は「はい、提督イェッサー」と答えるが、心では、

(提督にノーとは言えないよ。それにしても試験の時とは全く印象が違う)

彼が著任の挨拶を終えると、提督は彼に椅子を勧め、

「ガーティから、話は聞いているかね。君は常に私の傍らにいてもらう。ガーティは副としての雑務が山積みだからな。できるだけ君が私の補佐をするように」

「了解しました、提督アイアイサー」

ガートルード・バントック佐の稱を突然言われ面食らうが、何とか話に合わせるように返答する。

提督は固さが取れないクリフォードを見て、笑みを大きくした。

「君は固いな。まあ、それが君の個なのだろう」

その後、提督が一方的に話すというじで面談が進んでいく。提督に相槌を打ちながら、クリフォードは提督のことで悩み始めていた。

(バントック佐は提督が政界に進出するために、僕を利用しようとしていると言っていたけど、本當なのだろうか? 話をする限りは部下思いのいい上のような気がするんだけど……)

提督との面談も終わり、彼は自分の部屋、士室ワードルームにある個室キャビンに向かった。

室は上級士である佐用のキャビンと下級士である尉用のキャビンに分けられており、彼は艦後部側にある下級士用個室に向かった。

(さすがは一等級艦だな。個室キャビンだけでも數十個ある。しかし、こんなに早くキャビンを持てることになるとは……)

途中で何人かの士たちと挨拶をわしていくが、艦の指揮命令系統とは切り離された司令部付きということで、表面的な話だけに終わる。

ブルーベルのような小型艦の雰囲気に慣れた彼は、疎外けていた。

キャビンは幅二・五m,奧行き四mほどの小さな空間だが、數年ぶりにプライバシーが守られる空間を得られたことに慨深げだった。

(士學校時代から數えて六年。ずっと誰かと相部屋だったからな。何か新鮮なじがするな……)

その後、彼と同じ時期にロイヤル・ソヴリンに配屬になった士の歓迎パーティなどが執り行われるが、すぐに提督と共に星ランスロットに降りていく。

それからはバントック佐の言うとおり、提督が出席する様々レセプションに狩り出され、話のネタにされていく。

「上院議員、彼があの“クリフエッジ”こと、クリフォード・コリングウッド尉なのですよ……彼は若く、有能な士でしてな……クリフ、トリビューンの潛の時の話をして差し上げなさい……それでは議員、あちらでしお話でも……」

このようなじで、コパーウィート提督はクリフォードを出に有力な政治家とのコネクションを作ろうとしていた。

二ヶ月もするとクリフォードも提督の政治的野心が見えてきた。

(提督は軍を退役したあと、國防関係の閣僚になるつもりのようだ。もしかしたら、今後訪れるかもしれない戦時において、首相になることを夢見ているのかも。しかし、二十歳そこそこの僕を利用しなくてもいいと思うんだが……)

クリフォードは提督に利用されることに次第に疲れをじ始めていた。

(バントック佐が一年間我慢しなさいと言った意味がよく分かった。ゴールが見えているから何とかなるけど、こういう形で政治に利用されるのは嫌だな……確かに政略なんかの勉強にはなるけど……)

キャメロット第一艦隊はキャメロット星系の防衛が主要な任務であり、演習でも星系を離れることはほとんどない。特に旗艦であるロイヤル・ソヴリン2は、キャメロット方面艦隊の総旗艦であるため、第三星軌道上から離れることは稀である。

彼はほとんど地上勤務と言っていい狀態だった。

それでも、提督の幕僚である參謀たちとの會話は、彼にとってかなり有益だった。

(參謀の考え方は、艦ふねは駒であって人が乗っているという意識は無い。それを考え出したら、死地に向かわせられないのだろうけど、こういう考え方は嫌だな。これから先、參謀は希しないようにしよう……)

■■■

次席副になってから半年ほど経った宇宙暦SE四五一三年十二月。

ある公爵の主催するパーティに隨行したクリフォードは、ほぼ一年振りにヴィヴィアン・ノースブルック伯爵令嬢と再會した。

それまでの一年間もメールなどで流はあったが、提督の副という休みのない職務とマスコミによる過剰な取材から彼を守るという理由で、直接會うことを避けていたのだ。

十七歳になった彼は一年前よりらしく、そして、更にしくなり、多くの若い男に囲まれていた。

彼はヴィヴィアンを見つけると、「ご無沙汰しております、ミス・ノースブルック」と聲を掛けた。

クリフォードの聲に驚いた彼は、「ミスター・コリングウッド! 本當に……」と言葉を失うが、すぐに上流階級の令嬢らしく、

「ごきげんよう、ミスター・コリングウッド。ご活躍はお聞きしておりましてよ」

は僅かに頬を上気させながらクリフォードに優雅に挨拶をする。

の隣には、四十代後半の紳士が立っていた。

「ほう、君があの有名な“崖っぷちクリフエッジ”のコリングウッド尉かね」

立ち居振る舞いからは想像できないほど、フランクに話しかけられ、クリフォードはし面食らっている。

ヴィヴィアンの非難するような視線をじたのか、すぐに謝罪の言葉を付け加える。

「これは失禮。私はヴィヴィアンの父、ウーサーだ。もちろん、ペンドラゴンではないよ。ははは、冗談だ。ウーサー・ノースブルックだ」

笑いながら、右手を出してくる。

(アーサーの父だから、ウーサー・ペンドラゴンか……アーサーさんが笑い話にしたくなる気持ちが分かる気がする……)

クリフォードはそのノリについていけず、固まった表のまま右手を握り返す。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド尉であります。第一艦隊司令コパーウィート閣下の次席副を拝命しております」

ノースブルック伯と挨拶をすると、コパーウィート提督が気付かぬうちに彼の後ろに立っていた。そして、笑顔でノースブルック伯に話しかける。

「ノースブルック伯、クリフと面識がおありですかな?」

「娘が尉のファンなのですよ、提督。いつも尉の話を聞かされておりましたからな。一度、話をと思いましてな」

初めてヴィヴィアンに會った頃は知らなかったが、ノースブルック伯は連邦下院の大で、次期財務卿の最有力候補、更には首相にすら手が屆くと言われている政治家だ。クリフォードはノースブルック伯の極自然なじの人當たりの良さに、さすがは人気の高い政治家だと心していた。

コパーウィート提督としては、政界進出に是非ともコネクションを作っておきたい人だったようで、しきりに伯爵に話しかけている。

クリフォードはその橫で、久しぶりに見るヴィヴィアンの姿に見とれていた。

(以前より落ち著いたじになった気がする。まさに貴婦人レディと言ったじだ。前に會った時はし子供っぽかったような気がするけど、このくらいの歳のは一年でこれほど変わるんだな)

彼に見つめられていることにヴィヴィアンは気付いていた。

(クリフォード様が見つめているわ。どこかおかしなところがあるのかしら? 昔のように二人になれる場所はないかしら?)

コパーウィート提督がその雰囲気をじ、助け船を出す。

「伯爵がクリフにご興味があるのなら、一度、お屋敷に伺わせましょう。クリフ、君に問題はないな」

クリフォードは「はい、提督イェッサー」と真面目に答えるが、心では公務で彼のもとを訪れる機會ができ、喜んでいた。

伯爵も「それは楽しみだね。ミスター・コリングウッド。近いうちに招待するよ」と笑顔を見せる。

そして、伯爵は「娘のエスコートを頼むよ。尉」と言って、提督とともにサロンの一畫に向かった。

殘された形のクリフォードとヴィヴィアンは顔を見合わせ、どうしていいものかと思案に暮れる。

「行ってしまわれましたね」

「そうですわね。本當にお父様ったら……」

二人はそう言うと同時に噴き出していた。

■■■

一週間後、クリフォードのもとにノースブルック伯爵からの招待狀が屆く。

コパーウィート提督に許可を貰いに行くと、し神経質そうな様子で、

「くれぐれも伯爵の機嫌を損ねぬようにな。ああ見えても伯爵は海千山千の政治家なのだ。行には十分注意してくれたまえ。帰ったらすぐに私のところに報告にくるのだ。分かったな」

更にバントック佐にも伯爵邸に行くことを告げると、

「伯爵と提督に利用されないよう十分に注意なさい。あなたの名聲はあなたが思っている以上に大きいわよ。特に王太子殿下に目を掛けられているだけで、政治的には十分以上の価値があると思っておきなさい。そろそろ分かってきているとは思うけど、特にご令嬢との関係には注意しなさい」

ヴィヴィアンに逢えるという高揚した気分が一気に冷めていく。

(政治的に十分に価値がある……僕に? 二十歳になったばかりの若造の僕に利用価値か……確かに今・の僕なら、ノースブルック伯にとっていい宣伝材料になるかもしれない。次期國王陛下になられる王太子殿下の覚えが目出度い僕なら、ヴィヴィアンとの結婚なんて話が出ればマスコミは挙こぞって報道するだろう。どうやって利用するかは別として、それをうまく利用できれば、伯爵のりはかなり有利になる……提督にとっても同じだ。このことで將來の首相候補に恩を売れれば、政界りはかなり有利になる……まあ、僕にそれだけの価値があるとしての話だけど……)

十二月二十二日。

彼は星ランスロットの首都チャリスにあるノースブルック伯爵邸に向かった。

伯爵邸はしい庭園のある大きな屋敷で、田舎の自分の実家とは比べにならないなと思いながら、門番に訪問を告げる。

中に通され、伯爵と息子のアーサー、娘のヴィヴィアンと會食をするが、政治向きの話は一切なく、更にヴィヴィアンとの話も特に出ることはなかった。

張していた彼は帰り際に心の中でホッと息を吐くが、最後の伯爵の言葉に冷や水を掛けられる。

「君に含むところは一切ない。だが、我がノースブルック家は代々國政に関わる家なのだ。今・の君では、ヴィヴィアンとの際を認めるわけにはいかない。理由は分かるかね?」

彼は突然の質問にパニックに陥り掛けるが、何とか立て直す。

「はい。今の私は虛構の上に立っているだけの道化に過ぎません。表層だけ見れば利用価値はあるでしょうが、私が何かミスを犯せば、手の平を返したように叩かれるでしょう。高く持ち上げられたものが落ちると衝撃はその分大きいですし、近くにいるものにも被害が及びます」

伯爵は「ほう」と小さくもらして意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの人好きのする顔に戻していた。

「そうか……娘のことはともかく、たまには遊びに來なさい。君なら歓迎するよ、クリフォード君」

ファーストネームを呼ばれて驚くが、そのまま敬禮をして屋敷を出て行った。

(一応、落第じゃないってじかな。いつもの“崖っぷちクリフエッジ”狀態と同じか。まあ、自分の中のヴィヴィアンに対する気持ちがはっきりしていないし……可いと思うし、いい娘こだなとも思うけど……は難しいな……)

司令部に帰り、コパーウィート提督に報告をする。

彼は正直に、現段階ではヴィヴィアンとの際は拒否されたこと、但し、屋敷に遊びに來るよう言われたこと、伯爵にファーストネームで呼ばれたことを話していく。

「そうか……伯爵から招待があった場合は、よろしく言っておいてくれたまえ。うむ……」

提督はクリフォードを下げさせると、一人で今後のことを考え始める。

(コリングウッドはうまくやっている。だが、伯爵は私の考えを理解しているようだな。あとは自分の力次第ということか……ということは、コリングウッドとヴィヴィアン嬢との話がスキャンダルとして取り上げられると拙いな。し早いが、宇宙そらに上げるか……)

クリフォードは尉任から僅か九ヶ月後の宇宙暦SE四五一四年三月一日に中尉に昇進した。そして、第五艦隊第二十一哨戒艦隊旗艦、HMS-D0805005、サフォーク5の舷門ギャングウェイの前に立っていた。

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