《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第五話
宇宙暦SE四五一四年五月五日 標準時間一三時三〇分
HMS-D0805005重巡航艦サフォーク5の搭載艇マグパイ1は、僅か三時間で旗艦から戻ってきた。搭載艇格納デッキに降りてきたモーガン艦長とキンケイド佐の顔に笑顔はなく、マグパイの搭乗員たちにも重苦しい空気が漂っていた。
(僅か三時間しか旗艦にいなかったということは、明らかに歓迎されていないな。艦長室で待たされた上、十分から十五分くらいの面談しか許されなかったんだろうな)
クリフォードは自分の副時代を思い出し、モーガン艦長が提督から軽く扱われていると考えていた。
(機嫌が悪いんだろうな。やっぱり、僕が當たられるんだろうな……)
モーガン艦長は無表のまま、戦闘指揮所CICにり、艦放送のマイクを手に取る。
「総員に告ぐ。本艦は直ち・・に本星系を離れ、ターマガント星系での哨戒任務に就く。一時間後にジャンプポイントJPに向けて発進する。繰り返す……」
艦長は放送を終えると、報士のスーザン・キンケイド佐に哨戒艦隊の全艦に同様の報を伝えるよう指示した。
「了解しました。艦長アイアイマム。ですが、よろしいのでしょうか? 艦長から直接お伝えしなくても?」
モーガン艦長はその一言に、キッと目を吊り上げ、
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「あなたは私が恥を掻けばいいと思っているの? 提督に相手にされず、更に追い払われるように任地に向かえと言われたことを、各艦長に自分の口から説明しろと?」
キンケイド佐は「申し訳ありませんでした。直ちに伝達いたします」と頭を下げて、コンソールに向かった。
艦長はアリンガム副長に向かって、ややヒステリックな口調で指示を出す。
「副長ナンバーワン! 私の放送を聴いていなかったのか? 直ちに発進準備を始めなさい!」
副長は無表なまま、「了解しました。艦長アイアイマム」とだけ答え、発進準備を始めた。
標準時間 一四時〇〇分
第五艦隊所屬、第二十一哨戒艦隊C05PF021は、ターマガント星系行きJPに向けて、加速を開始した。
五月七日 標準時間〇三時〇〇分
第二十一哨戒艦隊は、無數の高機機雷が敷設されているターマガント星系行きJPに到著した。そして、すぐに超空間航行FTLに移行した。
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五月十三日 標準時間〇八時〇〇分
第二十一哨戒艦隊はターマガント星系に到著した。
アテナ星系を出発してからの七日間、サフォーク5の艦は、ギスギスとした空気に支配されていた。
艦長のサロメ・モーガン大佐の機嫌が悪かったことが原因だが、アリンガム副長を始め、艦長のお気にりであるはずのレオン・トムリンソン大尉やブルース・リード中尉ですら、艦長の勘気にれていた。
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特に嫌われているクリフォードは、彼が行う必要ない雑務をさせられ、FTL中もほとんど休むことができなかった。彼に無駄な仕事を與えたため、その余波をけた準士以下も、のんびりとしたFTLを過ごすことができず、下士兵たちの不満が高まっていた。
さすがにベテランの準士である掌砲長ガナーや掌帆長ボースンは、不平をらすことは無かったが、若い掌砲手ガナーズメイトや掌帆手ボースンズメイトなどの下士は、自分たちの食堂甲板メスデッキで不平をらしていた。
「なんで整備したての大型艇ランチの詳細點検なんかしなくちゃいけねぇんだよ!」
二等兵曹のゴドフリー・ジョーンズは、工箱を蹴りつけながら、同僚のロブ・レーマン二等兵曹にぼやいていた。
レーマン兵曹は工箱を持ち上げ、「道に當たるな、ゴドフリー」と睨んだ後、
「そんなもん決まっているだろうが、あのヒステリーのせいだ」
ジョーンズ兵曹は「馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ」と吐き捨て、
「“クリフエッジ”に嫉妬するなんざ、大人ののやることじゃねぇ。自分の子供くらいの若造だぞ、あのクリフエッジは」
レーマン兵曹も大きく頷き、更に艦長への不満をぶちまけていった。
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クリフォードはアテナ星系での航法計畫立案に始まり、FTL中の各兵裝の點検の指揮、搭載艇の整備の監督、更には主計長の資消費計算のチェックまでやらされていた。
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彼はそれらの仕事に不平をらすことなく、黙々とこなしていったが、心では自分に対するいじめではないかと考えていた。
(艦長に徹底的に嫌われているんだな。しかし、ここまで関係ない仕事をさせなくてもいいはずだ。まあ、経験のない僕には助かっている點もあるんだが、それでも……せめて、愚癡を零せる相手がしいな……)
彼は艦長のいじめにも似たしごきのおかげで、サフォークについての知識が一気に増えていった。
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ターマガント星系はキャメロット星系から十パーセク(約三十三年)、アテナ星系から六パーセク(約二十二年)離れた無人星系だ。ゾンファ共和國の前線基地があるジュンツェン星系からも十パーセク、もっとも近いゾンファの星系、ハイフォン星系からは五パーセク(約十六年)の距離にあり、両陣営の中間點に位置している。
星系に赤暗の弱いを放つ主星のターマガントは、小型の恒星、M5型の赤矮星であるため、弱い重力場しか持たず、星は軌道長半徑〇・七Au(一億km)に、直徑四千kmほどの小型の星が一つあるのみである。
この他の天は、公転軌道半徑約三十分(五・四億km)の軌道に、幅百秒(〇・三億km)ほどの小星帯が存在するのみで、最大直徑百km、最小は數mの氷や巖石が無數に散している。
ジャンプポイントJPはアテナ側が主星から三時、ハイフォン側が二・五時の距離にあり、最短距離を通ったとしても、五・五時の距離があるため、〇・二C速の星系最高巡航速度をもってしても、星系橫斷に三十時間近く掛かる。
両陣営ともターマガント星系には、恒常的な軍事拠點を作るまでに至っていない。領有権については、先の戦爭、第三次アルビオン-ゾンファ戦爭の停戦協定により、アルビオンの領有で確定しているはずが、近年、ゾンファ側がアルビオンの領有権が無効であると主張し始め、両國間の張が高まっていた。
アルビオン軍はアテナ星系を防衛ラインと位置づけ、ターマガント星系は哨戒ラインと考えられている。このため、アテナ星系から派遣される哨戒艦隊は、アテナ星系側JP付近に通報艦――戦闘力は持たないが、最大十パーセクの超速航行FTL能力を持つ連絡用の艦船――を配備しつつ、星系を哨戒していた。
哨戒艦隊はゾンファ側を刺激したくないという理由で、通常數隻の小艦隊を編し、三日程度の短期間で替している。
ターマガント星系に到著した第二十一哨戒艦隊は、現在哨戒中の第六艦隊の第十五哨戒艦隊と替するため、到著の通信をれた。
第十五哨戒艦隊は、アテナ星系側JP付近を遊弋しており、タイムロスがほとんどない通信で報を換した。
「……靜かなもんだよ。ゾンファあちらさんも學習したんだろうな。アテナライン――ジュンツェン星系からのキャメロット星系への侵攻ラインは、アテナ星系ラインとスパルタン星系ラインがある――からは侵攻できないって。ここ數ヶ月、敵お客さんの姿はないな……」
第十五哨戒艦隊は三時間後の一一時〇〇分にアテナ星系に向けてジャンプした。
第二十一哨戒艦隊は小星帯の上方――天頂方向――を通る航路で、ハイフォン星系側JPに向けて加速を開始した。
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時は四月二十五日に遡る。
二月二十三日にキャメロット星系を出発したゾンファ共和國の諜報員は、中立である自由星系國家連合のヤシマ星系を経由し、前線基地のあるジュンツェン星系に到著した。
彼はジュンツェン方面軍司令部にキャメロットでの果を報告し、直ちに主星系ゾンファに向かった。
報告をけた司令長、フー・シャオガン上將――ゾンファの階級、大將に相當――は、直ちに作戦の実行を命じたが、心では軍事委員會が計畫したこの作戦に疑問を抱いていた。
(確かにリスクのない作戦だが、この作戦をもって、アルビオンとの戦端を開くには無理が無いか? 先の戦爭から権勢を失いつつある軍事委員會が冒険に出たのではないか? スゥン委員が前回のクーロン作戦の失敗を挽回しようと無理しているようだな……チェン委員に釘を刺しておいた方がいいかもしれん……)
フー上將は副に命じ、使者を派遣するが、同時にハイフォン星系駐留艦隊にも作戦の開始を伝達するよう指示した。
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その頃、ハイフォン駐留艦隊所屬の重巡航艦ビアン(鞭)の艦長、フェイ・ツーロン大佐は、自らの戦隊の狀況を確認していた。
(軽巡航艦がティアンオ(白鳥)、ヤンズ(燕)、バイホ(鶴)の三隻、駆逐艦がタンラン(蟷螂)、ジャツオン(甲蟲)、ツアン(蟬)、ディエ(蝶)、チユマイ(子)、ジュヘウア()、スウイシアン(水仙)の七隻。ティアンオのリー・シアンヤンが次席指揮か……人格的には信用できるが、臨機応変の點でバイホのマオ・インチウに劣る。今回の作戦では臨機応変の対応が重要だ。リーがもうしな頭の奴なら、不安はないんだが……)
元々、フェイ・ツーロンはターマガント星系での作戦について、その功を危懼していた。
(今回の作戦は機上の空論に近い。工作員の謀略が功したとして、タイミングが問題だ。キャメロットから、ジュンツェンまで三十九パーセク。移するだけでも二ヶ月は掛かる。更にジュンツェンからハイフォンここまで命令が屆くの十日弱、つまり、二ヶ月半近く前に仕込んだ策を信じることが前提なのだ……)
そして、ここ數ヶ月間、作戦宙域であるターマガント星系の偵察を行っていないことも気になっていた。
(敵に悟られないよう偵察艦隊を派遣しないというのは、理解できないことも無いが、報も無く戦隊を率いて行くにもなってしいものだ。軍事委員會の事務局の連中は一度戦場に立つべきだな。まあ、フー・シャオガン上將親父さんは判っているんだろうが……)
五月二日。
フェイ艦長の下にジュンツェン方面軍からの命令が屆いた。
彼は心の不安を隠し、麾下の艦長たちを自艦に集める。
「司令部から作戦開始の命令が屆いたぞ。作戦開始日時は五月八日二二〇〇だ……」
十人の艦長たちを見回し、更に言葉を続ける。
「いいか、この作戦はタイミングが命だ。部下たちにもそのことは充分に理解させておけ! 俺たちがここでしくじれば、その後の戦いにも大きく影響する。俺たちに國の命運が掛かっているんだ! 作戦計畫をもう一度確認するぞ……」
部下たちを鼓舞する彼の心は、言葉とは裏腹に冷めていた。
(この作戦に功すれば問題はない。だが、僅かでも齟齬が生じれば、俺たちは生贄スケープゴートとして処分されるだろう……功する確率は極めて低い。時として、指揮は自分が思ってもいないことを、部下に信じさせなければいけない。それは判っているんだが……)
彼はその考えを意識の下に封じ込め、作戦計畫書の確認を始めた。
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