《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第七話
宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇〇時三〇分
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・艦>
副長のグリフィス・アリンガム佐は、當直シフトを終え、調不良になった航法長、ジュディ・リーヴィス佐がいる醫務室にいた。
そして、軍醫のマーガレット・ケアード軍醫佐の許可を貰い、リーヴィス佐に面會していた。
「ジュディが調不良とは……ゾンファの謀略か? それとも妊娠か?」
アリンガム副長が冗談じりにそう言うと、リーヴィス佐は青白い顔で首を振る。
「そう言うなと言いたいところだが、自分でも毒を盛られたのでないかと思うくらい突然だったんだ。士學校にってから十五年以上経つが、今まで一度も病気になっていないのが、私の唯一の自慢だったんだ。まして、何もない航宙中に艦の安全な食事で腹痛など……」
副長がし心配そうに、「軍醫せんせいは何て言っているんだ?」と尋ねると、
「原因不明だそうだ。念のため、毒の反応も調べてくれたそうだが、検出されなかった。アレルギー反応の一種だろうという話なんだが……定期健診で調べてあるはずなんだがな。先生の予想だと、複合的に起こったアレルギー反応に似た癥狀ではないかってことだ」
「複合的な?」
「Aという質とBという質があり、どちらに対しても反応は現れないが、Aを摂取した後にBを摂取すると、それがトリガーとなって反応が現れる場合があるそうだ」
「それは災難だったな。まあ、大した任務でもないし、ゆっくり休めよ」
そう言って、部屋を出て行こうとしたとき、艦に一斉放送が流れた。
『通信系故障対応訓練を開始する。PDAを含むすべての通信機の使用が制限される。使用者は直ちに作業を中止し、訓練に備えよ。開始、五秒前、四、三……』
そして、その放送に被るようにもう一つの放送が流れていく。
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『部破壊者インサイダー対応訓練を開始する。CICを除くすべての出力裝置は訓練終了まで使用不能となる。作業中の者は直ちに作業を中止し、コンソールよりログアウトせよ。訓練開始、五秒前、四、三、二、一、開始』
副長は「訓練だと! 聞いていないぞ! くそっ!」とんで、病室から走り出す。
(艦長が思いつきで始めたんだな。しかし、副長の俺に一言もないとは……これは一度、きっちりと話をつけなければならないな)
アリンガムはモーガン艦長が気まぐれに訓練を始めたと思っていた。だが、自分の個人用報端末PDAが使用不能になっていることに気付き、更に艦の各所で機械ロックの作音が響くことに疑問を持った。
(訓練をやるのはおかしなことじゃない。だが、二つの訓練を同時にやるのはあの艦長でも拙いと思うはずだ。そもそもここは戦闘宙域だぞ。そこで訓練とは……ジュディの調不良といい、嫌な予がするんだが……)
戦闘指揮所CICの前にたどり著いたアリンガムは、歩哨に立つ宙兵隊員にCICへの室を告げる。
「グリフィス・アリンガム佐、CICへ室する」
宙兵隊員はお手本のような敬禮で副長を迎いれる。
アリンガムはCICの扉にIDを當て、生認証裝置を使おうとしたが、認証裝置が作しない。
二度、三度とやり直すが、IDの認証が拒否される。
(部破壊者インサイダー対応訓練か。CICが完全にロックされている。ということは、急対策所ERCもロックされているはずだな。通信も使えないとなると、艦長が終了を宣言するまで、この狀態が続くのか……)
■■■
〇一〇〇
報がないまま、三十分が過ぎた。
アリンガム副長は急対策所ERC、機関制室RCR、主兵裝ブロックMAB、格納デッキなどを順次回ったが、すべて厳重にロックされており、そのいずれにもることが出來なかった。
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不安げな乗組員に「すぐに終わる」と笑顔で説明しながら、艦を巡回していく。
巡回を終えた彼は仕方なく、士室ワードルームに戻り、同じように締め出された士たちとソファに座っていた。
「グリフィスが聞いていないというのは問題だな。危険がない任務とはいえ、作戦行中なんだ。せめて、副長には事前に了解をとっておくのが、常識ってもんだろう。まあ、艦長に常識を求めても仕方が無いのかもしれんがな」
戦士のネヴィル・オルセン佐が吐き捨てるようにそう言うと、副戦士のオードリー・ウィスラー大尉も大きく頷いていた。
「そうは言っても、未だに訓練の終了が宣言されん。これでは文句の言いようが無い」
憮然とした表でアリンガム副長が呟く。
「機関長チーフは機関制室RCRにいるそうだが、他の連中はどこにいるんだ?」
オルセン佐の問いにアリンガムが答える。
「グレタ――副航法長グレタ・イングリス大尉――は格納デッキにいるはずだ。艦長にマグパイ(かささぎ)の整備狀況を確認するよう言われていたからな。レオン――副報士レオン・トムリンソン大尉――の居場所が判らん。主兵裝ブロックMAB辺りで逢引でもしているんだろう。ダレン――宙兵隊隊長ダレン・ハート宙兵大尉――と、バリー――同副隊長バリー・アーチャー宙兵中尉――は宙兵隊の食堂メスデッキにいたな」
ウィスラー大尉が「そうすると、ERCには誰も士がいないんだね」と確認する。
「そうだな。まあ、この時間だから掌帆長ボースンもいないだろうし、掌帆手ボースンズメイトの誰かがいるかもしれんが、士はいないだろうな」
副長の答えに報士のハリソン・エメット尉が「しかし、それは拙いんじゃないですか?」と口にする。
「確かに艦隊運用規則違反になるな。ERCに士がれない狀況は、規則では認められていない。なくとも士がERCにいる狀況でなければ、こんな訓練はやってはいけないはずなんだ」
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副長の言葉にオルセン佐も頷く。
「今、CICで何かが起きるか、敵が現れるかしたら、完全に運用規則違反になる」
副長が「そうだな」と答えたとき、艦に放送が流れ始めた。
『達する! 達する! モーガン艦長及びはキンケイド佐が死亡した。現在、本艦はコリングウッド中尉が指揮を執っている。達する! 達する! モーガン艦長……』
その放送に士室の全員が立ち上がる。
「艦長が亡くなった? キンケイド佐もだと……」
「何が起こっているんだ?」
そして、放送が一旦終わり、再び一斉放送が流れる。未だ、騒いでいる士たちにアリンガム副長が「靜かにしろ!」と一喝して黙らせる。
『達する! 達する! 現在継続中の通信系故障訓練及び部破壊者対応訓練の解除の目途は立っていない。達する! 達する! 現在継続中の……』
士たちは放送を聞くため、私語をやめていた。そして、再び放送が途切れ、別の放送が始まる。
『達する! 達する! 〇一〇〇、ハイドンJPにてゾンファ艦隊を探知した。ゾンファ側の意図は不明。達する! 達する! 〇一〇〇……』
アリンガムはゾンファ艦隊と聞き、一連の騒の裏にゾンファの影があるのではと考えた。
(このタイミングでゾンファ艦隊だと。ここ數ヶ月姿を見せなかった奴らが、このタイミングで現れたのは間違いなく、艦長の死と関係があるはずだ。だが、この狀況でどうすれば……)
更に放送は続いていく。
『達する! 達する! 急対策所ERC、機関制室RCR、主兵裝ブロックMAB、格納デッキにいる者は警報試験にて三秒間鳴させよ。達する! 達する!……』
アリンガムは何をするつもりだと首を傾げる。
(警報試験だと? 何をするつもりだ、こんな時に……そうか! 各制盤に人員がいるか確認しているんだな。よく考え付くな。さすがは噂の“崖っぷちクリフエッジ”だ。だが、俺たちは何をしたらいいんだ?)
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所>
〇一一〇
クリフォードは定時放送システムに必要な文言をれたというサドラー機関兵曹の報告を聞き、一斉放送を流すよう命じた。
普段なら晝食など放送に使われ、「達する! 達する! 下士兵は食堂メスデッキにて晝食ランチ」などと言う張のない言葉なのだが、今はその中的な音聲が張を持っているようにじていた。
『達する! 達する! モーガン艦長及びはキンケイド佐が死亡した。現在、本艦はコリングウッド中尉が指揮を執っている。達する! 達する! モーガン艦長……』
クリフォードは「二回ずつ流していってくれ」と命じ、最後の放送パターンが流れるまで待つ。
その間に掌砲手のクロスビー兵曹が、
「パルスレーザーの変調回路調整完了! 力した文字に従い、平文で信號を送ることが可能です」
クリフォードは「ご苦労、兵曹」と労ったあと、放送が流れるCICで、各艦への連絡文案を力する。
(“モーガン艦長及びキンケイド佐が死亡。ゾンファ艦隊に対応するため、〇一三〇に変針する。各艦は本通信を理解したら、直ちにパルスレーザー二連により、返信せよ”……とりあえず、この程度の報でいいな。全艦が気付いてくれればいいんだが……)
「クロスビー、この文面を各艦に向けて送れ! 全艦から返信があり次第、別の命令を送信する。こちらは任せるぞ」
クリフォードはクロスビーの了解も聞かず、放送に耳を傾ける。
『……達する! 達する! 急対策所ERC、機関制室RCR、主兵裝ブロックMAB、格納デッキにいる者は警報試験にて三秒間鳴させよ。達する! 達する!……』
「ティレット、レイヴァース、二人で各制盤の警報鳴を確認してくれ。警報が鳴らない盤をチェックするんだ」
「「了解しました、中尉アイアイサー!」」
(さて、どれだけ盤の前に人がいるんだろうな。引継直後だから、誰もいないという可能もある……)
定時放送システムの音聲が途切れた瞬間、CICに現地盤ローカルボードで警報が発信されているという表示が現れ始める。
「ERC警報確認、RCR警報確認……」
「じぇ、Jデッキ、格納エリア作盤、け、警報確認……MAB主砲制盤警報、か、確認……」
ティレットのらしいらかい聲と、レイヴァースの上り、ところどころどもるやや高い聲がCICに響いていく。
一分ほどですべての表示が確認され、主要な制盤に人がいることが確認できた。
クリフォードは各艦からの連絡を待つ間、ゾンファからの通信容について考えていた。
(このタイミングで通信を送ってくるということは、本星系はゾンファの領有宙域だから、出て行けというものだろう。もし、こちらの狀況を判っているなら、返信が無い場合は敵対の意志ありと判斷して攻撃するというところか……どうするべきかな)
そして、Jデッキ、すなわち格納デッキに人がいるという報告が耳にっていた。
(この訓練はあの時間にサフォークに接続していたシステムだけに効いているはず。それなら、搭載艇の通信システムは使えるはずだ……だが、搭載艇を出しても、サフォークに連絡できない……)
そこで、敵の意図について、もう一度考えてみた。
(敵がこのタイミングでこの星系にやってきたということは、キンケイド佐の行為と何らかの関係があると考える方が合理的だ。だとすれば、敵はこちらが通信に答えられないこと、更には艦隊の意思疎通もできていないと判っているはずだ)
そして、自分ならこの狀況をどう利用するか考え始める。
(僕ならこの狀況を利用して、通信に答えず、敵対する意志を見せたと言って殲滅するだろう。通報艦が五・五時先にいるが、それは問題じゃない。アルビオン側の艦船がゾンファに敵対したという事実が重要なんだろう。だとすると、こちらは囮。通報艦がアテナ星系とキャメロット星系に飛んでいけば、アテナ側の防備を固める。だが、本命はスパルタン側だ……いや、今はそこまで考える必要は無い。今は敵艦隊の行を考えるべきだ……)
搭載艇を出すことについて、思考を進める。
(搭載艇を出せば、通信の傍と返信が可能だ。こちらに敵対の意思が無く、単なる故障による返信不能と言っておけば、敵の思の一つは防ぐことが出來る……)
彼は航法員のティレット兵曹に搭載艇が発進可能か確認する。
「ティレット、マグパイ1――サフォーク5の雑用艇ジョリーボート――か、アウル1――大型艇ランチ――を発進させられるか確認してしい」
すぐにティレット通信兵曹から、「発進用ハッチの開閉は遠隔では不可能です!」という答えが返ってくる。
「手なら可能なのだな……サドラー、Jデッキ宛てに放送を頼む。文面は、“Jデッキに士はいるか。いるなら、三秒、いないなら十秒間警報を鳴らせ”だ」
サドラーがすぐにその文面を打ち込み、放送が開始される。
そして、すぐに「Jデッキ作盤警報確認、三秒です!」というティレットの聲が響く。
「次はこの文面で頼む……」
彼はマグパイ1かアウル1の発進が可能か、そして、ゾンファとの渉に志願するかを確認した。
そして、どちらの問いにも三秒間の警報、すなわち、了解と返って來た。
「では、“艦から発進し、ゾンファ艦隊の通信を傍せよ。そして、當艦隊の通信系が故障しているため、返信が出來ないことをゾンファに送信せよ”と流してくれ」
その放送が流れると、三十秒ほどの沈黙の後、警報が三秒間鳴った。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・Jデッキ格納庫>
〇一一五
サフォークの最下層デッキ、Jデッキにいた副航法長のグレタ・イングリス大尉は艦放送を聞き、自分たちが危機的狀況にあると考えていた。
(この狀況は拙いわね。航法長が調不良になったことを含めて、敵の工作員が艦にいると考えるべきね。それより、ゾンファの方よ。ここからじゃ、どの程度の規模の艦隊かは判らないけど、恐らくこちらより強力なはず。それにこの狀況では敵に対応できないわ……それにしても、艦放送と警報試験を使うなんて、さすがは“クリフエッジ”ね)
そして、一旦沈黙した艦放送が再び流れた時、彼はすぐに自分に期待されることが理解できた。
(搭載艇で宇宙そとに出ろっていうことね……そして、ゾンファと渉しろと……敵はこちらが通信できないと知っている。だから、向こうの通信を信して、意図を確認し、適切に返信しろと。だから、士がいるか確認したのね。この艦に來てから碌なことはないけど、これが最たるものね……)
イングリス大尉はクリフォードが転屬してくる二週間前に著任していた。
そして、すぐに艦長と副長が対立していることを知り、自分が“ハズレ”の艦に來てしまったことに気付いた。その後、クリフォードが転屬してきたため、自分がターゲットになることはなかったが、副長やキンケイド佐といった旗幟を明らかにしている士とはできるだけ付き合わないようにしていた。このため、本來寛げるはずの士室でも張して過ごしていた。
僅かに悩んだ後、イングリス大尉は大きく息を吐いた。
「マグパイで出ます! 警報試験三秒で返信しなさい」
彼は搭載艇の整備をしていた掌帆手バーバラ・オニール三等兵曹にそう命じる。
オニールが警報試験で返信すると、イングリス大尉はマグパイ1の発進準備を始めた。
「オニール、手開閉裝置の作を頼むわ。出て行ったら、もう戻って來れないから、すぐに閉止しなさい。それから、戦闘になる可能があるから、減圧に対応出來るように準備しておきなさい」
イングリス大尉は発進したら、艦の通信機能が回復するまで帰還できないと考えていた。
(一人で行くなら、マグパイの方がいいわ。加速はいいし、ステルスもある。発進して通信を終え、すぐに小星帯に逃げ込めば、一ヶ月くらいは生きていける。もしかしたら、私だけが生き殘ることになるかもしれないけど……)
彼はオニール兵曹の敬禮に見送られながら、雑用艇マグパイ1に乗り込んでいく。
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所>
五月十五日 〇〇三〇
ゾンファ共和國軍ハイフォン駐留艦隊八〇七偵察戦隊スカウティングフリートの司令、フェイ・ツーロン大佐は計畫通りのタイミングでターマガント星系にジャンプアウトした。
「時間はばっちりだな。よし、敵の狀況を大至急確認しろ」
そう命じたあと、通信兵に星系への通信準備を命じた。
索敵擔當下士から、アルビオンの哨戒艦隊は想定距離三十分の位置にあり、〇・二C速でジャンプポイントに向けて航行中との報告があった。
(位置も計畫通りだ。敵の指揮はかなり幾帳面な格のようだな。あとは作戦通りに進んでいるかだけだ。下手をすれば、既に見し、逆にこちらが罠に掛かる可能もあるからな……)
彼は心の不安を隠し、星系に向けて通信を開始した。
「こちらはゾンファ共和國軍ハイフォン駐留艦隊八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐である。本星系は我が共和國の領有宙域である。本通信領後、不法に侵している艦船は直ちに本星系より立ち去るべく行を開始せよ。行開始時に抵抗の意思が無いことを示せ。なお、我らの要請に従わぬ場合は、実力を持って排除する。繰り返す……」
通信を終えたフェイ・ツーロンは、「現狀を維持し、敵にきがあれば知らせろ!」と命じ、指揮シートにを沈めた。
通信兵曹より、敵艦隊では通信用の電波が発信されていないという報告があった。
(工作員の“仕込み”は完璧か。さて、敵はどう出るかな。戦力的には我々の方が十分に強力だが……何にせよ、七年ぶりの実戦だ。久しぶりに軍艦乗りのが騒ぐ……)
彼はメインスクリーンに映る敵艦隊の姿を眺めながら、不敵に笑っていた。
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