《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第九話
宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一時三〇分
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所>
〇一三〇
クリフォードはメインスクリーンに映る雑用艇ジョリーボートの姿が、徐々に後方に消えていくのを無言で見つめていた。
(誰かは判らないけど、うまく通信をしてくれたんだろうか。敵に口実を與えないということを理解してくれていればいいが……)
そこでこの艦の士たちの顔を思い浮かべ、自分より経験がある士だと思い出す。
(し増長しているな、僕は。この艦の士はすべて先輩だということを忘れていたようだ……)
そして、敵艦隊のきに目をやった。コンソールに表示される敵艦隊を示すアイコンには敵が減速を開始し、針路を自分たちの方に変えたことを映していた。
(あのタイミングだと、三十分前に減速して、十分前に針路を変更している。このまま、こちらが何もしなければ、倍の戦力で正面から攻撃される。敵はマグパイの通信を無視して攻撃を掛けるつもりなんだろうか? その結果が判るにはあと五分は掛かる。それでは遅い……)
クリフォードは敵との戦が回避できないものと考え、敵の裏を掻くことを思いつく。
(敵はこちらが通信不能だと思い込んでいるはずだ。実際、パルスレーザーでの通信はこの距離では検知できない。なら、そこに付ける隙は無いか? 敵はこちらがパニックに陥っていると期待・・している。もし、こちらが分離して逃げ出すようなきを見せたら、敵はこちらが逃げ出したと思いこむはずだ。そうなれば、敵はこちらを殲滅するために隊を分けるだろう。うまくいけば、各個撃破に持ち込むことも可能だ……)
そこで、周りを見回し、自分が誰にも相談できないことを改めて思い出す。
(このCICには僕しか士がいない。技的な助言を求めることは出來る。だが、艦隊の命運を掛ける指揮に対して、下士たちは助言する権限を持たない。僕一人の判斷で、敵と戦闘を決めてもいいのだろうか……違う! 僕が決めないといけないんだ! サムは一人で無理はするなと言ってくれたけど、一人で決めないといけないんだ。それが指揮を引き継いだ者の責任なんだ)
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彼は小さく息を吐き出し、心を落ち著かせる。
(とりあえず、戦闘に専念するぞ! よし!……)
彼は通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に、落ち著いた聲で命令を出す。
「通信系の復舊は後回しだ。パルスレーザーでの通信に専念してくれ」
そして、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に、「クロスビーは兵裝の制を頼む」と言ったあと、CIC要員全員に対し、敵との戦を宣言した。
「敵・の目的は不明だが、こちらの通信が使えないことを利用し、開戦の口実を作ろうとしている可能がある」
彼はCICを見回しながら、更に話を続けていく。
「敵は明らかに我々を攻撃しようとしている。恐らく一旦戦端を開いたら、我々の口を封じるために殲滅しに掛かるはずだ……」
殲滅という言葉にウォルターズ兵曹がびくりと肩を振るわせる。
「……そして、現狀では我々にその戦闘を回避するすべは無い。逃げることもできないのだ……」
クロスビー兵曹はその言葉に頷き、不敵に笑みを浮かべている。
「敵の戦力は我々のおよそ二倍だ。更にこちらはCIC要員だけで戦わなければならない」
彼の言葉に若い索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が僅かに項垂うなだれる。
「だが、敵の油斷をえば、勝機は十分にある! 敵はこちらが通信を使えないと思い込んでいる。ここにつけ込めば、敵を分斷し、各個撃破も可能だ!」
クリフォードは、我ながら偉そうなことを言っていると思いながらも、更に言葉を続けた。
「隊を二つに分ける。サフォーク、ザンビジ、ウィザードの三隻がAアルファ隊、ファルマス、ヴェルラム、ヴィラーゴの三隻をBブラボー隊とする。ブラボー隊は敵から逃れるように針路を変える。敵は我々を殲滅する必要があるから、ブラボー隊に艦を差し向けるだろう。アルファ隊はタイミングを計って、敵の分派した部隊に向けて針路を変更し、ブラボー隊と挾撃する。これで敵との戦力差はほぼ無くなるはずだ」
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唖然としているCIC要員たちを無視して、命令を下していく。
まず、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹に、
「ティレット。ブラボー隊を〇一三五にアテナ星系側ジャンプポイントJPに針路を変えさせる。五分後に敵がブラボー隊を追うと仮定して、アルファ隊が取るべき針路、加速度の計算を大至急頼む」
ティレット兵曹が「了解しました、中尉アイアイサー」と言うのも聞かず、通信兵曹のウォルターズに指示を出す。
「全艦に向けて通信を頼む。ファルマス、ヴェルラム、ヴィラーゴは、ファルマスを旗艦としてブラボー隊を構。ザンビジ、ウィザードは本艦と共にアルファ隊を構する。ブラボー隊はアテナJPに向けて転進し、追ってくる敵艦隊の分艦隊をいこむ……ファルマスは〇一三五にアテナJPに向け、最大加速度で転進。ヴェルラムは〇一三六、ヴィラーゴは〇一三七にそれぞれファルマスに追従せよ」
ウォルターズがすぐにコンソールを作し、パルスレーザーを使って通信を開始する。
(これで敵が食いつけば、敵の分艦隊を挾撃できる。もし、食いつかなければ、ブラボー隊がアテナ星系に出できるから、我々にリスクはないはず。問題は敵がどの程度の戦力をブラボー隊に振り向けるかだ……一旦減速しているから、高機の軽巡、駆逐艦で追尾するはずなんだが、もし、重巡がると厄介だ。あとはタイミングが問題だ……)
ティレット兵曹が計算を終え、大聲で報告してきた。
「計算完了しました。〇一四〇に最大加速度にて、方位左舷百五十五度、上下角マイナス十度に変針……二十五分後にブラボー隊を追う敵の左舷約百三十度から最接近できます。ブラボー隊も二十分後に再変針すれば、同時に敵左舷約三十度から接近可能です」
ティレットの報告容がメインスクリーンに映し出される。
ブラボー隊がUターンするように左舷百五十度の方向に加速を開始し、そのまま加速を続け、三十分後にアテナJPへの軌道に乗る軌跡が映し出されていた。
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ブラボー隊に追従するように敵の分艦隊が加速を開始し、更に敵本隊がアルファ隊に向けて加速を開始する。
同時にアルファ隊がブラボー隊より、更に鋭角にUターンして、敵の分艦隊の後方に回り込む。
(敵本隊がどうくかだ。敵との距離は五分。こちらのきを知ってからきを変えるとして、最接近距離は二分。敵が気付いた時には、こちらは分艦隊の脇腹に食らいつく軌道になっているはず……敵の指揮が慎重な人なら、ブラボー隊に高機の軽巡三隻とほとんどの駆逐艦をぶつけてくるだろう。ブラボー隊を殲滅してしまえば、逃げられる艦は無くなる……)
彼は頭の中で各々の部隊の軌道を思い描きながら、自分の作戦がだらけであると冷や汗を流していた。
(アルファ隊が無事通過できても、アテナJPへの軌道に乗せるのに時間が掛かる。ブラボー隊を沈めた敵は、余裕を持って先回りできる。敵が確実を考えるなら、この方法を取るはずだが……敵が一気に勝負をつけたいと思って、各々倍の兵力を當ててくれないと、この作戦は立たない……)
メインスクリーンを見つめていたクリフォードは、心の不安を押し隠しながら、「ご苦労」とティレットを労う。そして、通信兵曹のウォルターズに指示を出した。
「ウォルターズ、ブラボー隊に連絡。〇一五五に加速を停止。更に敵分艦隊に向けて最大加速で接敵せよ。なお、回避パターンはランダムDデルタで固定」
(通信を生かすために回避運が人工知能AIによるランダムパターンしか使えない。これを看破されると敵のAIに予測される可能がある……狀況は最悪だな)
本來、戦闘中はAIによるランダム回避パターンに舵員の手回避作を加えている。これはAIの回避パターンだけでは、敵のAIにパターンを解析される可能が高く、砲撃戦で不利になるためである。
「クロスビー。主砲とファントムミサイルの発準備を頼む。サドラー。質量-熱量変換裝置MECへのエネルギーチャージ七十パーセント……」
掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹と機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に戦闘準備を指示する。
そして、ウォルターズ兵曹に
「艦放送を頼む。容は“本艦隊は〇二〇五に敵艦隊と戦闘にる。士室及び兵員室にて減圧対応の上、戦闘に備えよ”だ」
ウォルターズが了解するとすぐに「達する! 達する!……」という定時艦放送の音聲が響いていた。
■■■
〇一三五
戦闘準備を始めた機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、コンソールに表示されるチェック項目を落ち著いた口調で読み上げ始める。
「最外殻ブロック閉鎖開始。換気空調HVAC系を非常循環EC系に切替後、連絡ダンパ閉鎖……外殻冷卻系VCCS、主兵裝冷卻系MACCSと分離……艦各ブロック閉鎖確認……五十キロパスカルまで減圧開始……減圧完了」
そして、艦の心臓、機関の調整にった。
「機関出力調整準備開始。対消滅爐出力七十パーセント。質量-熱量変換裝置MEC主兵裝系接続……接続完了。MECエネルギー充填量七十パーセント……機関及び艦戦闘準備完了しました!」
クリフォードが「機関及び艦戦闘準備完了、了解」と答えると、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹が主兵裝の戦闘準備完了を報告する。
「主砲各コイル電圧安定。電子ポジトロン供給回路接続完了……カロネードへの円筒狀弾薬容キャニスター裝填完了……ファントムミサイルスタンバイ完了。主兵裝戦闘準備完了しました。いつでも撃てます!」
クリフォードは小さく頷きながら、「主兵裝戦闘準備完了、了解」と言ったあと、指揮シートから立ち上がった。
「みんな聞いてくれ! 敵の戦力は我々の一・七倍から二倍だ。だが、敵につけ込む隙は十分にある。だから、落ち著いて私の命令に従ってほしい。以上だ」
ベテランのクロスビー兵曹が「やってやりましょう。中尉!」と拳を振り上げると、CIC要員たちは次々に立ち上がって、決意をみなぎらせていた。
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所>
〇一三〇
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊の各艦は減速を完了し、敵の艦隊を待ちけていた。
司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで敵のきがあまり鈍いことに危懼を抱いていた。
(いくらなんでも、そろそろき出してもいいはずだ。逃げるにしても戦うにしても、どの敵にも揺が見られないのが不自然だ。敵がこちらを見つけてから既に三十分。今の映像は七分前の報だから、既に二十分以上前にこちらを見つけているはずだ。通信が使えないから、各艦が獨自の判斷でいてもおかしくないはずだが……)
敵のきに不自然さをじ、「敵に怪しいきはないか?」と確認するが、索敵擔當の報士から、「異常ありません」という返事が返ってくる。
(考えすぎか。作戦では敵の司令を殺害することになっていたはずだ。その上で戦闘指揮所CICを孤立させ、指揮系統をズタズタにしている。もしかしたら、経験のない下級士が指揮を執っているのかもしれんな。それなら、二十分程度の逡巡はあり得るか……)
フェイ艦長はサフォークの狀況を正確に察していた。だが、経験のない下級士が牙を剝いているとは考えていなかった。
彼は自分の考えに納得し、「敵のきがあれば、すぐに連絡しろ」と命じる。そして、軽巡ティアンオの艦長リー・シアンヤン中佐を呼び出した。
「今のところ順調に進んでいる。だが、そろそろ敵も逃げ出す奴が出てくるはずだ。その時は君がヤンズ――軽巡航艦――と駆逐艦四隻を率いて追撃してくれ。もし、複數に分かれた場合は、追って指示を出す」
「了解しました。ですが、敵は完全に浮き足立っているようですね。諜報部もたまには、まともな仕事ができるようです」
そう言いながら、リー艦長はにやりと笑った。
フェイも同じように、にやりと笑って頷く。
「何にしても敵は殲滅しなければならん。頼んだぞ」
そう言って、一旦通信を切った。
■■■
〇一四〇
「敵にきが見えました! 軽巡が減速開始しました!」
索敵擔當の明るい聲にフェイ艦長は自らのコンソールを見つめた。
(軽巡が逃げ出したか……常識的に考えれば、軽巡の艦長が次席指揮だろう。ならば、通信が使えない狀況で獨自に行したとしても不思議はない。こちらを発見して三十分以上経っても旗艦にきが見えなければ、業を煮やしていてもおかしくないな。あとは追従する艦がどの程度いるかだな……)
「ティアンオのリー艦長に連絡。離しつつある軽巡を追え! ジャツオン、ツアンを率いていけとな」
フェイは軽巡ティアンオ白鳥に快速の蟲インセクト級駆逐艦ジャツオンカブトムシとツアンセミの二隻を付け、敵を追わせる。
その間にも二隻の敵駆逐艦が軽巡に追従するように離していった。
「ヤンズ、チユマイ、ジュヘウアに連絡! リーの指揮下にり、離する敵を追え!」
フェイは敵の離艦に合わせるように、軽巡ヤンズツバメと花フラワー級駆逐艦チユマイ子とジュヘウアの二隻を追撃に加えた。
(よし、敵は俺の思通りき始めた。これで敵は重巡と駆逐艦二隻。こちらは重巡、軽巡各一に駆逐艦が三隻。それに敵は通信機能を失い、連攜が出來ない。一撃で殲滅することはできないが、敵に重大な損害を與えることはできる。損害を與えてしまえば、こちらのものだ。リーたちの分艦隊が戻ってから、じっくりと沈めればいい。この軌道なら、敵がJPに逃げ込むことはできないのだからな……よし、これで勝ちが見えた)
「よし! こちらも敵の殘りを沈める! 加速を開始!」
フェイ艦長は自らが率いる本隊に加速を命じた。
だが、敵の重巡を狙うため、相対速度を上げすぎないように加速度は最大加速の二十パーセント、一kGに留めていた。
■■■
〇一四五
「敵重巡、針路変更開始! アテナ星系ジャンプポイントJPに向けて加速を開始! よし! 敵が逃げ出したぞ!」
索敵擔當の明るい聲が重巡ビアンの戦闘指揮所CICに響く。
他のCIC要員たちも敵が逃げ出したと喜びの聲を上げている。
フェイ艦長はメインスクリーンを見つめながら、嫌な予がしてならなかった。
そして、「敵の想定針路をスクリーンに映せ!」と命じていた。
(この軌道、気になるな。逃げ出したのならいいが……もし、敵が戦う気なら、リーの分艦隊が狙われているかもしれん……)
メインスクリーンには敵重巡と味方の分艦隊のきが映し出されていく。
フェイ艦長の目には、敵重巡が味方を逃がすため、分艦隊に食らいつこうとしているように見えていた。
(味方を逃がすつもりか?……タイミングとしてはあり得るが、先ほどまであれほどグズグズしていた指揮とは思えんな。だが、このままリーたちを敵本隊に向ければ、軽巡を逃がすことになる。リーにはそのまま追わせて、こっちが敵本隊の側面から攻撃すればいい……)
彼はリー艦長にそのまま敵軽巡を追うように指示を出し、自らの本隊も敵本隊に向けて針路を変更した。
「敵本隊に向けて針路変更、加速最大だ! このまま行けば、敵旗艦の橫っ腹に主砲を撃ち込めるぞ!」
フェイは努めて明るい聲を出し、CIC要員を鼓舞していた。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所>
〇一四五
戦闘準備を終えたサフォークの戦闘指揮所CICでは、全員が敵のきに注視していた。
そして、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が敵のきを報告する。
「敵艦隊、二隊に分かれました。ブラボー隊に向かう部隊、便宜上、分艦隊と名付けます。分艦隊は五等級艦二、六等級艦四。最大加速でブラボー隊を追う針路を取っています」
クリフォードの「本隊は?」との問いに、
「本隊はアルファ隊と差する針路で加速開始しました。加速は一kG、最大加速の二十パーセント程度と見られます」
(敵本隊はアルファ隊を狙っている。分艦隊が最大加速で、本隊が二十パーセントの加速度なら、既に一分近く離れているはず。このまま、分艦隊がブラボー隊を目指せば、本隊との距離が更に離れる。チャンスはまだある……)
「レイヴァース。敵本隊及び分艦隊の位置をトレースしておいてくれ。変化があればすぐに報告を頼む」
クリフォードはレイヴァース上等兵にそう指示を出すと、ブラボー隊の位置を確認する。
(既に左舷後方三十秒の位置か。今の針路ならジャンプポイントに逃げているようにしか見えない。あとはニコルソン艦長――ファルマス13の艦長、イレーネ・ニコルソン中佐――の判斷に任せるしかない……)
■■■
〇一五五
「敵本隊との距離約二分、相対速度約〇・一C速、更に加速中。分艦隊との距離約一分、相対速度〇・二C……」
レイヴァース上等兵の報告が重巡サフォーク5の戦闘指揮所CICにこだまする。
クリフォードを含め、他の六人は押し黙ったまま、それぞれのコンソールを見つめていた。
「クロスビー、主砲の発準備は終わっているな。戦闘が始まれば、最大十連だ。頼んだぞ」
彼は初めての実戦指揮に張していた。そのため、既に終わっている兵裝関係の確認を再び行ってしまった。
(さっきも確認したのに……指揮がこれでは、兵たちが不安になるな……)
彼は隣に座る宙兵隊員のボブ・ガードナー伍長に話し掛けることにした。ガードナーは當初、所在無げにCICの扉前で歩哨に立っていたが、戦闘の衝撃を考えたクリフォードが指揮席の橫、オブザーバー席に彼を座らせていたのだ。
「伍長、特等席に座った気分はどうだい?」
クリフォードが軽い調子でガードナーに話し掛けると、ガードナーはやや戸うが、すぐにニヤリと笑い、
「アイ、中尉。最高の場所で観戦させていただきます」
クリフォードにあわせるようにおどけた口調で答える。
「將以外の宙兵隊員がCICのオブザーバー席に座るのは初めてなんじゃないか? 後で想を聞かせてもらうよ」
戦闘準備が発せられると、宙兵隊は急対策所ERCの副長の指揮下にり、応急修理、人命救助などに當たる。このため、戦闘配置が完了したあとのCICに宙兵隊員がいることはなく、彼が言ったように宙兵隊の將が強襲揚陸作戦などで艦隊旗艦にいる場合以外、戦闘中のCICに宙兵隊員がいることはない。
「アイサー! 隊長たちに自慢してやります」
ご機嫌な顔のガードナーに軽く手を振り、クリフォードはCICをゆっくりと見回す。
(クロスビーは落ち著いている。サドラーも問題ない。この二人が落ち著いていれば大丈夫だ……あとは僕が落ち著いていれば、何も問題ないはずだ……)
彼は自らを落ち著かせるために、指揮コンソールに目をやる。
(ブラボー隊は一分後方。既に針路を変えているはずだが……)
その直後、レイヴァース上等兵の聲がCICに響く。
「ブラボー隊、加速停止! 針路を敵分艦隊に向けて転針。再加速開始しました!」
クリフォードは「了解」と靜かに答える。
(ブラボー隊と敵分艦隊との距離は約一・五分。敵本隊とは約二・五分。さて、どうくんだろうか?)
■■■
サフォークのCICは、戦闘直前の張に包まれていた。
その中で、最先任の兵曹であるケリー・クロスビー一等兵曹は真後ろにいる若い指揮のことを考えていた。
(噂の“クリフエッジ”は本だな。さすがに張はしているんだろうが、モーガン艦長より余程肝が據わっているぜ……俺は今、伝説の一幕を目の當たりにしているんだろうな。この話を掌砲手仲間ダチに話せたら、食堂甲板メスデッキの人気者だぜ……まあ、生き殘れたらの話だが……)
そして、モーガン艦長が死んでからのことを思い出していた。
(……しかし、この狀況で逆襲しようなんざ、大膽というより無謀だな。確かに中尉のアイディアで他の艦との連絡を確保できた。だが、それでも敵はこっちの二倍なんだ。掌砲手の俺には判らんが、敵を二手に分けて各個撃破にするって言うのは口で言うほど簡単じゃねぇはずだ。だが、ここにいる“崖っぷち”先生は、それをさも簡単なことのように言いやがった。訓練か何かのようにだ……まだ、二十歳そこそこだったはずだが、どこか信頼できる気にさせる。こういうのをカリスマって言うんだろうな……)
■■■
航法士席に座る航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹は、自艦の位置を確認しながら、指揮席に座る若い中尉をチラチラと見ていた。
(航法計算の時とは全く違う雰囲気ね。試験航宙中に艦長にめられているときには、噂の英雄っていう雰囲気は全くしなかったけど、今なら判るわ。この人は“有事”の人ね。事が起きると役に立つってじの……それに航法計算も本當はできそうなのに。だって、さっきの敵との差針路なんか、頭の中でイメージできていたみたいだし……)
そして、宙兵隊の伍長とにこやかに話すクリフォードを見て、ホッと息を吐く。
(大丈夫よ。あの中尉が余裕を見せているんだから、生き殘れる。いえ、勝てるはずよ。私たちが失敗しなければ……だから、私も落ち著かないと……)
彼はもう一度CICの中を見回した。
(クロスビー兵曹はいつもの通りね。さすがはベテラン。デーヴィッド――サドラー三等機関兵曹――も落ち著いている。ジャクリーン――ウォルターズ三等通信兵曹――とジャック――索敵員、レイヴァース上等兵――の顔は見えないけど、かなり張しているようね。あとはデボラ――舵員、キャンベル二等兵曹――は、やることがなくて困っているわ。珍しいわ、舵員が戦闘中に暇そうにしているなんて……)
彼が周囲を見回していると、クリフォードが不思議そうな顔をしながら、「ティレット、何か意見でもあるのか?」と聞いてきた。
彼は「いいえ、中尉ノーサー。何でもありません」と答え、コンソールに目を向けた。
(これじゃ私が一番落ち著いていないように見えるわね……敵の位置とこちらの針路、AIと相談しながら、適宜軌道計算の補正をしていこう)
彼はもう一度航法コンソールに向かった。
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