《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第十話

宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇一時五七分

<ゾンファ軍軽巡航艦ティアンオ・戦闘指揮所

〇一五七

ゾンファ共和國軍ハイフォン駐留艦隊第八〇七偵察戦隊所屬の軽巡航艦ティアンオの艦長、リー・シアンヤン中佐はメインスクリーンの映像に驚きを隠せなかった。逃げていくと思い込んでいた敵が自分たちに向けて針路を変え、攻撃しようという意志を見せたことに、一瞬、彼の思考が停まった。

「敵軽巡他、我が分艦隊に向け針路変更! 敵が最大加速を採った場合、約五分後、〇二〇二に接します! 敵本隊とは約八分後、〇二〇五に接予定です!」

リー艦長は索敵擔當の聲を聴いて我に返った。そして、敵の本隊、特に重巡のきに目を奪われていた。

(敵の重巡がこちらを遮る針路を取っている。このままでは正面から敵軽巡、左舷から敵重巡に挾撃される。フェイ艦長の本隊とは既に一分ほど離れている。ここで最大の減速を行っても本隊は間に合わない。完全に嵌められたな……針路を左舷に振って、フェイ艦長との時間差攻撃に期待するしかないか……)

「了解した! 加速停止。左舷三十度、上下角プラス五度に転針。敵との接のタイミングをずらすぞ! 敵が合流してもほぼ互角だ! それにすぐに本隊が來る! 一気に敵を沈められるぞ!」

リー艦長は部下たちをそう鼓舞するが、敵本隊が減速し、タイミングを合わせてくると考えていた。

(敵はこちらのきを読んでいる。恐らく、この針路を取ることも想定済みだろう。數は互角だが、向こうには重巡がいる。砲撃戦に限れば、重巡一隻は軽巡三隻に匹敵する。こちらが圧倒的に不利だな……)

そこまで考えたところで、敵の狀況に思い至った。

(いや、待てよ。敵は通信が使えないはずだ。ならば、敵の指揮がいかに優秀であろうとも、突発的な行を取れば、他の艦は追従できないはずだ。つまり、敵の直前で針路を変えれば、敵は重巡以外追従できない。重巡に対しても、こちらは防の厚い正面から攻撃をける形になるなら、それほど不利な狀況でもないな。よし! これしかない!)

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そう考えていると、司令のフェイ・ツーロン艦長から連絡がった。

本隊とアルビオンの軽巡との距離は二・五分あり、フェイ艦長は加速を続ける敵を見て、指示を出していた。

「逃亡部隊を逃がすなよ。敵本隊はこちらで対処する。分艦隊はそのまま追跡を続けろ」

リー艦長は既に狀況が変わっていることから、自らの判斷を優先する。

「敵分艦隊・・・の逃亡は欺瞞行。敵本隊と敵分艦隊の挾撃をけつつあり。我、敵主力に向け、攻撃を敢行する」

リー艦長はフェイ艦長にそれだけ報告すると、すぐに敵のきに集中していった。

■■■

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所

〇一五八

五等級艦HMS-F0202013ファルマス13率いるBブラボー隊は、〇一五五にアテナ星系側ジャンプポイントJPへの針路から、追ってきた敵分艦隊に針路を変更した。

敵分艦隊――軽巡二隻、駆逐艦四隻――は、第二十一哨戒艦隊の本隊であるアルファ隊――四等級艦HMS-D0805005サフォーク5と駆逐艦二隻――の右舷約四十五度、距離約一分の位置を、アルファ隊の前方を橫切るように〇・二C速でブラボー隊を追撃している。

そして、ブラボー隊のきに気付いた敵分艦隊がきを変えた。

敵分艦隊はアルファ隊に向けて針路を変更し、攻撃する意志を見せるかのように、相対速度を落とすため、減速しつつあった。

(ほぼ想定どおりのきだな。意外な點はブラボー隊を狙わず、アルファ隊を狙ってきたことくらいだ。ブラボー隊を狙われる方が被害は大きくなるから、こちらの方が助かるんだが、敵の意図は何なのだろう?)

クリフォードは敵分艦隊のきに疑問を持った。

(ブラボー隊の加速能力なら針路を変更したとしても、同時に攻撃をけることは判っているはずだ。敵の思はどこにあるんだ?……)

そして、敵の意図について考え始めた。

(僕が敵の分艦隊司令なら、どう考える? アルファ隊は重巡一隻と駆逐艦二隻、ブラボー隊は軽巡一隻と駆逐艦二隻。戦力的にはアルファ隊が圧倒的に強力だ。確かに正面の防は厚いが、軽巡や駆逐艦の防スクリーンなら、重巡の主砲で一気に過負荷になる。弱ったところへ駆逐艦の攻撃が……)

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そこで敵の意図に思い至った。

(そうか! こちらが連攜できないことを前提に考えているんだな。重巡の主砲もそうそう連発で直撃することはない。駆逐艦が防スクリーンの弱った艦を攻撃しなければ、やり過ごすことは可能だ。要はこちらの意表を突く機を考えているんだろう。それに各艦が勝手に対応し、隊形がれれば、逆にこちらの駆逐艦を沈めることもできる。そう考えたんだ!)

クリフォードは通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命令を出す。

「ザンビジ20とウィザード17に連絡。敵は接敵直前に軌道を変更する可能あり。攻撃目標は各指揮の判斷に委ねる。以上」

ウォルターズ兵曹が「了解しました、中尉アイアイサー」と答えたのを確認し、彼は掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に目標について指示を出した。

「攻撃の優先順位は先頭の軽巡航艦、右側の蟲インセクト級駆逐艦二隻、最後が後方の軽巡航艦だ。左側の花フラワー級はブラボー隊に殘しておいてやろう」

クロスビー兵曹は彼にしては珍しく、興したような口調で答えた。

「了解しました、中尉アイアイサー! サフォークこのレディのきつい平手打ちスパンクをお見舞いしてやりましょう!」

その勢いにクリフォードは、「頼むよ」と苦笑する。

そして、通信を終えたウォルターズ兵曹にブラボー隊への通信を命じた。

「ブラボー隊に連絡。敵右舷から攻撃を加えよ。貴隊の目標は右舷の花フラワー級駆逐艦二隻及び後方の軽巡航艦。なお、敵は戦闘直前に変則的な機を行う可能がある。攻撃後は左舷九十度に転針し、最大加速でアルファ隊に合流せよ。以上だ」

〇二〇〇

アルファ隊と敵分艦隊との距離が三十秒を切った。相対速度は〇・一C速。あと二分強で戦闘にる。

一方、ブラボー隊は敵分艦隊の左舷約六十度から接近しつつあった。相対距離は既に十五秒を切り、相対速度は〇・〇二Cでブラボー隊が追いかけるように加速している。このままいけば、ブラボー隊はアルファ隊より約三十秒早く、敵に攻撃を行うことになる。

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重巡サフォークの主砲、十五テラワット級電子加速砲の有効程距離は約十五秒(約四百五十萬km)。十五秒を相対速度〇・一Cですれ違うため、攻撃時間は百五十秒しかない。主砲は最大出力の場合、チャージに十秒ほど掛かるため、最大で十五回撃てることになるが、照準をあわせることと主砲の砲とコイルの冷卻を考えると、二十秒から三十秒に一回が限度である。但し、出力を落とせば連も可能である。

〇二〇二

五等級艦、軽巡ファルマス13を先頭に六等級艦、V級駆逐艦ヴェルラム6と同ヴィラーゴ32が敵分艦隊の右舷から攻撃を開始した。

タウン級であるファルマスは、五テラワット級中子砲と大型対艦ミサイルであるスペクターミサイルを搭載している。

スペクターミサイルは標準型対艦ミサイルであるファントムミサイルと同様に、ステルスを持たせたミサイル兵である。高機戦闘艦の三倍以上の加速力を持ち、更にファントムミサイルの四倍以上の質量を持つ大型のミサイルで、三等級艦、すなわち巡航戦艦を一発で轟沈せしめる破壊力を誇る。

その分、搭載基數がなくファルマス型の標準搭載數は六基。二本の発管から一度に二発ずつ出することが可能である。

この他にもアルビオン王國軍標準裝備であるレールキャノン、通稱カロネードが四基と、対宙パルスレーザー砲が十六基備えられている。今回は相対速度が小さいため、カロネードの使用は見送られたが、対宙レーザーは敵ミサイルの迎撃に使用される。

V級駆逐艦は第二次アルビオン-ゾンファ戦爭前のやや舊式の駆逐艦であるが、加速能と攻撃力は最新のZ級と遜は無く、主砲である二・五テラワット級荷電粒子加速砲と二基のファントムミサイル発管を持っている。

一方、ゾンファの分艦隊は、アルビオン軍から鳥バード級と名付けられた軽巡航艦二隻が主力になる。

バード級軽巡はゾンファ軍の標準的な軽巡航艦であり、基本設計が數十年変わらない傑作巡航艦である。その特徴は高い航宙能力――高い加速能と長い航宙期間――と、強力な兵裝にある。

主砲は七・五テラワット級荷電粒子加速砲が一門、副砲として一テラワット級荷電粒子加速砲が三門備えられている。

特に副砲は、艦首を振ることなく、側方にも発可能であり、駆逐艦以下の小型艦船にとっては大きな脅威であった。

ゾンファ共和國軍は伝統的に粒子加速砲を重視しており、ミサイルを軽視している。この思想は大型艦になるにつれ顕著となり、軽巡航艦にもミサイル発管は備えられていなかった。これは補給が必要で保管場所をとるミサイルよりも、エネルギーさえあれば、何度でも使用可能な粒子加速砲の方が、ランニングコストが小さいという判斷が働いたと言われている。

ゾンファの駆逐艦はアルビオン軍のV級とほぼ同じ能だが、前述のようにミサイルに対する理解がないため、ファントムミサイルの劣化コピーであるユリン幽霊ミサイルを搭載されているに過ぎない。

そして、暗いターマガント星系で戦闘が開始された。

最初は有利な位置にいるブラボー隊が攻撃を開始した。

ファルマスは主砲五テラワット中子砲と二基のスペクターミサイルを、ゾンファ分艦隊右舷の花フラワー級駆逐艦チュマイ――なでしこ――に放った。

全く偶然だが、同じタイミングでゾンファ分艦隊が右舷側に急激に変針した。そのため、ファルマスの主砲は空しく宙そらを斬り裂いていった。

その時、ブラボー隊の各艦のCICで落膽の聲がれる。だが、すぐに歓喜の聲に変わっていった。

主砲と同時に発された二基のスペクターミサイルにとっては、敵の機が良い方向に作用したからだ。

高機のミサイルは敵の機に楽々と追従していく。迎撃する敵の対宙レーザーは自らの機によって相対速度が上がり、微妙に照準がずれていた。

一基のミサイルは敵の直前、〇・〇一秒の位置で撃破されたが、一基が生き殘り、敵分艦隊の懐にり込む。スペクターミサイルは最も近い駆逐艦チュマイに目標を変更し、〇・二Cのスピードで艦側面に命中した。

漆黒の宇宙空間に眩い白の花が咲く。

そして、そのがゆっくりと消えていくと、そこには四散する駆逐艦の破片が漂っているだけだった。

八百m四百萬トン級の巡航戦艦をも沈める大型ミサイルが、三百m四十萬トン級の駆逐艦に命中したため、完全にオーバーキルとなった。このため、駆逐艦チュマイはミサイルの命中によって艦中央部が蒸発し、僅かに艦首と艦尾の一部が人工の名殘を殘しているだけだった。まさに轟沈というに相応しい景だった。

アルビオン軍の戦闘指揮所CICでは、その景に「敵駆逐艦轟沈!」とび聲が上がっていた。

ゾンファ分艦隊は右舷に針路を変更しつつ反撃を開始した。

旗艦である軽巡ティアンオは主砲をファルマスに向け、副砲を二隻の駆逐艦に向ける。

主砲である七・五テラワット級荷電粒子加速砲と、二門の一テラワット級荷電粒子加速砲――艦尾迎撃砲が一門あるため、前方には二門しか使えない――が同時に火を噴く。

速近くまで加速された重イオン粒子が白い跡を殘しながら、宇宙空間を切り裂く。

重イオンの槍は軽巡ファルマスを掠め、防スクリーンのエネルギー場と激しく反応しながら消滅していった。その衝撃でファルマスは大きく揺さぶられる。

一方、副砲は駆逐艦ヴィラーゴ32に命中し、防スクリーンを一時的に弱化させた。

ヴィラーゴは更に蟲インセクト級のジャツオン――カブトムシ――とツアン――セミ――の二隻から攻撃をけていた。

弱った防スクリーンに、ツアンの放った一基のユリンミサイルが接近していく。

ヴィラーゴは対宙レーザーで必死に迎撃を行うが、ティアンオの攻撃の直後であったため、迎撃が僅かに遅れた。幸い直撃は免れたが、ミサイルは艦の至近で発し、ヴィラーゴは白に包まれながら、艦を大きく揺らしていた。

が収まったあと、友軍が見たヴィラーゴの姿は、左舷の裝甲が溶け落ち、大きく抉られていた。そして、彼は主砲と左舷ミサイル発管を失った。

サフォークのCICでもその様子が映し出されていた。

クリフォードがヴィラーゴの様子に言葉を失っていると、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が、敵が再度変針したことをぶように報告してきた。

「敵分艦隊、再度変針。艦首をアルファ隊に向け、加速開始!」

クリフォードは「了解」と言いながら、敵の指揮がミスをしたと考えていた。

(あのまま、ブラボー隊の橫を抜けるべきだったな。あのままなら、アルファ隊の攻撃は々二十秒だった。それが針路変えたことにより、我々の攻撃時間は百秒以上に増えた。ヴィラーゴの敵は討たせてもらう……)

「クロスビー、先頭の軽巡に全攻撃力を集中する。準備はいいな」

掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹は、「了解しました、中尉アイアイサー」と答えるが、「カロネードもですか?」と疑問を口にした。

「そうだ。この距離では命中は難しいだろうが、敵は重巡航艦の全力の攻撃を見て怯むはずだ。運がよければ、それで敵に隙が出來る」

〇二〇四

サフォークは敵分艦隊をに捕らえた。

クリフォードは大きく手を挙げ、「攻撃開始!」と言って振り下ろした。

クロスビーの「了解しました、中尉アイアイサー。攻撃開始」という復唱がCICにこだまする。

その直後、主砲にエネルギーが送られる僅かな電力の揺らぎが起こり、メインスクリーンに十五テラワット分の電子が、星間質と反応する真っ白なの柱を映し出していた。

更に四基のファントムミサイルと、八基の百トン級カロネードから発された金屬弾が闇に消えていった。

十秒後、更にミサイルとカロネードが出され、二隻の駆逐艦からも旗艦に合わせるように四基のファントムミサイルが発された。

二度目の攻撃の直後、敵の反撃が襲いかかってきた。

サフォークの防スクリーンに敵の二隻の軽巡の主砲が命中し、メインスクリーンがホワイトアウトしたかのように白く輝き、直後に艦が大きく揺れる。

クリフォードはその揺れに耐えながら、命令を下していた。

「サドラー、艦の損傷狀況を確認してくれ」

クリフォードが機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等兵曹に命令した時、レイヴァース上等兵の歓喜に満ちた聲がCICに響き渡った。

「主砲、敵軽巡に命中。艦首損傷! やったぞ!」

敵分艦隊の旗艦ティアンオに主砲が命中し、防スクリーンが消失した。その直後、〇・五Cにまで加速したカロネードの金屬弾が時間差をつけて命中し、艦首を破損させたようだ。

レイヴァースの喜びに満ちた聲の後に、サドラー兵曹が落ち著いた聲で報告を始める。

「艦に損傷なし。防スクリーン一時的に三十パーセント能力低下、現在はフル出力に復帰済み。中尉、艦に問題はありません!」

サフォークの三十テラジュール級防スクリーンは敵の攻撃に耐え、損傷は全く無かった。また、サフォークに攻撃が集中したことから、二隻の駆逐艦にも損傷は無かった。

クリフォードはそれに答えることなく、「主砲順次発せよ!」と命ずる。

更に「ファントムミサイル、カロネードも順次発してくれ」と付け加えていた。

「ティレット、ザンビジとウィザードに連絡。敵左舷側の駆逐艦を攻撃せよ」

その間にもブラボー隊が敵の後方から攻撃を加えていた。

ファルマスは敵のもう一隻の軽巡ヤンズ――ツバメ――に対し、主砲とスペクターミサイルを発していた。

スペクターミサイルは二基とも迎撃されたが、主砲の五テラワット中子砲が敵の右舷後方に命中する。荒れ狂う中子の嵐が敵軽巡を舐め、多くの乗組員を殺しながら、艦後方にある通常空間航行機関NSDに損傷を與えた。ヤンズはつんのめるように加速が止まり、見る見る分艦隊の後方に取り殘されていく。

それを見たクリフォードは、ブラボー隊に敵軽巡に止めを刺すよう命じた

「ブラボー隊に連絡。落伍した軽巡に止めを刺せ。その後はアルファ隊と合流する針路に変針せよ」

(これで軽巡を沈められれば、かなり分が良くなる。できれば二隻とも沈めたいが、を出すとこちらの損害が増える。さて、どうしたものかな……)

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