《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第十一話

宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時〇五分

<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所

〇二〇五

ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで分艦隊と敵との戦闘を見つめていた。

分艦隊が敵の半包囲の中に閉じ込められる様子に、フェイは歯を食いしばって見ている。

(リー――軽巡ティアンオのリー・シアンヤン中佐――は何をやっているのだ! あえて敵の主力に向かう必要は無かった。確かにあのまま進めば、後方から重巡の主砲を撃ち込まれる。だが、あの針路を取っていれば、なくとも敵の逃亡部隊、いや、分艦隊に大きなダメージを與えられたはずだ。その後に逃げを打てば、我々が敵の本隊の後ろから攻撃できた。やはり、リーではなく、マオ――軽巡バイホ艦長マオ・インチウ中佐――を分艦隊の指揮にすべきだったか……それにしても敵のきが思った以上にいい……)

フェイ艦長は敵のきに疑問を持っていた。

(……敵は通信ができない狀況なはずだが、あの艦隊運には連攜の兆候がある。どうやら、敵は何らかの通信手段を得ているようだ……)

「敵が通信を行っていないか、再度確認しろ。電波だけではなく、発信號などの學系の通信も確認しろ」

索敵擔當がそれに了解し、アルビオン艦隊を調べ始めた。

フェイ艦長はそのことを頭から切り離し、再び、分艦隊について考え始める。そして、リー艦長の判斷ミスに心の中で毒づいていた彼だったが、敵の報を見るにつれ、機嫌を直していく。

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なくとも敵にダメージを與えている。更に良いことに、敵はこれでジャンプポイントJPに逃げ込むことができなくなったのだ。敵を我々の前に引きずり出したと思えば、リーのミスも取り返しがつかぬほどのものではないな)

「敵の合流地點とその後の予想針路を割り出せ! 我々はその針路に先回りするぞ」

フェイ艦長の言葉にCIC要員たちは一瞬言葉を失った。彼が未だ苦戦している分艦隊を見棄てたからだ。

フェイはそれに気付き、自らの考えを披した。

「今から行っても、リー艦長の分艦隊を救うことはできん。それに敵はリーの分艦隊の全滅に拘らないはずだ。恐らく艦隊を合流させてから、我々に向かってくる。だが、現狀でも我々と敵はほぼ同數だ。だが、敵はリーの分艦隊との戦闘で傷付いている。それを考えれば、我々だけでも十分に敵を殲滅できる」

フェイの説明を聞き、CIC要員たちも納得したが、それでも心の中で功を焦っているとじていた。

実際、フェイは敵の殲滅しか考えていなかった。

(リーのおかげで目的が達せられる。そう考えれば、奴の行も理に適ったように見えるな。あとは敵をどこで捕らえるか。そして、どうやって逃がさないようにするかだ……)

彼は敵の予想針路を見つめながら、自らの勝利を確信していた。

■■■

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所

〇二〇七

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アルファ隊は艦首を損傷した軽巡――ティアンオ――に集中砲火を浴びせて沈めた。

ブラボー隊は通常空間航行機関NSDが損傷した軽巡――ヤンズ――に攻撃を加えていた。だが、蟲インセクト級駆逐艦――ツアン――がヤンズの救援にやってきたため、軽巡という大を仕留めそこなった。ヤンズの盾となったツアンに対し、大を仕留めそこなった駆逐艦ヴェルラム6は、二発のファントムミサイルを撃ち込んだ。

ツアンは一発のミサイルと駆逐艦の主砲の直撃をけ、宇宙の塵となった。

ヤンズはツアンの獻的な行に助けられ、撃沈を免れたが、ファルマスの主砲による攻撃をけ、その戦闘能力を完全に失っていた。

一方、アルビオン側も沈められた艦はないものの、無視できないほどの損害をけていた。ブラボー隊のヴィラーゴ32が主砲及び左舷側のファントムミサイル発管を損傷、艦隊の機に追従は出來るものの、急対策班が機能していないことから、ダメージの回復を図れず、戦力と看做すことが出來ない。

更にブラボー隊の軽巡ファルマス13は敵軽巡と駆逐艦からの攻撃をけ、防スクリーンの出力が低下していた。通常なら機関制室RCRから機関科員が調整に走るのだが、今回は防スクリーンの能力を回復させるがない。このため、ファルマスの防力は三十パーセント以上低下している。

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アルファ隊の損害は、Z級駆逐艦ザンビジ20が敵軽巡の最後の攻撃をけ、主砲を損傷し使用不能。W級駆逐艦ウィザード17も推進裝置に損傷をけ、加速能が二十パーセント低下している。

クリフォードは敵分艦隊との戦闘結果を苦々しく思っていた。

(無傷なのはサフォークとヴェルラムだけか。ファルマスは攻撃力こそ維持できているが、防力は駆逐艦並みになっている。ヴィラーゴは戦力と看做すことはできないし、ザンビジも戦力としては期待できない)

そして、離れていく敵分艦隊を見て、溜め息が出そうになる。

(軽巡は二隻とも無力化できた。だが、駆逐艦二隻がほぼ無傷だ。これが本隊に加われば、敵は重巡一、軽巡一、駆逐艦五になる。こちらは重巡一、軽巡一、駆逐艦二だ。戦力比は多まったが、それでもこちらの不利は否めない。更に悪いことに、こちらはダメージコントロールが効かない。傷付いても回復するすべが無い……)

そして、メインスクリーンに映される敵本隊の予想針路を見て、更に危機的な狀況になったと考えていた。

(敵本隊の指揮は非な人のようだな。分艦隊が苦戦している中、こちらの針路を予想して、先回りしようとしている。こちらは無理な機が祟って、速度が落ちているから、すぐに追いつかれてしまうだろう。損傷の大きいヴィラーゴとザンビジをJPに逃がすことを考えた方がいいかもしれないな……)

そして、航法員であるマチルダ・ティレット三等兵曹に新たな針路の計算を命じた。

「ブラボー隊と合流後、ヴィラーゴとザンビジをアテナJPに撤退させたい。最適の針路と加速方法を計算してくれ。それから、敵との接時間の計算も頼む」

ティレットが計算を始めると、クリフォードは敵の予想針路を考え始める。

(今の針路でいけば、敵は我々の左舷後方から追いかけてくるだろう。ベクトル的には敵の方が有利だから、こちらの加速が終わる前に追いつかれるはずだ。ブラボー隊と合流するとして、加速能が同じなら、後ろに付かれれば逃げようはない。逃げを打つと見せかけて、敵の意表を突く機をしないと……)

計算を終えたティレット兵曹がクリフォードに報告を始めた。

「軌道計算完了しました。アルファ隊は〇二一〇に左舷二十二度、上下角プラスマイナスゼロ度で加速。ブラボー隊は同〇二一〇に左舷五十度、上下角プラス二度にて加速し、更に〇二一五に左舷二十度、上下角プラスマイナスゼロ度に変更。本機により、〇二一七にブラボー隊は本隊に合流できます。その後、ヴィラーゴとザンビジは左舷十二度に針路を取れば、アテナ星系JPへの最短コースを取ることが出來ます」

「敵が最適な機で追尾してきた場合の想定接時間は?」

「〇二二一です。左舷百三十五度から相対速度〇・〇五Cで接します」

ティレットの報告はメインスクリーンにも映し出される。

クリフォードはその航跡を見つめながら、敵本隊にどう対処するか考えていた。

(ティレットの計算が最適なのは判る。だとすれば、敵もこの針路を予想しているはずだ。敵の意表を突くには、部隊を合流させずに別々に逃げるしかない。アルファ隊、いや、サフォークが盾になるという手もあるけど、一隻だけでは足を止めることすらできないだろう……いや、JPに拘る必要は無いんじゃないか? 今のアルファ隊とブラボー隊のベクトルを生かして距離を取れば、その間に何かいい方法が思いつくかもしれない)

彼はティレット兵曹に再び軌道計算を命じた。

「今のベクトルを最大限生かす方法で再計算してくれ。條件は、アルファ隊は現針路で最大加速を続ける。ブラボー隊はアルファ隊に合流する針路を取る。この條件で敵との接時間を計算してしい」

ティレットが了解と答えると、CIC要員に自分の考えを伝えた。

「このままアテナJPに向かっても、早期に敵と戦しなければならない。一旦、距離を取るため、現針路を維持し、ブラボー隊との合流を目指すこととする。ウォルターズ、全艦に向けて、その旨を伝達してくれ」

■■■

<アルビオン軍重巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所

〇二一〇

五等級艦HMS-F0202013ファルマス13の戦闘指揮所CICでは、敵分艦隊の軽巡一隻、駆逐艦二隻を撃沈、軽巡一隻を大破させたことに沸いていた。

そんな中、報士のサミュエル・ラングフォード尉は、まだ危険な狀況にあると憂慮していた。

(確かに敵を減らすことが出來た。だが、まだ、こちらが圧倒的に不利であることに変わりはない。早急に通信を回復しないと、回避運が単調になる。次の攻撃で狙い撃ちされる可能がある……)

そして、通信手段を回復させる方法を考え始める。

(今の問題は通信系故障対応訓練と部破壊者インサイダー対応訓練が継続していることだ。これを解除するためには、星系防衛責任者と星系最高報士の承認が必要だ。今の旗艦、サフォークのCICに士はクリフしかいない。報士であるキンケイド佐が死んだ今、旗艦に報士がいないことが問題なんだ……ファルマスが指揮を執っていれば、艦長が最高位の士だし、俺が報士として星系最高報士の代行ができるんだが……)

そして、合法的に指揮権を移譲する方法、艦隊司令を解任する方法について考え始めた。

(ニコルソン艦長はこの哨戒艦隊の次席指揮だ。ならば、指揮である司令を解任する権限を有しているはずだ。その場合に必要な手続きは……)

アルビオン王國軍には指揮が指揮を執る狀況にないと次席指揮が判斷した場合、指揮を解任して、代わりに指揮を執るという制度がある。

その場合、指揮が指揮を執る狀況に無いことを客観的に航宙日誌ログに記録し、他の士がその事実を承認する必要がある。

艦隊司令の場合、次席指揮が解任議を行い、所屬する各艦の艦長又は代行指揮がそれを承認する必要があった。

(駄目か。ニコルソン艦長が解任議を出したとしても、各艦の艦長が承認するがない。この狀況からするにはサフォークが損傷して、それをファルマスの人工知能AIが損傷を認定する必要がある。今の狀況なら、小破くらいでも通信機能の障害を理由にファルマスを旗艦代行にすることは可能だ。だが、サフォークの損傷を待つというのは……)

彼はもう一度考え直そうと艦隊運用規定の條文を確認し始めた。

サフォークより最大加速度でアルファ隊と合流するよう連絡が屆いた。

ファルマス13の艦長、イレーネ・ニコルソン中佐は、サフォークの指示通りに命令を下しながら、指揮を執るクリフォードのことを考えていた。

(コリングウッド中尉の考えは判るわ。彼の策のおかげで敵の戦力は、三割ほど落ちた。けど、こちらも同程度の戦力ダウンになっている。未だ敵の方が戦力的には圧倒しているから、しでも生存率を上げようと戦力を集中したのね)

そして、自艦の損害に頭を悩ませていた。

(防スクリーンの出力が落ちたまま、戦闘にりたくはないわ。せめて機関制室RCRと連絡が取れれば……今は言っても無駄ね。しかし、早く通信系の回復だけでもしないとこの狀況は打破できないわ。コリングウッド中尉彼はどういう手を打とうとしているのかしら……)

、優秀な指揮ではあるが、それは常識の範囲に限ってのことだ。つまり、この異常事態で、優勢な敵に対応するを思い付けなかった。

(こんな狀況を想定した訓練はなかったわ。それにしても先任の私が、士になって日が淺いコリングウッド中尉に期待するしかないなんて……本當にけないわ……)

そう考えながらも彼は打開策を探るため、CICに指示を出した。

「全員、よく聞いて! 若いコリングウッド中尉にばかり考えさせるのは癪だわ。誰でもいい、どんなものでもいいから、アイデアを出してちょうだい。特にこの狀況を打開する方法を」

ファルマスのCIC要員は、指揮席に向かって「了解しました、艦長アイアイマム」と言って、自分たちができることがないか、探り始めた。

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