《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第十三話

宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時二〇分

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所

〇二二〇

第二十一哨戒艦隊は再び合流した。

重巡航艦一隻、軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻の計六隻が、旗艦を先頭に単縦陣を組み、最大加速度で宇宙そらを切り裂いていく。

追撃してくる敵との距離は七十秒を切り、旗艦の重巡航艦HMS-D0805005サフォーク5から通信管制を敷くとの命令が各艦に送られていた。

サフォークの戦闘指揮所CICで指揮を執るクリフォード・カスバート・コリングウッド中尉はメインスクリーンを見つめていた。そこには、味方を示すアイコンと敵艦隊を示すアイコンが徐々に接近している様子が映されていた。

(敵は模範的な追撃戦を仕掛けてくるようだな。まあ、僕でも同じことをするだろう……敵の指揮は非な人のようだから、任務を完遂するためにはどんなことでもしてくるはずだ。敵の目的が、こちらが通信を無視して止むを得ず戦端を開いたとしたいのなら、我々を生かしておくつもりはないのだろう。つまり、降伏はできないということだ……)

彼は欺瞞通信を開始するよう、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に命じた。

「欺瞞通信を開始する。通信文は“サフォークが敵を引き付ける。各艦は最大巡航速度制限を解除の上、アテナ星系ジャンプポイントJPより出すること。サフォークが艦隊離後はファルマスのニコルソン中佐が指揮を引き継ぐこと”以上だ」

ウォルターズ兵曹は「了解しました、中尉アイアイサー」と答え、全艦に向けて通信を開始した。

通信後、すぐにシナリオ通りに各艦から思い留まることを進言する通信が送られてきた。

特に軽巡航艦ファルマス13からは、「サフォーク一隻では犬死である。我もサフォークと共にある。卑怯な敵に一矢報いる許可を求む」という芝居掛かった通信が送られてきた。

クリフォードはその通信文を聞き、苦笑した後、

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「ファルマスに通信。“サフォーク一隻で十分である。自らの責務を果たすことをむ”以上だ」

その後、このような通信を繰り返していった。

■■■

<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所

〇二二五

ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで敵の対宙レーザー通信の容が判明するにつれ、勝利の確信を強めていった。

(敵は損害のない重巡一隻でこちらに砲撃戦を仕掛けるつもりだな。確かに低相対速度で打ち合えば、その間に高機の殘存部隊を出させることが出來るだろう……)

フェイ大佐は、敵の重巡が盾となり、約百八十秒耐えれば、敵の軽巡、駆逐艦が加速して出することが可能になると考えた。

(防に徹すれば、三分間なら耐えられると考えるのは、おかしな考えではない。だが、こちらには分艦隊のジャツオン――蟲インセクト級駆逐艦――とジュヘウア――花フラワー級駆逐艦――が殘っている。ジャンプポイントJPに先回りさせることも可能なのだ。更にこちらの軽巡バイホと駆逐艦二隻を先行させることも可能だ。これだけ小さい相対速度ではレールキャノンもミサイルも効果はない。敵重巡の主砲は前方のみ、後方に副砲があるが、大した火力はない。ならば、敵重巡の橫をすり抜けて敵を追跡させることも可能だ。まあ、それ以前に三分も耐えさせんがな……)

そして、次々と敵の通信が傍されていった。その容は敵重巡に思い止まるように促すと、自らも敵に向かうというだったが、どちらも旗艦から卻下する旨の返信が送られていた。

フェイ大佐は「敵は混しているぞ! 敵重巡に攻撃を集中させるぞ!」と大聲で指示を出し、CIC要員たちもそれに気な聲で応えていた。

〇二三〇

敵艦隊との距離が二十秒を割り込んだ。

フェイ大佐は盾となろうとしている敵重巡を早期に破壊するため、最大火力となる隊形に変更しようとしていた。

(敵の重巡に足止めされなければ、こちらの勝ちだ。そのためには縦陣では火力の集中が難しいな。一気に決めるには駆逐艦のミサイルも使うべきだろう……)

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彼は軽巡と三隻の駆逐艦に、旗艦の後方に四角形を形作るような配置を命じた。これにより、ゾンファ艦隊は旗艦を頂點とした四角錐を形し、百二十秒後に迫った戦闘に備えていた。

フェイ大佐は敵艦隊の旗艦である重巡が縦陣の後方に下がり、反転のタイミングを計っているように見えていた。

(やはり敵の旗艦は自らを盾にして味方を逃がすつもりのようだ。敵ながら天晴あっぱれだが、心意気だけでは戦いに勝てんのだよ。諜報部の工作では艦長と報士が死ぬはずだった。つまり、今指揮を執っているのは、當直シフトの最年のはずだ。若いだけに責任の重大さに潰されそうになっているのか。後で指揮を執っていた士の名を見てみるか……)

彼は自分の予想通りに事態が推移していることから、勝利を確信し、更に敵の心まで考える余裕があった。

だが、あることを思い出した。

(敵には対宙レーザー通信を使って、分艦隊を罠に掛けた切れ者がいる。もし、そいつが敵の指揮だったら……この行も何かの罠の一環だとしたら……)

そこで軽く頭を振って、考え直す。

(何を弱気になっているのだ! こちらは圧倒的に有利なはずだ! 敵の半數は損害をけ、更に修理できんのだ。味方は敵の百五十パーセント以上の戦力だ。もっと言えば、位置関係では圧倒的に有利な狀況だ。この狀況では罠など掛けようが無い。いや、々の罠など食い破ってやればいい……)

フェイ大佐は自らを叱咤するように、全艦に向けて命令を下した。

程にり次第、各個に攻撃を開始せよ。目標は敵重巡! 攻撃を重巡に集中せよ!」

そして、余裕の表を浮かべながら、

「敵は重巡を盾にして出するつもりだ。軽巡と駆逐艦は後でゆっくり始末すればいい。今は敵の旗艦に集中せよ」

命令を下した後、彼はゆっくりと指揮シートにを沈めた。

■■■

<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所

〇二二五

クリフォードはCIC要員たちに、現狀の各システム狀態を確認するよう命じた。各システムは正常で特に問題がないことは、指揮用コンソールで確認できていたが、それを口頭で確認することにより、下士たちのを取り除こうと思ったのだ。

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(ベテランのクロスビー――掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹――ですら、張している。確かにこの狀況で優勢な敵と戦うとなれば、誰でも不安になるだろう。特に実戦経験の無い下士兵たちには、この時間がきついはずだ。僕もトリビューン星系で実戦を経験していなかったら、もっと不安に思っていたはずだ……仕事があれば不安に思う暇が無い。これでしでもいつも通りになればいいんだが)

そして、今回のキーとなる舵員のデボラ・キャンベル二等兵曹に聲を掛ける。

「今回は活躍の場を與えて上げられそうだよ。実戦で舵長以外が手回避を行うのは稀だそうだけど、訓練通り気楽にやってくれればいい」

クリフォードの言葉にキャンベル兵曹は「了解しました、中尉アイアイサー」とやや強張ったような聲音で答えた。

クリフォードは彼張しているとじ、軽い口調で彼に話し始めた。

「そう言えば、前に乗っていたスループ艦の舵長コクスンなんだが、アンヴィル兵曹長って言うんだが、この人が天才って言うか、ちょっと困った人だったんだ。私がトリビューンでドッグファイトをやったと聞いたらしく、しつこく聞かれてしまったよ。それも潛任務から戻って休もうと思った矢先にだ。都合、三時間くらい捕まっていたかな。君も興味があるなら、この戦いの後に聞かせてやろうか?」

キャンベル兵曹もクリフォードの気遣いをじたのか、無理やり笑顔を作り、

「アンヴィル兵曹長なら知っています。是非とも自分にもその時の話を聞かせてください。パイロット仲間に自慢してやりますから」

この會話でCICの雰囲気が変わった。

ベテランの機関科兵曹であるデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、クリフォードの態度に心していた。

(この中じゃ中尉が一番年下なはずだな? レイヴァース――索敵員のジャック・レイヴァース上等兵――より若かったはずだが、この落ち著きようはどういうことだ? 死人と比べちゃ悪いが、モーガン艦長より安心があるぜ。艦長親父さんと呼びたくなる士っていう奴に久しぶりに會った気がする……この戦いで生き殘れたら、食堂メスデッキでみんなに話してやろう……)

〇二三〇

クリフォードはサフォークを単縦陣の後方に下げ、艦隊の最後尾に配置した。

これで縦陣の並びは先頭から、軽巡ファルマス13、駆逐艦ヴィラーゴ32、同ザンビジ20、同ヴェルラム6、同ウィザード17、重巡サフォーク5となる。

彼は最悪、加速能の高いファルマス、ヴィラーゴ、ザンビジ、ヴェルラムの四隻を逃がそうと考えていた。

(サフォークの加速能は軽巡、駆逐艦の八割程度。ウィザードは推進裝置が損傷しているから、サフォークと同じ程度の加速しかできない。加速能は敵も同じだが、重巡が追いつけなければ、逃げられる可能はある。とは言っても、これは敵が思いもよらない機をしたときの保険に過ぎなのだが……敵分艦隊の生き殘りがいなければ、逃がすことも出來たんだが……)

彼の作戦は単純だった。

まず、敵との戦三十秒前にサフォークが最初に反転し、敵に向かって加速を開始する。ウィザードが同じように反転し、他の四隻は敵がサフォークを攻撃し始めたタイミング――十五秒分のタイムラグも考慮――で反転する。これはサフォークとウィザードが、決死の覚悟で味方を逃がそうとしている演技だ。

そして、サフォークがる直前に、手回避作を開始する。

ファルマス以下の四隻は、加速能の差で二百十秒後にはサフォークに追いつける。僚艦がサフォークに追いつくと、旗艦を先頭にした単縦陣になるため、サフォークの防スクリーンで味方を守りながら、敵とすれ違う。

すれ違う時の相対速度は〇・〇七四C速程度。カロネードの威力もそれなりに上がるので、そのタイミングでカロネードとミサイルを撃ち込んで敵に損害を與えるというものだった。

その後は再び艦首を百八十度回し、敵に艦首を向けて慣航行で敵から離れていく。相対速度の関係から、敵が最大加速で反転したとしても、約二百八十秒後には程距離である十五秒の距離から出できる。

その後はアテナ星系側ジャンプポイントJPに向けて加速すれば、敵本隊は追いつけない。

不確定要素としては、敵分艦隊の二隻の駆逐艦で、現在はこちらの頭を抑える針路で加速している。敵分艦隊との距離の関係から、敵本隊とすれ違った後、駆逐艦二隻が味方とJPとの間にる位置に移することができる。敵に戦の意志があれば、十分に攻撃範囲にれる位置だ。

クリフォードはこの二隻の駆逐艦については、今のところ何も考えていなかった。敵本隊との戦闘の結果次第、すなわち、味方の損害度合いによって、敵の行が変わるため、考えても仕方が無いと割り切っているのだ。

彼はその作戦を考えながら、自嘲気味に苦笑していた。

(我ながら酷い作戦だ。いや、作戦と言えるほどのものじゃないな。それでも、これが最も生存確率の高い方法のはずだ。ただ、僕に考えられる最高のものと言うだけだから、他の指揮の方がもっと良い策を思いつくかもしれないな……いや、この作戦に対して他の提案が無かったから、先輩たちも思いついていないのかもしれない)

そして、刻一刻と戦闘開始の時が近づいてくる。

サフォークのCICでは、全員が息を飲み、索敵員のレイヴァースの敵の位置を読み上げる聲だけが響いていた。

そして、敵が艦隊の隊形を変えた。

「敵艦隊のフォーメーションが変わりました! 重巡を頂點とした四角錐ピラミッド狀の隊形です!」

クリフォードは「了解。敵の監視を続けろ」と靜かに答え、

「敵はやる気満々のようだ。だが、敵は判斷を誤った。これで敵の軽巡や駆逐艦を狙えるようになったんだ。うまく行けば、こちらが先に敵の戦力を削ることができる」

彼の言葉に反応はなかった。だが、掌砲手のクロスビーが聲を上げた。

「中尉の言うとおりだぜ。こっちにとっては的が五つになったんだ。それも防の弱い的だ。それに引き換え、こっちが気にするのは重巡だけでいい! そう言うことですよね、中尉サー?」

クリフォードはそれに頷くが、すぐに敵に注意を向けた。

〇二三一

敵との距離が十六・五秒を切り、重巡の程距離である十五秒以にはあと六十秒となった。

クリフォードは航法科兵曹のマチルダ・ティレット三等兵曹に命令を出した。

「二十秒後に反転する。敵との戦開始時刻までカウントダウンを頼む」

ティレットは「了解しました、中尉アイアイサー。カウントダウン開始。十五、十四……」とすぐにカウントダウンを開始した。

のやや高いらしい聲がCICに響いていく。

「十、九、八、七、六、五……」

クリフォードは「加速停止! 百八十度回頭! 艦首を敵に向けろ!」と命じた。

最大加速を停止した時にじるググッという艦の唸り音が響き、艦首を敵に向けていく。回頭は五秒ほどで完了し、クリフォードは敵に向けて最大加速を命じた。

「最大加速開始。目標は敵艦隊中央部。レイヴァース、敵の機に注意しろ! ウォルターズ、A3アルファ・ツリー――駆逐艦ウィザードに反転の命令――送信! クロスビー、主砲発準備は終わっているか!」

それぞれが了解と答える中、クロスビー兵曹が吠えるように答えた。

「主砲発準備完了! 初弾は敵駆逐艦に照準済みです! 中尉サー!」

クリフォードは機関科のサドラー兵曹に「パワープラントPPは任せた」といった後、「戦闘を開始したら、防スクリーンと質量-熱量変換裝置MECの狀況を隨時報告してくれ」と命じた。

ウォルターズの「ウィザード反転完了。サフォークに追従中!」という報告が上がってきた。

クリフォードはそれに頷き、メインスクリーンに映る十六秒前の敵艦隊のきを見つめていた。そして、ファルマスらに反転命令を出すよう命じた。

「ウォルターズ、A1アルファ・ワン……A5アルファ・ファイフ送信!」

その間もティレット兵曹のカウントダウンが続いていく。

撃開始まで十五、十四、十三、……」

舵員のキャンベル兵曹に「手回避開始準備……」と命じ、ティレットのカウントダウンを聞いていた。

ティレットのカウントダウンがCICに響いていく。

「……十、九、八……」

クリフォードは次々に命令を発していた。

「キャンベル、手回避開始! クロスビー! 主砲発!」

その瞬間、主砲である十五テラワット級電子加速砲から、ほぼ速にまで加速された反質の塊が放出されていく。

星間質と電子が反応してできる眩いの柱が、サフォークの艦首からびていく。その姿がメインスクリーンに映し出されていた。

そして、味方より先に始まった敵の攻撃が、防スクリーンを掠めるように後方に流れていく。

だが、クリフォードを含め、CIC要員は誰もそれに興味を示さなかった。各自は自らに與えられた任務に集中し、目の前のコンソールしか見ていなかったからだ。

索敵員のレイヴァースが「敵初弾回避!」とび、サドラーが「防スクリーン負荷〇・一一パーセント。防スクリーン、MECともに異常なし!」という聲が被さる。

更にウォルターズの聲がCICに響く。

「ヴェルラム、ザンビジ、ヴィラーゴ、ファルマス、順時回頭。最大加速で本艦に向かっています!」

クリフォードはメインスクリーンを見上げ、味方の隊列が再び単縦陣になったことを確認した。

レイヴァースがすぐに「敵軽巡の主砲による攻撃開始。初弾回避功」と落ち著いた聲で報告する。

クリフォードは「了解」と答えながら、敵軽巡がこの距離から攻撃し始めたことを考えていた。

(敵は軽巡まで攻撃に參加させたか。ゾンファの軽巡なら、この距離でもスクリーンに負荷を掛けられる。それを狙っているのか……)

十秒後、クロスビーの主砲発完了の聲を聴き、

「敵軽巡に目標変更。照準合い次第、発せよ!」

すぐに「主砲発ファイア!」というクロスビーの野太い聲が響く。

戦闘開始後、二十秒が経過したが、敵との距離が十五秒を割ったところであり、戦果の確認は更に十秒以上掛かるため、敵に損害を與えられたのかは確認できない。

(初弾が敵の蟲インセクト級駆逐艦に命中していればいいんだが、この距離での砲撃戦で初弾命中を期待してはいけないな。それより、この先が問題だ……)

■■■

<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所

〇二三一

ゾンファ偵察戦隊は、あと三十秒で敵をに捕らえるという位置にまで來ていた。既に戦闘準備も完了し、司令からの攻撃開始命令を今か今かと待っている狀態だった。そんな中、司令のフェイ大佐は敵が何のきも見せず、漫然と逃走していることに疑念を覚え始めていた。

(いくらなんでも何のきも見せないというのはおかしい。なくとも艦を分けるか、一隻が囮になるかするはずだ。敵は何を考えている……)

彼が睨みつけるように敵が映るメインスクリーンを見ていると、敵の重巡航艦が回頭し、こちらに向かって加速を開始した。

更に駆逐艦一隻が追従し、二隻で迎え撃とうとしているように見える。

(よし。敵は迷っていただけだ。なくとも私の思通りに敵はいている。これで勝利は貰ったも同然だ……)

フェイ大佐は緩みそうになる表を引き締め、命令を下していく。

「目標は敵重巡航艦だ。後ろの駆逐艦は後で始末する。本艦とバイホ――軽巡航艦――は、程にり次第、主砲で敵重巡に攻撃を加える。各駆逐艦はユリン幽霊ミサイルを発せよ」

そして、程にったことを確認したフェイ大佐は、簡潔に「撃て!」とだけ言って、主砲の発を命じた。

アルビオン軍から武ウェポン級重巡航艦と名付けられたの旗艦ビアン――鞭――は、ゾンファ共和國軍の標準型重巡航艦であり、火力と防力、航宙能力にバランスが取れた戦闘艦である。

十三テラワット級電子加速砲はアルビオン軍のカウンティ級に劣るものの、扱いやすく、連能が高いため、能力的には遜ない砲と評価されている。この他に副砲として、二テラワット級荷電粒子加速砲を二門備えていた。

また、四十テラジュール級防スクリーンは、カウンティ級の三十テラジュール級を凌駕している。だが、二系列のシステムを持つカウンティ級に比べ、一系列しかないスクリーンシステムは信頼に劣り、更にスクリーンが過負荷になると予備系列に切り替えられないため、僅かな時間だが、無防備になってしまう。このため、ゾンファの軍艦乗りたちからも防スクリーンの改善をむ聲が上がっていた。

航宙能については、五kGという機力と四ヶ月間という長い航宙期間は十分に評価できるもので、小戦隊の旗艦として最適であった。事実、ゾンファ共和國軍の小艦隊の旗艦はウェポン級が用いられることが多い。

同級の弱點は防スクリーンの他に兵裝にあった。

伝統的なゾンファ軍の艤裝方針により、粒子加速砲に偏重しており、アルビオン軍でカロネードと言われる質量兵やミサイルといった打撃力の強い兵が無く、近接戦ではアルビオンの同クラスの艦に劣っていた。

主砲の発と同時に、敵からの攻撃が味方の蟲インセクト級駆逐艦ディエ――蝶――を揺らした。

直撃こそしなかったものの、敵重巡の主砲が放った電子の束が防スクリーンを掠めたのだ。ディエの防スクリーンと電子が激しく反応し、艦そのものが発したように見えるほどのを放っていた。

「ディエの被害狀況を報告させろ! 主砲は充填でき次第、順次発だ」

フェイは自分がミスを犯したと歯噛みしていた。

(駆逐艦を展開するのは、もっと敵に近づいてからでも良かった。敵重巡が盾になるなら、駆逐艦のミサイルも有効だが、この相対速度と距離ではミサイルが屆くまで三分以上掛かる。敵の出方を見てからでも遅くは無かったな……まあいい。直撃をけさせしなければ、大きな損害をけることはあるまい……)

「敵全艦百八十度回頭! 敵旗艦を先頭に単縦陣を組みつつあります!」

メインスクリーンには、逃げようとしていた軽巡航艦と三隻の駆逐艦が回頭し、重巡航艦に追従し始めていた。

そして、「敵、初弾回避! 損害なし!」という聲が聞こえると、フェイは敵が手回避を開始したと悟った。

(単純な単縦陣隊形なら、通信できなくとも指揮は執れると腹を括ったのか。敵の指揮は豪膽な人のようだ。だが、こちらの優位はかない。こちらも単縦陣を組むか……)

「旗艦を先頭にした単縦陣を組む! 各艦に連絡せよ、隊形“一イー”だ! ディエの被害狀況はどうした!」

フェイの言葉に戦擔當士が報告を上げてきた。

「ディエは一時的に質量-熱量変換裝置MECが過負荷になっております。そのため、防スクリーンの展開能力が三十パーセントにまで低下。現在、艦首にスクリーンを集中し対応しております!」

艦本に損傷がないことにフェイは安堵し、「復舊見込みは?」とややトーンを落として確認する。

「復舊見込みは三百秒後。それまで間は、艦首スクリーンの調整が困難なため、主砲の使用は不可。ミサイルによる攻撃のみ可能とのことです」

フェイは鷹揚に頷くが、緒戦で味方に損害が出たことに怒りを覚えていた。

(俺のミスだ……それも詰まらんミスだ。ここは腰を落ち著けて、冷靜に対処することに頭を切替えねば……今ならまだ、こちらの優位は変わっていない。落ち著いて敵を殲滅していけば良いのだ)

フェイは隊形が単縦陣に変わるのを確認し、敵のきに注意を向けていった。

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