《極寒の地で拠點作り》リンの回想 後編
『あー、やっぱハマったわ。背徳やべぇ』
『うぅ……』
あの日からずっとこうだ。団長の男に嬲り続けられる日々。その男の脅しが本當かどうかはわからないが噓だとも言い切れず、両親に相談も出來ずにいた。
おかしい所は幾らでもあった筈なのに何もしなかった。もし、両親に何かあったら自分のせいだと思い込んでいたリンには、そもそもまだいのだからそこまで思い詰めなくとも、という言葉を掛けたとしても元々責任が強い彼がけれることはないだろう。
それからリンは他メンバーの苦しみを理解したつもりだったが、彼らは良くも悪くもローテーションされて嬲られていたのでリンの様に毎日では無かったのだ。最も、それを知らないリンはまたもやその責任が悪い方向に向かってしまい、ここで耐えなければいつも同じ様な行為を延々とけている彼らに申し訳が立たないと考えていた。
そんな考えの最中、一旦止めたかと思えた男がリンに再び手をばしてくる。
『い、いやっ!』
『ははっ! 手錠外してやるんだからそんなに嫌がってんなよ。今日は終わり、終わりだ』
ようやく終わった。
しかしながら、今日『は』であって、また明日も続く。それを認識すると絶するリンであった。
『…………』
『しっかし、やらしいことしてる訳じゃねぇんだからそんなそそる様な聲で抵抗すんじゃねぇよ……やられても構わないって思っちまうじゃねぇか、なぁ? まあ、俺は何時だって構わないが』
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『ひッ……!』
気持ちの悪い笑みでこれまた気持ちの悪いことを宣う男にリンは怯えると共に強い嫌悪を沸かせたその時、閉じられている扉の奧、つまり部屋の外から聲が聞こえた。
『……その辺にしときなよ』
『チッ、誰だ……って、お前くらいしかいねぇか。全く、冗談も通じないのかよ』
部屋の外なので顔も格好もわからなかったが、それは確かにの聲だった。でも、リンにはそれが誰だかわからなかった。こんな聲、このギルドで聞いたことは無かったのである。
『限度があると思うのだけれど』
『あー、はいはい。悪うござんした! ってか、限度つーことは別にコレ自は問題無いってことだよな?』
『世間的には大分問題でしょ。その証拠に背徳ヤバい筈だよ。充分アウトだけれど現実で何かされるよりかはマシだし。それに、今更言ったって無駄ってことは何よりわかってるからさ』
最初、部外者かに思えたが會話の様子を見るに、なかなか親しそうなじだ。男はギルド外の人とは社辭令程度の會話しかせず、必要以上に話すことは無かった。つまりこの扉の反対側にいるのはこのギルドに関係のある人間ということだ。
これは偏見というか事実なのだが、相手にこの男が包み隠さずこうして話しているのは正直有り得ないと思っていた。だからこのはかなり重要な立ち位置に居るのだと直した。
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男は続ける。
『よくわかってらっしゃる。最近は保安気取りの厄介ギルドに目ぇ付けられてるからな。奴ら正義正義言って乗り込んでこようとするモンだから堪らない』
『あなたは特殊なプレイヤーだもの、當たり前じゃない』
『まあな。自惚れるつもりは無いがこの力を持つ人間はない。手にれるのもれた後もリスクは多い』
『リスク負ってまでこんなことがしたいなんて、わからないわね』
因みに、行為直後で混濁しているリンがああして々考えられたのは、そのが先程や今の一言で口にしている通りで男の行為に比較的に消極的、また否定的に見えたことで、彼が希にじられたからである。
尤も、この男にかなり近い存在で素のわからない人間となると些か信用に欠けるものだと思うが、その時のリンにはそれすらも些細な事柄にじられたのだ。
そうして彼は、そろそろアレの時間だからもう行くと言った。
『おう、宜しくな、絶対目ぇ離すんじゃないぞ。ああ、それといつも言っててわかってると思うが……何かやらかしたら幾らお前でも容赦しないからな?』
『ふふっ、何? 私でも興する訳?』
『抜かせ』
『まあ、そうならないように気をつけるよ』
それじゃ、と言い殘して彼は去っていった。
『アレ』というのが何なのかはわからないが、男が宜しくと口にしたので碌な事では無いだろう。
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『んー、興醒めた。良かったな、アイツに助けられて』
気持ちの悪い笑みを浮かべる男は他人事の様にそう言う。
『……あの方は一誰なんですか?』
『お前が知る必要は無いな。さ、俺の気分が元に戻る前に行きやがれ』
希を見つけ出したリンはその正を突き止める為に問うたが、それを知る男はリンをさっさと追い出そうとした。リンとしても、彼が作り出してくれた隙を態々壊す様なことはしたくなかったので大人しくログアウトすることにした。
男を殘して去り際に別の部屋に誰もいないことを確認したリンは安心して地上の自室へ戻ってすぐにログアウトした。
リンは知ることも無いのだが、以前は『放置プレイ』などと言って同時稼働していた地下部屋だったがリンをれてからはリンだけに使っている。いや、それどころかこの地下部屋自この頃はリンだけに使っていた。それ程までにリンが気にったという訳で、奇しくもそれが他のメンバーを助けることに繋がったのだ。
そして、例の彼はその時からちょくちょく訪ねてくるようになった。
『あれ、お取り込み中だった?』
『チッ、またかよ。最近よく來るよな』
『様子見しに來ただけだけど? あと、報告』
相変わらず、扉越しなもので姿は見えないけれどいつも通りの雰囲気だ。
『それを先に言えよ。で、どうだった?』
『やっぱり駄目だった。完全に見失っちゃったよ』
『ちゃんと見つけろよな。伝わったら終わりだぞ。わかってんのか?』
『ごめん……』
『あーあ、運営は放任主義だし。アレさえ無けりゃ完璧なのに……お前にも期待してんだがな。しっかりしてくれ』
アレとは何なのか。リンは気になったが、男が彼を咎めて扉の方を睨むのを見て、怖くなって聞けなかった。
『……ねぇ、今更だけどこんなこと、いつまで続けるの?』
雰囲気が悪くなってきて、扉越しに彼が申し訳なさそうにしていると思ったら更にそんなことを言ってきた。やはり詳しくはわからないけど、お互い近いであろうこの二人の関係だからそんなこと聞けるの聞けるんだろう。でも、仮にこれが自分だったら、劣勢且つこんな雰囲気では出來ないと思うリンだった。
『あ? 何だよ、俺にコレを一切合切やめろって言うのか? お前、こんな狀態でよく聞けんな、おい!』
しかし、やはりというべきか男の逆鱗にれた様で堰を切った様に怒り始める。
『だって、幾ら運営が何もしないからと言って、リアルで働きかけられたらBANどころか、昔みたいに警察の……』
『るっせぇ! そこをそうさせないのがお前の仕事だろうが! なのに、逃げた奴は連れ戻すどころか接すら出來ない。直ぐに見失って取り逃がすんじゃねぇか!』
『……っ。わ、私だって!』
彼が怒りを加速させることを言ったらしく、勢いを強くして怒鳴り散らす男にリンはただ怯えることしか出來なかった。
そして男は止まらず、勢いを保ったまま唾を飛ばして更に話し続ける。
『だから役立たずなんだよ! お前はだから前々から俺に批判的なことちょくちょく言ってきても手ぇ掛けずにしておいてきたが、もう我慢ならないな! 次にリアルで會ったら覚悟しとけよ? 手始めに何してやろうか!』
『なっ! そこまで言うなら、もう知らないわよ……?』
『言うじゃねぇかよ、もう決めた決めた。お前、処だったよな? 手始めに奪ってやるよ、この馬鹿』
『やってみなよ、このクズ!』
突如始まった口論はより酷い方向に向かっていき、相も変わらず男は汚い言葉と下卑た笑いでそう宣告した。彼も負けじと言い返してそれで足早に去っていく足音が聞こえた。
『あー、クソが!』
『ひっ……』
再び二人きりになってしまったリンはやはり怯えきっていたが、結局その日はそれ以上やられることは無かった。
そしてある日、
『……ッ! 來やがったか、ったくこれから始めようって時になぁ』
『はい……?』
いきなり、ピクッと男のが震えたかと思えばそんなことを宣い出した。一、何が來たというのか。
『アイツは、リアルでもあれから見ねぇし……脅し過ぎちまった。仕方ない、お前はここでじっとしてろ。たまには放置もいいからな』
『…………』
『おい、返事は?』
『はっ、ひゃい! すみません……』
そうして男は、リンを拘束したまま燈りを消して部屋を後にした。何気にこういったことは初めてで、毎日では最近はないものの、される日はそれこそ涙が出なくなるほど腹を毆らたり蹴られたりして虛ろになるので、何もされないというのは、酷いことだが無かったのである。
そう痛い思いをしないで済むと思ったリンだったが、暗闇に長時間居るとおかしくなるという話を思い出した途端、恐怖し始める。しかし、その恐怖も束の間に誰もいなくなった筈の地下室に扉が開く音が響いた。
『えっ? だ、誰……』
『……私よ、わかる?』
その扉の音はリンの居る部屋からの様で、その音の主は最近姿を消しているという彼だった。
『あっ、あなたは!』
『靜かに。まだ、あの人落ちてないかもだから』
『どういうことですか?』
『……リンちゃん、あなたをここから出してあげる』
『えっ? それって……』
『このギルドから出してあげるってことよ』
事態を先程から理解出來ていないリンは、拘束を解いていく彼の行に狼狽えていた。
『はい、完了っと。ささ、ついてきて、出來るだけ早くね』
『え、あの、大丈夫なんですか?』
『わからない。でも、今がチャンスなの。詳しくは追々話すから』
『わ、わかりました……』
解いてもらったリンはとりあえず彼につれられていくことにする。暗闇の中をなるべく速く足音を立てずに進み、そして地上への階段に辿り著く。
『いい? 地上で驚くことがあるかもしれないけど、詳しくは後ね』
『はい!』
何をそんなに念を押すのかは知らないけど、とりあえず地上がどうにかなっている。そう理解して、張と期待を押し込めて注意深くして先導してくれる彼について地上へ出る。
『えっ? 何ですか……これ』
が見えたかと思えば、それは明らかに不自然だった。地下へのり口の廊下には窓が無い。それなのに、外の日と同じ程度のがどこからか差し込んでいる。かと思えば、ある所から突然真っ黒というか真っ暗になり、その境目は直線になっている。
『源処理が追いついてないのよ。それに、外はもっと酷いよ。これもあの人のアレのせいね』
そう話す彼の姿は暗くなっており、明るい所に出てもそれは変わらない。プレイヤーのアバターもその源処理の遅れに巻き込まれ、リンのも暗くなっている。
『アレ、というと……その、団長が話していたものですか』
『うん。前にも言った様に本來使っちゃいけない力だから……こうして定期的におかしくなるのよ、あの人の周りはね』
引き続き手を繋がれて出口へと連れられていく中でそんな話を聞いた。どうやら、男の『力』とやらはたまにこうしてバグを起こすのだという。このバグというのは、源処理に限らずシステムにも影響を及ぼすらしく、ギルドのシステムも例外でない様子。以前にも実際にはいないバグで発生したメンバーがいつの間にか追加されていたり、逆に加しているメンバーが抜けていることもあった。
それに乗じて彼は、今まで一人ずつギルドで被害に遭っているメンバーを抜けさせていたらしい。
『ほんと、こんな大規模なバグ毎回起こしてバレないと思ってるあの人もそうだけど、調べたり対処したりしない運営もどうかしてるよ』
尤もなことを言う彼に対して、先程聞いたことと前に聞いたことを噛み合わせて考えたことを
『……あの、もしかしてなんですけど……見失った、とか仰っていたのは、そういうことなんですか?』
『あはは、気づいちゃうよね。そうだよ、接してないっていうのは噓で、ちゃんと話した上で態と逃してあげたんだ』
『どうしてそんな、危険なことを……』
『どうして、ねぇ。まあ、見ていられなくなったからかな……っと、その前に外に出るよ、中より危険だからね』
『は、はい』
リンは今までよりも強く彼の手を握る。
外に出ると、またもや明暗の激しい景が広がっていた。
『うわぁ……毎回だけど、やっぱりひどいね』
『そうですか? ちょっとノイズっぽくブレてる所は出てきましたが……』
周辺の木々や地面はズレたりブレたりで、空も同じように所々が黒くなっていたりしていた。だが、ギルド部と何ら変わらない様子だった。
『そう見えるでしょ? ちょっと來て』
そう言って暗くなっている所に連れていかれる。
『ここ、どう?』
『え? どう、とは……暗くなってますが……』
『まあ、そうよね。ちょっと見てて』
そうして彼はその辺に落ちている石ころを拾ってその暗闇に落とす。するとどうだろうか、本來そのまま地面に落ちる筈の石ころがまるでそこに地面が無いかの様に真っ直ぐに地面より下の方に落ちていき、見えなくなったのだ。
『あれ?』
『こういうことだから、気をつけてね』
どうやら、酷いと言っていた外は源処理が追いついていないのと同時に所々、空間が抜け落ちているらしい。追いついていない方と抜け落ちている方は見分けがつかないので基本そこは踏まないようにしている様だ。
そして、気をつけて進んでいる途中、先程の話の続きをしてくれた。
ざっくり言うと、あの男はリアルで高校生の中頃、近所の仲良くしていた年下のの子を自分の部屋に呼び出して、快楽目的で毆る蹴るの暴行を酷く加えたことがあったらしい。當然、警察のお世話になった上に法で罰せられた様だ。
『実はね、私、あの人の従妹なんだよね』
然るべき施設から出た後、數年間大人しくしていたかと思えば、いつの間にかこんなことになっていたと悲しそうな語気で話す。家が近く、それこそ、昔は一緒に遊んでいたこともある。そしてその大人しくしていた時期も普通に接してくれていた。彼は男が更生してくれたのだと思い込んだが、このゲームに出會ってからそれが上辺だけのだと知ることとなった。
最初の方は止めていた。しかし、一向にやめる気配は無い。それどころかそれは加速し、このギルドを作ってそれ専用の施設を作るまでに至った。それを咎めると怒り、手がつけられなかった。彼はその目に余る行為に、先程言った様にバグが発生するようになってからはその度に逃してあげた。
だが、彼は信じていた。上辺だけでなく、心の底から改心してくれることを。だから、彼は逃がしたを見逃す変わりに運営にもリアルでも話さないでほしい、そう伝えたのだ。勝手なことだとは思っていたが、それでも信じたかったのである。
『さっき運営はどうかしてるって言ったばっかなのに、おかしな話だよね……でも、私は信じてた。きっと更生してくれるって。でもね……』
やめる様子を見せない男にほぼ諦めかけていた所にリンが來た。リンが男に嬲られているのを聞いていると、昔のことを思い出して、いてもたってもいられなくなった。そしてあの時だ。男と口論になったあの日、彼の思いは完全に変わった。もう元には戻らない。そう思った彼は、まず次回のバグを待つことにして隙を見てリンを逃がすことを決めた。
『あーあ……こんなことなら、最初から……こんな、甘いことせずに、突き出していればよかった……』
ゲームの中でこんなことしているのを知っているのは男のでは彼だけで、素直に伝えていればと後悔と自責に苛まれている。
『あなたは悪くありませんよ! 悪いのは、あの人なんですから!』
そう勵ますリンに彼は小さく、ありがとう、と一言だけ言って歩き続ける。
『……ごめんね、こんな話しちゃって。さ、そろそろだよ』
そして、ようやくバグの発生していない區畫の目の前まで辿り著く。ここならもう、外れの方だということでここでやっとギルドから抜ける手続きをウィンドウ上で行う。
『あとは安全な離れた所でログアウトとかしてくれればそれでいいから……なんなら、誰かに匿ってもらってもいいかな。ごめん、無責任だったね……』
『そんなこと無いですよ。私は助けてもらっただけでそれで大丈夫ですから』
『ありがとう……それじゃ、バグが元に戻ってあの人が再ログインする前に早く、ね?』
『え、あ、あなたは……』
何となくわかってはいたが、ここで別れるのは悲しい。何より、彼のが心配だった。
『ふふ、私は大丈夫だから。心配しないで』
『で、でも…………っ! わ、わかりました』
暗くなっているせいでよく表がわからなかったが、彼の覚悟がじ取れたリンは彼の助けを無駄にしない為にもそれ以上何も言わなかった。
『それじゃあ、元気でね』
『はい、々ありがとうございましたっ!』
リンはそう言って區畫の境界を越え、足早に段々と進むスピードを速くしていく。
『あっ!』
肝心の名前を聞くのを忘れたリンは振り返る。しかし、既にそのギルドホームのある區畫にノイズは無く元の風景に戻っており、また彼の姿も當然見當たらなかった。
リンは抜け出すことに功したが、とうとうその恩人の姿どころか名前さえも知るに至らなかったのである。
そうして…………
『ひゃっ!?』
『ユズ、ほら、問題無かったよ、この通り』
『む、うぅ……!』
『ハープ、とりあえず離してあげたら? そんな口を塞いで苛めないでさぁ』
逃げた先、恩人の助けを無駄にしない為にも走った先。そこに居たのが、かの二人組、ユズとハープだったのだ。
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