《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第二話
宇宙歴SE四五一八年十月十五日。
HMS-E1101005デューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)はキャメロット星系第三星ランスロットの衛星軌道にある大型軍事衛星アロンダイトに港していた。
クリフォード・コリングウッド中佐は十月五日に前任の艦長から引き継ぎをけてから、慌しい毎日を過ごしている。
DOE5は王太子専用艦ということで、アルビオン王家のファミリーカラーである純白に塗裝され、側面には王家の紋章である一角獣と獅子が描かれている。そのため、通常の軍艦のくすんだようなグレーの中では際立っていた。
ちなみにくすんだグレーに塗裝されているのはステルスを最大限に生かすためで、學センサーでの探索を防ぐ意味がある。
もちろん、どの國の學センサーも可視だけでなく、様々な波長の電磁波でのセンシングを行っているため、効果は限定的だ。小星帯に潛むことが多いスループ艦であれば、そのステルスと相まって効果はあるのだろうが、大型の戦艦を同じに塗裝する意味はないと言われている。
しかし、僅かでも効果があることをやめることは難しく、実際、現場の下士兵たちはを変えることを頑なまでに拒否する。艦隊によくある拠不明の話伝説では、艦のを変えると戦闘時に真っ先に狙われ、必ず撃沈されるとされていた。
この話を聞く限り、DOE5は下士兵から忌み嫌われるはずだが、王家の艦であるという事実が誇りとなり、王室専用艦に乗り組むことは名譽なこととされ、忌避されることはない。
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クリフォードはDOE5の艦長室で公式航宙日誌ログや部下の勤務評定などに目を通していた。
デューク・オブ・エジンバラ5號はその頭文字をとり、DOE5と呼ばれることが多く、彼もその呼び名に慣れ、自分の艦ふねであると思い始めている。しかし、未だに部下たちと良好な関係を築けているとは考えていなかった。
(副長が優秀なのが救いだな。バートとはタイプは全く違うが、報告書を見る限り完璧な運営を行っている。一番の驚きは下士兵たちの懲罰が驚くほどないことだ。砲艦なら毎日のように超過勤務の記録が殘っていたのだが……)
十月五日に引継ぎをけてから記録を確認すると共に、艦をくまなく回り、積極的に部下たちと顔を合わせるようにしていた。さすがに王太子専用艦ということで士気は高く、規律も緩んでいない。
しかし、彼はそのことに僅かだが危懼を抱いていた。
(確かに最下級の兵に至るまできちんとしている。敬禮一つとっても、全員が教育部隊の指導教になれるほどだ。しかし、何かが違う。どういっていいのか分からないが……もうし慣れれば気にならなくなるのだろうか……)
そんなことを考えることもあったが、艦の中樞を擔う士、準士の能力や格を把握しようと努力した。
彼は積極的に士たちを艦長室に呼び、更には士室ワードルームにも足を運び、ワインやウイスキーなどを差しれながら、話を聞く機會を作った。今は港中ということもあり、戦闘指揮所CICには下級士が當直に立てばよく、他の士は比較的短時間の勤務で、非番の時間帯には飲酒も認められている。
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最も重要な士である副長クラウディア・ウォーディントン佐は金のかな髪を後ろでまとめ、白皙のと翡翠の瞳が印象的なだ。
彼は伯爵家の令嬢であるとともに、ウォーディントン子爵家の令夫人でもあった。その上品な腰と理知的な格で、士室を完全に掌握している。更に王太子妃と舊知の間柄で、王太子と親しげに話している姿を何度も見ていた。
クリフォードはキャメロット星系第四星ガウェイン産の白ワインを飲みながら、副長としての仕事を褒める。
「見事に管理されているね。旗艦でもこれほど完璧に管理されていなかったよ、副長ナンバーワン」
ウォーディントンは「過分なお言葉ですわ、艦長サー」と優雅に答えるが、誇らしげな表を僅かに見せる。
「私わたくしだけの功績ではございません。士、準士の協力があってこそですわ。それに殿下のお招きになるお客様に不快な思いをさせるわけには參りません」
DOE5は王太子専用艦ということで軍関係者だけでなく、政府の高、外、有力企業の経営者等がよく訪れる。
(ある意味、宇宙そらを駆ける迎賓館だからな、DOEは。そう考えると、その“従業員”たる乗組員の素行を、“支配人”たる副長が気にすることはおかしなことではないな。しかし、彼も一年以に昇進するんだろうな……)
ウォーディントンは今年三十三歳。佐になった時にDOE5の副長になり、既に二年以上経っている。近いうちに上級士コースを経て軽巡航艦の艦長になるのではないかとクリフォードは考えていた。
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彼は副長と歓談した後、航法長ハーバート・リーコック佐に視線を向けた。リーコックも子爵家の嫡男で金髪白皙の貴公子然とした士だった。
「私が航法長マスターである限り、DOE5彼が迷うことはありません」
真面目な顔でそう言うが、すぐに橫にいる戦士ベリンダ・ターヴェイ佐に肘で小突かれ、表をくする。そして、すぐに立ち上がり、謝罪の言葉を口にした。
「決して、艦長のことを揶揄やゆしたわけではありません! 申し訳ありません、艦長サー!」
クリフォードは苦笑いを浮かべながら、「謝罪には及ばないよ、航法長マスター」と言い、
「私の航法下手は艦隊の伝説になっているようだからね。航法士の間では知らぬ者がいないそうだよ。まあ、私自、よく士學校を卒業できたと思っているから気にしなくていい」
そう言って笑いながらワイングラスを持ち上げる。
リーコックは安堵の表を浮かべるが、すぐに表を元のらかなものに変える。
「航法はともかく、戦立案と指揮については既に伝説の域だと思っています。なあ、ベリンダ?」
話を振られたターヴェイはその大きな蒼い瞳を煌かせて頷く。彼は漆黒の髪にサファイアのような蒼い瞳ので、僅かにしなを作ったような仕草は宙軍士というよりミステリアスな酒場の主人といった雰囲気がある。
「私わたくしもそう思いますわ。戦艦と砲艦の同時運用といい、集束コイルなしでの砲艦主砲の使用方法の考案、対宙レーザーを用いた通信……どれをとっても獨創的です。どうやって思いつかれたのか、一晩中でもお聞きしたいですわ」
彼自は純粋に戦に興味があるだけだが、その潤んだ瞳がであることを強く主張している。
「一晩中は勘弁してほしいな。まあ、砲艦での戦はともかく、ターマガントで使った手は苦し紛れだから、語るようなこともないんだがね」
「それでも聞きたいですわ。ぜひ」と言って上目遣いの視線を送る。
クリフォードはその視線に僅かに気圧けおされ、ワインを口に含むことで落ち著きを取り戻そうとした。
そして、その話題を切り上げ、その橫で靜かにグラスを傾ける士に視線を向ける。
その士は報士のクリスティーナ・オハラ大尉で、ブラウンの髪に鳶の瞳、丸顔の親しみやすい雰囲気を持ち、宙軍士というより花屋の店員の方が似合うと思うほどだ。実際、下士兵たちからも“花屋の売り子”と呼ばれている。
オハラはクリフォードの視線をけ、下を向いてしまう。
「相変わらずクリスティーナは人見知りが激しいな。それとも英雄を前にして上がってしまったのかい」
リーコックがそう言ってからかうが、オハラは「いいえ」というだけ更に俯いてしまう。
クリフォードは彼の勤務評定と今の仕草のギャップに何度目かの違和を覚える。
(評価には報分析のプロだと書いてあった。実際、彼の報告書を見たが、文面から冷徹さをじたほどだ。この姿を見ると同一人とは全然思えないな……)
これ以上は話もできないと、グラスを掲げて、その隣にいる宙兵隊士に視線を向けた。
その士はアルバート・パターソン大尉でクリフォードより一歳年上の二十六歳。DOE5の宙兵隊の実質的な指揮としては非常に若い。
長百七十センチほどと宙兵隊にしては小柄だが、男爵家の生まれながらも格闘技と撃の達人で、宇宙海賊パイレーツとの戦闘では勇猛な戦いを見せ、宙兵隊の下士たちの尊敬を勝ち取っている猛者だ。前任の艦長からも能力的には申し分ないと太鼓判を押されている。
「私は艦長の候補生時代の話が聞きたいですね。敵の拠點ベースに潛する作戦を立てた上に參加されたと聞いていますから。しかし、よく候補生の作戦が承認されましたね」
彼の表に悪びれたところはなく、生來の明るい格が率直な言いを許している。
「私もそう思っているよ。今ももちろん尊敬しているが、當時のブルーベルの艦長、マイヤーズ艦長は私が常に手本にしようと思っている士だからね。まだまだ、足元にも及ばないが」
その言葉にウォーディントンが話に加わってきた。
「マイヤーズ艦長も今回昇進されたそうですね。確か二等級艦戦艦の艦長になられたとか。どのような方なのですか?」
「ああ、ウォースパイト38の艦長になられたと聞いたな。どのような時でも常に冷靜な方だよ。それでいて部下を思いやる心をお持ちだ……」
そんな話で盛り上がりながら、士室での時間が過ぎていった。
艦長室に戻り、一人になると大きく息を吐き出す。
(表面上は上手くいっている……それにしてもレディバードとは大違いだ。レディバード彼では下士たちとも話す機會が多かったが、ここでは準士以上としか話す機會がない……)
失った艦のことを思い出すが、すぐに気持ちを切り替える。
(前の艦のことを考えても仕方がない。幸い、この艦が戦闘をする機會はほとんどない。ゆっくりと時間を掛けて、艦をまとめていくしかないだろうな……)
一抹の不安をじながら、椅子に深々と座り、眠りに落ちていった。
一時間ほど、うたた寢をしていたが、気づけば布が掛けられていた。
(ヒューイが掛けてくれたのか。相変わらず気が利くが、起こしてくれればいいものを……)
彼の予想通り、艦長室付きの従卒ヒューイ・モリス兵長が掛けただった。クリフォードが起き上がると、モリスが「失禮します、艦長サー」と言いながらってきた。
「そろそろお休みになった方がよろしいかと。寢臺コットの準備はできておりますが、その前に寢る前の一杯ナイトキャップをお持ちした方がよろしいでしょうか」
クリフォードは「ナイトキャップを一杯頼む。殿下より頂いたブランデーをシングルで頼む」と言い、「気遣いありがとう」と言って布を渡す。
モリスは「いいえ、艦長ノー・サー、仕事ですので」と言って簡易廚房にっていく。
艦長室には執務室と寢室、更に簡易の廚房が備えられている。これは來客をもてなす際にすぐに飲みを出すためだ。ちなみにモリスは寢臺ベッドのことを折り畳み寢臺コットと呼んだが、艦長の寢臺は折り畳み式ではない。古くからの慣習でそう呼ばれているのだ。
クリフォードはモリスからけ取ったブランデーをゆっくりと回しながら、香りを楽しむ。
(良い香りのブランデーだが、私にはもったいないな。しかし、殿下からはこのくらいの酒の味は覚えておくようにと言われているし……)
酒は飲めるものの、今まで味わって飲む機會はなかった。しかし、王太子専用艦の艦長という役職柄、來訪者を歓待することも職務の一つとなる。そして、王太子が招く客はほとんどが上流階級であり、舌がえている。そのような相手に侮られないためにも酒の味を覚えるようにと言われていたのだ。
そんなことを考えながら、二十分ほどかけて飲み切ると、に控えているモリスに「ご馳走様」と言って寢室に向かった。
■■■
DOE5の士室ワードルームでは新任艦長の話で持ちきりだった。
航法長のハーバート・リーコック佐が想を話していた。
「何度會っても若いとじる。中佐じゃなく中尉と言った方が違和がないくらいだ」
それに対し、戦士のベリンダ・ターヴェイ佐が「そうかしら?」と言い、
「見た目は若いけど、凄く落ち著いているわ。それにあれほどの武勲を挙げているのに謙虛だし。僅か五年で殊勲十字勲章DSCが二回に武功勲章MCが一回よ。運も味方しているんでしょうけど、実力も凄いと思うわ」
リーコックは「その點は私も同だよ」と頷き、
「私が言いたかったのは単に見た目のことだけだ。話をすれば中佐に相応しい人だと納得しているよ」
「あら、隨分持ち上げるわね。著任される前は殿下もびいきが過ぎるって言っていたのに」
副長のクラウディア・ウォーディントン佐がそう言って茶化す。
「私だって人を見る目は持っている。一度話をすれば艦長が我々とは違うと納得できたよ」
ウォーディントンは彼の言葉に「そうね」と素っ気無く答えるが、心の中では別のことを考えていた。
(ハーバートは焦っているみたいね。確かに佐になって二年。決して遅い昇進じゃないけど、子爵家を継ぐとしては不安になってもおかしくないわ。この辺りで殊勲十字勲章DSCに匹敵する武勲を挙げておきたいと考えているはず。だから、コリングウッド艦長に認めてもらってしでも目立つところにいきたいというのは分からないでもないわ……)
そして、リーコックの焦りに不安を覚える。
(でも、大丈夫かしら。彼の能力は言っては悪いけど平凡だわ。確かに航法の腕は悪くないし、ミスもない。でも、それだけ。あの天才についていこうとすれば、必ず無理をするわ。この艦ふねは殿下をお守りすることが最大の使命。冒険するようなことは決してしてはいけない。艦長はお若いわ。ハーバートに乗せられなければいいのだけど……と言っても私は一年以にこの艦を去るはず。次の副長がそのことを分かってくれないと大変なことになるわ……)
彼がそんなことを考えているとは知らず、リーコックはターヴェイと話し込んでいた。
(ベリンダもそう。彼は艦長の武勲に興味を持っている。そして問題なのは自分でもできると思うこと。天才の真似を凡人がすることは危険なこと。彼が悪い影響をけなければいいのだけど……)
そこまで考えたところで小さく溜め息を吐く。
(私が心配することじゃないわね。どうも副長を長くやっていると悲観的ネガティブな方にばかり考えてしまうわ。この艦だからベテランの副長が引き継いでくれるはずだからしは安心なんだけど……)
八ヶ月後、彼の期待は裏切られることになる。
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