《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第六話

自由星系國家連合はヤシマ、ロンバルディア連合、ラメリク・ラティーヌ共和國、ヒンド共和國、シャーリア法國の五ヶ國からなる連合組織である。

連合が結された発端は易協定だった。近隣の星系で行われる易に対し、関稅や通関制度が異なりトラブルが発生していたためだ。そのため、連合結當初の軍事的な取り決めは宇宙海賊に対する取り締まり程度しかなく、各國獨自の防衛政策が変わることはなかった。

しかし、ゾンファ共和國とスヴァローグ帝國という大國が膨張政策を採ったため、単獨での防衛政策では飲み込まれると危機を覚え、相互防衛協定を結び、自由星系國家連合という組織を作った。

自由星系國家連合の総人口は約百二十億人とアルビオン王國の七十五億人、ゾンファ共和國の八十億人、スヴァローグ帝國の六十五億人を大きく凌駕し、保有戦力は合計三十個艦隊約十五萬隻に達していた。

これは連合がアルビオンら三ヶ國に対し、単獨では一・五倍程度の國力を有していることを表している。

しかし、ヤシマが侵略されるまでは各國の利害関係が複雑に絡み合い、連合の関稅撤廃、通貨の統一、相互防衛協定の締結までで、それ以上の関係には至ることはなかった。

その結果、ヤシマ星系におけるタカマガハラ會戦では、十個艦隊五萬隻の大艦隊を要しながらも、半數程度のゾンファ軍に大敗を喫している。

この敗戦の影響は大きく、ヤシマ艦隊の全滅を加えると六個艦隊三萬隻以上が失われたことになる。

それ以上に深刻なことは、軍としての実力が予想よりはるかに低いという事実が呈したことだ。

ゾンファ共和國軍はアルビオン王國との戦闘で大きく傷付いたが、もう一つの野心的な國家スヴァローグ帝國に弱點を曬したことで、自由星系國家連合の各政府は対応を迫られることになった。

事の発端となったヤシマは隣國であるアルビオン王國に救援を求めた。アルビオンとしても優秀な工業國家であるヤシマがゾンファや帝國に併合されることを恐れた。そのため、ヤシマ政府がアルビオン艦隊の駐留費用を負擔するという條件で、三個艦隊一萬五千隻を派遣することに同意した。

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しかし、スヴァローグ帝國と接している國家はヤシマだけではなかった。

帝國の有人星系と航路が繋がっているロンバルディア連合とシャーリア法國はともに危機を抱いた。

特にタカマガハラ會戦で自國の艦隊に大きな損害をけたロンバルディアは早急な対応が必要であると考えていたが、軍の裝備をヤシマからの輸に依存していたため、自國のみでは艦隊の補強ができず、戦力の回復はヤシマの復興を待たなければならない狀況だった。

強い危機を持ったロンバルディア連合は帝國対策のため、自由星系國家連合の各國に対し、艦隊の派遣を要請した。しかし、防衛協定は侵略後を想定したもので、事前に艦隊を派遣するには協定の改正が必要であった。このため、連合各國からの艦隊派遣は事実上困難だった。

そこでロンバルディア連合はアルビオン王國に接近することにした。

しかし、アルビオンはこれ以上の負擔は自國の防衛に支障をきたすと拒絶した。

それでもロンバルディアは諦めなかった。

艦隊の派遣が無理でも、友好関係にあることを帝國に見せ付ければ抑止力となると考えたのだ。その一環として、王太子エドワードのロンバルディア訪問をアルビオン政府に要請した。

アルビオン政府は対応に苦慮したが、最終的にはロンバルディアの要請をけることにした。それはスヴァローグ帝國で起きていた戦が終結し、ロンバルディアに侵略の手をばす可能が高くなったためだ。

一方、シャーリア法國は元々要塞による防衛を主と考えていたため、危機はあるもののロンバルディアほどの焦りはなかった。

シャーリアの防衛戦略はジャンプポイントJPに多數のステルス機雷と大型要塞を配置し、防衛艦隊と連攜させるというもので、侵攻してくる敵が八個艦隊四萬隻程度であれば防衛は難しくないと考えていた。しかし、隣國のロンバルディアが占領された場合、援軍が來る唯一のルートを押さえられることになり、孤立することが懸念とされた。

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スヴァローグ帝國は慢的に戦が起きる不安定な國家である。

この國にはスヴァローグ、タジボーグ、ストリボーグという三つの有人星系があり、帝都となるスヴァローグに皇帝が、タジボーグとストリボーグに藩王と呼ばれる支配者がおり、それぞれが獨立國家の様相を呈している。

そして、二十年前の宇宙歴SE四四九八年、大規模な戦が始まった。當初は皇帝率いるスヴァローグ軍が優勢であったが、最も人口のないタジボーグの藩王アレクサンドルが巧みな戦略と狡猾な謀略を駆使し、二十年に及ぶ戦を終結させた。彼は帝國を統一すると、アレクサンドル二十二世を名乗り、外に目を向け始めた。

その時、彼の目に映ったのは強力だと思われていた自由星系國家連合が、実は張子の虎であったという事実だ。

皇帝はゾンファのヤシマ侵略に際し、「二年後に始めてくれれば我が帝國がヤシマを得て、ペルセウス腕を統一していたものを」と語ったとされる。

軍事研究者たちは、大兵力を擁し指揮命令系が統一された帝國軍と、占領地に長期間駐留するゾンファ軍が戦闘を行えば、ゾンファ側が勝利することは困難であるという結論を出している。

また、帝國がヤシマを得た場合、その技力を生かして、軍事力が飛躍的に増強されると予想された。そのため、周辺國家は危機を持った。

アルビオン政府はスヴァローグ帝國の戦終結の報を得たことから、帝國がヤシマ、ロンバルディア、シャーリアのいずれかに手をばすであろうと予測した。

ヤシマにはアルビオン艦隊が駐留しているため、容易に手は出せない。下手に手を出せば、同一規模の大國であるアルビオンとの全面戦爭に発展し、自由星系國家連合から領土を掠め取ることができなくなる。

また、シャーリア法國はその鉄壁の防で星系に突するだけでも多大な損害を覚悟しなければならない。実際、帝國參謀部が試算したシャーリア法國占領に必要な戦力は十個艦隊とされ、戦で疲弊した帝國軍にとって員できるギリギリの數だった。

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そうなると、スヴァローグ帝國が最も狙い易い標的はロンバルディア連合になる。ロンバルディアは現在六個艦隊程度の戦力しか保有せず、二つの有人星を有するため地理的に防が難しい。そこに十個艦隊の大戦力を投すれば、ロンバルディアを占領することはさほど難しくない。

更にロンバルディアは帝國が最もする農業國家だ。帝國は三つの星系を持ちながらも食料生産能力が低く、彼らにとってロンバルディアは魅力的な獲だった。

更に問題なのはロンバルディアの位置だった。

ロンバルディアはヤシマ、シャーリア、ラメリク・ラティーヌ、タジボーグという四つの有人星系と航路が繋がる“ハブ”のような星系だ。仮に帝國がロンバルディアを押さえることができれば、ラメリク・ラティーヌとシャーリアは帝國に屈し、自由星系國家連合は崩壊することは容易に想像できる。

そのことをアルビオン側も理解しており、ロンバルディアによる王太子の公式訪問要請という提案を呑まざるを得なかったのだ。

五十名が外使節団として同行することが決まり、強襲揚陸艦ロセスベイ1に乗り込むことになった。

こうして、王太子のロンバルディア連合訪問が決まったが、更にシャーリア法國への訪問も行われることになった。

これはシャーリアから打診があったわけではなく、王太子自らがシャーリア訪問を提案したとされている。

その理由だが、王太子は以前より、獨自の宗教観と世界観を持つシャーリアに興味を持っており、訪問先のロンバルディアから僅か十二パーセクの位置にあることから、この機會に訪問したいと政府に打診した。

當初政府は王太子の安全が確保できないと難を示したが、シャーリア法國は“シャーリア法”という厳格な戒律があり、約束を破ることは宗教上ありえないと王太子が主張したため、訪問が許可された。

しかし、これは公表されたシナリオに過ぎなかった。

実際にはアルビオン、シャーリア両政府はロンバルディアと同様に友好関係にあるとアピールしたいと考えていた。

しかし、スヴァローグ帝國のきが読めず、ロンバルディアにったタイミングで狀況が変化している可能があり、簡単に取り止められるよう王太子の要請をけた形にしたのだ。王太子もそのことを聞かされていたが、自國の安全のために必要なことであるならと快諾している。

以上のことから、シャーリアからの正式な要請ではなく、王太子の個人的な目的での訪問となり、大規模な艦隊に護衛させるわけにはいかなくなった。このため、王太子の護衛はクリフォード率いる護衛戦隊のみとなった。

これには反対の聲が多く上がったが、參謀本部は帝國が侵攻作戦を行うのは早くても三年後と推定していること、ロンバルディア、シャーリア両國ともアルビオンに敵対することは自國の安全保障上ありえないことから、充分に安全であると説明している。

ただ一人、総參謀長のアデル・ハース中將だけは更なる報収集が必要であると反対したが、王太子の訪問が決定事項であるなら、時間を掛けることは逆に危険を招くことになるという參謀たちの総意に渋々承認したとされる。

ハースが懸念した最大の理由は新皇帝アレクサンドル二十二世のひととなりだった。

は皇帝の決斷力と実行力を高く評価しており、更に合わせる戦略に危機を抱いていた。

(あの皇帝は危険だわ。ゾンファのように派閥の力學で政策が決まるわけじゃない。皇帝の直であらゆる政策が決まる。だとすれば、このタイミングに侵攻作戦はありえないという參謀たちの考えの裏を突いてくる可能があるわ。それに皇帝は権力基盤を磐石なものにするために、無理をしてでも出兵するかもしれない……と言っても、十個艦隊を僅か數ヶ月で送り出せるとは思わないけど……どうしても気になる。これは彼に言っておくべきね……)

ハースはクリフォードを個人的に呼び、自らの懸念を話していった。

「……大規模な侵攻作戦と同じタイミングになる可能は限りなく低いわ。でも、艦隊を派遣するだけが戦爭じゃないの。あの皇帝ならどんな手を使ってくるか分からない。だから、充分に気をつけなさい。あなたがしでも不安をじ、引き返す決斷をしたのなら、私はどのような判斷でも無條件に承認する。だから、殿下の安全を最優先に考えて。こんなことをお願いするのは心苦しいんだけど……」

彼はハースが迷っていることに驚きを隠せなかった。

(參謀長がこれほど悩むということは、それだけ不確定要素が多いということだ。つまり、何が起きてもおかしくない、そんな狀況なのだろう……)

そう考えるが、すぐに顔をハースに向け、「殿下は必ずお守りいたします」としっかりとした口調で答えた。

■■■

スヴァローグ帝國の帝都スヴァローグでは前會議が開かれていた。

ちなみに、“スヴァローグ帝國”という名稱だが、近隣諸國がそう呼んでいるだけで、彼らはオリオン腕で広大な領土を誇った銀河帝國の正統な後継を自稱しており、正式な國名は“銀河帝國”である。但し、その正當を認めている國家はなく、帝都がある星系の名を取り、“スヴァローグ帝國”と呼ばれている。

皇帝アレクサンドル二十二世はゾンファ共和國によって弱化された自由星系國家連合を併合すべく、指示を出した。

「自由星系國家連合と稱する無能なる者どもからかな星々を奪い取り、新たな銀河帝國の礎とせよ!」

その言葉に重臣たちは一斉に頭を下げる。

皇帝はそれに鷹揚に頷くと、自分の考えを披していく。

「まず狙うべきはロンバルディアである。彼の地は守りにくく攻めやすい星系である。帝國の鋭からなる大規模な艦隊をもって一気に攻めれば損害をけることなく占領できよう。しかし、それには準備が必要である。タジボーグから十個艦隊を派遣するとして、どの程度の時間が必要か」

皇帝の問いに重臣の一人が答える。

「タジボーグの防衛を無視すれば一年。維持したままとなれば最短で三年は必要かと」

帝國は三つの有人星系を有するものの、テラフォーミング化が完全ではなく、食料生産能力が低い。また、度重なる戦の影響から工業力もアルビオンやゾンファに比べ低く、資の蓄積に時間を要する。

皇帝は靜かに頷くと、ニヤリと笑った。

「無論タジボーグの守りは薄くはせぬ。ゾンファの二の舞を演じるほど余は愚かではないからな」

その言葉に重臣たちから笑いがれる。彼らはヤシマに侵攻したものの、ジュンツェン星系を脅かされ、最終的にヤシマを放棄したゾンファを笑ったのだ。

「しかし、それでは遅すぎる。何か良い手はないか」

その問いに末席から手を上げる者がいた。

「アルダーノフか。意見があるなら申せ」

セルゲイ・アルダーノフは三十代半ばで、整った容姿で真直ぐな黒髪を肩までばした貴公子然とした風貌の男だった。彼は一禮するとすぐに自分の意見を述べていく。

「敵に準備期間を與えぬためには謀略をもって當たることがよろしいかと……」

皇帝が小さく頷くのを確認すると、すぐに話を続けていく。

「ヤシマにはアルビオンがおりますゆえ、ロンバルディアとシャーリアに謀略を仕掛けます。まず、シャーリアに対しては……」

彼は澱みなく説明していくが、徐々にその言葉に熱を帯びていった。

「……我が策を行えば、シャーリアは艦隊を派遣することなく屈し、ロンバルディアにも混が生じるでしょう。この策を是非、私わたくしめにお命じください。必ずしや功させてみせまする」

芝居掛かった言いに數名の軍人が眉を顰めるが、彼がこれまでに獻じた策は非常に有効であり、謀臣としての地位を確立していたため、叱責されることはなかった。

「よかろう。貴様にすべてを任せよう。では、すぐに準備を始めよ」

アルダーノフは皇帝に一禮すると部屋を出ていった。

「よろしいのですかな、陛下」

重臣の一人が確認すると、皇帝はニヤリと笑い、

「構わぬ。功すればよし。失敗してもそれまでの男であったということだ。金も資もほとんど使わぬのだ。やらせてみぬ手はあるまい」

皇帝がそう言って笑うと、すぐに別の議題に移っていった。

皇帝は自室に戻ると、り付けていた余裕の表を消し、深々とソファーに座り込む。

(ゾンファもいらぬことをしてくれた。ようやく戦が終わり、これから疲弊した國力を回復せねばならん時であるというのに……)

現実主義者である彼は心では外征に消極的だった。

二十年に及ぶ戦の爪痕は大きく、十年以上掛けて疲弊した帝國を立て直そうと考えていたのだ。

しかし、彼の権力基盤は前會議で見せたほど余裕があるものではなかった。

一つには帝都であるスヴァローグにあるとはいえ、彼は元々タジボーグの藩王であり、スヴァローグ星系を完全に掌握したとは言い難い。特に前皇帝の家臣たちを粛清した影響で行政に混が生じているが、その建て直しすらできていない。

もう一つの懸念はストリボーグの藩王の向だった。ストリボーグの藩王と同盟して帝國の権力を奪ったものの、藩王は得るところがなく不満を抱いている。彼としては藩王を謀略によって消し去ろうと考えていたが、その時間すら與えられなかった。

しかし、この狀況で自由星系國家連合に手を出さないという選択肢は採れない。この絶好の機會を見逃せば、無能な皇帝という烙印が押され、不安定な政が更に不安定になることは必至だ。彼は強力な指導者であるとことを示すために、無理にでも外征を行う必要があったのだ。

(いずれにせよ、ロンバルディアを奪わねば再びが起きる。それを防ぐため無理にでも艦隊を集めねばならん……アルダーノフの策が上手くいけば、なくともシャーリアに混は起こせる。失敗したとしても、我が帝國に損はない……)

彼には大きな懸念があった。

それはアルビオン王國の靜だった。

(アルビオンは侮れぬ。國心が強く、実戦経験も充分にある。我が國の戦略が彼の國の不利益とならぬと思わせねば、ゾンファの二の舞になる。あの國の失敗はアルビオンを侮ったことだ。策によって手出しできぬようにせねば、ロンバルディアを手にれてもすぐに手放すことになる。やはりシャーリアを先に手にれるべきか……)

彼はアルビオン王國の戦略を正確に察していた。

アルビオンは現狀のパワーバランスを崩すことを防ぎ、自國の安全を確保した上で、國の開発を推進しようと考えている。特にキャメロット星系は二つの有人星を持つものの、最前線ということで防衛に資源を割かざるを得ず、アルビオン星系より開発が遅れていた。

ゾンファと帝國が自國の安全保障上の障害にならないなら、アルビオン側から戦端を開くことはない。逆に言えば、自國の安全に脅威を與える可能があるなら、ジュンツェン星系への侵攻のような大膽な策を打ってくる。

(シャーリアはアルビオンから遠い。我が帝國がシャーリアを併合したとしてもアルビオンとの國力差は警戒されるほど大きなものにならない。シャーリアを手にれた後はロンバルディアに脅しを掛けて屈服させる。アルビオンがロンバルディア奪還にけば、ストリボーグの戦力を叩き付ければよい……)

皇帝の思考は遙か先を見據えていた。

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