《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第七話

宇宙歴SE四五一九年十月一日。

キャメロット第一艦隊第一特務戦隊、通稱王太子護衛戦隊はヤシマに向けて出発した。

彼らの前方にはキャメロット第九艦隊があり、同じようにヤシマを目指している。

これは王太子を護衛するためではなく、ヤシマに駐留する艦隊を替させるためで、王太子一行はその替のタイミングに合わせて出発したのだ。

キャメロット星系からヤシマ星系までは約二十二パーセク(約七十二年)で、三つの星系を経由する。最も近い星系はスパルタン星系で、トリビューン、レインボーと続き、ヤシマに至る。

正規艦隊五千隻と行を共にするため、二十二パーセクを三十一日間で移する。護衛戦隊だけであれば二十七日で済むが、足の遅い砲艦や輸送艦を伴うため、星系での移に時間が掛かっている。

その時間を利用し、クリフォードは更に訓練を重ねていった。

特にトリビューン星系では第九艦隊の駆逐艦戦隊に協力を仰ぎ、小星帯を利用した離訓練を行っている。

訓練を終えた後、副長であるサミュエルと艦長室で問題點を話し合った。そして、話し合いを終えた後、スクリーンに映る小星を見つめていたサミュエルがぼそりと呟いた。

「懐かしいですね、艦長」

「そうだな。もう七年も前か。ここに一緒に戻ってくるとは思わなかったな」

クリフォードが慨深くそう言うと、サミュエルも頷いている。

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「あの頃は自分が士になれるか不安でした。それが佐になっているとは……當時の自分が今の姿を見たらビックリするでしょうね」

「全くだな……そう言えば覚えているか、“ローストピーナッツ”から出した時のことを」

彼が言っているローストピーナッツはゾンファの通商破壊艦の補給基地があった小星AZ-258877のことだ。形がピーナッツに似ており、更にこの星系の弱い恒星に照らされたが、焼いたピーナッツに似ていたことから、下士たちが付けたあだ名だった。

「二人で無茶をしましたね。あの時のことを思い出すと今でも冷や汗が出ますよ」

そんな他ない話をし、互いの仕事に戻っていった。

トリビューン星系からレインボー星系への超空間航行FTLにった後、二人は王太子に捕まった。

「そろそろトリビューンの話をしてくれてもいいだろう。妃も聞きたがっているんだ」

今回のヤシマ訪問には王太子妃シルヴィアも同行している。ちなみに王太子には二人の王子がいるが、十五歳と十三歳であり、二人とも寄宿舎のある學校にっているため、同行していない。

クリフォードとサミュエルは同時に肩を竦め、王太子の部屋に向かった。

十月三十一日。

クリフォードたちは無事ヤシマ星系に到著した。

首都星である第三星タカマガハラに向かうが、未だに完全な復興には程遠いためか、破壊された施設が多く見られた。

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星上空に待機するアルビオン艦隊の旗艦で王太子は演説を行い、將兵たちを労った。

更にヤシマの首都タカチホに王太子妃シルヴィアと共に降り立つと、ヤシマ國民から熱烈な歓迎をける。

アルビオンによって國が解放されたこと、アルビオン軍の軍規に緩みがなく、ほとんどトラブルが起きなかったことから、王太子が登場する前からアルビオンに対するヤシマ國民のは非常に好意的だった。

もちろん、比較対象が暴の限りを盡くしたゾンファ軍であったことが関係することは否めない。

更にヤシマ國民は“ロイヤルファミリー”という幻想的ファンタジックな言葉に弱かった。マスメディアがそうなるように演出したこともあるが、王太子は行く先々で歓迎された。

クリフォードは王太子が各地を回る間に、デューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)をサミュエルに任せ、アルビオン艦隊の臨時司令部とヤシマ防衛軍本部を訪問した。

彼の目的はロンバルディア連合とシャーリア法國の狀況とスヴァローグ帝國に関する報を手することだった。

アルビオンの臨時司令部ではヤシマの民間船からけたスヴァローグ帝國の報を基に分析を行っていた。報擔當參謀は帝國の現狀について教えてくれた。

「帝國は凄い勢いで復興しているようだ。タジボーグの工廠に大量の資材が持ち込まれているという報があったよ。既に七個艦隊は駐留していると見ている。恐らくだが、三年ほどでどこかの星系に攻め込むつもりだろうな」

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「帝國とロンバルディア連合との関係はどう見ていますか?」

報源ソースはヤシマ政府だから、信憑は保証できないが、ロンバルディアは帝國とかに渉を行っているらしい。ただ、それがどのような渉なのかは全く不明なのだがね」

報參謀はそう言って肩を竦める。

「ロンバルディアは農業國ですが、帝國に食糧を輸出しているのでしょうか?」

「いや、タジボーグ側のジャンプポイントJPは封鎖されているはずだ。民間船の航行は認められていないと聞いている。もっとも戦中は結構稼いでいたらしいがね」

クリフォードはシャーリア法國の狀況を聞いてみたが、報參謀は「あの國は主義でね。ほとんど報はってこないのだよ」とお手上げという仕草をする。

彼はその足でヤシマ防衛軍本部に向かい、同様に報を手していった。得られた報はなくなかったが、やはりシャーリアについては有益なものは得られなかった。

(聞く限りはほとんど鎖國狀態だな。確かシャーリア星系は充分に自活できるかな星系だったはずだ。宗教的な理由もあるのだろうが、判斷に困るな。ロンバルディアにいる外報を持っていればいいんだが……)

DOE5に戻り、サミュエルと報士のクリスティーナ・オハラ大尉と共に報を分析していく。

オハラは得られた報を分類し、更に報の確度ごとに整理していった。その手際の良さにクリフォードはもちろん、報士の経験があるサミュエルですら歎していた。

報の分析を終えたオハラがクリフォードたちに結果を報告する。

「……得られた報を整理しますと、三ヶ月以にスヴァローグ帝國がロンバルディアに侵攻する可能は非常に低いと思われます。ただ気になる點があります」

「気になる點とは?」とクリフォードが聞くと、オハラはニコリと笑い、

「帝國の脅威が迫る中、隣國でありながらもロンバルディアとシャーリアの関係があまりに希薄です。シャーリアの主義と言われればそうかもしれませんが、ロンバルディアも積極的にアプローチしているように見えません。この點が気になるのです」

「確かに気になるな。ロンバルディアは脅威を減らすためにしでも味方はほしいはずだ。だとすれば、シャーリアとの関係を強化する努力を惜しまないはず……どう思う、サム?」

「そうですね」と言ってサミュエルは沈黙し、五秒ほど考えた後、自分の考えを整理する可能ようにゆっくりと話し始めた。

「ロンバルディアの政治形態が影響しているのかもしれませんね。あの國は複雑な議會制民主主義だったはずです。二つの星にある政府が連合を作っているため、政策決定に時間が掛かったのでは。それが原因の一つではないかと」

彼の言う通り、ロンバルディア連合は第三星テラノーヴォと第四星テラドゥーエの二つの有人星からなり、それぞれに地方政府がある。その地方政府の代表者により統一政府が作られているが、國家元首である首相の権限は小さく、政策決定に時間が掛かる構造的な欠陥を有していた。

更にタカマガハラの敗戦により、多くの政黨が立し現在の危機的狀況でも政治ゲームに終始し、合従連衡を繰り返している。

「ありえる話だ。しかし、それだけではシャーリアに積極的に接しない理由にはならないと思うが」

「あの、よろしいでしょうか」とオハラが発言を求め、クリフォードが許可する。

「個人的な見解なのですが、ロンバルディア人の気質は見栄っ張りと聞いたことがあります。自由星系國家連合の盟主たらんといろいろと畫策していたようですし、その點から考えると、連合でも小國であるシャーリアに頭を下げることをよしとしない勢力がいるのではないでしょうか」

「なるほど……その辺りはパレンバーグの意見を聞いてみてもいいな。彼なら我々より外報を持っているだろうし」

彼らが行った分析結果を王太子とセオドール・パレンバーグ、侍従武のレオナルド・マクレーンをえて協議する。

「……以上が我々の得た報を分析した結果です。明日、駐ヤシマ大使と臨時司令部の意見を聞くつもりですが、その前に殿と侍従武殿の意見を伺いたいと思っております」

王太子はいつもの笑みを浮かべて頷き、「テディ、君に意見は」とパレンバーグに話を振った。

パレンバーグは得られた報をもう一度見直しながら、

「私が得ている報とも整合していますね。現狀ではロンバルディアに向かうことに問題はないと私も考えます。但し、その先はロンバルディアで得た報次第というところでしょうか」

「ありがとう。では、レオ。君の意見を聞かせてくれないか。別に勘でもいいぞ」

そう言ってマクレーンをからかうが、彼は真剣な表を崩すことはなかった。

「小もロンバルディア行きには賛です。ですが、シャーリアに行くことには賛できません」

明確にシャーリア行きを否定したことに王太子が驚く。

「理由を聞かせてもらってもいいかな。それほど明確に斷言するなら理由があると思うのだが」

王太子も真剣な表になっていたが、マクレーンはそれを全く気にせず、一言で答えた。

「勘です」

一瞬、その場が沈黙に支配された。

「本當に理由はないのか。先ほどの私の言い方が気にらないなら謝るが」

そういう王太子にマクレーンは首を橫に振り、「明確な理由はありません、殿下」ときっぱりと言いきった。

パレンバーグはやれやれというように首を橫に振っているが、クリフォードはマクレーンの顔を見つめ、別のことを考えていた。

(歴戦の宙兵隊員は危険を嗅ぎ分けられる。私も何となくだが危険なじがするが、彼にはもっと明確にじているのではないだろうか)

そう考えるものの、ただの勘で予定を変更するわけにはいかず、

「では、ロンバルディアまでは確定ということで渉してきます」

クリフォードが退室した後、パレンバーグは王太子に向かって謝罪の言葉を口にした。

「殿下にはお詫びしなければなりません」

「何をだね?」と王太子は首を傾げる。

「コリングウッド艦長とラングフォード副長のことです。私は彼らの就任に対し、強く反対しました。殿下がお気にりの士を優遇しすぎると」

「確かに隨分言われたね。クリフとサムは若すぎるし、この仕事の能力は未知數だと」

「はい。ですが、それは私の間違いでした。殿下をお守りするという點において、彼らほどの適任者はおりません。そのことを今日改めて思いました」

王太子はそう言って頭を下げるパレンバーグの肩を軽く叩き、

「君のいいところは過ちを素直に認められるところだね。それと私に対して怖じせず諌言してくれることもありがたいと思っているよ」

そう言って立ち去ろうとしたが、何かを思い出したのか口で振り返る。

「彼らは若い。君が思ったことはどんどん言ってやってくれないか。それが彼らにとっては財産になるのだから。頼んだよ、テディ」

この時、パレンバーグは王太子の本當の目的を悟った。

(殿下はコリングウッドを本當に買っているのだな。今回の人事は彼が長するための踏み臺なのだ。確かに可能じさせる逸材ではある……)

當初懸念したサミュエルの副長就任だが、彼は士たちの掌握に苦慮したものの、地道な努力と配慮により、航法長ハーバート・リーコック佐以外の士と良好な関係を築いている。また、リーコックも表面上は協力的な態度を見せるようになり、艦の運営に問題は発生していない。

パレンバーグはその點も考慮し、王太子に謝罪している。

しかし、リーコックは未だに納得していなかった。

(確かに仕事はできるが、私が大きく劣るわけではない。いつか私の力を見せつけて見せる……)

彼の心の中ではある変化が起きていた。

それは自分を大きく見せようと常に考えていたため、自分の実力を今まで以上に過大評価するようになっていた。そして、機會があれば英雄と稱されるクリフォードに匹敵する武勲を上げられると思いこむ。

(艦長だって評価してくれる人がいたから武勲を上げられたのだ。今の私なら艦長以上のことができる。機會さえあれば……)

彼はその心を巧みに隠していた。もし、先任の副長ウォーディントンがいたならば、リーコックに危険なものをじただろう。しかし、サミュエルは彼ほどリーコックのことを知る機會がなく、その危険に気づけずにいた。

クリフォードは王太子らと話し合った方針について、駐ヤシマ大使と駐留軍司令であるジークフリード・エルフィンストーン大將に説明した。

エルフィンストーンはその報分析に納得するものの、彼も不安をじていた。

「ロンバルディアまではいい。しかし、シャーリアは報がな過ぎる。僅かでも疑念を覚えたならば、必ず引き返すのだ。例え、殿下が反対されても、君の権限で強引に連れ帰ってくれ」

クリフォードは「了解しました、提督アイ・アイ・サー」ときれいな敬禮で応え、艦に戻っていった。

エドワード王太子はすべての日程を終え、十一月十日に多くのヤシマ國民に見送られながら、ロンバルディア連合に向けて出発した。

クリフォードは出発に際し、全艦に向けて訓辭を行った。

「……ここヤシマまでは艦隊に守られていた。しかし、この先は我々だけで殿下をお守りしなければならない。參謀本部および報部の分析では危険はないとされているが、決して油斷してはならない。常に戦場いると肝に銘じ、各自の任務に當たってほしい。以上」

クリフォードの訓示に戦隊の將兵たちは気持ちを引き締め直す。

戦隊は十二パーセク先のロンバルディアに向けて加速を開始した。

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