《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第八話
宇宙歴SE四五一九年十二月二日。
王太子エドワード一行は自由星系國家連合の一國、ロンバルディア連合に到著した。
ロンバルディア星系は主星スペランツァで、第三星テラノーヴォと第四星テラドゥーエが有人星である。
二つの有人星は二千年以上前の第一帝國時代、現代よりはるかに進んだ技でテラフォーミング化されている。そのため、いずれも緑と水がかな農業に適した星であった。
ロンバルディア星系は第一帝國崩壊時、戦の影響をけて一旦放棄された。しかし、約千二百年前、SE三三〇〇年頃の第二連邦時代に新たな移民が植し始めた。
植可能地がふんだんにあり、地味かな農地が容易に手にるため、ロンバルディアの人々は爭うことなく、外に目を向けることもなかった。
しかし、同時期にペルセウス腕に植し、立した國家は勢力圏の拡大に積極的だった。ロンバルディア星系の移民たちは各星に地方政府を作っていったが、統一國家の必要をじ、地方政府の連合として、ロンバルディア連合という國家を立させた。
それでも隣國スヴァローグ帝國の脅威には抗しえず、ロンバルディア連合は仕方なく自由星系國家連合に加盟した。
同格である二つの地方政府が合併したことから、ロンバルディア連合の政治形態は特殊なものとなった。
國家元首は行政府の長である首相だが、外などの重要な事項は議會の承認が必要となる。しかし、二つの星の議會の承認が必要となるため、迅速な政策決定が難しく、軍事行ですら決められたプロセスのもの以外、迅速に行うことができなかった。
ロンバルディア國民の気質も獨特だった。彼らは基本的には穏やかで気な人々だが、見栄っ張りなところがあり、自由星系國家連合での発言力を強めようと畫策する。その結果、タカマガハラ會戦で各國との協調をし、敗戦の原因を作っていた。
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また、基本的には農業國家に過ぎず、のんびりとした気質の國民が災いしたのか、工業製品の品質が低く、日常品以外はヤシマからの輸に頼っていた。當然、最新のテクノロジーの塊である軍備はヤシマ製である。
彼らもその狀況が危険であることは理解しており、當初はヤシマからライセンスを購して軍艦を建造したことがあった。しかし、その結果は慘憺たるもので、ヤシマから直接購する方針を変更することはできなかった。
その影響は現在暗い影を落としている。現狀ではヤシマからの軍備の輸は困難であり、タカマガハラ會戦での艦隊の損失を補充することができず、隣國であるスヴァローグ帝國の脅威に対し、無防備に近い形で曝されていた。
キャメロット第一艦隊第一特務戦隊、通稱王太子護衛戦隊はヤシマ星系に接続するジャンプポイントJPにジャンプアウトすると、出迎えていたロンバルディアの護衛と合流し、首都がある第三星テラノーヴォに向かった。
ロンバルディア星系には大型の要塞はなく、クリフォードは想像以上に無防備な印象をけた。
(軍事衛星がいくつかあるだけで要塞と呼べるものがない。これで二つの有人星を守ろうとすれば、圧倒的に戦力が足りない。この狀況ではJPに要塞がなければ、帝國に簡単に攻め落とされる。しかし、なぜここまで無防備なのだろうか……)
ロンバルディア軍もクリフォードと同じく防衛計畫の欠陥を把握していた。それも三百年以上前から。
その當時から要塞の必要を議論していたが、ロンバルディア人の気質と政治的な不安定さから、膨大な予算を必要とする要塞の建設は実現せず、現在に至っているのだ。
それでも現在の危機的な狀況をけ、スヴァローグ帝國のタジボーグ側JPに大型要塞を建設する計畫が議會に承認された。しかし、その建設を擔うヤシマが復興しなければ、実現することは困難で、仮にすぐに建設を開始しても完には最短でも十年は掛かると言われていた。
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テラノーヴォに到著した王太子護衛戦隊は衛星軌道上にある軍港に港した。
王太子はシルヴィア妃と外使節団、そして護衛の宙兵隊を伴い、星テラノーヴォに降り立った。
クリフォードは宙軍の代表として、ロンバルディア軍から頻繁に招待された。ロンバルディア側は當初若すぎる彼に驚きを隠しきれなかったが、多くの武勲を挙げた英雄であると知り、更に驚く。
彼らはクリフォードが王家出の縁故で艦長になったものだと思い込んでいたためだが、経歴を照會したところ、彼らにとっても宿敵であるゾンファに多くの損害を與えたと知り、更に熱烈に歓迎されることになる。
そのため、頻繁に艦から離れることになり、デューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)はサミュエルが管理することが多くなった。
サミュエルは慣れない外國の軍港に戸いながらも、堅実に艦を運用していった。
クリフォードはロンバルディア軍関係者との會合を通じ、報を収集していった。そして、ロンバルディアの軍人が非常に楽観的であることに危懼を抱く。
「帝國が艦隊を整備するには五年は掛かる。それに一箇所に軍を集めれば、が始まるよ」
「自由星系國家連合の軍事協定を改訂すれば、向こうも手を出せない」
「アルビオンにも期待している。帝國が一人勝ちすれば貴國も困るのだからな」
そんな意見が多く聞かれたのだ。
(軍人ですら危機がない。やはりこの國は危うい。なくとも皇帝は自分の在位中にが起こらないように手を打っているはずだ。それとも、これも敵の謀略の結果なのか?)
半月に渡る王太子の訪問行事が終わった。
外使節団は引き続きロンバルディアで渉を行うが、王太子は引き返すか、シャーリアに向かうか決める必要があった。
ロンバルディアで得られた報ではシャーリア法國で異常が起きているというものはなかった。
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侍従武のレオポルド・マクレーンはその際にも意見を問われ、反対を表明したが、理由を説明できず卻下され、予定通り訪問することが決まった。
しかし、王太子妃シルヴィアは外使節団と共にロンバルディア星系に殘ることになった。
公式には長旅の疲労となっているが、危険な星系に妃を伴うことを王太子が嫌ったという噂が流れていた。
十二月十二日、王太子一行は十二パーセク(約三十九年)先のシャーリア星系に向けて出発した。
■■■
スヴァローグ帝國の特使、セルゲイ・アルダーノフ將は軽巡航艦二隻、駆逐艦五隻、スループ艦三隻の小規模な戦隊を率い、ストリボーグ星系からシャーリア法國に向けて出航した。
彼の任務はシャーリア法國の自由星系國家連合離を促し、帝國との同盟を締結させることだった。
十二月二十一日、アルダーノフはシャーリア法國に到著した。
事前に連絡がっているため、ステルス機雷はロックされており、當然、要塞からの攻撃もなかった。しかし、直徑三十キロ級の要塞と五キロ級の軍事衛星がジャンプポイントJPを睨むように配置されており、アルダーノフはその威圧に、背中に冷たいものが流れていた。
星系を進んでいくと、唯一の居住星である第四星の衛星軌道上に到著する。そこにはJPの要塞よりさらに巨大な、直徑六十キロ、質量二百五十兆トンの小星を改造した要塞、ハディス要塞がその存在を主張していた。更にジャンナの衛星軌道には五キロ級の軍事衛星が十基配置されており、アルダーノフには攻略の糸口すら思い付かない。
(機雷の數は分からんが、あの要塞群を突破するには十個艦隊でも難しいかも知れん。やはり、シャーリアは外渉で切り崩すしかないな。逆にいえば、今回の任務を功させれば十個艦隊に勝る戦果を上げたことになる……)
彼は不敵な笑みを浮かべて、首都アルジャンナに降り立った。
シャーリア法國は獨特な一神教を國教とする宗教國家である。
人口は十五億人と自由星系國家連合の中では小國だが、居住可能星ジャンナは農業に適しており、自給自足が可能なかな星系である。しかし、特筆すべき産業はなく、スヴァローグ帝國からの侵略を防ぐため止む得ずに連合に加盟しただけで、その宗教的な特殊も相まって、外には消極的だ。
政教一致であるため、政治制は宗教指導者である導師イマームを頂點とし、法カーディーと呼ばれる閣僚、知識階層ウラマーと呼ばれる僚が行政・立法・司法を仕切っている。
政治に宗教観が反映されているものの、近代的な法律が整備されていることと、経典でもあるシャーリア法が合理を認めているため、宗教國家にありがちな不合理さはない。
また、ほぼ百パーセントシャーリア教信者ということで、自國の防衛戦では“聖戦”と稱して、損害を顧みない果敢な戦い方をする。
その一方で他國の存亡には興味を示さず、ヤシマ奪還作戦では消極的なきが目立った。シャーリア軍の消極さがタカマガハラ會戦の敗因の一つと言われているほどだ。
首都に降り立ったアルダーノフはシャーリアの指導者たちと渉の場を得ていた。
そして、彼はその冒頭、以下のように切り出した。
「偉大なる銀河帝國皇帝、アレクサンドル二十二世陛下の名代である小職は貴國に対し、帝國の庇護下にるよう勧告するものである」
その傍若無人ともいえる言葉にシャーリアの指導者たちは嘲笑をもって応えた。
導師イマームであるハキーム・ウスマーンは宗教指導者らしい法をに纏った落ち著いた雰囲気の壯年の男で、アルダーノフを頭の弱い男と決めつけ、諭すように話し始めた。
「特使殿も見たであろう? 我が國のJPは無數のステルス機雷と要塞群で鉄壁の守りを誇っておる。更に防衛艦隊の鋭が加われば、貴國の全兵力をもってしても突破はできぬ。その程度のことも理解できぬか」
その小馬鹿にしたような言い方に対し、アルダーノフは冷笑を浮かべて反論する。
「確かに貴國の防は鉄壁である。しかし、隣國ロンバルディアはどうか。ロンバルディアが降伏すれば、我が國に六個艦隊が加わるのだ。使い潰しても苦にならぬ艦隊がだ。いかに鉄壁の防を誇ろうとも、死を覚悟した兵を食い止められるのか?」
そこでシャーリアの指導者たちは互いに顔を見合わせ始めた。
更にアルダーノフは大きな振りを加えて話を続けていく。
「貴國も見たであろう。金にうるさいだけの惰弱な國民と言われたヤシマの民ですら、十倍以上の敵に突撃していったことを。タカマガハラで梃子摺ったことすら忘れたのか? 次はその死兵が三萬隻になる。それでも守り切れると斷言できるのか?」
當初は余裕の表を浮かべていたシャーリアの指導者たちだったが、死兵になったロンバルディア艦隊を想像し、俄かに顔が青ざめていく。
アルダーノフは更に追い討ちを掛ける。
「この星系はストリボーグとロンバルディアにしか接続していない。その両方を我が國が抑えれば貴國は袋のネズミだ。いかに強力な要塞があろうとも滅亡の時を先延ばしにすることしかできぬ」
彼の言葉の意味をウスマーンたちは正確に理解していた。
現狀では星系を封鎖されても自給自足が可能であり、問題はないように見える。
しかし、JPの要塞を突破され、星系の制宙権を奪われた瞬間、滅亡しかなくなるのだ。制宙権を失えば、要塞への補給が困難になることは自明だ。
ネックとなるのはエネルギー源となる水素だ。食糧は要塞の兵士だけなら環境循環システムによって自給が可能だが、エネルギー源となる水素は外部からの補給が必須だ。現狀では星系のガス星から補給を行っているが、制宙権を失った狀態では補給できない。
要塞にある備蓄量は期間にして一年分程度であり、敵は包囲するだけで勝利が転がり込んでくるため、あえて要塞を攻撃するようなことはしないだろう。
ウスマーンは額に汗を浮かべ、激しく視線を彷徨わせる。彼の視線の先にいるのは、彼と同じように汗を拭いている法カーディーたちと、余裕の笑みを浮かべるアルダーノフだった。
ウスマーンたちは皆、シャーリア法學院という最高學府を優秀な績で卒業したエリートだが、宗教と法による秩序が前提の平和な國での経験しかなく、アルダーノフの秩序を無視した恫喝に揺していた。
「特使殿は我が國を恫喝しておられるのか?」
アルダーノフはウスマーンの上った聲に傲慢とも取れる口調で答えていく。
「そのようなことはない。我ら銀河帝國に従わねば、貴國の貴重な文化、伝統が失われると言っているだけだ」
ウスマーンらは伝統が失われるという言葉に、彼らの神でもあるシャーリア教を止するとけ取った。
「我らから教えを奪うというのであればやってみるがいい! 帝國がいかに強力であろうとも、我らの心は縛れぬ!」
一人の法が立ち上がってアルダーノフを糾弾する。しかし、彼は全くじることはなかった。
「我が帝國はシャーリアの人民に興味はない。興味があるのはかなこの星系だけなのだ。民がいなければ、植させればよい。何も元からいる者でなければならんという道理はないのだからな」
その言葉で帝國がシャーリアの民を全滅させ、自國民を植させる計畫だと思い込んだ。もし、この場に冷靜な者がいれば、慢的に人的資源が不足している帝國に植という方法は採れないと気づいただろう。しかし、ウスマーンを始め、法たちはアルダーノフの言葉に恐怖してしまった。
「大人しく我が國に従えば、一定の自治権と信教の自由を認めよう。これは皇帝陛下より全権を任されている小職が保証する」
彼の言葉にウスマーンたちは見事にだまされた。全権特使とはいえ、所詮はアルダーノフ個人の口約束であり、降伏しても自治権や信教の自由が認められる保証はない。しかし、恫喝された後に一見すると有利な條件を提示されたことで、彼らの心は大きく揺れる。
「今日はこのくらいにして、明日結論を聞かせてもらおう」
そう言って會議場を出ていった。
殘されたウスマーンたちは頭を抱えるようにして困の表を浮かべていた。
「どうすればいいのだ。外部の意見は」
外擔當の法が震えるような聲で答えていく。
「ロンバルディアが帝國に併合される可能は非常に高いと見ています。アルビオンの向次第ですが、彼の國もヤシマとロンバルディアの両國に艦隊を派遣する余裕はありません」
ウスマーンはアルビオンという言葉であることを思い出した。
「そう言えば、アルビオンの王太子が我が國を訪問すると聞いたが、近々ではなかったか?」
「はい。十二月二十七日に到著の予定です……これはいささか不味い狀況かと……」
ウスマーンは愕然とし、「いささかどころではないわ!」と思わず聲を荒げてしまう。普段の彼からは想像できない行であり、法たちは皆、目を見開いていた。
「既に超空間にる頃だろう。今からでは國を拒否することもできん。彼奴きゃつらに気づかれたら大変なことになる……」
アルダーノフの格から見て、アルビオンの王太子がこの星系に到著したら、殺害若しくは拉致しようとするだろう。
そして、それを防ごうとすれば、実力をもって帝國の使節戦隊を止めなければならず、帝國との渉は決裂する。
しかし、アルビオンの使節を帝國に引き渡すことは、信頼している相手を裏切る不當な行為である。これは彼らの信ずるシャーリア法に反する行為だ。そのため、宗教指導者であるウスマーンはその板ばさみに悩んだ。
ウスマーンは打つ手を見いだせないまま、報統制をするだけで何も手を打たなかった。否、打てなかった。彼らはアルダーノフが気づかないよう神に祈ったが、それは葉うことはなかった。アルダーノフが報を手してしまったのだ。
「これは貴國が我が帝國の庇護下にる気があるかを見る試金石となる。もし、アルビオンの王太子を皇帝陛下に獻上できれば、陛下の覚えはめでたくなり、貴國がむ條件で協定を結ぶことができるかもしれぬ。誠意ある行を小職はむ」
その言葉にウスマーンらは決斷した。
「アルビオンの王太子がJPに現れたら、帝國の使節がいることを悟られぬようにラスール軍港に導せよ。港後は各艦を占拠し、王太子を帝國に引き渡すのだ」
このことは極事項とされ、ごく一部の者にしか伝えられなかった。
ウスマーンとしてはこのような騙し討ちは戒律にれる行為であると分かっており、教えを厳しく守っている信者に知られれば、反発することは明らかだった。
そして、十二月二十六日、ウスマーンはアルダーノフの提案を呑むと伝えた。
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