《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第十六話

宇宙歴SE四五一九年十二月二十八日

クリフォード率いる王太子護衛戦隊はシャーリア法國のラスール軍港を離れる形でゆっくりと旋回していた。しかし、その加速は最大加速より低い、五kGに抑えられている。

一方の帝國戦隊は駆逐艦五隻とスループ艦三隻を前面に押したて、その後ろに軽巡航艦シポーラが追従する陣形で進んでいる。これはシポーラの加速能が駆逐艦に劣るためだ。

いびつな陣形からは主砲が作り出すの柱が何本もびていく。

アルビオン側も必死に回避機を行い、數回の直撃はあったものの、目立った損害は出ていなかった。

それでも司令であるセルゲイ・アルダーノフ將は満足し、更に気分は今までにないほど高揚している。

(駆逐艦とスループが猟犬、シポーラが猟師といった役どころか。この相対速度なら敵が反転しても恐れることはない。ゼロ距離からのミサイル攻撃というのも派手でよいかもしれんな……)

この時、アルダーノフはアルビオン側が強行突破に失敗し、第四星ジャンナの上空にある軍事施設に逃げ込もうとしていると考えていた。

(加速度が小さい。敵の軽巡航艦がトラブルを抱えているのだろう。ルブヌイの自に巻き込まれた時に通常空間航行機関NSDかパワープラントPPのいずれかにダメージを負ったというところか。だとすれば、敵が採り得る策はシャーリアの軍事施設に逃げ込み、保護してもらうしかない……しかし、シャーリアの指導部はそれを認めまい……)

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そう考え、ほくそ笑むが、旗艦艦長であるドゥルノヴォ大佐の聲で現実に引き戻される。

「敵が反転してきます。ご命令を!」

その聲にメインスクリーンを見直す。

そこには鋭角でわる雙方の予想針路が示されていた。

「いつの間に敵は……」

アルダーノフの高揚した気分は一気に冷めた。彼はメインスクリーンに示される航路を見て、このままでは敵がジャンプポイントに逃げ込んでしまうと焦った。

「全艦加速停止! 敵軽巡航艦に砲撃を集中せよ!」

ドゥルノヴォは冷靜に復唱すると、艦の加速を止める。

(ようやく腑に落ちた。敵の指揮はスクリーンに映る畫像で、“逃げている”という錯覚を起こさせたのか……この敵は本だ。侮れない……)

ドゥルノヴォは気を引き締め直す。そして、戦闘の指揮を執りながら、敵を殲滅する策を考えていく。

(敵は我々を通過してもすぐに安全になるわけではない。そのことは分かっているはずだ。だとすれば、敵はどう出る? すれ違う瞬間に何らかの手を打ってくるのではないか……)

ドゥルノヴォは艦長用のコンソールを作し、敵が採り得る作戦を思い描く。

そして、ある事実に気づき、ほくそ笑んだ。

(なるほど、こいつを使う気か……恐ろしいまでに先が読める男だ。だが、今回はそれを逆手に取らせてもらう……)

彼はアルダーノフに自分の考えを説明し、自らの策を承認させた。

■■■

クリフォードが指揮を執るデューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)は三隻のS級駆逐艦を従え、帝國の戦隊に向けて加速を続けている。

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敵からの攻撃は執拗に続いているが、DOE5は大きなダメージを負うことなく、駆逐艦も一部に損傷をけているものの、戦闘に支障はない。

既に相対距離は〇・一秒を割っており、あと十秒で敵に最接近するところまで來ていた。

「全艦、ミサイル発! 主砲による攻撃停止! 衝撃に備えろ!」

この時、帝國戦隊との間に航行不能を裝っていた高機揚陸艦ロセスベイ1がり込んでいた。

クリフォードは戦隊のベクトルを微妙に調整し、加速度は五kGのまま速度を上げないようにしていたのだ。

「ロセスベイの対消滅爐発まで五秒、四、三、二、一、ゼロ……」

その瞬間、両戦隊の間で恒星が生まれた。

百五十テラワット級対消滅爐二基が同時に発し、百萬トンを超えるデブリと強力なガンマ線などの放線を撒き散らす。

クリフォードの作戦は出港直後からロセスベイの対消滅爐を高出力の超臨界狀態にしておき、敵に最接近したところで安全裝置を解除して自させ、混する敵にステルスミサイルを撃ち込んで殲滅するというものだった。

「ステルスミサイル接近! 自迎撃開始!」

士のベリンダ・ターヴェイ佐が聲を掠れさせながら報告する。

クリフォードはその報告に驚きを隠せなかった。

(読まれていたか……しかし、この至近距離で直線的に発されたものなら、充分に人工知能AIの予測が可能だ)

自分の策が読まれていたことに愕然とするものの、冷靜さを裝い、命令を発していく。

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「手回避停止。AIによる自回避で対応せよ」

彼は至近距離で放たれたミサイルは充分な加速が行えず、更に強い放線によってステルスが損なわれていると判斷した。そのため、AIによる自迎撃をより有効にするため、外となる手回避を停止させたのだ。

この大膽な命令は三隻の駆逐艦にも同時に伝えられた。

シレイピス545號のシャーリーン・コベット艦長とシャーク123號のイライザ・ラブレース艦長は即座にその命令に反応した。しかし、スウィフト276號のヘレン・カルペッパー艦長は戦闘中に手回避を停止するという非常識な命令に一瞬ためらった。

そのためらいが命運を分けた。

二・十基のステルスミサイルはDOE5に二基、各駆逐艦にそれぞれ六基向かっていた。これはアルダーノフの命令で、未だに王太子を捕らえたいと考えていたためだが、ドゥルノヴォがシポーラのミサイルを溫存したため、先ほどの一斉発よりなかった。

帝國のステルスミサイル“影チェーニ”はアルビオン軍の大型ミサイルであるスペクターミサイルに匹敵する。つまり、直撃すれば巡航戦艦すら一撃で破壊できるほどの攻撃力を持ち、駆逐艦なら至近で発するだけでも大きなダメージを負う。

S級駆逐艦には十ギガワット級対宙レーザーが十基裝備されているが、配置の関係により正面から接近して來ない限り、半數程度しか有効に機能しない。

素早く判斷したシレイピスとシャークは正面にミサイルがあるうちに迎撃を開始しており、直前で迎撃したものを含め、全數を撃ち落すことに功した。

しかし、判斷が遅れたスウィフトは前方にいる間に三基しか破壊できず、三基の大型ミサイルに囲まれた。

「迎撃を! 早く!」というカルペッパーの悲鳴が戦闘指揮所CICに響く。何とか一基のミサイルを破壊したものの、その直後、二基のミサイルが直撃した。

スウィフトは大きな火球に包まれた。火球が消えた後に殘骸すら見當たらず、スウィフトは蒸発したかのようにその存在を消した。

「スウィフト喪失! 出ポット出確認できず!」という悲痛な聲がDOE5のCICに響く。

しかし、その直後、報士であるクリスティーナ・オハラ大尉の歓喜の聲が響いた。

「敵駆逐艦三隻、轟沈! 一隻大破! 半數のミサイルが命中しました!」

クリフォードはその報告に「了解」と答えると、すぐに狀況の確認を行っていく。

今回、敵のミサイルの命中率に対し、アルビオン側の命中率が異常に高かった理由はミサイル発のタイミングの差だ。

アルビオン側はロセスベイの発のタイミングが分かっており、敵が最も混する狀況に合わせてミサイルを撃ち込んでいる。また、ミサイルも直線的に撃ち込むのではなく、大きく弧を描くように針路を設定しており、ガンマ線によってステルスを損なうことなかった。また、その針路により敵にとっては思いがけない方向から攻撃された形になった。

この大戦果を見ても、クリフォードの表に喜びはなかった。

彼が虎の子のミサイルで沈めたかったのは、敵の主力である軽巡航艦シポーラだった。

クリフォードは敵駆逐艦がシポーラに合わせて加速してくると予想していたが、アルダーノフが強引に駆逐艦を前に出したため、仕方なくシポーラ以外の敵を目標とせざるを得ず、結果として最強の敵が無傷で生き殘った。

(これでこちらの方が戦力的に優位になったが、ミサイルを撃ち盡くした駆逐艦はそもそも脅威とりえなかった。こちらはスウィフトを失っている……恐らくだが、敵は味方の駆逐艦を犠牲にしてでも軽巡航艦を殘そうと考えたのだろう。だとすれば、恐ろしい敵だ……)

そう考えながらもクリフォードは次々と命令を発していった。

「シレイピス、シャークは損害狀況を報告せよ! 敵はまだ戦闘力を失っていない! 反転して敵に砲撃を加えるんだ!」

彼の命令にCIC要員が口々に「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」と応え、それぞれの任務に沒頭していく。

敵味方がすれ違い、互いに艦首を敵に向ける。

しかし、帝國側はまだ混しているのか、シポーラ以外の艦から攻撃はなかった。そこにDOE5の主砲五テラワット級中子砲が襲い掛かる。

一隻のスループ艦に中子の束が吸い込まれていく。その直後、スループ艦の防スクリーンが白く発し、その側にある裝甲を溶かしていった。

裝甲と部構造を溶かしきった中子はスループ艦の反対側に突き抜けた。スループ艦は痙攣するように加速を止め、その直後に発した。

「コベット艦長より電! 指揮用コンソールにつなぎます!」と通信士がぶと、すぐにクリフォードの前の小型スクリーンにコベットが映し出される。

「至近弾により通常空間航行用機関NSDにダメージをけました。現狀では三kGしか出せません。他にも対消滅爐リアクターが一系列トレイン急停止中です。リアクターの復舊見込みは今のところ立っていません」

シレイピスは兵裝系に損傷はないものの、艦の心臓部ともいえる対消滅爐を一系列失っており、戦闘になればすぐに対消滅爐が停止し、無防備になるリスクがある。また、駆逐艦の命ともいえる機力も失っているため回避も難しく、戦闘に參加させてもすぐに落する狀態であると、クリフォードは判斷した。

「了解した。恐らく、敵はDOE5こちらにしか興味を示さないはずだ。隙を見てラスール軍港に逃げ込んでくれ」

コベットは悔しそうな表を浮かべるが、ベテランである彼にも艦の狀況は分かっており、すぐに「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」と答える。

そして、「ご武運を」といって通信を切った。

その直後、ラブレースの姿に切り替わった。彼は戦闘で高揚しているのか、目を輝かせ頬は僅かに紅している。

「本艦の損傷は軽微です。防スクリーンが一時的にダウンしましたが、既に復舊済みです。これで敵と同數ですね」

ラブレースはそう言ってニヤリと笑った。

「よろしい。では、シャークはDOE5に続いてくれたまえ。だが、無理はするな」

「了解しました」と言って通信を切る。

(シャークよりシレイピスの方が損害をけないと思ったのだが、これは運だろうな。二隻も生き殘ったことの方が奇跡なのかもしれない……)

彼はすぐに頭を切り替え、「加速停止! 敵駆逐艦とスループ艦を殲滅する!」と命じた。

■■■

帝國の旗艦シポーラでは司令であるアルダーノフが旗艦艦長であるドゥルノヴォに怒りをぶちまけていた。

「貴様の策に従ったが、敵にしてやられたではないか! どう責任をとるつもりだ!」

その言葉にドゥルノヴォは心で辟易とするが、「敵が一枚上手だったようです。いかなる処分も甘んじてけます」と答える。

アルダーノフは指揮権を剝奪しようか迷った。

「敵軽巡航艦、砲撃開始!」という報告を聞き、すぐに思い直す。

「王太子を捕らえることで目を瞑ってやる。直ちに敵を降伏させるのだ」

ドゥルノヴォは了解と答えると、すぐに指揮に意識を集中させる。

「敵駆逐艦に攻撃を集中せよ!」

彼は敵が次にどうくか読もうとし、敵指揮について考えていた。

(揚陸艦を自させるところまでは私でも読めた。そのタイミングで攻撃を仕掛けてくることも。だが、敵の方が一枚上手だった。シポーラが下がっていることを利用して駆逐艦を潰しにくるとは……それにしても敵のミサイル防衛は我が軍を遙かに凌駕している。この先、アルビオンと戦うことになったら……今はそのことを考えるべきではないな。戦いに集中しなければ……)

ドゥルノヴォにはいくつか誤認があったが、それは仕方がないことだった。彼はすぐに戦いに集中していく。

(こちらが有利なのはシポーラの主砲とミサイルのみ。我が方の駆逐艦はミサイルを撃ち盡くしている。もとよりスループ艦は軽巡航艦の脅威とはなりえない……敵の軽巡航艦は通常空間航行用機関NSDが損傷している可能がある。しかし、これは欺瞞行かもしれない……駆逐艦でまともに使えるのは敵も一隻のみか。まだ充分に勝機はある!)

この時、DOE5とシャークは第四星ジャンナから離れるように〇・〇一六速Cで航行していた。シポーラと生き殘った駆逐艦サブサーンはジャンナに向かっているものの、ほぼ止まっているといっていい速度だ。

そして、アルビオン側はシポーラの橫を通過した後、加速を止め、艦首を反転させていた。帝國側も當然、艦首を敵に向けており、両者はにらみ合うような形になっているが、アルビオン側が〇・〇一六Cの速度で慣航行しているため、ゆっくりと離れている狀況だった。

この時、戦隊司令であるアルダーノフは司令用のシートに座り、これまでのことぼんやりと考えていた。

(どこで間違ったのだ? 我が方が圧倒的に有利だったはずだ。私の指揮が悪かったのか……ドゥルノヴォは敵の司令の考えを読んでいた。しかし、私はそんなことを考えもしなかった。ただ、敵を力でねじ伏せることしか……)

ここに至って自分が司令として未であると認めた。

もし、目まぐるしく狀況が変わる近距離での戦闘でなければ、もっと前に指揮に向いていないことに気づいただろう。しかし、秒単位で推移する戦闘艦の戦いでは反省する時間すら與えられなかった。

(……この目まぐるしい狀況の変化の中で、私が口を出すことは敵の思う壺だ。私はそもそも艦隊出ではない。ならば、私にできることをやるべきだろう……)

彼は勝利するための最善の方法を採る。

「ドゥルノヴォ艦長、君にすべてを任せる。小の指揮では敵に勝利できない……」

ドゥルノヴォはアルダーノフの変心に驚き、答えに窮する。

「……小はシャーリアをかして、敵を混させることに専念するよ」

ドゥルノヴォはアルダーノフが自らの功績より、祖國の勝利を優先することに気づいたと思った。

そして、今まで見せなかった笑みを浮かべた。

「了解しました、司令。お任せください」

大きな損失を被ったが、こうして帝國側の制は整った。

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