《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第十八話

宇宙歴SE四五一九年十二月二十八日

アルビオン王國軍第一艦隊第一特務戦隊、通稱王太子護衛戦隊とスヴァローグ帝國軍の外使節戦隊はシャーリア星系第四星の衛星軌道上で激しく戦っていた。

當初は帝國側が二倍以上の戦力を有し、圧倒的に有利であったが、クリフォード・コリングウッド中佐の活躍により、その戦力差は逆転している。

現狀ではアルビオン側が軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5號(DOE5)とS級駆逐艦シャーク123號が健在で、更にS級駆逐艦シレイピス545號が中破ながらも戦闘力を維持している。

一方、帝國側は軽巡航艦シポーラとスループ艦二隻であり、実質的な戦力は軽巡航艦のみだ。

しかし、アルビオン側にも懸念材料はあった。

それはシポーラが大型ステルスミサイル“影チェーニ”を溫存したままであるということだ。この大型ミサイルが直撃すれば、軽巡航艦といえども一瞬にして轟沈するため、油斷できない。

それでもアルビオン側が有利であることに変わりはない。クリフォードはこの機にシポーラに集中的に砲撃を加え、一気に決著をつけるつもりでいた。

「シレイピスも砲撃に加われ! シャークはDOE5に続け!」

常に冷靜な指揮を執る彼にしては珍しく、強い口調で命令を発する。

報士のクリスティーナ・オハラ大尉から、「シャークのラブレース艦長から連絡がっています」と伝えられる。

クリフォードとしては時間を無駄にしたくないが、何かトラブルでも起きたのかと思い、すぐに回線を繋ぐ。

すると、興しているのか、上気した顔のイライザ・ラブレース佐が指揮用コンソールのスクリーンに現れた。

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「シャークに敵側面を突く許可をお願いします! 敵が混している今がチャンスです!」

は敵が単獨になったことから、シャークをシポーラの側方に移させ、敵の防スクリーンを分散させる作戦を提案してきた。

二隻で一方向から攻撃するより、二方向から攻撃した方が防スクリーンの能力は格段に落ちる。

常識的な戦ではあるが、クリフォードは即座に卻下した。

「駄目だ。戦力を分散させれば、敵ミサイルの迎撃が難しくなる。このまま押し切る。それでこちらの勝利は揺るがない」

クリフォードは敵ミサイルを警戒し、迎撃用の対宙レーザーの數を減らすことを嫌った。

シレイピスを含め、三隻の対宙レーザーがあれば、対消滅爐リアクターの停止や戦系システムの異常などの不測の事態が起こっても、ミサイルに充分対応できる。

彼はこれ以上の犠牲を出すことなく、勝利できると確信していた。

しかし、ラブレースは納得しなかった。そして更に強く主張する。

「それでは時間が掛かりすぎます! ラスール軍港が制圧されれば王太子殿下のが危険にさらされます! それにこの距離なら、DOE5だけでもミサイルの迎撃は可能です! ぜひ、許可を!」

クリフォードも彼の言わんとすることは理解できたが、それでも考えは変えなかった。

「いくら言っても、答えはノーだ、艦長。今は議論している時ではない。艦の指揮に専念してくれ」

この時、彼は敵の反撃が単調であることに何か理由があるのではないかと疑っており、そのため、戦力の分散を嫌ったのだが、その理由が自分でも明確ではなく、ラブレースに明確に説明できなかった。

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また、宇宙港の制圧にはなくとも、あと一時間は掛かる。近距離での砲撃戦である、この戦闘がそこまで長引くことはありえない。

ラブレースはクリフォードを睨みつける。

「了解しました。議論の時間はありませんので、指揮としての責務を果たします」

それだけ言うと一方的に通信を切った。

この時、彼は焦りをじていた。

ライバル視しているシレイピスの艦長シャーリーン・コベット佐がミサイル攻撃で敵駆逐艦一隻を沈め、更に損傷した艦の主砲でもう一撃の駆逐艦を沈めている。そのため、自分も武勲を挙げねばと焦っていたのだ。

(あの高慢なコベットが武勲を挙げた。それに引き換え、シャークは敵を一隻も沈めていない。放っておいても勝利は間違いないわ。今殘っている“獲”は軽巡航艦だけ。幸い、帝國の軽巡航艦の側面スクリーンならシャークの主砲でも充分に貫ける。DOE5が敵を釘付けにしている間に私が止めを刺してあげるわ)

ラブレースはシポーラがシャークを攻撃する可能は低く、艦尾追撃砲の角にりさえしなければ、危険はないと考えていた。

の認識は強ち間違っていない。同級の艦同士が正面から打ち合っている時に、艦首を振って側面を曬すとは考え難く、更にこれだけ接近していれば、DOE5から離れる時間も短く済むため、自艦が攻撃をける可能ないはずだった。

ラブレースはクリフォードの命令を無視する形で加速を命じた。

「最大加速で敵の側面を突くわよ! 一番味しいところシャークがもらうわ! ミサイルとスループ艦には注意しておきなさい!」

明確な命令違反だが、戦場での指揮の判斷であり、戦果さえ上げれば問題視されることはないと高を括っていた。

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は高揚した気分で、次々と命令を下していく。

「シャーク加速開始! 敵艦の右舷を狙うようです! クソ! 味しいところを持っていくつもりよ!」

DOE5のCICで、シャークが加速したことが報告された。戦士のベリンダ・ターヴェイ佐はシャークが自分たちを囮にし、戦果を上げようとしていることに怒りの聲を上げる。また、他のCIC要員たちもその勝手さに怒りを覚えている。

クリフォードは明らかな命令違反に心では激怒していた。

(あのまま攻撃を加えていれば勝てたはずだ! 敵からの砲撃を嫌ったのか?)

彼にはラブレースが功名心に逸ったという認識はなく、敵艦からの砲撃がシャークを狙う可能を嫌ったのではないかと考えた。

彼は航宙日誌ログにシャーク123號が指揮の命令を無視し持ち場を離れたと記載する。

「シャークのことは気にするな。自分の責務を果たせばいい」

彼の落ち著いた聲で、CIC揺は収まっていった。

シャークが離したことにより、DOE5に砲撃が集中するが、防力重視の艦は問題なく持ち堪えている。そして、シャークはラブレースの思通り、シポーラの側面を狙える位置に付くことができた。

■■■

スヴァローグ帝國軍の軽巡航艦シポーラでは、艦長であるニカ・ドゥルノヴォ大佐が部下たちに冷靜かつ的確な指示を與えていた。

それにより圧倒的に不利な狀況であるにも関わらず、致命的な損傷をけないまま、ゆっくりと後退している。

この機によりシポーラは大破し漂流している駆逐艦ヴァローナをDOE5との間にいれることに功した。

しかし、敵駆逐艦シャークが側面に回る機を開始すると、悲観的な雰囲気がCICを支配する。

司令であるセルゲイ・アルダーノフ將はシャーリア法國の首脳を恫喝していたが、CICの雰囲気に気づき、ドゥルノヴォに聲を掛ける。

「不味いのではないか、艦長」

ドゥルノヴォはその雰囲気を吹き飛ばすかのように「いいえ、これで勝てます!」と力強い聲で答える。

「敵はミサイルを撃ち落しにくくなったのです。敵の軽巡航艦を沈めれば、後はミサイルを撃ち盡くした駆逐艦のみ。敵は詰めを誤ったのです! 我らの勝利は確実なものとなりました!」

彼の言葉にアルダーノフだけでなく、CIC要員たちも大きく頷いていた。彼らにも自分たちが有利になったことを認識できたのだ。

「“影チェーニ”発後、ヴァローナを自させよ!」

ドゥルノヴォは大型ステルスミサイル“影チェーニ”の発を命じた。十本の発管からミサイルが靜かに宇宙にり出していく。

その直後、シポーラの前方にあるヴァローナが発した。

CICのメインスクリーンの量調整が間に合わないほどのが放出され、一瞬スクリーンがホワイトアウトした。すぐに機能は回復するが、その直後、大きな衝撃が襲う。

「デブリ多數! 防スクリーン能力低下!」

更に大きな衝撃がCICを襲う。

「敵駆逐艦主砲直撃! 右舷第二デッキ減圧!」

「該當ブロックを放棄せよ」というドゥルノヴォの冷靜な聲が興気味のCIC要員を落ち著かせていく。

「敵軽巡航艦にミサイル命中! 訂正します。至近弾です! しかし、軽巡航艦からの攻撃は止まりました!」

が興気味に報告するが、そこでもドゥルノヴォは冷靜だった。DOE5は漂流しているものの、防スクリーンが消失していなかった。瞬時にそれを見て取った彼は側面に回ったシャークを先に攻撃するよう命じた。

「駆逐艦を先に沈める! 主砲発用意! 撃て!」

ドゥルノヴォは強いガンマ線によって混している今、防力の低いシャークの方がより仕留めやすいと考えた。

六テラワットの加速された荷電粒子がシャークに襲い掛かる。

回避が止まり、無防備な狀態になっていたシャークはその膨大なエネルギーの直撃をけた。

シャークの防スクリーンはシポーラの主砲に耐え切れず、その膨大な量の荷電粒子はほとんど減衰することなく、艦首部分をえぐるように溶かしていく。

発こそ免れたものの、シャークは攻撃力と防力を失った。

「敵駆逐艦大破!」

「もう一隻の駆逐艦も沈めてしまえ!」

ドゥルノヴォは先にシレイピスを攻撃するよう命じた。今の速度を維持すれば、DOE5とシレイピスに挾み撃ちにされる可能が高く、簡単に無力化できるシレイピスを狙うことにしたのだ。

シレイピスはヴァローナの発から離れており、混していなかった。

しかし、速度が遅いため數度の砲撃を回避した後、直撃をけてしまう。シレイピスの艦首部は大きく損傷し、外部から見ても主砲が使えなくなったことは明らかだった。

ドゥルノヴォはニヤリと歯を見せる。

「駆逐艦の主砲は潰した。これで敵軽巡航艦に集中できる! だが、油斷はするな! まだ敵は反撃の機會を狙っているはずだ! スループは敵軽巡航艦の後方に向かえ!」

部下が油斷しないように注意を喚起するものの、彼自は勝利を確信していた。

(軽巡航艦は大きな損傷をけている。この狀況で攻撃してこないことがその証拠だ。だが、こちらには戦闘に支障が出るような損害はない。それに策も盡きているはずだ。一応降伏勧告をすべきか)

彼はアルダーノフに指示を仰いだ。

「我が軍の勝利は確定的です。降伏勧告を行ってはいかがでしょうか」

それに対し、アルダーノフは首を橫に振る。

「王太子が亡命してきたことにしたい。敵を殲滅してくれたまえ」

ドゥルノヴォは「了解しました、閣下」と言って攻撃を命じた。

■■■

クリフォードは傷付いた艦で必死に指揮を執っている。

「損傷箇所を報告せよ! 機関長チーフにパワープラントPPの狀況を確認してくれ」

その指示に次々と報告が上がってくる。

「格納庫全損! 減圧継続中。Jデッキ隔離できません! Iデッキ隔離中です!」

「兵裝関係、冷卻系の一部に不合はあるものの、戦闘に支障なし!」

「防スクリーン、B系列トレイン再展開完了! A系列トレイン機能喪失! 再展開できません!」

「対消滅爐リアクター再起シーケンス中! 現在、質量-熱量変換裝置MECからエネルギー供給中! リアクターの再起完了まで三十秒!」

「通常空間用航行機関NSD再起完了! 下部スラスター全損! Zプラス方向に機できません!」

上がってくる報告を聞き、クリフォードは心では安堵していた。

(敵がこちらと同じ手を使ってくるとは思わなかった。しかし、運が良かった。艦の下部でなかったら、戦闘不能に陥っていたはずだ……防スクリーンが片系、回避機が難しいが、敵も一隻しかいない。これなら何とかなる……)

彼は運が良かったと考えているが、軽微な損傷で済んだのは運だけが要因ではない。

敵駆逐艦ヴァローナが自した直後、彼はシレイピスの対宙レーザーをDOE5の人工知能AIに制させ、合理的な迎撃を行っていたのだ。

この方法はジャンプポイントでのステルス機雷への対応と同じだが、咄嗟に命じたクリフォードとそれに対応したシレイピスのコベット艦長の決斷力が艦を救ったのだ。

クリフォードが艦の狀況を確認している間に、報士のクリスティーナ・オハラ大尉が冷靜な聲で報告する。

「シャーク被弾しました。艦首損傷大。防スクリーン消失……」

を含め、CIC要員はシャークの命令無視が今回の危機を作った原因だと怒りを覚えていた。

DOE5とシレイピスの対宙レーザーで九基のミサイルを撃ち落としていた。もし、シャークの持つ対宙レーザー十基が加わっていたならば、無傷であった可能が高い。

「シャークは獨自の判斷で退避せよ。リアクター再起後、DOE5は適宜反撃しつつ、このまま加速し、敵の側面を抜ける!」

CIC要員たちはクリフォードの意図を摑みかねていたが、即座に命令を復唱し、自らの任務に集中していく。

クリフォードは指示を出したものの、明確な目的があったわけではなかった。とりあえず方針を示し、部下たちの士気を維持したに過ぎない。

「シレイピス被弾! 主砲損傷! 防スクリーン再展開確認」

「コベット艦長より連絡です」

コベットの姿が映し出される。疲れた表だが、未だに冷靜さは失っていない。

「シレイピスへの指示をお願いします。主砲は失いましたが、艦尾迎撃砲で牽制くらいはできます」

クリフォードは即座に斷った。

「申し出はありがたいが、艦尾迎撃砲では牽制にもならない。軍港か要塞に速やかに退避してほしい。あと、先ほどは助かった。艦長の判斷がなければDOEは沈んでいた」

彼の言葉に「ありがとうございます。では、ご武運を」といってコベットは通信を切った。

DOE5はシポーラとすれ違った。

クリフォードは部下たちに指示を出しながらも、打開するための策を必死に考えていた。

(敵にも損傷は與えたようだが、これでほぼ互角か。しかし、時間が経てば敵は有利になっていく。これ以上、時を費やせばシャーリアの上層部も本腰をれてくるはずだ……)

そこであることを思いつく。

(スライマーン佐に同調する者が多かった。帝國の恫喝の事実を知っている部隊は上層部に反旗を翻していた。それを使えないか……)

彼は自らのコンソールで利用できる施設がないか確認していく。そして、使えそうな施設を見つけた。

「大至急、ハディス要塞に通信を繋げ! 高収束レーザー通信で頼む」というクリフォードの命令に即座に通信回線が開かれる。

シャーリア法國軍との通信では暗號が使えないため、敵に傍されにくい、高収束レーザー通信を使用したのだ。

「こちらはアルビオン王國軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊のクリフォード・コリングウッド中佐です。國籍不明艦からの攻撃をけております。シャーリア法國に対し、救援を要請いたします」

彼は帝國側が未だに敵味方識別裝置IFFを使用していないことに気づき、國際法に従った救援を要請した。

この時、ハディス要塞は第四星ジャンナの裏側にあったが、アルビオン軍、帝國軍ともにジャンナから離れたことから、攻撃が可能な位置にあった。

ハディス要塞は直徑六十km、二百五十兆トンの小星を改造して作られたシャーリア最大の要塞で、四基の八ペタワット級力爐と百テラワット級電子加速砲三百門を備えている。要塞砲の最大有効程距離は三百門を集中運用した場合、二分だが、単獨で運用する場合でも四十秒、千二百萬キロメートルある。

シポーラはその充分過ぎる程のに捉えられていた。

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