《無能力者と神聖欠陥》9 ググ/【首爾有能學園 死傷者多數】

自分が噓をついた相手であるテトを刺し殺そうとしていた銀の箸は、指示者と命を失い全て床に落ちていたはずだったが、テトが去った後辺りを見渡すと、床にはそれらは一本も殘っておらず、まるで何事もなかったかのように全て元いた場所である箸れに収まっていた。ググが戻って來る前に、テトが全て片付けてくれていたようだった。

思わぬ來客――というよりは、二人とも侵者だったが—――のせいで、きちんと店仕舞いができていなかったものの、今度こそ閉店だ。

ググは、裏口が施錠されているのを改めて確認し、あの青年に無理やり解錠されてしまった表のり口も、再び施錠した。

あとは、キリが寢ているであろうアパートの自分の一室へと帰宅するのみだった。

暗い部屋の中で、テレビモニターと、そのを反したキリの瞳だけがっている。

帰宅すると、キリはベッドで寢ていて、テレビのける青白い顔を布団から出し、無表で畫面を見つめていた。放送されている番組は面白くはないようだった。

テレビは數ヶ月前に壊れたはずで、わざわざ有能力者のいる修理屋に出しても原因がわからないとのことで差し戻されたようなガラクタだったのにも関わらず、今はキリにその面白くない番組を見せている。

「ただいま」活しているテレビモニターに驚きながら、ググはキリに聲をかけた。「テレビ、壊れてなかった?」

キリがググのほうを向き、笑いかける。犬のような八重歯が覗いた。「ついた」

有能の修理屋でさえお手上げだった代だったので、キリがどうやって直したのかはわからなかったが、キリの前には原理もなにもないのかもしれない。

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それに、キリに問い詰めても何もわからない、というのはわかりきっていたので、ググはそれ以上キリにテレビのことについては何も言わないことにした。

合はどう?」

キリの元に寄り、彼の前髪をそっとかき分けて、丸みのある額にれる。

「いい」

指先へは、生ぬるい溫が伝わるのみで熱はもう無いため、彼はただ疲れていただけのようだった。

ググが安心してため息をつくと、キリは勢いよく起き上がる。

まだ雨で濡れたググのパーカーの袖を摑み、

「ごはんいきたい」

「さっき食べたでしょ」しかも、自分の賄いを。

「ちがくて、中のお店のじゃなくて、外のやつだよ」キリが口を尖らせて言った。

外のやつ? ググは數秒考え、

「あ、屋臺のこと?」

「そー! やたい行ったことある。あれ好きだから行く」

ググが「駄目」と言うより先に、キリがググに抱きつく。

キリの服も、髪も、雨で濡れたままだった。

服越しにらかさ、溫が伝わる。

「いこーよー。だめ?」

キリがググの顔を見上げた。

き通る海の底のような深い緑の瞳の奧で、張にこわばった自分の顔が映っているのが見えて、ググは目をそらす。

がこうやって願えばあの男は言うことをきいたのかもしれないが、自分は彼ではないし、狀況も違う。

「駄目」即答だった。

「えー、なんで」

「外行くにしても、ぼくたちシャワー浴びて著替えないと。濡れてて気持ち悪いでしょ」

「たしかに」

キリとしても未だに濡れているのは嫌だったようで、聞き分けがよかった。

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こっち、と、キリをシャワールームに連れ、棚からタオルを出してキリに渡す。「はい、これ」

キリはなぜかきょとんとした顔でタオルをけ取った。

「隣の部屋の子から服借りられたら借りてくるから、その間にシャワー浴びてて」

「ググは?」タオルを抱きかかえたまま、キリがググを見て首を傾げてきく。「ググはらない?」

「ぼくは後でるよ」

「なんで? いっしょじゃない?」

「駄目に決まってるでしょ、そんなの」

「テトはいっしょだよ」

一瞬想像しかけたがすぐに払拭し、

「ぼくは違うから……」

「えー?」

なぜ駄目なのか理解できていない様子のキリは困ったように眉を下げたが、困っているのはググのほうだった。

「なにかあったら呼んで」

他にも何か言いたそうにキリがググのことを見つめたが、ググは洗面所のドアをそっと閉めた。

キリがテトとどれくらいの時間を過ごしたのかはわからない。でも、どのような関係だったのかは想像がつく。恐らく、キリは誰との間でもそういう関係を築くのが當たり前だと勘違いしている。

キリが話していた、今までずっと部屋に閉じ込められていたという話が本當であるならば、関わってきてきた人間の數もないはずなので、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

なぜ、キリを助けてしまったのか。

そう思ってももう遅い。

それに、もし助けていなかったのなら、彼はどうなっていたのか。

必ずしも、あのホンダ・テトラという人がいくらキリに慕われていたという事実があろうが、彼が彼の味方だとは限らない。それに、彼が現れたときキリは怯えたような表をしていたし、追われようとしたときには、彼は彼に殺意を向けていた。殺意でなくともあれはただ自己防衛のためだけだったかもしれないが、彼はいつ殺されてもおかしくなかった。

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あの後、もしキリを彼に引き渡していたら――

部屋に戻り、ググは拡張視界から電話帳を呼び起こす。

母の名前の下にある別の名前。

《キム・ジョンファ》。

ジョンファは、ググの隣の部屋に住んでいる。

ググよりは年下で、大學には通っておらず、メイクの仕事をしている。そこまで親しいわけではないが、たまたまアパート前ですれ違うときには軽く會話をしたり、話のネタがあればしチャットでやり取りをするぐらいの仲ではある。

最近は仕事が何個か舞い込んできたらしく、「忙しい」とぼやいていており、朝の通學時や夜の帰宅時にアパート前でジョンファとすれ違うことは減ってしまった。

からキリの服を借りることができなければ、最悪自分の服をキリに著せるしかない。

ググは、ジョンファの名前にれ、電話をかける。

『ググさん? どうしました?』

すぐにジョンファが電話に出たのは、ググとしては意外だった。

の聲をきくのは久しぶりだった。

「もしもし。あの、今家にいる?」

『ええ、さっき帰ってきましたけど……』突然の連絡に彼は困しているようで、『どうして?』

「首爾ソウルから妹が來てて……」

とっさに噓が出てくるので、自分でも心してしまう。流れに任せ、ググは続ける。

「家出してきたらしくて、荷もなにも持ってこないでこっちに來たんだ、それで、」

『ググさんて、妹さんいたんですね』

「……そう。実は……それで、さっきの雨で濡れちゃって……よかったら、妹の服をかしてほしいんだけど」

『いいですよ』ありがたいことに、ジョンファは即答してくれた。「急な雨でしたよね。今から持っていきましょうか?』

「ありがとう。助かるよ」

『それじゃ、あとで』

通話が終了し、五分くらい経ったところで、部屋のチャイムが鳴った。

玄関へ向かうと、拡張視界によってドアに來客報が表示されている。ジョンファの名前だった。

「承認」を選択してドアを開けると、來客報通り、そこにはジョンファがいた。

化粧はしていなかったものの、白いは艶やかでムラが無い。オーバーサイズのパーカーを著て、下はショートパンツだった。

「はい、これ」

どこか気まずそうに、ググの目を見ずにジョンファが紙袋を差し出す。

ググはそれをけ取り、

「ありがとう」

「寢るとき用のと、普段のと、あと下著も一応れましたけど」

「……そっか。下著のこと忘れてた。ありがとね」

「いえ……」

ジョンファが腕をさする。

し、二人の間で沈黙が流れた。

ググがジョンファに聲をかけようとすると、ジョンファが先におずおずとググに聲をかける。

「なんか、久しぶりですね、會うの。隣人同士なのに」

「ジョンファが最近忙しそうだからね」

「そう……ですね。ググさんは、最近どうですか?」

「ぼくは、変わらず」

変わらず、というのもまあ噓ではあった。數時間前までの自分は確かにこれまでの自分と変わらず、バイト先と家と學校を行き來して、ゲームをして、食事をして、寢て、のなんの特記事項もない生活だったが、今日は特記できる出來事があった。

なぜか自分のことを知っている謎の男が現れ、自分の小板を破壊したかと思えば、そういえば口座に莫大な金を振り込んでいったし――

「仕事のほうはどう?」

今日あった出來事をジョンファに話すわけにもいかず、ググは話題をジョンファの仕事のほうに切り替えた。

聞かれ、ジョンファは自分の髪をでて、

「楽しいですよ。結構大きな仕事ももらえるようになって。それで忙しそうにみえたのかも。今日は、朝から首爾ソウルまで行って、NADSのメンバーのメイクをしてきて……」

「NADS?」

聞き慣れない単語について聞き返すと、ジョンファは意外そうな顔でググを見る。

「ググさん、普段テレビとかネットとか見ないんですね?」

「そう、あんまり見なくて……」

「NADSっていう、アイドルグループなんです。『Neo Ability Design Science』の略らしいですよ。最近最も勢いのあるグループって言われてて、テトってメンバーが特に人気なんです」

グループ名は今まで知りもしなかったが、そのメンバーの名前は知っている。それに、さっきまで一緒にいた。

そのことについても言わずに、

「好きなの? そのグループ」

「違いますよ」し語気を強くして、ジョンファが手を振って否定した。「仕事だから、ちょっと調べたってだけです。けど、仕事前でもわたしが知ってたくらいなんで、結構有名だと思いますよ。街中見てもたくさん看板や広告が出てたり、コラボしてたり、曲が流れたり、ネットでもなにかと話題ですし」

ということは、よっぽど自分が無関心だということだ。

NADSのメイクをしてきた、と言ったジョンファに対してすぐにいい反応ができなかった自分に呆れ、今更ながらググはジョンファに「じゃあ、すごいひとたちの仕事をしてきたんだ」と當たり障りのない想を言う。

「そうなんです。けど……部で何かトラブルがあったみたいで、撮影が途中で中止になっちゃったんです。わたしのメイクは終わってたんでいいんですけど、撮られないと、世に出回らないですから。報酬は前払いだったからお金のほうは大丈夫なんですけど、作品が……」

と、ジョンファのその続きの言葉をさえぎるように、キリがググを呼ぶ聲が聞こえた。

振り返り、自分が風呂場へ向かうよりも先に、バスタオルを持ったキリが慌しく風呂場から飛び出してくる。

「ググ、ずっと水しか出ない、シャワー」

タオルは持っているものの隠す気はないらしく、かわりにググがキリのをさっとタオルで包む。まるで何かの作業員かのような、我ながら素早いきだった。

「二つのノズルをひねって調節するんだよ。青と赤のノズルがあったでしょ」

「さむーい」

ググの話を一切聞かないキリがググに抱きつき暖をとるので、ググの服はまた濡れることになった。

そんなキリを見て、目を丸くして口元に手をやり、ジョンファが聲を上げる。「妹さん?」

「そう」キリのをなるべく見ないようググはジョンファを振り返り、「この子が首爾ソウルから來た妹」

「いもうと?」キリが口を開いた。

妹、と噓をつかれたことに疑問を持ったのか、あるいは単に「妹」という単語を知らないのか、キリは首を傾げてググとジョンファを互に見る。

ここでキリに妹ではないと否定されたら困るので、ジョンファに聞こえないようキリにそっと耳打ちをした。「あとで屋臺に行くから、妹って言って……」

「うん! いもうと!」

「かわいー! しろーい!」

ジョンファの聲が高くなる。ジョンファはキリの手を取り、輝く目でキリのことを見つめた。

「わたし、ジョンファって言います。お名前は?」

「キリは、キリ……」

いきなりグイグイと來られたためなのか、キリもジョンファを見つめ返し、取られた手は握り返しているものの、キリがはじめて揺しているようなそぶりを見せる。

「ググさん、こんなにかわいい妹さんがいてどうしてわたしに紹介してくれなかったんですか? 今度モデルさんになってほしいくらいです。お人形さんみたい! かわい~」

かわいい、と褒められ続けてまんざらでもないのか、キリは微笑む。瞬時にジョンファとの壁は消え去ったようで、キリがジョンファに笑顔のまま聲をかけた。

「ジョンファは? ググの『いもうと』?」

キリがおかしなことをジョンファにきくため、ググがすぐにキリはこういう子なのだと解説にろうとする。

が、ジョンファはらかい口調で「ちがいますよ」と否定しただけだった。

キリをこの狀態のままここに居させるのはキリにもジョンファにも申し訳ないので、ググはキリをまた風呂場へ連れ戻すことにした。口頭でノズルについて説明したもののキリには理解できなかったらしく、シャワーのほうまでキリと一緒に行き、結局ググが調節してお湯を出し、服はまた更に濡れる羽目になった。グレーのパーカーは、濡れたせいでもうほとんど黒になっていた。

キリが言うには、彼の「部屋」にあった備え付けのバスルームのシャワーは二つのノズルで調節するようなものではないらしく、このアパートの風呂場が古いだけなので、キリがわからないのは當然と言えば當然だった。

ジョンファが帰ったあたりで丁度キリのシャワーが終わり、ググはジョンファがキリ用に貸してくれたし大きめの白のパーカーと、下著を渡した。

テトがいるときはそうしてくれていたから、という理由で髪を乾かせと言われたので、著替え終わったキリの髪にググがドライヤーをしてやることになった。

「ほんとにヤタイ行く?」

妹がいたらこんなかんじだったのかもしれないな、とぼんやり思いながらキリの黒い髪を乾かしていると、ググを振り返ってキリが笑顔できいてくる。

「屋臺?」

「うん」

「そうだな、ぼくも腹減ったし……」

「キリはあれ食べたい」

「何が食べたいの?」

「白くて赤くて黃いやつ」

恐らく、白は餅のことで、赤は辛いソースのことで、黃はチーズのことだった。

「ああ、チーズトッポキのこと?」

「そー。かも」

こんなしの報で當ててしまう自分に関心するし、案外キリとのコミュニケーションもこれから難しくはないのかもしれない。

「ググはなに食べたい?」

「ぼくは……ぼくはスンデ」

「なに? それ」

「食べたことない? 豚の臓とかってんの。ソーセージみたいなかんじかな。あと、麺れたり、イカれたり」

「ないぞう?」

の中だよ」

今まで見たことのないような苦蟲を噛みつぶしたような表で、キリがググを見る。

「ググ、豚さん嫌い?」

「ちがうよ。好きだから、そうやって食べるの」

「じゃあキリのことも食べるの?」

「食べないよ、キリは食べじゃないでしょ」

「えー?」

キリの髪を乾かし終え、今度は自分がシャワーを浴びる番だった。

待たせている間キリが部屋で何かしてしまうかもしれないと不安だった為、早く戻るべくかなり急いだのだが、恐らくググにとって人生で一番急いだシャワーだった。

著替えにドライヤーも済ませてすぐに部屋に戻ると、テレビはつきっぱなしだったもののキリはテレビを見ておらず、ベッドの上に座り、スクリーンフィルムを並べ、一枚一枚眺めていた。デスクの上に置いてあった、ググが大學の授業の為に書いたレポートだ。

ググが戻ってきたのを見たキリが、フィルムを一枚ググに差し出す。「ググ、これ、なんて書いてある?」

「ああ。それはね、『舊世における近未來の釜山の表現と、現代での釜山』っていうテーマなんだけど」

「よくわかんない」

「読んでもあんまりおもしろくないと思うよ」

「じゃあ、読まないで、ヤタイいこ」

ググは、キリの隣に座った。

屋臺に行くのは、ばらばらに並べられたレポートを順番に直していつものリュックに閉まってからだ。レポートの提出日は、ちょうど明日。ついでにざっと悪いところがないか確認もする。

「ググが書いたの?」ググの肩に頭を載せ、レポートに目をやって訊いた。

「そうだよ」

「すごーい」

「すごくないよ、わりと適當に書いちゃったから……」

「すごいよ、キリは、文字、ちょっとしかかけない」

「學校は行ってたの?」

ググがきくと、キリは悲しそうに首を振った。「ううん。テトは行ってたけど……」

でも、一日だけ行ったことある。と、キリは付け足した。

キリの事の知らなさからすると、中學校まで義務教育にしろキリが通學をしたことがないというのは事実のように思えたし、通學をしたことがないどころか、ずっと部屋にひとりでいた、というのも納得ができる。

し文字が書けるということは、きっとテトから教わったのだろう。

「ググは學校にいってる?」

「うん。高校を卒業して、今は大學に行ってるよ」

「大學?」

「高校の次に、行くひとは行く。大の人が行くかな」

テトは行ってないかも。

ググのレポートチェックに退屈しているのか、キリはあくびをしながらつぶやいた。

そんなキリを一瞥して、ググはレポートをベッドの上でとんとんと整えて、腕をばしてすぐ近くのデスクの上に戻した。

「あ、ここ、キリのとこ」

ふと、テレビモニターにうつるニュース番組を見たキリが、2回目のあくびをかみ殺しながら、なんとない調子でモニターを指さし、言う。

レポートを置いてから思わずそのままの姿勢になったググは、キリが指さした先のテレビモニターに釘付けになる。

リポーターの男の背後に建っている、高さはそんなにないものの橫に弓なりに広い施設の熱反ガラスの窓が映しているしているのは漆黒で、その上に都會の街並のが散りばめられている。

真後ろの門には「立ち止」のテープが張り巡らされているが、その門から奧のり口までの間には何かが起きたようには見えないので、おそらくり口奧で何かがあったようだった。

リポーターの男は、マイクを片手に、それからわざわざヘルメットを著用していた。

【首爾有能學園 死傷者多數】

リポーターの真下に、そんな騒なテロップが表示されている。

『こちらは第一首爾ソウル有能三徳サントク學園、A舎正門前です。本日未明、學園で死傷者が出たとして、代表のカン・ドウォン氏は第一學園の敷地を全面閉鎖、休校を発表しました。カン氏も負傷しており、死傷者の數は明らかになっておりません。また、事故なのか、災害なのかも不明で、警察は調査を続ける方針です――』

「ここから出てきたの、キリ」

はじめはキリの冗談や間違いかと思ったが、ググを追い立てるかのようにリポーターが続けて口を開く。

『また、校舎から學園関係者ではないと思われるが出てくるのが目撃されており、事件になんらかの関係があるとして、警察はそちらの調査及び捜索も進めている模様です』

そこで、映像が現場のリポーターから、夕方頃に撮影したと思われる中年の首から下のインタビュー映像に切り替わった。

『朝かしらね? 結構早い時間に外に出たのよ、そしたらうちのマンションの近くのほうの門からの子が走って出てきてね、変だったわ。黒いパジャマを著てて。髪は短めで、顔に真っ赤ながついてて。寮から出てきただけなのかと思ったけど、今思いだしてみると、學園の子じゃないのかも。學園の子だったら、手首にいつでもあの腕時計みたいなのをつけているでしょう? その子にはそれが無かったから』

すぐに、橫にいるキリを見る。

今はジョンファの白いパーカーを著て、顔も真っ白だが、そういえば初めにキリを見たときは黒のサテンのパジャマを著ていたし、両頬にはべっとりと赤黒いがついていた。

それに、見直すまでもなく、髪は短めだ。

「こ、ここから出てきたって」

驚嘆で、聲が震える。キリの薄い両肩を摑み、ググはキリを見た。

そんなググにキリも驚き、目を見開いて、「そ、そう」と、困ったようにうなずく。

風呂から飛び出てきたキリのを見たときも怪我は無いように見えたが、

「怪我は? 本當に無い?」

「ないよ。いたくないもん」

「事故があって、だから逃げてきた?」

「事故……? ちがうよ。キリ、出てきたいから、出てきたんだよ。だって、ずっとひとりで、部屋のなかいたくないもん……」

こうしてニュース番組で報道されている限り、あの施設で事故があったのは確かだ。それなのに、キリは事故などなかったという。そして、報道され警察に捜索もされている不審なは、今まさに自分が肩を摑んでいるこのに違いない。

「う……」

キリが聲をらし、表を歪めた。

深い緑の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれはじめる。

「ご、ごめん」ググがぱっと手をキリの肩から離したが、遅かった。

キリが大聲でわっと泣き喚き始めると同時に、二人の座っていたシングルベッドがガタガタと大きく揺れ始める。

ベッドの次は、ググのデスク、そしてデスクの上に置いてあったティッシュなどの小すべて、それからタンス、照明、部屋全の何もかもが、音を立てて縦にも橫にも揺れる。

ベッドのフレームを摑むも頼りなく、ベッドから落ちそうになるググだったが、泣き続けるキリのほうはというとベッドから落ちそうもなく、むしろなぜかバランスを保っている。

「キリ」

「だって」しゃべる為に嗚咽をらしながら、キリは言う。「キリのたんじょうびだったのに、テトが、こられないって……テトがいないなら、あそこにいたくなかったから、だから」

ピシ、と、何かに亀裂がるような音がして、ググは音がした右側を見た。

カーテンが閉まっていない窓に、下から否妻のような形で亀裂がっている。ピキピキ、と亀裂は小さな音を立てて枝分かれしながら上へびていく。やがてガラスが割れて弾けるのが想像できた。

「ずっといっしょって言ったのに!」

「……キリ」

キリを落ち著かせようと、ググがキリに手をばす。

ぐらぐらと揺れるベッドの上で無事キリの肩に再びれることができたが、れた瞬間、キリとググが磁石になり強く反発し合ったかのように、ググの手が、ぐわり、と強制的にキリの肩から引き離される。

そのまま、大きな手に後ろから服を摑まれたような覚がしたと思いきや、ググはキリのほうを向いたまま高く、そして後ろへ勢いよく吹っ飛ばされる。

著地地點は、ベッドから1メートルほど離れたローテーブルだった。

バン、と激しい音を立ててググがローテーブルに背中を打ちつけたと同時に、部屋にあるあらゆるものの揺れがピタリと止まり、靜まり返る。

「ググ……」

目に當てていた手を降ろし、キリがググのほうを見て我に返ったように、靜かになった部屋の中でポツリとつぶやいた。

キリがベッドからよろよろと降りてきて、ググに駆け寄る。

背中に手をやりながら、ググは上を起こした。じんわりとした痛みがあるものの、骨折経験のあるググからすると、骨が折れている痛みではなさそうだった。

の長方形のローテーブルは、ググが落下してきたことによって真ん中から見事に真っ二つに折れている。

上に何もを置いていなくてよかった、と安堵しながら、ググはキリを見た。

「落ち著いた……?」

「うん、うん」言いながらも、ぽろぽろと涙をこぼし、キリはググの首に思いきり抱きつく。「ググ、ごめんね」

「大丈夫だよ」

キリの背中をさすりながらふとテレビを見やると、もうニュース番組ではなくなっていて、見知った男の顔が映っている。

テトだ。

拡張視界のリモコン作で、ググはテレビモニターの電源を消した。

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