《無能力者と神聖欠陥》13 ググ/脅迫、「世界で唯一かわいいよ」

それからさっさと家に戻り、テレビ番組のチャンネルを次々と変えニュースを確認し、ネットニュースも確認したが、「謎の」についての続報は特になく、キリはあれから誰にも見つかっていないようだった。

キリと二人で映畫を見るなどしていたが、開始三十分程でキリが映畫に飽きたため、他にすることもこれといって無く、ジョンファに連絡してみると、たまたま時間の空いていたジョンファがこちらの部屋に來てくれることになった。

キリが一人でシャワーを浴びるのを嫌がったため、ジョンファがキリとシャワーを浴びることになった。

ググとしてはキリのワガママに付き合わせて申し訳なかったものの、ジョンファは乗り気で、ググがゲームをしながら待っていると浴室から二人の楽しそうな聲が聞こえてきた。

ジョンファは料理が一切できないらしく、また、キリも料理ができないというのは本人に聞かなくともわかるようなことだったので、二人の次にググもシャワーを浴びてから、ジョンファとキリを二人で過ごさせてググは一人で夕飯の料理を始めた。

出來上がったものを三人で箸でつついていると、ふと、誰かと家で三人という人數で食卓を囲むのは、久々のようにじた。

母、父、自分。三人揃って最後に食事をしたのは、いつだっただろうか。

ググの思い出の中では、母はともかく父が寡黙な人間だったために、食卓が賑やかだったことはない。

それに、父といるときの自分は、いつでも張していて、何かをするのに必ず父の様子を伺っていた気がする。

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父に強く叱られた記憶はないが、子供ながらにとにかくいつも父には遠慮していたし、気を遣っていた。

父が母に強く何かを言っていたり、手を上げていたことを見たことがあるわけではないが、とにかく父の雰囲気がググをそうさせていた。どちらかと言えば、母が自ら父の下に立つような行をしていたから、ググも必然とそうなっていたのかもしれなかった。

ほんの數年間の父との時間の中では常に、ググにとって父は偉い人間で、なおかつ、絶対に自分が逆らえない人間だった。

を咀嚼する父の姿を思い出せば、そのときの自分のも蘇ってくる。

彼としてはただ食事をしているつもりだったろうが、ゴリゴリと上下の歯で固い野菜を噛み砕くその音は、ググにとっては脅迫だった。

「キリちゃんはググさんのことが大好きなんですね」

「え?」

ジョンファに聲をかけられ、ググは我に返って茶碗に向けていた頭を上に上がる。

「だって、ご飯の時も橫にくっついてるから」

橫を見ると、確かにキリがぴったりとくっついて口をもぐもぐとかしていた。

食べるのに集中しているのかキリのほうは何も言わず、相変わらず奇怪な箸使いで野菜へ手をばす。

「ああ、久々だからかな」実際は、先日會ったばかりだ。

「キリちゃんとググさんて、何個違いなんですか? 歳」

そういえばキリの年齢を知らないが、ググとしては自然に、咄嗟に「一個違いだよ」と適當なことを返す。

キリを一瞥すると、この會話も聞いていないようで

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とにかく箸と口をかしていたので、ググは助かった。

食事を終え、食の片付けを三人でしたところで(厳に言うと、キリはなにもしないで後ろから見ていた)ジョンファが「さて」と切り出す。

「そろそろ、おいとましますね。わたし、明日朝早くに仕事があって」

「おいとま?」

キリが首を傾げたので、ググが「帰るってことだよ」と橫から口を出す。

「えー? ジョンファもいっしょに寢ようよ」

キリに腕を摑まれ、どこか嬉しそうにジョンファはにやけながら、

「ええ、だめです、だめです。どうせ二人がまだ寢てる間にわたしはすぐお家出ちゃいますし」

「いいから、おねがい!」

キリがジョンファの手を引く。

だめー、と言いながら、ジョンファのにやけが止まらない。

ジョンファと目がばっちり合ったところで、ググは口を開く。

「泊まってって、二人で寢てていいよ。ぼく、ソファで寢るから」

宣言し、ググがソファに腰掛けると、「ググも」とキリに手を引かれる。

キリに説得は通じない。

結果、狹いベッドに三人、真ん中にキリ、サイドにジョンファ、ググ。

「なんだこれ……」

當然なかなか寢られずに一時間ほど経ったところでそう呟いたものの、殘る二名は手を繋いでしっかり眠済みで、安らかな寢息を立てていた。

ピンポン、と、玄関の軽やかなインターホンの音でググは目を覚ました。

普段、インターホンが鳴ることはあまりないが、あるとすれば大、宗教勧の人間からだ。

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枕元の攜帯端末を見ると、ジョンファからお禮のメッセージが來ていて、ベッドにはすでに彼の姿はない。

今日は大學の講義がなく休みだ。キリも寢ているし、まだこの時間に起きる必要もないので、ググは來客を無視して居留守を使おうと、ジョンファがいなくなったことにより使える面積が広くなった布に全を隠す。

が、來客がそれを許さなかった。

普段の宗教勧はわりとしつこくなく、一回の呼び出しのみで諦めるものの、今回の來客はそうではなく、ピンポン、ピンポン、とググが出るまで何度もインターホンを鳴らし続ける。

それでも、キリは寢ている。

「あー、もう」

さすがのググでも痺れを切らし、のろのろとベッドから降りてきて玄関へと向かう。

「はいはい」

聲をかけながら、ドア前の拡張視界で來客報を確認する。

≪クォン・ジュノ/三十歳/職業: ≫

職業欄が空になっている時點で、どうも怪しい。

覗きツールを使い、ドア前に立っている人の姿を拡張視界に寫すと、その來訪者の様子を確認できた。

とても三十歳には見えない、むしろ同い年に見える青年がそこにいた。が、生報に噓はないはずだ。 

春の澄み切った空のような水き通る髪、白い、微笑みを湛える口元。深い緑の瞳。

リボンタイのついた水のシャツにベストを著ており、それが一層彼をく見せた。

「おはようございます」

覗きツールで見られていることに気づいている様子の彼が、聲変わりしたての年のような聲で歌うように言った。

「首爾ソウル特捜部のクォン・ジュノです。ご自宅確認させていただいてよろしいですか? 捜査令狀が出ているので」

「……いや……職業欄が空だし、首爾特捜部だなんてきいたことないです」

「職業欄が空なのは、他にも々しているから」

「……令狀が出てるってだけなら、斷る権利があります」

自稱首爾特捜部のジュノという彼は、うつむいてため息をつき、前髪をかき上げた。

「困ったな……」

ジュノが手を前に差し出し、申し訳なさそうに微笑む。

「じゃ、手荒になるけど、ごめんね」

それからは、一瞬だった。

拡張視界に警告が表示もされずに、「ガチャ」と音を立てて、ドアノブの上に赤く「開錠」の二文字が表示される。

無許可開錠されるのは、これで二度目だ。

覗きツールが表示していたままの姿の青年がドアを開け、ググの前に現れる。

良々鶏の出り口と同じく、ググ宅の玄関ドアも鍵レベルは五。

レベル五の施錠を開錠しようとするだけで常人であれば失神するが、良々鶏の時のテトは、汗だくになりそして顔面蒼白になり、震えながらも、開錠をし遂げた。

それだけでテトが異常な能力レベルの持ち主であることは確かだったが、今この目の前にいるジュノという彼に至っては、開錠までに一秒もかけなかった上、顔調も一切変わらず、ピンピンしている。

玄関に踏み出し、自分の前に立ち一歩近寄ってくる有能力者から、ググは思わず後ずさりした。

すると、今まで外で待っていたのであろう、若い赤髪の二人組も玄関に上がってきて、ググに聲をかける。

「「こんにちは」」

二人の聲が重なった。

長い赤髪の長がググの後ろに回り、両手首を後ろからがっちりと摑む。

「じっとしててくださいね。いたら殺す」

の表はわからない。生溫い息が首元にかかり、ググは脅迫を囁かれる。

ただ手首を摑まれているだけなのに、かなくなり、抵抗ができなくなる。

「いるよね? 中に」

ジュノがきく。

「いるって、だれが……」この期に及んでも知らないフリをし続けるのは無駄だとわかっていたものの、口元だけはくため、悪あがきをする。

ジュノが赤髪の年のほうを見る。

と、年は、

「はい、僕、わかります」ググの隣でハキハキと笑顔のまま喋り、「お兄さんは知らないフリをしています」

ポカンと口を開け、年の方を見ると、年はり付けたような微笑みのままググを見返し、頭を傾けて笑いかけた。

「そっか」ジュノが赤髪の年からググに視線をうつし、「じゃあ、るね」

「あ、ちょっと」

「大丈夫」

ジュノは部屋の奧に進み、ベッドの前に立ち、ググを振り返った。

「キリには何もしない」

キリ。

名前を知っている。ということは首爾特捜部というのは本當にあって、彼はキリを探しにきたのか。

ググとしては、見つかるにしてもまだ日數はかかるだろうと確証もなく余裕をもっていたし、それまでどうするかもまだ考えていなかった矢先にこんなにもすぐに見つかってしまい、どうしようもなかった。

たまたま匿ったが施設を逃げ出し捜索されている人だと知っても尚、キリと過ごしていたということにおいての言い訳や理由すら思い浮かばない。

「ググ……?」

両目をこすりながら、キリが目を覚まし、上を起こす。

ジュノはかがみ、ベッドのキリと目を合わせる。

「キリ」

おしそうに見つめる視線と、寢ぼけた視線がわった。

目の前にある顔がググのものではないため、キリは數回まばたきをし、キョロキョロとあたりを見渡してググを探す。

そのググといえば、玄関近くで赤髪の二人組に囲まれ、挙句、自分よりも背の高いのほうに拘束されている。

「ググ」

「ググは大丈夫だよ、キリ」

「だれ?」キリが首をかしげ、じっとジュノを見つめた。

ジュノはさみしい顔を一瞬見せたが、

「覚えてないのも仕方ないか」キリに微笑む。「ぼくはジュノ」

キリの頭に手のひらを置き、

「キリのお兄ちゃんだよ」

兄――?

ググは、拘束されたままキリとジュノのほうを見る。

確かに、自分をキリの兄だと言う彼は彼に似ている。

白い陶のようなに、深い緑の瞳。それを縁取る長い睫に、末広の二重瞼。

「おにいちゃん、って?」

「家族だよ」

ジュノが、白い両手のひらを差し出す。

と、何もない空中にぱっと、青の並みのクマのぬいぐるみが現れ、それはぽふりとジュノの手の上に落ちる。

それを見ていた赤髪の年が、目を見開く。

「すごい」年は譫言のようにつぶやいた。「遠隔瞬間移アポーツだ……」

ぬいぐるみを見たキリが目を輝かせ、「あ!」と聲を上げる。

「ジュジュ!」

キリは満面の笑顔で、ジュジュと呼ばれたそのぬいぐるみをジュノからけ取り、ぎゅっと抱きしめる。

「ジュジュは、ぼくがキリの十歳の誕生日にあげたんだよ、みんなには緒でね」

「そーなの?」

「そう。ずっとキリには會えなかったけれど、毎年キリの誕生日にはプレゼントを贈ってたよ。中でもキリはジュジュを気にってくれてたよね」

キリが、ジュジュの頭をでながらジュノを見上げる。「じゃあ、ほんとうにおにいちゃん?」

「そうだよ。だから、キリのことはなんでも知ってる。會えなかったけれど、ずっと見てきた」

言って、ジュノは、抱きしめられたクマのぬいぐるみごとキリを抱き寄せる。

數回まばたきをして、キリがジュノを見上げた。嫌ではないようで、頭をでられながら、そのままジュノの首あたりに顔をうずめる。

「誰よりもしてる。もう絶対に離さない」

彼のキリへの想いは、兄としてというよりも、もっと別ののようにじられた。

なんとなく見てはいけないような気がしていたところに、ジュノが「さて」とキリをからし離しググのほうに向き直ったため、ググはジュノから目を反らす。

「キリのことは、保護してくれてた、ってことかな?」

「保護……」床とジュノを互に見ながら、「はい、まあ……」

「そっか」優しい表のままジュノは、「手は出してないよね?」

彼の目が、ググを見據える。今度は目を反らすことはできなかった。まるで菩薩のような表を向けられているはずなのに、全ける視線は針のように鋭い。

震える聲で、ググは「はい」とすぐに返事をする。

噓ではない。

ジュノは今度は赤髪の年と目を合わせる。すると、納得したように「わかった。ならいいよ」と言った。

「ああ、この子――ユングはね、人のが読み取れるんだ」

「はい、僕、わかります」先程も聞いたような気がするセリフを、ユングという年がまたハキハキと、今度は誇らしげに言った。「お兄さんが噓をついているか、ついていないかもわかりますから、ジュノ先生と確認をとっています」

「キリのことを保護してくれてありがとう」ジュノが軽く頭を下げた。「キリがこんなにかわいいのに襲わなかったなんて、ちゃんと理のある子だね」

「キリかわいい?」

ググが張している最中、キリが呆けた聲でジュノに訊く。

「もちろん。世界で一番かわいいよ」

「ええー、じゃあ、二ばんも三ばんも百ばんもいる?」

「ああ、間違いだったね」不服そうなキリを見て、ジュノが幸せそうに目を細める。「世界で唯・一・かわいいよ」

「…………」

嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるキリと、その唯一かわいい妹・キリの頬を両手で包むジュノの様子を見てググが無言でいると、ユングが手を上げた。

「はい、僕、わかります。お兄さん、今、『気持ち悪い』って思いました」

「いやいやいや!」

全力で首を振ろうとしたが、依然拘束されているせいで首は石になったようにピクリともかず、大聲を出すだけになったググは、「気持ち悪いとは思ってなくて、ただ、すごい、その――」

「僕に噓はつけません」

「いいんだ」ジュノが笑い飛ばし、キリの頬から手を放す。「思われ慣れてるもん。そんなの」

でも、ユング。と、ジュノは子供のようなふくれっ面を見せて、腰に手を當てた。「報告しなくてよかったからね、それは」

ユングが眉を下げる。「ごめんなさい……」

さて、と二度目の仕切り直しをし、ジュノがまたググを見る。

「もう、きみはキリの世話をしなくていい。キリはぼくのところへ連れていく」

「……ちょっとまってください。そこって――」

「大丈夫。キリが元いたところではないよ。キリもあそこにはいたくないだろうし」

彼がキリの兄であることは彼とそっくりな見た目からして疑い難いが、いくら実の兄とは言え、キリをよくわからないところに連れていかれることには不安があった。

こんなアパートの一室にいるよりは安全そうではあるものの――

「キリと離れたくない理由がある?」

自分でも、なぜキリとの別れを惜しんでいるのかはよくわからない。ただ、キリの今後を心配しているのは確かだ。それに、キリがいなくなってまた一人きりで無能の學生としてのありふれた毎日を送ることが恐いのかもしれない。

ユングと目が合った。

ユングは二秒ほどググを見つめ、さっとジュノを見て何かを言おうとしたが、口を噤む。

「先生」

ユングではなく、赤髪のが、ググの両手をつかんだまま後ろから高めの聲で言った。

「この男、殺したほうがいいんじゃないですかー? 誰に何を喋るかも、わからないし」

「まって、ユナ」彼はユナと言うらしい。ユングが噤んでいた口を開き、「記憶を消すだけでいいんじゃない? キリさんをかくまっていてくれていたひとだし、なにも、殺すまでは」

「あ・っ・ち・に見つかるのも時間の問題じゃん」ユナが、ググの手首を摑む手に力を込める。「記憶が消えててもあっちは知ったこっちゃないし、それでもあっちは絶対にこの男を詰めると思う。それならここで楽にしておいたほうがよくない? 気遣いでもあるんだけど?」

このは、どうにも初めから自分を殺したがっているようだった。またもや騒なことを耳にし、ググの思考は停止しかける。

「記憶消去なんて、この中だと先生しかできない。先生の手間でしょ? それに、これがになれば先生のご飯になるし〜」

「そうだけど」

「本當はユングも殺したいくせに」

「それもそうだけど」

ユングが迷っていると、ジュノが口を開く。さすがに彼はこれを止めるだろうと期待していたものの、彼の口から出てきた言葉はググを絶させるには十分だった。

「ユナの好きにしたらいいよ。ただし、後始末もちゃんとすること。二人でね」

「やった」

ユナが、手首を摑んだまま壁にググを押し付ける。顔を近づけ、ググを見つめ、並びの良い白い歯のほとんどが見えるほどの溢れる笑顔でググに話しかけた。

「死ぬまで、じっとしててくださいね!」

全くが踴らないシチュエーションだ。何かを言おうとしたが、ユナがそのに指先でそっとれると、接著剤でとめられたかのように上下のは塞がれ、引き続き直する。彼の能力なのだろうか、のどこをかそうとしても一切かない。

水晶のように大きな瞳が、ググの顔を見る。

ググの目の前にあるのは、その大きな二つの瞳とそれから、控えめな曲線の鼻筋のアップノーズに、白い、髪と同じく赤い

この狀況下ではそのしさに見とれることはできないが、どこをどう見ても隙のない顔をしていた。ググよりも長が高いせいで、余計に圧倒されてしまう。彼は今この部屋にいる人間の中で一番背が高い。

ユナはググを観察したあと、まるでろうそくの火が消えるようにふっと笑顔を消して、

「あんたみたいな男殺すの、大好きなんです。どうやって殺そうかな」

指で、ググの鼻筋をなぞる。

「無能のくせに、馬鹿にしてるでしょ、わたしのこと。ちょっと顔がいいからって。大したことも無く、生きてきたんでしょ」

馬鹿にしてる? そんなことはない。それに、初めて會った人間を馬鹿ににするだなんて。大したことも無く生きてきたのは、事実だけど――

言いたかったが、口を塞がれているため、言えない。

「なんか言えよ!」

理不盡。

その言葉に盡きる。

言いたくても言えないようにさせられているのに。

それまでとは形相を変えたユナに髪を摑まれ、後頭部壁に打ち付けられる。

一瞬じた鋭い痛みは、すぐに鈍い痛みへと変わった。

ジュノは、ググが髪を摑まれようとしていた時からその景をキリが見ないようさっとキリの両目を片手で覆っていた。

はあ、はあ、と、ユナが肩を大きくかして息をし、目を潤ませる。

震える指先で再びググのれると、が自然に開き、喋れるようになったが、頭の痛みと恐怖で、ググは未だ何も言えない。

「ユナ」代わりに、ユングが言う。「『そんなことない』って。お兄さんが」

「でも」

「二人とも」ジュノが釘をさす。「キリの前では、暴力沙汰止。見えないところでやること。いいね?」

そしてキリの目から片手を下ろし、「キリ。キリは今からお兄ちゃんのところに行くからね」

「おにいちゃんのとこって?」

「ここより広くて、なんでもあって、自由なところだよ」

「えー? やたいある?」

「今はないけど、キリがしいなら作るよ」

「ググは? ググはくる?」

「彼は來ないよ」宥めるように、ジュノがキリの頭をでる。「彼はぼくらとは違うから。ここでお別れ」

「じゃあ、キリもこない」

「え?」

目を丸くしたジュノをよそに、キリはググへ駆け寄った。「ググなにしてるの?」

ユナが慌ててググの髪から手を下ろす。

「ねー、おにいちゃんのところいくの?」

「ぼくは……」ジュノを一瞥し、「ぼくは行けないんだ。ごめんね」

「ほら、ね」キリにかけるジュノの言葉には、焦りがあった。「行くのはキリだけなんだ」

「いやだ!」

ジュノが腕を組み、考え込もうとしていると、キリがぬいぐるみ――ジュジュ――を抱きしめる両腕に力を込める。

の髪の先が、ふわりとし浮いた。

それにすぐに反応したのは、ジュノだった。

ジュノがキリの丸い額に手を當てると、キリは目を閉じ、急に眠ったように意識を失い、膝から崩れ落ちそうになる。

それをジュノが抱き寄せた。

「この様子だと、無理そうだな」

悔しそうに言ったものの、ジュノはおしそうにキリを見つめた。

それから、ググを見る。

見た、というよりは睨んだが、

「きみも――ググも連れていく」

「ええ?」ググより先に聲を上げたのは、ユナだった。

「制裝置もない間にキリが駄々をこねると大変だからね。今、ぼくが止めてなかったら、ぼくはともかくユングとユナが死んでたかもしれないし、それかこの家がめちゃくちゃになってたかも」

それを聞き、この間キリによって部屋中の家が揺れ、窓ガラスにヒビがったことを思い出す。

「ユナ、一旦ググを開放して。そもそも、この子に拘束はいらない」

無能だから不要、ということだろうか。

「はーい……」渋々、ユナはググからゆっくりと手を放す。

「キリのことはずっと眠らせられるわけじゃないから」キリを抱きしめたまま、ジュノはググに言う。「キリが起きるまでに、ある程度の荷をまとめて。貴重品を忘れずに」

「それって……」

「うん」ジュノが微笑み、「強制」

口を半開きにしてユングがググを見て、ユナの方はというと、苛立たしげにググのことを睨んでいる。

「どれくらいになるかはわからないけど、きみもぼくのところに來て。キリがむなら、しかたないよ」

ここのところ、自分がどうしたいか、ろくに考えていない気がするし、そもそもそんな暇を與えられていないような気もする。

返事もしないまま、ググが早足で部屋の奧にしまいこんであるキャリーケースへと向かった。

荷造りを付き合うとでもいうのか、ユングがついてきて、

「よかったですね」

それからなぜか機嫌が悪いままのユナもついてきて、不快を顕にした目をしながら、

「救われましたね」

救われたのは、確かだ。

が、よかったのかそうでないのかは、わからない。

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