《無能力者と神聖欠陥》15 ググ/パパ、大好き
荷をキャリーケースにまとめ、それからジュノが所有しているらしい空豆型の黒塗りの車に乗り込んだググは、後部座席でユナとユングに挾まれてそのまま寢てしまった。ジュノによってそっと助手席に乗せられたキリも、その後ググが眠りについてからも起きる気配はなかった。
的にどこの場所に行かせられるのかは勿論聞いていないし、聞きづらかった為、窓の景から行先を判斷しようとしていたググだったが、ユナからけた拘束による疲れのせいで、周りに気を張れずに眠り込んでしまったのである。
「著いたよ」
ジュノの聲で、ググはようやく目を覚ます。
しむくんだ瞼をこすり、目を開けると、どうやら駐車場に到著したらしいことがわかった。
駐車している車はこの車の他には數臺だった。地下だろうか? 灰のコンクリートに囲まれ、白い照明は薄暗く、鬱蒼としている。
何時間経ったのだろうか。それとも、數分? 寢ていたのはあっという間なような気がするが、どれくらいの時間をかけてここにたどり著いたのかもググにはわからない。當然、この景ではここが第二新釜山なのかどうかさえわからない。
両サイドのユナとユングはすぐに車から降りたが、寢起きのググはどうしてももたついてしまう。
その間にジュノも運転席から降りて、助手席のドアを開けてキリを迎えた。
キリはそこでようやく目を覚ましたようで、助手席からは子供のようにぐずるキリの聲が聞こえる。
「こわくないよ。大丈夫だからね」
ジュノが、いまだジュジュを抱きしめていたキリをジュジュごと抱き寄せてそっと車から降ろす。
足元に置いていたキャリーケースを持ち、ググも車から降りた。
「ご飯でも食べる?」
歩きながら、ジュノが振り返って聲をかける。
「はい!」ユナが一番に元気よく返事をし、挙手する。「お腹すいてました!」
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「僕も、ぺこぺこです」と、ユング。
「……キリもー」と、目をこすりながら、キリ。
ジュノがキリの手をとり、また歩き始める。それにユナ、ユング、ググが続いていく。
「ここどこ?」
眠りから切り替えたようで、いつもの調子でキリはジュノに尋ねる。
「ぼくの家みたいなところだよ。みんなが暮らしているんだ」
ジュノはキリにわかりやすいように簡単にそう説明し、キリもそれで納得したのか「へえ」と返事をしたが、ググにはそれだけでは足りない。
「ここは、第二新釜山ですか?」
今度はググが橫りしてそう尋ねると、ジュノは數秒考えたように黙ってから、やがて口を開いた。「とりあえず、今はきみにはまだ言えないかな。この施設がどういう場所なのかは説明できるし、するつもりだけど、的にどこに位置しているのかは、言えない。他に知られたらまずいからね」
大きなガラスの自ドアをくぐり、真っすぐ廊下を進んでいく。
「なんでまずいかって、今頃キリを探している連中がたくさんいるに違いないから。きみには、実がないだろうけど……」
キリを探している人間なら、一人だけ知っている。
あの、テトという人だ。この國でそれなりに顔が知られている蕓能人。ググだって見たことがあった。そんな彼と生報を換し、いつでも連絡をとれる狀態になっている。彼のプロフィールも確認することができる。ただ、キリとの関係はわからない。
キリを探している人間――テト――のことは今はまだ言わないほうがよい気がしたので、ググはそのまま黙ることにした。喋るにしても、ジュノのほうからもうし詳細を語ってくれてからだと判斷した。
それからまず到著したのは、食堂だ。
円形の窓があり、そこからは海岸が見える。ということは、地下ではないのだろうか。ますますここがどこなのかわからなくなってしまう。
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すでに人がちらほらいて、四人ほどのグループになって食事をしている人や、一人で黙々と食事をしている人もいる。全的に年齢層は若めのように見えた。
壁に設置されたモニターから希する料理を選ぶと、モニターの下がパッと開いて、すぐに料理が出てくる。料理の種類は富で、各々好きなものを選んだ。
そして目の前にキリ、ジュノ、ユナの並びで座り、ググはユングの隣に座る。
ググは冷麺を食べることにした。
盆の上に乗った冷麺を見て、何か毒でもっているのではないか、騙されているのではないかと勘繰ってしまうが、朝から何も食べていないこともありすぐに銀の箸に手がびてしまう。
「「「いただきまーす」」」
キリ、ユナ、ユングが揃って言う。
「……いただきます」
冷麺を凝視したのちに、ググも三人に続いて食事を始めることにした。
食事を始めた四人だったが、殘る一人、ジュノの席には料理が置かれていない。ジュノは攜帯端末を開いて、何やら作業を始めた。
「……食べないんですか?」
それとなくググがジュノにそう聞くと、ジュノは顔を上げて、
「ああ、食べられないからね。食べようと思えば、食べられるけど」
「と、言うと……」
「――ちゃんとした自己紹介がまだだったね」ジュノは、開いたばかりの攜帯端末を閉じた。「改めて、ぼくはジュノ。正真正銘のキリの兄。本當に三十歳。職業は、々。首爾有能三徳學園の理事長、カン・ドウォンの書、それからそこの蕓能蕓學科のボイストレーナー。あと、たまに醫者。あとは、ここの管理人みたいなかんじかな」
有能學園と言えば、この國で一番大きく、世界的にも有名な、有能力者専門の學園。
そして、キリが逃げてきた場所だ。
「ぼくが食べるのは、みんなと同じものじゃないんだ」
ググは、ふと、三人に連行される前のことを思い出した。ユナがググについて「これがになれば先生のご飯になる」と言っていたことだ。
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ググが、まさか、と思ったところで、ジュノが続ける。
「ぼくが食べるのは、人間の。飲むのは、人間の」特にこの事を言うのを気にしていないようで、ジュノはさらっとそう言い切る。「それが力にも能力にもなるんだ」
まあ、お酒は飲むんだけどね。
ジュノはそう付け足して笑ったが、ググは目のやり場に困り、とりあえずキリのほうを見る。
以前屋臺飯を食べていたときのように、キリはまた何もきいていないようで、食べることのほうに集中していた。
「安心して。ぼくは善人のことは食べないよ」
ジュノが微笑み、ググはこくこくと頷く。そのままワカメスープを飲んでいると、
「キリのは飲んだけど」
ジュノがそう言ったので、ググは噎せ、スープの椀を一旦置く。
「兄妹だから當たり前なんだろうけど、キリのは異様にぼくのに適合するんだ」ジュノは、手を顔の前で組んで言う。「キリが不老不死なように、キリのを飲んだぼくももうここから老いることはない。若返ることはここでストップしたけどね」
「……報量が多すぎて、頭がおいつきません……」
「だろうね」ジュノは笑った。「ここらへんは話すともっと細かくなるから、別の時にしようか。特にキリについては、かなり長くなる。けど、きみがこうして関わってしまった以上、ぼくたちのことは話す必要があるかもしれない」
それから、ジュノはユナとユングを見て、
「二人の紹介もするね。二人は、學園のぼくのレッスン生のうちの二人。有能學園蕓能蕓學科の二年生。二人は特に學園で優秀な生徒で、能力も他の子たちより秀でてるんだ」
ジュノの言葉にユングはにこにこと嬉しそうな様子で、ユナのほうはというと、どことなく照れ臭そうな様子だった。
「ユングは、人のや考えが読み取れる。この能力を持っている有能力者はなかなかいないし、開発小板チップがプライバシー保護のために制している部分もユングの前では効かないくらい。ユングには、噓はつけないよ」
ジュノの紹介を聞いて、ユングは、ググにこそっと小聲で言う。「逆に言えば、それ以外には大したことがないんです、僕」
「……ユナの説明は、ちょっと難しいかな。ユナはなんていうか、『固める』のが得意なんだ。とをくっつけるのも得意だし、今朝のきみみたいに、とかね。
二人はそういうとこに特化していて、あとは二人共世界の有能力者ができることは低ランクから高ランクのことまでできるかんじかな」
「ちなみにジュノ先生は、高高高高ランクまでできるかんじです」
ユングがそう言ったが、そもそもググは有能力者のできる「低ランク」のことすらどういうものかわからないので、まるで見當がつかない。
「お兄さんは?」ユングが目を輝かせて隣のググを見た。「お兄さんは、何ができますか?」
「ぼく?」ググは自分を指さし、「ぼくは無能だから……何もできないんだ。小板とリンクしてること以外は、全部手。だから、有能の人がうらやましいよ」
それを聞いたユングは、なぜか不思議そうに首を傾げた。
「ほらね、言ったじゃんー」目の前のユナがユングに向かって言う。
「ん? 何が?」と、ジュノ。
「ユングが車の中で、この人は絶対に有能だって言ってて。わたしは絶対に違うって言ったんです。なんとなくそう見えるし。でも、ユングの言うことだからそうなのかなって思ってましたけど、やっぱり違いましたね」
「珍しいね、ユングがそういうの外すなんて」
「うーん……」
ユングは、銀のスプーンを手にしたままググを見つめる。どうも腑に落ちない様子だった。
「本當に、無能なんだ、ぼく。なんか期待させたなら、ごめんね」
「……はい、僕、わかります。お兄さんは噓をついていません。……でも、納得できません。お兄さんからは、僕たちと同じ・覚・がしますから」
「もー、あきらめなよ、ユング」ユナが自分の皿から箸でニンジンの切りをつまり、それをユングの皿にうつす。「にんじんあげるし、元気だして」
ユングはそれをすぐに口へ運ぶも、「ユナが食べたくないだけでしょ」と口を尖らせた。
「……さ、今度はググに自己紹介でもしてもらうか」ジュノが手と手を合わせて言う。「どうせ生報のプロフィールじゃ足りないだろうしね」
「ぼくは、皆さんと比べると薄い人間ですけど――まず、名前は、イ・ソンググって言います」
「ググ、っていうのは、あだ名だったんだ。にしても、珍しい名前だよね」と、ジュノ。
「はい。姓は母のもので、『ソンググ』は、國がるって書いて『國ソンググ』なんですけど、父が出生屆を出すときに読みを間違えたみたいで、そのままこれになったらしくて……普段これで名乗るのが面倒なので、わざわざプロフィールにあだ名のほうを書いてそっちで呼んでもらうようにしてます。『ググ』だけでも、十分呼びづらいですけど」
「そうだったんだ。キリがググって呼んでたから、ぼくもそれで呼んでたけど。母の姓を名乗ってるのはいつから?」
「父と離れてからですね。小學生になる前に母と二人で第二新釜山プサンに越して來たんです。父の連絡先も知らないし、どうしてるかも母は教えてくれないし、寫真すらないので、父のことは顔すら思い出せないんですけど――」
「第二新釜山の前はどこで暮らしていたの?」
「新大邱テグです。出生地がそこなので、そこかと。でもあんまり記憶がなくて」
「そっか」ジュノは腕を組む。「ググの生い立ちについて調べてみたら、なんだかおもしろくなりそうだね。ちなみに、お父さんの名前は?」
「あ……それも知らないんです。調べるなって母から言われてて。それに、戸籍を見たら、父のところだけ消されてるんです。一緒に過ごしてた期の數年間、ぼくも母も名前で父を呼んでなかったから、思い出せなくて……」
「戸籍から消されてたって、本當に? 役所がそんなことしたとは思えないし、外部の人間がやるにしても、ぼくクラスの有能でさえできないことだよ。ぼくの義父クラスなら、できるかもしれなけど……」
あ、義父ってあの學園の理事長のことね、とジュノは付け足す。
「ぼくも目を疑ったんですけど、本當に消されてたんです。
父の名前は思い出せないけど、多分外國人だったのかなって思ってます。日本人とか、中國人とか。母と比べるとカタコトっぽかったような気がするし、そのせいでぼくの名前もこれになったのかなって」
それを聞いて、ジュノは顎に指先を持っていって考え込む。
急にジュノが黙ったので、ググはなんとなく申し訳ない気持ちになりながら、
「……あの、妙な話しちゃってすみません」
「いいや、大丈夫だよ」
ジュノはググににっこりと笑ってみせた。
「ところで、ググは大學生だよね?」
「え、あ、はい」
「ここに居てもらうのがいつまでになるかわからないけど、出席や単位のことが不安だろうからさ。きみからここに巻き込まれにきたわけではないだろうし、大學については全部ぼくがなんとかしておくよ。大學名は?」
「か、海七道大學です」
「わかった。じゃあ、そこの人と話をしておくからね。大學のことは、心配しないで」
「あ……ありがとうございます」
本當かはわからないが、ジュノの口ぶりは信用できそうだったし、心配してくれるだけでもありがたいと言えばありがたいので、ググは頭を下げて禮を言った。
ふと、二人のやり取りを聞いていたユナが、じっとこちらを睨むように見てきていることにググは気が付く。
慌てて目を反らしたところで、ジュノがググに微笑んだままたて続けに口を開く。
「ググはお酒飲める?」
「あ、はい。一応……」
「じゃあ、今日の夜に一緒に飲もう。場所はここの中ならどこでもいいし。その時に、もうちょっと詳しい話をしようと思う。別に、雑談したっていいしさ」
ユナの眉間にしわが寄り、箸を握る手に力が込められたのがわかった。
が、自分をよくしてくれようとしているジュノのいを斷るわけにもいかず、
「わかりました」
と、ググは返事をした。
■
胡座をかき、手を膝につき床に向かい合って座るユングとキリの間には、ちょうど顔の目の前あたりで白く薄い正方形のタイルが浮いている。
それをボードにして、その上を白いビー玉のようなものがキリのほうとユングのほうを往復して転がったり、飛んだりしている。ググがやっと目視できるほどの速さだ。
ググはもちろんこんなことはしたことがないが、どうやら有能力者の間では割とメジャーなゲームのようで、キリもやったことがあるらしい。二人の手はずっと膝の上だが、ボードを浮かせるのも玉を投げ返すのも全て手をつけずに能力で行なっている。
それなりの集中力が必要らしく、キリは食事中並みの靜かさでボードと玉に食いついており、ユングもまた、真剣な眼差しをしていた。
「あっ」
ユングが小さく聲を上げる。キリの返した玉をけ止めきれず、玉がボードからユングのほうに落ちた。
「またキリのかち!」
そう言ってキリが立ち上がった拍子に、キリとユングのボードへの力も消えたのか、白いタイルのボードが床に落ちた。
「キリさん、強いです」笑いながら、ユングが自分の頬を掻く。「僕、勝てません」
まるで、どこかのホテルのような一室。シングルベッドに小さな冷蔵庫に電子レンジ、四人までなら座れそうなソファ、テレビモニター。服が十分る収納。ジュノがググのために用意してくれた部屋だ。
食事後ここに案され、そのままここにキリも居るのはともかく、なぜかユングとユナもいて、ユングはキリと遊びはじめたし、ユナはソファで一人で攜帯端末の畫面を見ている。ひょっとすると、二人は自分の監視役でもしているのだろうか?
ググは、キャリーケースを開けて自分の荷を整理している最中だった。
ジュノは、食堂で四人の食事を見屆けググをここに案した後は、仕事があるからと言ってどこかにある彼の自室へと向かった。
「ググもやろーよー」
ググにひっついて、キリがググの腕を引っ張る。
「ぼくはできないよ」
「なんで?」
「ぼくはキリたちとは違うんだ」
「ちがくないよ、おなじだよ、だからやろーよー」
「できないんだよ」
ググが言うと、キリが頬を膨らませてしかめっ面になる。
「ごめんね、遊んであげられなくて」
ググがキリの頭にぽんぽんと手を置くと、それでキリは許したようで、「いいよ」と言ってググに背中をあずけて寄りかかった。
そのままキャリーケースから服を出していると、ユングが「そういえば」と口を開く。
「お兄さん。ジュノ先生のことは、信じてくださいね」
「え?」
「半信半疑でしょう? 大學のこと。先生は本気でググさんのことを気にかけていますから、大學のことも、本當になんとかしてくれるつもりです。ググさんが思っているより、先生はずっとずっとすごいひとです。ですから、大學のことも絶対になんとかなります」
「そっか。それならありがたいな……ちょっと申し訳ないけど。それに、きみが言うと、やっぱり説得力があるね」
「はい、僕の言っていることは、本當ですから」ユングは、に手を當てる。「お兄さんがあのとき、不安だったのも知っています。でも、もう安心してくださいね」
ユングが噓をついているようにも見えないため、一旦は、ユングの言う通りジュノを信じることにした。
「先生は、あまり人と仲良くならないんです。そこまで、他人に奉仕する人ではないですね。ここまで僕たちの面倒を見てくれているのも、結構レアケースだと思います。だから僕、先生がググさんによくしているの、びっくりです。先生はググさんを気にっています」
「そんな。気をつかってくれているだけじゃないかな。キリのことを保護してたやつだから、っていう理由で」
「それももちろんあります。けど、他に理由もあるみたいです。そこらへんは僕には読み取れませんでしたけど」
ユングは肩を落とすそぶりを見せて、
「僕は、いろんな人のや考えがわかりますが、ジュノ先生のものは曖昧なものだと読み取れないんです。先生が恐らく壁のようなものを作っています」
「壁……?」
「うーんと、説明が難しいですけど、他人からける能力を自分の能力で弾いている、ってかんじですかね。あ、もちろん、並大抵の有能力者ではそんなことはできないですし、僕だってできませんよ。というわけで先生がググさんを気にっているのは本當ですけど、どういう理由かっていうのは、キリさんのこと以外にわかりません」
ちゃんとお役に立てずにすみません。そう言ってユングは頭を下げたが、ググがそれを止める。
「いや、いや。むしろ、教えてくれてありがとう。安心できたよ」
「それなら、よかったです」
ユングが目を細めて笑った。
「……にしても、お兄さんのことがうらやましいです。僕も先生とお酒飲んでみたいです。けど、僕は未年ですから」
「みせいねんってなに?」
ググの前に座り、ググがキャリーケースから出した服をぐちゃぐちゃにしていたキリが、ググの顔を見上げて聞いた。
「年齢が二十歳になっていない人のことだよ」
服をたたみ直しながら、ググが答える。
「なってるひとは?」
「人、って言うね」
「じゃーキリはみせいねんだ!」
「キリさんって、人じゃないですか?」ユングがキリを見つめて口を開く。「確か先生と十歳くらいの差だったと思いますし。見た目だけならお二人とも未年でもいけそうですけど」
「どっち?」
「まあ、先生やキリさんには、もはやそういうのって関係ないような気がします……」
すると、ソファでくつろいでいたユナが、すっと立ち上がり、不機嫌な様子で部屋から出て行く。
ググがそれを目で追っていると、ユングがじっとググを見つめて、
「ユナのことが気になりますか?」
「嫌われてるかな、と思って……」
「はい、僕、わかります」笑顔のまま、ユングは言う。「ユナはお兄さんのことが嫌いです」
「…………」
「あ、ちがいます、言い方が悪かったですね」目を細めたググを見て、ユングが首を振る。「嫌い、じゃなくて、気にってない、みたいです」
「似たようなもんだ」
ググがたたみ直した服を頭に載せ、キリがググを見た。
「ユナがググきらい?」
「そうみたい。なんとなく理由は想像つくけど……」
「キリはググすきだよ」
「ありがとうね……」
ふと、キリは誰かを嫌いになることがあるのだろうかとググは思う。
「おはなししてみたら?」
「ん?」
「ユナと」
頭に載せていた服の袖が垂れ、その服の袖を摑んでキリが笑う。
「……そうだね」キリの言うことは、妙に納得ができた。「一回、ちょっと話してみるよ」
何話したらいいかあんまりわからないけど。言って、ググは立ち上がり、部屋から出た。
本來一人用の部屋に四人もいたためか、部屋には熱気がこもっていて、ドアを開けて廊下を出るとし溫度が下がったようにじる。
薄いライトブルーの壁に、同の床の廊下の突き當たりに、映える赤髪の橫顔を見つけた。ユナだ。
彼は攜帯端末を手にし、誰かと通話をしているようだった。
「……嫌です。行ったらきっと、今より我慢できなくなるし……」
數秒の間があった後に、ユナはぽろぽろと涙を流して泣き始める。
指でその涙を拭いながらも、ユナは通話を続けた。
「……どうして? ……ユナだけのパ・パ・なのに」
あまり見たり聞かないほうがいいかと思い、一歩後ずさるも、ユナがその足音に気づき、ハッとした様子で振り返る。
ユナの赤い髪が舞い上がる。ユナは、すぐに通話を終了させた。
「……待って!」
去ろうとしたググのほうへ、ユナが手をばす。
すると、ググの足首から足の裏にかけてが床に固定されたかのようにかなくなる。上はくものの、足がこれでは踵を返すことができない。
つかつかとユナがググのほうに歩いてきて、目に涙を滲ませたまま、険しい顔でググに言い放つ。
「……今の、誰にも言わないでください。ユングにも」
「今のって、」
「先生のこと、パパって呼んでることです」
そこで初めて、ユナの先ほどの通話相手がジュノだったことを知る。
言おうか言うまいか迷ったが、ググは口を開いた。
「……ユナ」
「……なんですか?」
「今の、言われなかったら、ぼくはそれがジュノさんだって気づかなかったよ」
ググが正直に言うと、ユナの両頬がカッと赤くなり、髪のに近づく。
そこでググの拘束が解け、足に力をれていたために、思わずググはよろめいた。
「……わたしは、先生のこと、『先生』とも思ってますけど、パパだと思ってるんです」
小さな聲で、腕を組み、目に涙を浮かべたまま眉をひそめてユナはググに言った。
「別に、先生がわたしにパパって呼ばせるようにしてるわけじゃないですからね。わたしが勝手に呼んでて、先生がそれを許してくれてるんです。先生を悪く思わないでください」
「わ、わかった、けど」
「けど、なんですか?」
ユナがググを睨むので、ググは思わず目を反らしながら、
「……ジュノさんって、若くない? 実年齢が三十歳にしても、父親だと思うには――」
「わからないですか?」ユナがググに顔を近づける。「あの『パパ』が」
「ど、どうだろ」ユナはいたって真面目なようなので、ググも真面目に會話に參加することにした。「言われてみれば、そうだな、わかる気も――」
「先生の手って、ごつごつしてるんです」
ユナは、赤いままの自分の頬を両手で包む。
「顔、いのに手がごつごつしてるんです。いつもにこにこしてるけど、真顔になったときにすごく年相応に見えるんです。先生、ビールが大好きなんです。お腹気にしてるんです。わたしが悪いことすると叱ってくれますし、いいことをしたら褒めてくれます。わたしにたくさんのことを教えてくれます。まさに『パパ』じゃないですか?」
この廊下に一人だけでいるような気分になった。が、また足を不自由にされるのも困る。ググは、「うん」と返事をして頷き、ユナが次にまた喋るのを待った。
「なので」彼は咳払いを一つしてから、「あなたみたいな人に、いきなりパパをとられたくないんです。それで、さっき思わず電話したら……」
ユナの大きな瞳から、また涙がじわじわと溢れてくる。
「先生は優しいから、『ユナだけのパパだよ』、って……でも、あなたは絶対先生のこと取る気じゃないですか……」
「そんなことない、そんなことない!」頭が取れるんじゃないかと思うくらい、ググは必死に首を振った。「ぼくは、仲良くなりたいなと思ってるだけだよ。ユ・ナ・の・パ・パ・を取るつもりは微塵もないよ」
「そうですか……?」
「そう。ぼくはジュノさんともユングとも普通に仲良くしたいと思ってるし、それと同じようにユナとも仲良くしたいと思ってるだけだよ」
ユナが涙を拭って、腕を組み直す。
「無理です。仲良くできません」ユナがググから顔を背ける。「朝、ググさんにひどいことしたし」
「気にしないよ。もう終わったことだし」
「それに、ググさんが先生のこと取らないってわかってても、嫉妬します。先生がキリさんを大切にするのはわかるけど、なんでググさんのこと――無能だし、ユナのほうが優秀なのに――」
「確かにいろいろとよくわかんないけど」ググが肩を落とす。「ごめん」
「まあ……いいですよ」ユナは前髪をかき上げ、「よくよく考えたら、ググさんは悪くないし」
二人の間でしばらく沈黙が流れるが、ここで去るのもおかしなタイミングなので、ググはそこで突っ立っている羽目になる。
ユナはググから目を反らしたまま天井を見て何かを考えていたようで、ふと、何かに気付いてから獨り言を言うかのように口を開く。
「……パパ、ユナのこと嫉妬させたくて、わざとやってるのかな」
「…………」
「かわいい、パパ」
「…………」
ユナがググに向き直る。
「今、わたしのこと変態って思いました?」
「いや別に大丈夫そんなことない」思わず早口になる。
「こういうとき、ユングがいたら……まあいっか」
ユナは溜息を一つついた。
それから、攜帯端末をまた開き、一つの寫真を呼び出す。拡張視界によって、畫面から立の寫真が浮かび上がり、ググにもそれが見えるようになった。
端末をググに近づけ、ユナはググに寫真を見せる。
そこには、今と姿の変わらないジュノと、有能學園蕓能蕓學科の制服を著た年がいた。
年のほうは髪が現在燃えるような赤ではなく黒のユングだったが、のほうは見たことがない。
黒髪で、は白いが、荒れている。背が高く、しぽっちゃりとしていて、鼻は低くて瞼は黒目の上半分を覆っていて、とてもしいとは言えないようなだった。
何かの記念撮影だろうか。寫真の中のユングはピースをしていて歯を見せて笑い、ジュノも微笑んでいる。が、の方はと言うと、口角すら上がっていない。
「それ、わたしです」
ユナの臺詞に、ググの目が思わず見開いた。寫真とユナを見比べるも、今のユナにこの頃の面影は全くない。
「ずっとずっと、見た目のことばっかり言われて生きてました。誰も仲良くしてくれませんでした。歌をがんばっても、見た目が悪いからお前は歌手になれない、だとか。オーディションも全然かりませんでした。
それでも、こんな見た目でも、唯一仲良くしてくれたのがユングで、わたしのことを褒め続けてくれたのが先生です」
だからわたしには、二人しかいないんです。
ユナはそう続ける。
「先生はそのままでいていいって言ってくれたけど、周りがそれを許さなかったし……自分のためにも、わたしは顔を変えました。施してくれたのは、先生です。先生は手前に泣いてましたけど、全部完してからは、もっと綺麗になったねって、褒めてくれて……
みんな急に優しくなったり、わたしの悪口をやめたり、手のひら返しでした。けど、ユングだけは変わりませんでした。ユングは初めからわたしに優しかったから。変わったわたしに、驚きもしませんでした。いつも通り、『ユナおはよう』って」
ユナが目を伏し、長い睫が頬に影を落とした。
ググが何と言おうか迷っていると、彼が顔を上げる。
「二人のこと、とらないでくださいね」
「わ、わかった」
ググの態度に満足したようで、ユナは、肩に垂れていた赤く長い髪を退け、また口を開く。
「仲良くするだけなら、いいですよ。わたしと友達になりたいのなら、頑張ってなってあげます。ユングしか友達がいないから、枠がいっぱいありますし」
「……わかった。じゃあ」
「なんですか?」
「甘いのでも、食べに行く?」
ググが言うと、ユナがちらりとこちらを見る。
「さっき食堂で甘いもののメニューもいっぱいあるの見たけど、ひとりだけ頼むの恥ずかしかったから、食べたいのに食べられなくて」
「……甘いの好きなんですね」
「うん。ユナは?」
「大好きです」堪えきれなくなったようにユナはにやけて、「ユングは甘いの苦手だし、まず先生は食べないから。ちょうど一緒にそういうの食べる人がしいって思ってたんですよ」
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ユナの目が輝き、年相応の笑顔を見せる。
ググが先に歩き出すと、ユナはググの腕を摑んでついていった。
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才能が無かった少年ロードは家族から馬鹿にされ、蔑まれていた。學園てはイジメられていた。 そんなロードがある事件をきっかけに才能と力に目覚める、目覚めた力で家族に學園の奴らに復讐目指し、邪魔するもの全てを破壊する物語。
8 187金髪、青目の美人エルフに転生!
ある日、運のない少女蒼空(そら)は、登校中にトラックに轢かれて死んでしまった。 次に目が覚めたときには、エルフの赤ちゃんになっていた。 その上、神に好かれるという特殊な能力を持った魔王を倒した勇者の子孫。いつの間にか、そんな誰もが憧れるような立場になっていた! 學校に行って魔法について學び、仲間と協力して街を作って、戦爭もして、メイドのために冒険をして、旅をして、ただ、魔王が世界征服しようとしてるって……。よし、最終的には魔王を倒そう! ほかの勇者の子孫、學校にいたときの友達、使い魔の悪魔、蒼空の時の妹、それから住民たちと協力して。 世界征服なんてさせるものか!
8 122病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不當な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような狀況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機會を捉えて復讐を斷行した。
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